順番がずれてますことご了解ください。
Acutually Tryは実際にやってみた、です。
お読みいただいている作品は総武高校男子生徒がサイゼで駄弁るお話しで間違いありません。
じゃあどうぞ。
かつて、大陸全体を巻き込む大戦があった。
破壊神を信奉する魔王を旗頭とした一軍は世界の主要都市をまたたく間に制圧し、人族、つまり普人族、森人族、土人*1族、獣人族は窮地に追いやられた。
しかし、魔王による世界の統一が目前に迫ったその時、神族に使わされた*2使徒の一団が天より舞い降り、人族は全滅の際から救い上げられ、使徒を中心にそれまでバラバラだった人族は連合を組み、一丸となって反撃に転じ、とうとう魔王を倒すことに成功する。*3
しかし、*4魔王は死の間際に破壊神を復活させ、融合し連合軍に対峙した。あわや壊滅かと思われたが、それぞれの人族から英雄と謳われた4人の男女が現れた。
使徒から与えられし聖具を用い、破壊神を倒した英雄は4*5傑と称され、それぞれの部族をまとめ、今も残る王族の血統の始祖となった。
だが、破壊神の身体は4傑により5つに別たれても脈動を続けていた。破壊神を破壊することはできなかったのだ。
使徒は聖具を破壊神の身体の封印とし4傑の統治する王城に安置した。
普人族は聖剣と両腕を、森人族は聖弓と翼を、土人*6族は聖槌と頭部を、獣人族は聖爪と両足を。*7
そして残った胴体、心臓を大陸の中心に封じ、こう予言*8した。
『堕ちたりとは言え破壊神は神族。神族は不滅なり。しかし力を削ぐことはできる。これより人族は協力し、心臓がもたらす魔力を討滅せよ。心せよ人の子ら。相争い破壊神の魔力を溢れさせたその時が破壊神の復活である。和を以て世界を救え』*9
破壊神の心臓は大陸の中心を迷宮と化した。そこから現れる魔物は破壊神の力の一部であり、倒せば破壊神の力を削ぐことになる。しかし怠れば破壊神の*10復活させることになる。
4傑はそれぞれの地域を統治するともに迷宮都市を建設し、精鋭たちを送り込んだ。今にゆう*11討滅者の始まりである。
これより語るは数百年後の世界。討滅者を夢見る少年の冒険の物語である。*13
普人領ボールダー地方出身の青年*14アルサルは、討滅者となるべく幼なじみの少女モルガナと故郷を出奔した。*15
数年後、期待の新人として他の討滅者から注目を集めるチーム、エクスカリバーのリーダーとなったアルサルはメンバーと共に街を歩いていた。*16
「ようアルサル、またランクアップしたんだってな! パーティーはうちの店でやってくれよ!」
「ああ、今夜頼めるか」
「アル坊、ポーションの取り置き早く取りに来なよ」
「ムウ婆さん、明朝伺うよ」
「あ、アルサルさんよ! エクスカリバーのリーダー!」
「カッコいいわねぇ」
「アル兄ちゃん、剣を教えてくれる約束いつだ?」
「ふっ、大きくなったらな」
「ちぇーっ!」
「モルガナさんよ、弓の手入れはどうだい」
「まだ大丈夫よ。今度お願いするわ」
「マリーン、論文読んだぞ。学会に発表するがいいか?」
「好きにして」
アルサルは討滅者でありながら街の治安維持も行っており、民からの信頼も厚いのである。*18
そんなアルサル達が屋台街に到着した時、何やら騒がしいのに気づく。*19
「何だ、騒がしいな」
「アルサル、あそこ」
「むっ!?」
マリーンの指差す先を見たアルサルは、血液が熱を持つのを感じた。*20
「痛い痛い、やめてよ!」
「このガキ、大人しくしろ!」
薄汚れた格好をした少女が三人の騎士に取り押さえられていた。その様はかつて故郷で両親が死んだ時を思い起こさせる。*21
「貴様、その手を離せ!」
「な、何だ! ひええっ!」
アルサルは一息に間合いを詰め、少女を取り押さえる騎士に剣を抜き放つ。元より当てるつもりもなかった剣閃に、騎士は情けなく尻もちをつきながら飛び退いた。*22
「き、貴様はアルサル! この、ボーエン様に何てことを!」
「新進気鋭などと煽てられ増長したか!」*23
「黙れボーエン=ボールダー! か弱き少女に狼藉を働いて何とする!」*24
そう、三人の騎士はアルサルと同郷。討滅者になれず騎士となった落伍者。
チック=チャイルドマン、ボーエン=ボールダー、デビッド=デリンドン。チビボケデカの三人合わせてチボデー三兄弟であった。
ちなみに実の兄弟ではなく、ボールダー家の嫡男に使える取り巻きである。
かつて同じ街で幼少期を過ごしたが、当時から悪童ぶりが話題になっていた。
「こ、この娘は露店から品を盗んだのだ。それを捕まえて何が悪い!」
「幼気な少女にする振る舞いではない。やり方を考えろ」*26
周囲の民衆の蔑んだ瞳を向けるのを見て慌てる三人。*27
「ち、覚えてろ!」
「ふん、斬奸しそこねたか」*28
捨て台詞を残し慌てて立ち去る騎士たち。
民衆から歓声と拍手が湧く。*29
「やっぱりアルサルはすげえや!」
「あいつらえばりくさりやがって、いい気味だ!」
アルサルは転んだままの少女に手を貸し起き上がらせる。*30
「怪我はないか」
「う、うん。ありがとうお兄ちゃん」
少女は薄汚れてはいるが、汚れを落とせば可憐な少女であった。
アルサルは安心させるように笑みを見せ、頭を撫でる。少女は頬を染めた。*31
「でも、物を盗んだのはよくないわよ」
「そうね。ちゃんと謝ってきなさい」
「う、うん」
少女はモルガナとマリーンに促され、立ち上がり落とした林檎を拾い、見ていた民衆の老婆の元へと歩み寄る。*32
「ごめんなさい。お腹が空いちゃって」
「しょうがないね。売り物にならないから持ってきな」
「え、でも」
「いいってことよ。今度は買いに来るんだよ」
「うん!」*33
少女はおそらくスラムの住人だ。人が集まればあぶれる者も出てくる。そういった人が集まり、困窮した結果治安が悪くなるのも事実だ。*34
「あなた、親はいないの?」
「うん……去年流行病で二人とも死んじゃった」
「どうやって生活してるの?」
「ゴミを漁ったり、盗んだり」
「行政の怠慢ね」*35
「……よし、家に案内してくれ」
「え?」
「子どもが子どもらしく過ごせないなんて間違っている。俺が君たちを救ってやる」
「そ、そんな、いいの?」*36
「もちろんだ。ただし、俺が手を貸すのは最初だけだ。魚は与えない。魚の釣り方を教えてやる」*37
「ちょっとアルサル。俺がじゃないでしょ」
「ん。俺たちが、よ」
「ふ、そうだな。俺たちエクスカリバーが、だな」
「あ、ありがとう!」
アルサル達は少女に連れられスラムへと向かう。しかしそこには想像を絶する環境が待ち受けていることを、アルサル達はまだ、知らない。*38
訂正とツッコミだらけの文章の羅列を材木座に突きつける。赤文字だらけの紙を見てダラダラ汗を流したワナビが目を通す間に、苦行を乗り越えた戦友と語り合う。
「どうだった?」
「うん……疲れた」
「だな。最初は線引いてたけど途中からめんどくなった」
「後半は一段落ごとに書き込みしてた気がするよ」
「確実に書き込んでるよ」
多分というか間違いなく、戸塚は後悔しているだろう。実に無駄な時間を過ごした。
「僕も材木座くんの書いた小説読んでみたいな」
戸塚の不用意な一言に、発奮した材木座が書き上げた小説とは言い難い、形容できない何か。
いつもの集まりの最中、材木座がケプコンケプコン言いながら自信満々に取り出した原稿用紙をサイゼで読み、添削したのは数十分前。体感では一時間ほど経過した気がする。それほどに苦行であった。
「前に八幡が言っていたことがよくわかったよ」
「あれだけ言ったのに全く活かされてないからな。もう頼まれても読まん」
「いや、待て八幡よ。それては我はどうすればいいのだ。サイトにアップすれば我は死ぬぞ」
「だったら成長の兆しを少しは見せろ」
同じことを書くのも疲れんだよ。
「材木座くん。難しい言葉よく知ってるのはわかったけど、誤用が多いよ」
「ゲフウ!」
「辞書を何だと思ってるんだ。置物か? 枕か?」
「ぐぬぬ」
「最初の導入はいいと思うんだけど」
「かろうじてな。どこかで見た設定を混ぜ合わせた感はあるが」
「わ、我はオリジナルを書いておるぞ」
「まー、ぽこじゃか新作が出てくる時代だ。斬新な設定なんざそうそうは出てこないだろ」
「でも本編? 描写が足りないと言うか、羅列してるみたい」
「雑なんだよ。会話だけで成り立たせたい感が透けて見える」
「だからかな。地の文での説明が唐突で多いよ。三人の騎士を昔から知ってるにしても、もうちょっと別の書き方があったんじゃないかな」
「三人称に挑戦したのはまあいいとして、客観的に書けよ。主人公の感情が入りすぎた」
「フンヌア!」
さっきから何語だ。悶え方がうっとおしい。
「主人公って魅力のステータスカンストしてるのってくらいに好かれてるけどさ、正直好きじゃないな」
「陰キャの妄想の具現化だな。誰からも好かれたい、クールに返したい、イキった奴をやっつけたい」
「べべべ別にそんなこと考えていないでおじゃるよ?」
「できてねえけどな。マンセーがきつい、ふって言ってりゃクールっぽく見える、誰よりも主人公がイキってる。サイコパスだ」
「ゴフウ!」
たったこれだけの文章量でツッコミどころ満載なのはある意味すげえけど。ネットに上げれば袋叩きか全く相手にされないかのどっちかだ。
やっと材木座が萎れて静かになったので一息つく。正直まだまだ言いたいことは山ほどあるが、酸素の無駄だ。
ところが、心優しい戸塚はそうは思わなかったようで、机に脂ぎった頬を乗せている材木座を心配するように見ていた。
戸塚。優しさは時に毒になるんだぞ。
「ね、ねえ八幡。この、作品? どうすればよくなるかな」
「っ!」
ビクンと材木座が跳ね上がる。もう復活しやがった。
戸塚。もうちょっと放っておいてよかったと思うぞ?
ああ、もう。材木座が期待した顔でこっち見てるのがウザい。
「ゼロから書くしかないな」
「う、うん。その気持ちもわかるけど、これをたたき台にしてさ、設定とか作風とか、もっとよくなるにはどうすればいいかな。文章は置いておいて」
無茶を仰る戸塚さん。
それは難題だ。ゼロに何をかけてもゼロだし、マイナスに何をかけてもマイナスが大きくなるばかり。
……あ、思いついた。思いついてしまった。
マイナスにマイナスをかければプラスになる。
この設定のマイナス要素同士をかけ合わせると……ダメを矯正する、それなら主人公のキャラはこのまま、対比として騎士側に語り手、主役と主人公……うーむ。
「八幡?」
「ああ、すまん。考え込んじまった。材木座」
「うむ。何だろうか我が編集者」
そんなもんになった覚えはない。ないが、これからやろうとしていることは似たようなものか。
「俺の案に乗ってみるか? 斬新だが斬新なだけの駄作になるかもしれんが」
「む、む、む……恥を承知で、頼む。八幡、お主の執筆能力を見せてはもらえぬだろうか」
「あん?」
「八幡が書いた小説を読みたいの?」
「うむ。参考にしてみたい」
やめろバカ。受験生に無駄な時間を過ごさせるな。戸塚も読んでみたいかも、みたいな顔で見ないでくれ。可愛い。
陽の光で起床する。うむ、今日もいい天気だ。
騎士団の宿舎はボロいが綺麗に清掃され片付けられている。それというのも、我が信頼するは部下たちのおかげである。ちゃんと労わないといかんな。
「あ、ボス。おはようございます」
「おはよう」
「うむ、おはよう。チック、今日の予定はどうか」
「へい。今日は午前の訓練の後、午後から街の警らです。最近、スラムの住人が物を盗むってんで、要請が来ました」
「デビッド、スラムの状況は」
「この間、難民が来たから、スラム、一層治安が悪い」
子供の頃からの部下であり、従者であり、共に騎士団に入った小柄なチック・チャイルドマンと大柄なデビッド・デリンドンが俺の質問にスラスラと答える。
うむうむ。優秀な部下を持つとやりやすくてよいな。
「そうか。やはり、スラムなど潰さなくてはならんな」
調和の取れた町並みから外れたスラム街は、ある程度栄えた街ならばどこにでもあると言ってよい。棄民どもに薄汚ない犯罪者の温床。百害あって一利なしだ。
どこの領主も頭を悩ませているが、対処は簡単だ。潰してしまえばいい。
「そうでやすね。親なし子、逃亡奴隷、雑多なのをいいことに逃げ込む犯罪者に、最近じゃガキどもをとりまとめてる予備軍までいる始末」
「孤児院も、足りてない。子ども、楽しく遊べないの、ダメ」
「とは言ってもどうしやす? 上に話しても時間かかりやすし」
「ボスが命令するなら、俺もチックも、子供を助けて、犯罪者を始末、するけど」
「いや、さすがに3人では無理があるだろう」
むう。焼き払ってしまうつもりで言ったのだが、チックもデビッドも、スラムを浄化する方向で考えている。
というか、我ながら過激なことを考えていたが、部下たちもなかなかである。部下の手綱を引き締めるのも上に立つ者の努めだ。そこいらの犯罪者程度ならば百人いたところで制圧できるとは思うが。
まあ、焼き払ってしまうと後片付けが大変だし、再建にも時間がかかるか。俺はまだ騎士団の下っ端十人長として教練中なので、確実に駆り出される。さすがにそれは面倒だ。
「あ、そうだボス。正式に作戦立案してスラム浄化しちまいませんか? ちゃんと筋道立てて説得力ある企画作ればあの事なかれ百人長もダメとは言わんでしょう」
「うむ。確かにそうだな」
「ダメ言ってきたら、多分、犯罪者と組んでる」
「こらこらデビッド。あらぬことを言うものではないぞ」
「む。反省、する」
反省は良いことだ。だが、確かに百人長には黒い噂があったな。
他の十人長とも連名で提出するのがよいか。さすがに握りつぶせないだろう。
「とりあえず、警らして様子を見てからだな。チック、朝食は」
「へい。用意してやすが、まずは顔を洗ってきてからにしてくだせえ」
「おっと、確かにそうだな。デビッド、着替を持て」
「洗面所、用意してる」
打てば響くとはこのことか。やはり優秀な部下はいい。それを使いこなせる俺も優秀なのだから、これはもう最強と称してよいのではないか?
午前の訓練でひと汗かき、我がボールダー隊の面々は三人一組で警らに出る。一人は連絡要員として待機中である。
疲れたので俺が残りたかったのだが、チックとデビッドが準備を済ませていたため出ざるを得なかった。優秀すぎる部下を持つと大変であるな。
しかし、これも誇りある騎士団の務め。手を抜くことは許されぬ。
警らを開始したが、無闇に歩き回っても致し方あるまい。通りすがりの男を呼び止める。
「あ、ボールダー隊長。お疲れさまです」
「うむ。最近の街の様子はどうか」
「へえ。人が増えたんで売れ行きはいいんですが、柄の悪いのも増えましてね。ちょいと困りもんです」
「具体的な被害は出てるんでヤスか?」
「いや、いまのところ……あ、屋台で果物売ってる婆さんいるでしょ? あそこで売上と品数が合わないとか何とか」
「婆さん、エミリ婆さんのとこ?」
「ああ、そうそう。婆さんも年だし、計算間違えてんじゃねえかとも思ったんですが、二度、三度と続くとなると」
「ふむ。少し寄ってみるか」
「エミリ婆さん、時々オマケしてくれる、けどボケてない」
「でヤスね。ちょいと前、お釣り誤魔化そうとした丁稚に怒鳴ってるの見たことありヤスぜ」
ああ、あの婆さんか。見た目は今にも土の下に入りそうなのに怒鳴るとおっかない元気な婆さん。
ご老人なのだから大人しくしていればいいものを、屋台街のショバ代を回収に来たゴロツキを追い返したとも聞く。
さて、
「婆さん、いた」
「うむ。では行くとするか」
「あ、ボス。あのガキ見てくだせえ」
「む?」
チックの指示する先に薄汚れた少女がいた。
スラムにほど近いし、いることに何ら問題はないが……あ、やりおった。
「チック、確保だ」
「ガッテンでヤス!」
少女が婆さんが別の客の接客中に、通りすがりにリンゴを懐に入れるのを目撃した。時機の計り方といい手慣れたやり口といい、初犯ではあるまい。
小柄なチックは見た目通りに素早い。人波を何ら意に介さず通り抜け、少女を確保……できないだと!?
接近するチックに気づいた少女は、こちらも人波をスルスルと駆け抜け逃走を図る。これはますます常習犯であるな。
「デビッド、周り込め!」
「了解」
デビッドが跳び、人混みの僅かな空白に降り立つ。相変わらず鈍重な見た目の割に判断力のあることよ。
突如として前に現れたデビッドに驚愕した少女は、迫るチックを回避すべく方向を変えるが、そこにはすでに俺が待ち構えていた。ナイスな連携プレイである。
「きゃっ!」
「確保だ、少女よ。大人しくするがよい」
「離してよ、この! 変態です、誰かーっ!」
年の頃はまだ一桁だろう少女を、できる限り痛みのないように取り押さえる。俺は後ろで指示するのが仕事なので身体を使うのは苦手なのだが、日々の訓練のお陰でこれくらいは容易い。
容易いのだが、人聞きの悪い事を言うのはやめてほしいところだ。周りの目が冷たい。
いや、俺、騎士団の仕事でやっているのだぞ?
「痛い痛い、やめてよ!」
「この、大人しくするがよい」
チックならば暴れても痛くないように抑えられるのだが、俺はまだそのような芸当はできない。なので、俺の下で暴れる少女には痛みがあるのだろうが、逃げられるかもと考えれば緩めることもできぬ。チックにデビッド、早く来てくれ。
「ボーエン!」
「む、貴様は!」
俺の名を叫ぶ男が駆け寄ってくる。あれは最近討滅者として最近名を挙げている、同郷のアルサルか。
過去に諍いがあった奴は俺を恨んでいる。今も憎しげに俺を睨み、剣を抜き放った。
ええい、このような人通りの多いところで何をするか!
「その手を放せっ!」
「ボスッ!」
判断が遅れた俺は、少女を放すでもなくアルサルに対応するでもなく、どちらも選べなかった。
しかし、人混みを抜けたチックとデビッドが立ちふさがり、奇妙に身体を捻ったアルサルが立ち止まる。む、今の動きは何だ。何かを避けたような。
「ボス、代わる」
「う、うむ。丁重にな」
少女の拘束をデビッドに任せ、アルサルと相対する。デビッドの大きな手に身動きが取れなくなった少女は、ようやっと抵抗を諦めた。
アルサル後ろから駆けてくるのは、やはり同郷のモルガナと二人とチームを組んでいるマリーンとかいう魔術師だ。
確か、エクスカリバーなる名前で活動しているのだったか。新進気鋭とは言え、豪華な名前を付けたものだ。
「アルサル。貴様、自身の行動に責任を持っているのか」
「黙れボーエン! 幼気な少女に暴力を振るうのが騎士団のやり方か!」
「阿呆か貴様。この者は屋台から商品を盗んだのだ。取り押さえて何がいけない」
「少女が痛がっていた。俺が剣を振るうのに他に理由はいらない」
こやつは何を言っているのだ。
少し考えたが理解できん。昔から独りよがりな正義感で突っ走り対立することがあったが、一層わけわからん成長をしたのか。
後ろの女どももアルサルを停めないあたり、同じ穴のムジナか。我が故郷ボールダー領で同じようなのが増えていないか心配である。
「アルサル、あんたはボスがこの子を取り抑えている状況だけを見て、こんな人混みで剣を抜いたと、そう言うんでヤスか?」
「か弱き者を守ると、この剣に誓った。俺の剣は罪無き人を傷つけない」
チックの問いかけにもブレず、剣を構え直す。
うーむ、これほどまでに話の通じない奴であったか? 以前より悪化しているような。
だが、何故だろう。周りの目がアルサル寄りになっていると感じる。
むう。確かに端から見れば幼気な少女を取り抑える俺たちと、助けようとするアルサルの図ではあるが。俺たちは治安を守っただけなのに、何故か。
「ボス。この地域は騎士団にいい感情を持っていない連中が多いんでヤス。買い物に来た連中はスラムかスラムにほど近い貧民が大半でヤスから」
「ふん。貧民共が傷の舐め合いか」
少し声が大きかったか。周りの目がより冷めていく。
むむむ。業腹であるが、分が悪いようだ。
「デビッド。商品を回収し放してやれ」
「ボス、この子、商品捨ててる。持ってない」
何と。あの逃走中に罪から免れるために商品を捨てていただと。ますます常習犯の可能性が高いが、仕方ない。現状、罪に問える要素が無くなってしまった。く、屈辱である。
「ボーエン、貴様は見間違えて関係の無い少女を捕まえた。その少女に謝るならば、俺は剣を引こう」
「何を言っているのだ、貴様は。謝るわけがなかろう」
「それはつまり、この場で俺とやりあうと、そう言うのだな」
「そのようなことはせん」
こやつ、さては扇動者か。住民に騎士団への不満を煽ろうとでもいうのか。
しかしながら、俺の不手際で証拠品を確保できなかったのも事実。
……引き下がるしか、ないか。
「チック、デビッド、行くぞ」
「へい、ボス」
「盗む、ダメ。ちゃんと謝れ」
「な、何よ。あたしは何もしてないんだから!」
少女は優しく諭したデビッドに暴言を吐き、去って行った。
あの年頃であの態度か。もはや染まりすぎているのかもしれんな。
「やはり、スラムは潰す他ないか」
「なにっ、ボーエン貴様! 今のはどういう意味だ」
「ふん。貴様に話しても何にもならん。行くぞ」
「待てボーエン! この俺がいる限り、無辜の民を傷つけさせはしないぞ!」
背を向けた俺たちに気炎を吐くアルサル。
後方から民衆共の歓声と拍手が聞こえ、陰鬱な気分が湧いてくる。
「ボス、どうしヤス?」
「放っておく、危ない」
「……戻り、立案書を書き上げる。匂いは元から消さねばならん。チック、デビッド、朝言っていた通り、他の十人長に連絡を取れ」
「ガッテンでヤス」
「あの子、早く助けてやらないと、手遅れになる」
「まだ、間に合えばよいがな」
貴族の義務として民を導かなければならない。例え民が我らを嫌っていたとしても。
それが高貴な家に生まれたものの務めであると理解はしているが、やはり辛いものがある。やり遂げたとて感謝されるかもわからない。
だが、やるしかない。成果を出さねばならないのだ。そうしなければ、俺は……
ボールダー隊の宿舎にて、灯りのない部屋にデビッドとチックが宝珠の前に跪いていた。
宝珠は淡く輝き、空間に人の姿を浮かび上がらせている。
ボーエンの父、バレリー・ボールダー伯爵その人である。
『それで、ボーエンの立てた計画は実行出来そうか?』
「は。他の十人長と連名で提出し、決済待ちです。書類に不備も、作戦に無理もありませんので、百人長も却下はできないものと思われます」
「受理した百人長が使いをだし、スラムに走ったのを尾行しました。犯罪組織の者と接触したのを確認しています」
『それならば拠点を変えて生き延びそうだが、スラムに手を入れることは出来そうか』
「おそらくは」
チックは下っ端口調ではなく、デビッドは辿々しい話し方ではない。ボーエンが見れば目を丸くする事だろう。
『お前たちにボーエンの面倒を見てもらって早十年。成果はどうだ?』
「時折傲慢な部分が顔を見せますが、貴族の責務を果さんと邁進しております」
「貴族の鑑とまではいきませんが、面倒見のいいガキ大将と言えます」
チックの口さがない言葉にデビッドが肘で突くが、バレリーは面白そうに大笑する。
『なるほどなるほど。言い得て妙だな。面倒見のいいガキ大将か。くはは!』
バレリーの笑いが収まるのを待ち、チックが懸念事項を告げる。
「バレリー様。先に報告したボールダー領出身の討滅者ですが」
『うむ。アルサルとか言ったか』
「は。その者がボーエン様と対立しております。さらに、貧困層を手懐けて騎士団への不満を煽るような言動をしております」
『そうか……あやつの両親も法よりも感情で動く厄介者であったな。確か、反乱を企てた罪で処刑したかと思ったが』
「バレリー様の慈悲で、子には罪無しとして孤児院に送られたはずですが、この迷宮都市にて討滅者として名を挙げてきております。私の死角からの投石も難なくかわすほど」
『虎の子は虎。牙を抜けるはずもなかったか』
バレリーは顎に手をやりしばし思考にふける。その間、デビッドもチックも微動だにせず待ち続ける。
『失われた五つ目の聖具の話を知っているか?』
「は。確か魔王の首を刈った聖鎌があると」
「ですが、あれは与太話の類では?」
『そのはずだ。処刑人の一族が密かに代々伝えていると。その一族は遵法精神に溢れていたが年代を重ねるにつれ、法に基かぬ自身の正義感で弱者の味方をするのだとか、貴族の統治を終わらせるのだとか。誰かを思い浮かべぬか?』
バレリーの言葉に思い当たる人物が一人。
『そのアルサルという男。手が空いた時でよい。調べよ』
「はっ!」
「承知いたしました」
『くれぐれもボーエンを頼むぞ』
消える映像と共に息をつく二人。
「チック、肝を冷やさせることを言うな」
「バレリー様も承知だ。笑ってたし、大丈夫だろ」
「お前な……まあいい。そろそろ夕飯の支度をするか」
「だな。ボーエン様の好物を作っておこう」
「美味しそうに食べるからな、あの方は」
素に戻れるのはこの部屋の中のみ。部屋の外に出ればボーエンの言動に注意し、気を抜くとだらしなくなる生活態度を改め、護衛も務めなければならない。心の休まる暇はない。
しかし、二人の顔に嫌気がさすことはないと確信がある。
あの傲慢で怠惰で打たれ弱い、気が大きく向上心があり弱者を守る気概のある主人の世話をするのは楽しいのだから。
またある日。
何とか設定を引用して書き上げた小説をわざわざプリントアウトして、材木座と戸塚に見せている。
コラムでも作文でもない文章を書くのは実に中学生以来だ。
当時は厨二病真っ只中で、今読み返したら死にたくなるような、恥ずか死ぬ書き方だった。ある程度は俺も成長できたのだろう。
人の設定で文章を書くのは始めてだったが、正直もうやりたくない。一から自分で考えた方が書きやすい。
一度ドリンクバーにお代わりに行ったころに読み終えたようで、二人が俺を待っていた。
「すごいね、八幡。続きが気になるよ」
「そうか? とはいえ、この先はもう一生書く気はないけどな」
「えーっ、もったいないよ。設定も斬新だし、人気出ると思うな」
「疲れる」
戸塚が気にいってくれたのならば嬉しいが、受験生にはキツい。
そして材木座はと言うと、グヌヌと唸っていた。
「何だよ。何か文句あるか?」
「我の設定でこれを書くとは……ネトラレた気分だ」
「わけわからんこと言うな」
「ところで八幡。これ、前に八幡が言ってたチンピラ主人公なのかな?」
「んー、ボーエンが主人公でもいいけど、主役のつもりで書いた」
「主役? ドラ○もんが主役での○太くんが主人公みたいな?」
戸塚のように察しがいいと話しやすいんだよな。材木座は何でも聞いてくるし。
「そんな感じだな。主人公はチックでボーエンの性格を貴族らしくするために昔から仕えてる」
「そっか。ボーエンが最後の方で成果を出さなきゃって言ってたのって、そうしないとボールダー領を継げないからとか?」
「おお、そこまで読み取ってくれるか」
「へへ、読んでてそうなのかなーって」
行間や匂わせを感じ取ってくれるなら読ませ甲斐があるというものだ。
「しかし八幡! これではヒロインが出て来ぬではないか。イチャコラできないでは人気が出ぬぞ!」
「知らねえよ。どうしても出したきゃチックを男装してる女にしろよ。チボデーはサイ○ァーと風○○神イメージだ」
「何ぃ! 男と思っていたのに実は女だったなど、人気ヒロインの典型ではないか! 古くはど○ろ、お好み焼きうっ○ゃん、シャルルを名乗るシャル○ット、犬神の一族犬塚○ロ。幼なじみならなお良し。泥まみれで遊んだあいつと数年ぶりに出会うと美少女に成長していた。そう! この設定ならば、行ける!」
材木座的にツボだったようだ。やかましい。
「なんかの捜査で女の格好をしてる時にボーエンに会ったのに気づかれなくてヤキモキするとか、実は気づいてるけど何か理由があると思って黙ってるとか。ま、色々できるわな」
「お主天才か!」
「女の子の格好の時にアルサルと会って気に入られちゃうとかもできそうだね」
「それワンチャンあるな!」
戸部みたいな言い方するな、鬱陶しい。
お前女だったのか、か。
戸塚は実は……ってことはないか。残念。
「主人公がチンピラというか三下で女、異世界転生もしないから今の流行りとは合わぬであろうが」
「そこは書きようだろ。今は苦汁を舐めてるけど、後々民衆に受け入れられていく形にすればカタルシスを感じさせられる」
「そうか、ザマァもできるな」
「ザマァ? ってなにかな」
「うむ。ザマァとは……」
鼻息も荒く揚々と語りだす材木座。ああ、一つ言い忘れた。
「ボーエンの口調とか性格とか、お前がモデルだからな」
「な、何ぃ! 八幡、そんなに我のことを」
「無駄に尊大な態度とか、周りに流されやすい性根とか、メンタルの弱さとか」
「ゲプワァッ!」
「ひどいんだ、八幡」
だって書きやすかったんだから仕方ない。
物書きを趣味にしていると、書けるかは別にしてネタが溜まっていきます。
この話は今回のために書き下ろしましたが、まだ日の目を見ないネタがいっぱい。
当時斬新でもいつの間にか他の作品で使われてグヌヌとなることもあり、しかしながら日々の生活や仕事で書く時間が取れない。
ま、仕事中に書いたりしてるわけですが。
ほぼエタりかけてますが、ちびちび続けていきます。
じゃあまた。