ロマンとは未知への冒険。
そして、ロマンとは決して色褪せない落書きのような違うような。
人によって感じ方が違う子供のころの夢。
童心を忘れない大人でいたいものですね、と三十代後半のおっさんが申しております。
じゃあどうぞ。
「男のロマンとは何ぞや」
「……何だろうな」
今日も今日とてサイゼリアで勉強をしている総武高校生男子三名。
つい先ほどまで窓の外を見ていた巨漢がため息を一つ、黄昏れているかのごとく吐き出した。というか、材木座なのだが。
最近は材木座の妄言が休憩の、そしてそのまま解散の合図である。ということで、おそらく今日の勉強はここで終わり、休憩が長くなるパターンであるのだが、
「どうしたの急に?」
「うむ。男のロマンについて考えていた」
「まあ、そりゃそうなんだろうなとは思うが、それならいいや。ゆっくり考えていてくれ」
もうちょっと進めておきたかったので、材木座を無視して勉強を進めようかと思ったもの……
「ちょちょちょーい! どうした八幡!? いつものようにお話ししようではないっか!」
「……うぜえ」
高いテンションの材木座に邪魔されてしまう。どうしよう。心底うざったい。
「ま、まあまあ。それで材木座くん? 男のロマン? について話したいの?」
「その通りである! 男のロマンについて語り合いたいのである!」
俺がこぶしを握り締め、その力をふるう決心を固めていたのに気づいた戸塚が割って入る。戸塚はホントに優しいなあ。
「はあ……で、男のロマンったって色々あるだろうけど、何について語りたいんだ?」
「うむ。不変の男のロマンとは何か、という命題である」
「定義とかそういうこと?」
「量が多すぎる上に雑多すぎて明確にはできなそうだけどもな」
「ええい、やる前から諦めてどうするのだ! ほれ、男のロマンと呼べるものを挙げてみるのだ!」
「ったく、じゃあ言い出しっぺからな」
まったくもってめんどくさい。だが、相手にしないともっとめんどくさいしな。というか、もはや勉強できる状況にないな。
「もはん! そうさな。男のロマンと言えば、ドリル! ギュインギュイン回る。回れば進む。動く限り進み続ける。ゆえに、ドリルこそロマンの塊である!」
「……まあ、わからんでもないか」
「え」
勇者ロボにはカッコいいから、強いからとついていたドリルパーツであるが、あくまで必殺剣必殺バズーカの添え物であった。だがしかし、ドリルをメインに置いたあのテンション天元突破のアニメは、確かにロマンの塊であると言っていい。
「それだったらパイルバンカーもいいよな。射撃を掻い潜って超至近距離に突っ込んで一撃必殺。空飛ぶロボットよりローラーで地面を走ってる方がより良い」
「ふむう。わかっておるではないか。さすが八幡、我が相棒よ!」
「あ、そっちなんだ」
ナイトメアは空飛ぶより地面走ってた頃の方が好きな俺である。スラスターで突貫も可。アル〇アイゼンはロマンの代名詞と言っても過言ではあるまい。
しかし、戸塚がちょっとついていけない顔をしている。さて、ロボット系は行けるはずなのだが。
「僕、家とか船とか宇宙船とか、そっちの方をイメージしてたから」
「あー、そう言えばそれも男のロマンの代表だよな」
「う、うむ。我、そちらにはまったく意識が向いていなかったぞ」
「普通ならまずそっちに思い至るのか。俺、思ったよりもオタク寄りだったんだな」
材木座と同じなのは非常に業腹であるが、残念ながら全く考えていなかった。いや、材木座がいきなりドリルを言い出したから、それに引きずられた可能性もあるか。
オタク寄りであることに自覚はあったし恥はないが、なんだかちょっとショックだ。
「あ、でも僕も合体ロボとか好きだよ。合体攻撃とかも」
「うむ。ヒーローの夢の競演はいいな! 八幡、今夜はお前と俺でダブル〇イダーだ」
「やめろ気持ち悪い」
肩に手を当ててきた材木座を振り払う。どうせなら戸塚と合体したい。
燃えるシチュエーションだよな。ピンチの戸塚に颯爽と駆けつける俺、合体だと叫び機体名を轟かせる。俺と戸塚が一つになって……これ以上はやめておこう。
「俺もバイクとか乗ってみたいし、セスナとか運転してみたいけど、これって金持ちの道楽みたいな感じな」
「あー、でもそうなのかもね。最近じゃ車を欲しがる人とか減ってるみたいだし」
「うむ。時代の移り変わりよのう。しかし、不変のロマンは必ずあるはずである。我が思うに、ヒーローやロボットは殿堂入りと言ってもよいのではないか」
時代に左右されない男のロマン、か。人によって感じ方が違うんだからこれと定義づけはできなかろう。くそ、段々楽しくなってきてしまった。
「それじゃあそれらを抜いたロマンだと、何があるかな」
「ああ、俺、戸塚がさっき言ってた家で思いついた。廃墟とか建設途中のビルとか、何となく見ちゃう」
「おお、我も覚えがあるぞ。駅前のビルは夜景がパンクでそそられるのだ」
「わかるな。工場とかセメントの会社のメカメカしい感じ、なんか好きなんだよね」
俺も好き。なんかワクワクするし。戸塚も好き。
メカメカしいのだと、設計図なんかもかっこいいんだよな。まったく読めないし理解できんけど。
「郊外にあるともっといい感じだと思う。周りは野原だったりすると、秘密基地感が出てな」
「あ、子供のころ作ったよね! 友達と藪の中に入ってさ」
「あー、俺の場合友達はいなかったけど、空き地にダンボールで囲いを作ったかな」
「我も孤高であったが故、一人であったな」
「……ごめん」
「いや、俺の方こそ、なんかごめん」
そして沈黙。くそ、せっかく話が盛り上がっていたのに、俺と材木座のボッチエピソードで沈静化してしまった。足を引っ張るなあ、俺の過去は。
「えーっと、そういえば日本代表とかグランドスラムとか、そういうのもロマンか?」
「そ、そうだね。僕はそこまでいけないって限界見えちゃってるけど、憧れるよ、やっぱり」
「男として生まれたからには誰しも一度は最強を夢見るものよ。かくいう我も剣の道をだな」
材木座はさておき、戸塚はテニスの道を歩き続ける気はないようだ。いや、歩き続けられないとみたのか。趣味で続けるならばともかく、上を目指すとなれば体格や環境などネックになる部分が多々ある。
戸塚が女子として出ればいい線いけるんじゃないか、なんて考えたこともあったが、誰にとっても失礼な考えなのでやめた。本気の人をちゃかしてはいけない。
ドリンクバーでおかわり。これだけ飲んで安価なのだから、人も集まるというもの。だから、あそこらへんにいるのは俺の知ってる奴なんじゃないかと思っても仕方ない。知り合いだとしても、別に話しかけに行ったりしないけどな。
「ところで、だな」
席に戻ると材木座が神妙な顔をしていた。こいつの神妙さなんてのは全く信用ならないし、どうせまたくだらないことを言い出すのだろう。
「ハーレム、というのは男のロマンだろうか」
ほらくだらない。
「ハーレムって、一夫多妻のこと?」
「うむ。最近の作品には多くてな。あれも一つのロマンの形ではないかと思うのだが」
言われてみれば、最近の作品は確かにハーレム系が多い。多数から好意を寄せられたい作者が増えたのか、ハーレム好きが読者に増えたためかよくわからんが。
「あれは現実に可能なのだろうか」
「まあ、ある意味男のロマンなんだろうけど、少なくとも日本じゃ無理だな。世間体とか役所に届け出とかどうすんのかって話にもなるだろう。金持ちの道楽ですら無理だ」
「親とか子供にどう説明するのかもだね。まさか正直に言うとは思えないけど」
「むう、やはり無理か」
当たり前だ。現代社会に真っ向から立ち向かっているんだから。
「んで、なんでいきなりハーレム?」
「うむ。これまでロマンで語ったのはカッコいい、強い、であったのでな。エロいロマンというのもあるではないか」
「……まあ、な」
「エ、エロいって、ここでそんな話するの?」
今俺たちがいるのはファミレスであり、夕方で客はたくさんいる。そんな中で猥談をしろと言っているのに等しい。それなんて羞恥プレイって話だ。周りは俺たちの会話に興味はないだろうが、ちょっと戸塚との猥談には興味がある俺である。
「いやいや、そこまで言うつもりは無いのだが、小説にはお色気要素というのも必須である。絵は絵師に任せるが、シチュは我が頑張らねばなるまい?」
「捕らぬ狸の皮算用じゃねえか。お前の小説のネタ集めに協力しろってことか?」
「端的に言えばそうなる」
開き直りやがったなこの野郎。
「我はハーレムを挙げた故、お主らも何かないか?」
「エロ系のロマン、ねえ」
「えっと、その……エッチな感じではないと思うんだけど」
「え、戸塚?」
まさかの戸塚が先陣を切るという。赤くなってもじもじしているのが、なんというかイケナイことをしているかのようで……コホン。
「あの、昔小学校のころだったかな。スキー合宿に行った時に、ね? 一緒にリフトに乗った男の子が言ってたんだけど。女の子と遭難して山小屋で温めあいたい、とか言ってたの思い出したんだ。こういうので、いいのかな?」
「……いい」
「え?」
「あ、いや、いいと思うぞ。シチュエーションとしては確かにロマンがある」
「うむ。命の危機に燃え上がる熱情。一緒にいる女性が普段ツンケンしていて、デレるのならばなおよい」
恥ずしがりながら話す戸塚の姿に、俺の心に熱い何かが燃え滾る。ああ、これがもえ(燃えにして萌え)いうものか。
ところで、確かに遭難して温めあいは確かにいい。材木座と同意見なのは癪だが、あのシチュエーションはいい以外の感想が出ない。
「八幡は、何かそういうのってある?」
「お、俺か。昔だったら幼馴染が朝起こしに来るとかご飯作ってくれるとか憧れたけど」
「あはは、それで部屋の窓の向こうにお隣の壁があって残念に思っちゃうんだよね」
「うむ。まず我には幼なじみなどいなかったが、窓から誰か来ないかと夢想したものよ。ヒロインとか」
「まあ、今じゃありえないってわかってるからな。俺も幼なじみいないし、いたところでな」
子供は夢が夢でしかないと気づいて大人になっていく。幼なじみがいないからと言って親を恨んでも意味がない。
南ちゃんもまゆしぃもまもり姉ちゃんもこの世にはいない。仮に幼なじみがいたとしても俺を気にかけてくれはしまい。
「幼なじみと言えば、昔一緒に風呂入ってたとか、温泉を覗くとかそういうのもロマンなのか?」
「アニメの温泉会ではほぼ間違いなくやっておるな。未知の領域に挑戦するのもまたロマン」
「犯罪じゃないかなそれ?」
「だよな。ガキの頃ならともかく、スカートめくりだって今やったら犯罪だし」
「ぐむう。なんて現実的な意見よ」
だってその通りだから仕方ない。逮捕されてもおかしくはないことをして、男のロマンで済ませようなんてのは都合が良すぎるというものだ。
「それでは犯罪にならない男のロマン的シチュエーションはないか?」
「犯罪にならないのは女性の方から色々してくれる場合じゃないか? はだエプとかはだワイとか」
「むう、しかしそれは安直というもの」
「ねえ八幡。はだ、エプ? ワイ? って何かな」
「あー、えーっと」
戸塚が知らないようなので教えようかと思ったが、教えていいものなのだろうか。これはセクハラになるのか? いや男同士、いやでも戸塚だし。冬山遭難でさえ赤面した戸塚に卑猥なことを教えるのは、いいのか?
「ま、まあそれは後で調べてくれ」
「えー」
ダメだと思ったので日和ることにした。でもこれって戸塚に軽蔑されるのを後回しにしただけかもしれん。くぅ、ここは戸塚に理解があることを期待するしかないか。
そして沈黙。そろそろネタが尽きてきたことに誰もが気づいていた。ジュースを飲みながら考えるが、そうそう思いつくものでもない。
「むう、もはやロマンに拘らんので、何か良かったシチュエーションを教えてはくれぬか?」
「何でだよ。お前別に学園ラブコメを書こうとしてるわけじゃねえだろ」
「それでも参考になるかもしれんではないか! いいから教えるのだ。我にはそういった経験が欠片もないのだ!」
「え、えっと、僕も……ないかな、あはは」
「俺もない」
「とは言わさんぞ。あれだけ女子に囲まれているのだから、一回や二回イチャラブなシチュエーションがあったはずだ!」
「えー……」
囲まれてるわけではないし、そんないいことは……まあないとも言えなくもないかな。とはいえ、こいつに喋るのもなんかやな感じだな。
「えっと、八幡。僕も知りたい、かな」
「そうだな! 戸塚、聞いてくれるか!」
「あれー、我の時と反応違くない?」
材木座うるさい。
「えーと、夕暮れ時に保健室で手当てしてもらう、とか」
「うむ。普段は素気ないながら優しく手当てしてもらい、傷が染みたら優しく罵ってくれる。ふとした拍子に距離が近いことに気づいて慌てて離れたり、そのまま距離を近づけたり。周りが薄暗いのもポイントが高いな」
「やけに具体的だね」
「そ、そうだな」
細部は違うが、実はあの場にいたのではなかろうかと思えるほどに当ててきやがるな。
「他には……浴衣で花火大会、とか」
「それって、デートだよね?」
「普通にデートの状況であるが、普段とは違う格好で、周りは夜闇、ロマンチックな状況に二人の気分は盛り上がり」
「待て待て。そこまでやっとらん」
やってない、よな。まあ、正直ぐっと来たのは間違いないが。
「あとは、外では学校と違う一面を見せる小生意気な後輩とか」
「うむ。自分の前でだけ仮面を外す。それもまたロマンである」
「ロマンなのかな? 確かにいいシチュエーションだと思うけど」
材木座のロマン認定はかなり緩いんじゃなかろうか。
ロマン、ロマン……ロマンと言えば。
「ところで、俺がやったことじゃないが光源氏計画ってロマンなのか?」
「今の時代じゃかなり犯罪的だよね」
「むう? お主、小学生の女児と仲良くなっておらんかったか?」
「仲良くなるのと光源氏計画を一緒にするな」
おちおち友達にもなれんじゃないか、全く。俺はただでさえ友達が少ないんだから、減らしてくれるな。
「とりあえず、これくらいしか思い浮かばん」
「うむ。参考になった。感謝するぞ八幡」
「う、うん。これくらいっていう割にけっこうあった気がするけど」
そうだろうか。まあ以前に比べれば色々と接触する機会は増えてる気はするけども。
「んじゃ、そろそろいい時間かな」
「そだね」
「うむ。中々良い時間が過ごせたのである」
さて、最終的に変なことを話してしまったが、さっき見かけた俺の知り合い連中のような集団はいないようだ。
あれが本当にあいつらで、もし話している内容を聞かれていた日には……ああ、恐ろしや。
ちょっと怖い想像をしながら、俺は帰宅したのだった。
八幡らが退店して、ムクリと起き上がる女性たち五名。毎度のことながらどう隠れているのやらと言ってはいけない。
「いやはや、最初はバカ話でしたけど、最後の方は年頃の男子的な話をしてくれましたね。うんうん、お兄ちゃんが枯れてなくて小町一安心ですよ」
「そ、そうだね、ははは」
「はだエプにはだワイ、お兄ちゃんの好みが明らかに! 今度やってあげようかな」
「だめだよ小町ちゃん!?」
「まあ。下劣な妄想の一つや二つするでしょうね。戸塚くんのは、ちょっと意外だったけれど。そしてこの子はホントに兄のことが好きすぎるわね」
「戸塚先輩も男の子ってことでしょうかね。かなり可愛らしい感じでしたけど。小町ちゃんは先輩と二人きりの時どうしてんでしょうね?」
「……」
「留美ちゃん? どしたの?」
そして、一人物思いにふける中学生少女。声を掛けられ周りを見渡し、一番話が通じそうな隣席に目を向ける。
「八幡が光源氏だとすると私は若紫ですかね?」
その言葉に一人がむせた。そして二人は読んだことはなくとも意味を察し、最後の一人は全く意味が分かっていなかった。
「ちょ、留美さん? いきなり何を言いだすのかしら」
「いえ、光源氏で正妻になったのは紫の上だったかなって、思っただけです」
「留美ちゃん、それだとお兄ちゃんが光源氏に……あれ、でもお兄ちゃんてちょっとプレイボーイ? こんなにみんなに好かれてるし」
「ない、ないよ! 先輩が光源氏はないってば。ねえ結衣先輩」
「え? ええっと、光る、ゲンジ、ああ、あれって綺麗だよね!」
「由比ヶ浜さん、蛍のことではないわよ」
そしてカオスに。
「ところで、八幡が言っていたシチュエーションって、みんなのことですか?」
「おっと留美ちゃん。ぶっこむだけぶっこんでさらっと次の話題に行こうとする」
「……この子は末恐ろしいわね」
「あ、あたしヒッキーと浴衣で花火見に行ったよ! 厨二が言うような盛り上がりは……無かったけど」
「わたしは先輩とデートしたけど、学校とは違う一面見せたかな……ああ、ちょっと積極的に行ったかも」
「……」
「あれ、雪乃さんは? 夕暮れで保健室じゃないんですか?」
「え、ええ、まあ、そんなこともあったけれど。材木座くんの言うようなことは決して」
「え、ゆきのんヒッキーと見つめ合ってたじゃん!」
「それに、八幡がいの一番に上げた例が雪乃さんのことなんですよね」
「むー、やっぱり一番好感度高いのって雪ノ下先輩なんじゃないですかねぇ」
「ちょ、ちょっと? みんな何を言っているのかしら」
カオスはまだまだ続く。
活動報告への書き込みありがとうございました。
まだまだ受け付けておりますので、よろしければお願いします。
次は、書かないと言っていたことを書いてみようかなとか思ったり思わなかったり。
ひょっとしたら『男の子女の子』を書くかもしれません。
じゃあまた。