今年初の投稿です。
さて、今回は書き方がいつもと違いますが、狙いあってのものです。
題名と内容が合っていないかもしれませんが、細けえこたあいいんだよ、ということで。
じゃあどうぞ。
まずは『シンデレラ』をお送りします。
「それじゃユキデレラ。お留守番しっかりね」
「じゃーね。部屋をきれいにしておきなさいよ。オーホホホ!」
「お城の舞踏会、楽しみねお姉さま!」
「いってらっしゃい」
とある国のとある家庭。ユキデレラは義母と義姉たちを城の舞踏会へと送り出していた。
扉を閉めると、疲れた様子でため息を一つ。テーブルへ向かうユキデレラの後方からノック音が響く。
首を傾げ扉へと戻ると、扉の向こうには目の腐ったフードの男が一人。
「どうも」
「……何かしら。うちにはあなたにあげられるようなものはないわ」
「いや、物乞いじゃねえから」
パタパタと手を振る男。
「それならば目的は私かしら? もしそうなら命をかけることね」
ユキデレラはぐっと腰を落とし構える。その様はまるで歴戦の戦士のごとく。
「……あれ、間違ったかな? ここってユキデレラのお宅で合ってるか?」
「なぜ私の名前を知っているの? あなたストーカー? 官憲に引き渡すわよ」
「いや、待て待て。俺は魔法使い協会から派遣されてきたものだ」
「魔法使い? 目と一緒に頭も腐っているのかしら? この先に病院があるのだけれど、自らの意志で行けないのならば昏倒させて連れて行ってあげなくもないわよ」
「怖えよ。いや、だからそういうんじゃねえから。ほれ」
目の腐った男は杖を一振りすると、ポンと音を立て煙が立ち上る。そこにはぐでーっと寝転んでいる猫がいた。
男が杖を振ると猫が何かに支えられているかのようにふわりと浮かび上がる。
「……奇術師はお呼びではないのだけれど」
「いや、魔法だっつの。上司からここのユキデレラが報われない生活をしているから助けて来いって言われてきたんだよ。まさか武闘派とは思わなかったが」
「にゃー」
「失礼ね……誰が……武闘派、なの……かしら」
杖の動きに合わせて右に左に宙を舞う猫。ユキデレラの視線は、杖と連動する猫から離れることはなかった。最も、魔法に驚いたというよりは猫から目が離せなくなっているようだが。
「えー、話し進めていいか?」
「え、ええ。そうね。百歩譲ってあなたが魔法使いというのは信じてもいいけれど、報われない生活というのは何かしら? それと、その猫抱いていいかしら」
「いいぞ。それで、魔法使いってのは言葉通りだな。うちの調査員が頑張っているのに報われない生活をしている奴を見つけて、下っ端の俺みたいな魔法使いを派遣して改善させるっていう、まあ奉仕活動みたいなもんだ」
「奉仕というのは恵まれた者が恵まれていない者に施すもの、と解釈していたのだけれど。お世辞にもあなたが恵まれているようには見えないわね」
「大きなお世話だ。魔法を人助けに使うっていうのが目的の組織なんだよ」
「それで、私がその組織とやらの対象になったということ?」
「そうだ。えーと、義母や義姉は遊び惚けているのに家で家事をしているとか、みすぼらしい服を着ているとか」
「訂正する箇所はないわね」
「んで、上から貰ってきたプランだと、白馬の馬車に豪華なドレスを着せて城の舞踏会に参加させてあげるって感じだな」
男が杖を振ると、ほわんほわんほわんとどこからか音が聞こえ、イメージ映像が空間に浮かんだ。
「……ネズミを馬に、カボチャを馬車に、ね。魔法というのは荒唐無稽なものなのね。あと今の音は何?」
「時間制限があるが、大抵のことはできるな。歌は、違った音は気にするな」
「私を舞踏会に行かせることがあなたたち魔法使いのいう奉仕なのかしら?」
「舞踏会に行って王子様に見初められれば成功らしい」
「あなたの上司とやらの頭はお花畑なのかしら?」
「そだな。年頃の女の子は王子様とダンスをするのに憧れているっつー、自分の考えを疑っていない面倒な奴だ」
「そんな人が考えた内容に、私が賛同するとでも思う? 興味ないわ。舞踏会にも王子様にも」
「だろうな。お前そんな感じだわ」
肩をすくめる男にユキデレラは眉をひそめた。
「どういうことかしら?」
「世間一般の年頃の女の子が憧れそうなシチュエーションとか、興味ないだろお前」
「……それは確かだけれど、私が普通じゃないと言われているようで癪だわ」
「自覚ないのか?」
「可愛いとか優秀である自覚はあるつもりよ」
「自信満々すぎんだろ」
「それはそうよ。本来は私が奉仕する立場の人間だもの」
「なるほどな」
「何か、私のことを理解しているような反応が気になるわね」
「短時間ではあるがお前の性格とか信条とかは、何となくだが」
ユキデレラは椅子に腰を下ろし、足を組んで男をじっと見る。鋭い視線に男の背筋に冷たいものが走った。
「なら、聞いて見ましょうか? あなたが私をどう思ったのか」
「予想にすぎないし、さっき会ったばっかの男に勝手なこと言われたら気分悪いだろ?」
「あなたと顔を合わせている現段階で気分悪いのだから、誤差よ」
「さよか」
男はユキデレラの正面に座る。服装はボロの私服だが美しさは損なわれていない。すらりと長い脚から目線を逸らし、ふうとため息を一つ。
「そうだな。頭がいいから義理の家族に冷遇されている原因をちゃんと理解している。気が強いから家を出るのは逃げるようで気にくわないから別の解決法を探している。自立心や向上心も持っているので誰かに助けられるよりも自分で何とかしたい。こんな感じか」
「……本当に気に入らないわね」
「それは合ってるという意味でいいのか?」
「否定はしないわ。一つ訂正すると、別の解決法はすでに見つけてあるの」
「ほう。優秀だと宣言するだけはある。ちなみに内容を聞いてもいいか?」
ユキデレラは男を睨み、一息ついて胸を張り口を開いた。
「簡単よ。私が父の会社の後継者になるの」
「簡単かなぁ」
「簡単よ。もうすぐ開かれる会社の会議で会社の幹部たちに後継者として認めさせるわ。仕事はこなしてきたし、取引先との関係も良好。ふさわしいのが誰かは明らかでしょう?」
「義母たちはそれを妨害しようとしてるのか。別に逃げたきゃ逃げてもいいとは思うが」
「逃げても何も変わらないわ。前に進むためには変わらなくてはならない。ただ親の死を嘆いているだけではいけないのだから」
ユキデレラは現実への適応のため変わろうとしているとも、逃げようとする心を抑えるために踏ん張っているとも見た。それが正答なのかどうかは結局のところ結果を迎えなければわかるまい。
「だから変えるのよ。私を取り巻く世界を彼女らごとね。彼女らの下劣な嫌がらせにへこたれている暇なんてないわ」
「なるほどな。ま、お前の選択を尊重するよ」
男は立ち上がり扉に向かう。ユキデレラは他者による救いを求めていない。ならば、これ以上この場にいる意味もない。
「さて、俺は帰るが、このまま帰ったんじゃ子供の使いだな」
「親切心の押し売りは結構よ」
「わかってるよ。だから、これはただの保険だ」
男が杖を振るとユキデレラの髪にリボンが巻き付く。艶やかな髪を持ちしげしげとリボンを見る。
「何かしら? あなたにしてはいいセンスのリボンだけど」
「罵らんと会話できんのかお前は。そいつは魔法のリボンだ。普段使う分には何も特殊な力はないが、どうにもならなくなった時、俺を呼びながら解け。可能な限り早く助けに向かう」
「私がそんな助けを求めるとでも思っているの?」
胸を張って言うユキデレラは非常に凛々しく、助けを求めているようには見えないだろう。
「あいにくと、俺は人の善性ってやつをそれほど信じていなくてな。お前が会社の正当な後継者であり、引き継ぐのに相応しい才覚見せているのだとしても、それを認めない連中がいてもおかしくはない。物理的な排除に来た場合なんかは、いくらお前が優秀でもきついだろ。それでもなんとかしちまいそうではあるが」
「……あなたは先ほど私を観察して、性格や心情を言い当てたわね」
「ん、まあな」
「私もそうするわ」
「ん?」
「あなたは捻くれていて卑屈で目が腐っているわ」
「目が腐ってるのと性格は関係ないんだよなぁ」
「そして、根は真面目で働き者なのかしらね。ぶつくさいいながらも結局は働く。それに頑張っている人が報われないのは許せないと考えている。そうね、あなたロマンチストなのかもしれないわ」
「……はっ、俺が働き者でロマンチスト? お前の見る目も大したことないな」
「ユキデレラ」
「は?」
肩をすくめやれやれとジェスチャーをする男は、ユキデレラの言葉に振り向き、思いの外近くに来ていた美少女に驚く。
「私の名前よ。さっきからあなた、私のことをお前としか呼んでいないじゃない」
「いや、知ってるから。初対面の女子を名前で呼ぶとか、恥ずかしいし」
「あなたの存在そのものが恥ずかしいのだから、今更でしょう。俺を呼べ、というのならあなたも名を名乗りなさい」
「……ハチマンだ」
「そう、ハチマンくん」
ハチマンが固まっている隙にさらに距離を詰めたユキデレラは、抱いていた猫をハチマンに渡し、にこりと笑う。
「おそらくあなたにもう会うことはないと思うのだけれど」
「その方がいいだろうな。もしまた会ったらそんときは友達にでもなるか」
「それは嫌」
「即答かよ」
「あなたと友達なんてお断りよ。でも、そうね。もしまた、会うことがあったら……」
ユキデレラははにかむ様に言いよどみ、そして
「私を、助けてね」
「お、おう。まあ自分で言ったことだからな」
にこりと笑うユキデレラの笑顔は、自ら言うだけあって美しく可愛らしくハチマンを大層動揺させたのだった。
それから。
ユキデレラのリボンが解かれたのか定かではない。だが、名家の令嬢がある日姿を消し、所有の会社が別人の手に渡り、後に倒産したと言われている。さらに、その名家は後妻や連れ子の散財により没落したとも。
そして、目の腐った魔法使いの相棒に艶やかな髪の美しい女性がいたとの話については、知るもののいない事柄である。
「比企谷くん」
「なんだ?」
「シンデレラの名前の由来は知っているの?」
「灰被りだろ?」
「ええ。諸説あるけれど、灰、つまりcinderとシンデレラの本名のellaを合わせてcinderella」
「それに基づくとcinder+yukino、シンデリュキノ」
「……語呂悪いわね」
「そういうことだ」
続いての演目は、『眠れる森の美女』。
昔々ある国に、王女が誕生しユイロラ姫と名づけられました。
国中がお祝いし、ユイロラ姫には妖精三人から贈り物が与えられることになりました。
一人目の妖精は誰からも好かれる美しさを、二人目の妖精は誰の心をも惹きつける歌の才を。
ところが、その場に悪い魔法使いが現れてこう言ったのです。
「心無き者、悪意の棘が姫を闇に誘う」
なんと、悪い魔法使いはユイロラ姫に呪いをかけていったのです。
まだ贈り物を与えていなかった三人目の妖精は救いの魔法を使いました。
「闇が姫を襲いし時、運命の者現れ闇を祓う」
さあ、ユイロラ姫はどうなってしまうのでしょうか。
15歳の誕生日を迎えたユイロラ姫は突然部屋に引きこもってしまう。あまりにも急な閉じこもりに王や王妃、家臣、さらには友人らが心配して部屋の前に集まるが、その誰の呼びかけにもユイロラ姫は反応を示すことはなかった。
大臣がこれこそ呪いであると言い出し、国を挙げて姫の回復を願い、運命の相手探しが始まったのである。
その様子を窓から覗いていたユイロラ姫は、憂鬱そうにため息を一つ。
「みんな、あたしのことを心配してるんだろうな」
「そう思うなら外に出て声をかけてやればいいんじゃねえの?」
「わっ!」
他に誰もいないはずの部屋で、不意に聞こえた男の声。振り向くと、ドアに寄りかかっている黒づくめの目が腐っている男。
「ほえ、誰?」
「初めまして、ユイロラ姫。俺は、あんたに呪いをかけたことになっている魔法使いだ」
「え、歳いくつ?」
「魔法使いだから見た目年齢はどうとでもなる」
「へー、そうなんだ。あ、あたしユイロラだよ」
ほんわかとした笑みを浮かべるユイロラ姫に、魔法使いは呆れたように息をついた。
「見知らぬ男と密室で二人きりなのに、怖くないのか?」
「え、なにかするの?」
「いや、しねえけど」
「だったらいいじゃん」
ユイロラ姫の笑みを見てやりづらそうにする魔法使い。陰キャに陽キャの相手は難しいのである。
「それより、俺の要件を済ませていいか?」
「うん。あたしに何か用があってきたの?」
「姫にというか、この国にというか……最近相棒になった奴に誤解をそのままにしておくなと言われたもんでな」
「誤解?」
「悪い魔法使いが姫に呪いをかけたって言われてるが、どういう風に伝わってる?」
「え、と……『心無き者、悪意の棘が姫を闇に誘う』、とかだったような」
「詩的だな。俺が言ったのは『姫に悪意ある者が棘のある言葉を姫に聞かせれば、姫の心は曇るだろう』だ」
「えーと、どういう意味?」
「例えばあんたが好かれてるのは妖精の魔法のおかげだとか、歌が評価されてるのも妖精の魔法があるからだとか」
「っ……」
息を呑むユイロラ姫。つい最近、その言葉を聞かされたばかりだった。
「言われたか?」
「……うん。学校の友達だったんだけど、その子の好きな子があたしの婚約者候補になったのと、歌のコンクールであたしが一位取ったのが重なっちゃって」
「ただの嫉妬だろ。気にしなきゃいい」
「そんな! そんな、こと……できないよ」
「難儀な性格してんだな」
うなだれるユイロラ姫を前に魔法使いは近くの椅子に座り脚を組む。
「誤解を解きに来たって言ってたじゃん?」
「ああ」
「妖精さんの魔法を解きに来たのとは違うの?」
「違うな。そもそも、解く必要がない」
「なんで? 魔法であたしのこと好きになった人とか、いるかもしれないでしょ。そういう人を元に戻してあげたいの」
必死な顔ですがりつくかのようなユイロラ姫。
「まず知識の共有からしておくか」
「ちしきのきょーゆー?」
「前提として、妖精どもは基本善意で魔法を使うし、見返りを求めない」
「えっと?」
「簡単に言えばユイロラ姫に魔法をかけたことになんの裏もない。頼まれたからやっただけだ」
「頼まれたってパパとママ?」
「そうだな。そして、妖精の魔法はそこまで強力なものじゃない」
「そうなの?」
「ああ。だからユイロラ姫にかけられた、誰からも愛される美しさも人を魅了する歌声も、愛らしく育ちますように歌がうまくなりますように、程度の願掛けみたいなものだ」
「そうなの!?」
驚くユイロラ姫。魔法で美しさや歌声を手に入れたのだとばかり思っていたから驚きもひとしおである。
「王妃の若いころの肖像画を見たことはあるか?」
「うん。あたしにそっくりだったよ」
「ならわかるだろ。美人の王妃の娘の姫が可愛いのは当たり前だし、似てるんだから遺伝だ」
「う、うん」
「それと、歌声が綺麗でも歌い方は姫が練習して体得したものだろう。だったら姫が好かれてるのも歌が人を惹きつけるのも、生まれつきのものだし姫が頑張ったからだな。だから魔法を解く必要もないということだ」
「そうなんだ。でも、なんかズルくない?」
「人は平等ではないってのはどこぞの皇帝が言った言葉だが、あんたは姫で王族、家族に恵まれていて可愛い。それをズルいとは言わないだろ……何をクネクネしてるんだよ?」
姫はだらしなく顔を緩ませて、悶えるように身をよじっていた。
「にへへ。いや、褒められてうれしいっていうか、恥ずかしいっていうか」
「何照れてんだ。言われ慣れてるだろ」
「いやー、花のようとかうるわしいとか言われたことあるけど、全然ピンと来なくって。魔法使いさんみたいにすんなり可愛いって言ってくれる人、あんまりいないから」
「お、おう……まあ、一般的には、だよな、うん」
えへへと笑う姫と気まずそうな男。ごほんと咳ばらいをしてごまかす。
「まあ、とにかくそういうわけで。呪いはかかってないから魔法を解く必要はないぞ」
「う、うん……だったら、なんで呪いってことになったの?」
「国の重鎮どもがスケベ心出したみたいだな。わが国には妖精の加護を受けた美しき姫がいるとか宣伝できるし。妖精はケチつけてきた俺が気にくわなかったんだろ。妖精どもには前々から無責任な加護をホイホイ与えるなと言ってるからな」
「ふーん」
「ま、そんなところか」
言って、男は腰を上げ出口へと向かう。
「え、もう行っちゃうの?」
「ああ。今更この国全体に広まった誤解を解くのは億劫だし、姫本人に伝わりゃ別にいいかなって」
「その……もうちょっとお話ししたいなーって」
(闇が姫を襲いし時、運命の者現れ闇を祓う、だったっけ? だったら、魔法使いさんが運命の人。でもそういうの関係なく、もっとお話ししたいな)
「俺より、とっとと外に出て両親やらお友達やらと話した方がいいぞ。どうせもう二度と合わないだろうし」
「えー、なーんかやな言い方」
「事実だしな。それに、もう話すことないだろ」
「え、えーっと」
(なんか話題ないかな)
本当にこのまま帰ってしまいそうな男に、ユイロラ姫は何か話のタネはないかと頭を抱える。
「あ、じゃあさ、あたしが部屋に籠ってから、ずっと様子見に来てくれた友達がいて、心配かけちゃったし謝りたいんだけど、どう言ったらいいかな?」
「知らん」
「即答!?」
「友達いたことないから仲直りの仕方とか知らん」
「あ、うん……ごめん」
「いや、まあ、素直に心配かけてごめんでいいんじゃねえの?」
「うん……」
(いやダメだ。話し終わっちゃった。えっとえっと)
「……あ、部屋から出たら運命の相手探しが始まっちゃうと思うんだけど、どうしたらいい?」
「それこそ知らん。姫の気に入った奴を選べばいいんじゃねえの?」
「それはそうなんだけど……」
(魔法使いさんを気に入ったって言っても、この調子じゃ無理とか言って逃げられちゃいそうだし)
「ほら、あたしが可愛いから好きみたいな、外見しか興味ないようなこと言ってくる人いるしさ」
「人が好印象を持つのは外見がまず第一だろ。その点で姫は断然優位になってるんだから、贅沢ってもんだ」
「そ、そうなのかな」
「可愛いのがやだとか言ってるようなもんだぞ。あるものは無くせないんだし、受け入れろ」
「え、えーっと、やっぱり照れちゃうな」
「いや、そういう意味で言ってないからな?」
再度ニヘヘと照れるユイロラ姫と呆れる男。どうにもやりづらそうである。
「まあ、あれだ。人は外見じゃないとか、心が綺麗とか言ってくる奴はやめた方がいいんじゃないか」
「あ、それ言われたことある」
「俺が惹かれたのは目に見えるものじゃないよアピールしてくる奴に碌な奴はいない」
「なんか、嫌なことでもあった?」
「気にするな」
「うん……」
(だから、話終わっちゃう! なんか、なんかないかな…… )
「んじゃ、そろそろお暇するかな」
「あ、うー」
去ろうとする男に、苦悩するユイロラ姫。そして、とうとう姫は決断した。
「あ、あの、魔法使いさん!」
「お、おう。どうした」
「あの、その……また、会いたいな」
「……俺みたいな悪い魔法使いと縁をもってもいいことは何もないぞ」
「~~っ、もーっ! なんでそういうこと言うの!?」
「なんだ。いきなり大声出して」
「もーわかった。魔法使いさんは待っててもダメだってことが」
「お、おう?」
「だから、あたしから行くことにする」
グイグイと押して押すユイロラ姫。その勢いにたじたじの男。
「ねえ、魔法使いさん。名前、教えて?」
「……ハチマンだ」
「うん。じゃあ、ハッちゃん」
「まさかの呼ばれ方だな、おい」
「ハッちゃんがあたしに会いに来てくれないなら、あたしから行くからね」
「俺は色んなところうろついているから、会えるとは限らないぞ」
「それでもいいよ。絶対、また会うから」
「……ま、頑張ってくれ。それじゃな」
魔法使いが手を振ると、ドロンと煙が吹き上がり、男の姿は消えた。魔法を目の当たりにしたユイロラ姫は目を丸くし、しかし、笑みを深めていった。
「ぜったい、また会って見せるからね。あたしの運命の人」
そして。
ユイロラ姫が部屋から姿を現したことで城は一層騒がしくなり予想通りに運命の者探しが始まったのだが、姫は事の次第を語りたがらず、集まった名家の者たちの求婚を断り続けた。
後に、ユイロラ姫は外交に励み他国との関係を深めることに大いに貢献した。
ユイロラ姫が悪い魔法使いとの再会を果たせたかどうかについては、誰も知る由がない。しかし、ある日を境に、ユイロラ姫は自身の髪をリボンでまとめることが多くなったという。
「原作では妖精は12人いて、それぞれ加護を与えたらしいな」
「え、そんなにいるの?}
「本当は13人いたらしいんだけど皿が12枚しかないから一人ハブにして、呼ばれなかった妖精が呪いをかけたらしい」
「そんな理由で仲間外れはダメだよね」
「ハブられたから逆襲するのは素人のぼっちだな。プロのぼっちは空気悪くするかもしれないから最初から行かないんだ」
「そんな悲しい決意を聞かされても」
続いては『白雪姫』。
ここはとある国のとある城、その一室にこの国で一番の魔法使いの美少女が鏡に向かっていた。その名はいろは。
「さて、と。これで魔法の鏡になったはずだよね。んんっ、えー、鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだーれ?」
「は? 知らねえよそんなの」
「あ、あれ? おかしいな。鏡よ鏡。この世で一番きれいなのは誰?」
「だから知らねえっての」
「おっかしいな。何でこんなひねくれやさぐれた感じの男の人の声なんだろ」
ゴンゴンと縁を叩くいろは。しかし、鏡は一向に変化はない。
「叩くな。昔のテレビじゃねえんだから。それにひねくれやさぐれは大きなお世話だ」
「おっかしいな。何でも答えてくれる魔法の鏡のはずなんだけど」
「何でもは無理だ。知ってることだけしか答えられんぞ。あと、お前の込めた魔力じゃ世界には届かん。精々が近隣諸国だな」
「えー、なんかショボいなぁ。まあいっか。それじゃ、近隣諸国で一番美しいのはだーれ?」
「綺麗なんて個人の主観によるものだろ。そんなん決められねえよ」
「じゃあ、みんなが美人だって思う人は?」
「みんなって誰だよ。みんなの中に入ったことねえからわかんねえよ」
「……めんどくさいな、この鏡。じゃあ、鏡の主観でいいから答えてくださいよ」
「あんまり人の美醜に言及したくねえんだけど」
「い・い・か・ら! 答えてください!」
「やめろゆらすな。じゃあ、近隣諸国で綺麗なやつ……ほれ」
鏡に映ったのは艶やかな黒髪を持つ、美麗な少女の姿だった。
「わー綺麗な人、って、誰ですかこれ!」
「北の隣国の姫で白雪乃姫だな。毒舌で求婚をばっさり切りまくってる。頭も運動神経もいいが体力はない。あと猫大好き」
「むー、美人だしスタイルもいいなぁ。顔ちっちゃいし、あ、でも胸は勝ってるかな」
「勝ち負けじゃねえと思うんだが」
「うっさいですね。みんな違ってみんないいとか求めてないんで」
「その意見には賛成だが」
「あ、それじゃ綺麗でスタイルもいい人はだーれ?」
「男目線? 女目線?」
「どう違うんです?」
「違うだろ。グラマラスかスレンダーのどっちだ?」
「じゃあ、おっぱい大きな人で」
「女の子がおっぱいとか言うんじゃありません。えー、じゃあこの人」
鏡に映るのは、肩までの黒髪でにこやかに笑う美人。どことなく白雪乃姫に似ていて、しかしながら、少し怖い。
「わー、キレイでおっぱい大きい、って誰ですか!」
「白雪乃姫の姉、白陽乃姫だな。美人は美人だが、うかつに近づくとえらい目に合う」
「なんか実感こもってる感じが。じゃなくて! なんでわたしじゃないんですか!」
「何、エゴサなの? 自分を美人で挙げられたいとかすげえな」
「別にいいじゃないですか。そういう魔法でしょ?」
「そもそもお前って美人ってより可愛いの方だろ」
「え、そ、そうですか? って、なんでいきなり口説いてくるんですか。ありえないんですけど。下げてから上げるアレですか? もうちょっとうまくいってくださいよ。やり直し!」
「口説いてねえしなんで振られてたみたいになってんだよ」
「もー、じゃあ近隣諸国で可愛いくってスタイルいい子はだーれ?」
「えーと、じゃあ……はいドン」
鏡に映るのは、髪をお団子にした少々幼げで、しかし似つかわしくないほどグラマラスな少女。
「わー、可愛くってスタイルいい、ってほんとにすごいなこの人。おっきくて腰細いし。絶対足元見えないでしょ。ちょっと鏡さん。この人は誰? スリーサイズは?」
「そんなん知るか。東寄りの北の隣国の姫、白結衣姫だな。ちょっとアホの子だが優しくて元気。あと白雪乃姫と仲がいい。知ってる奴からすると怪しい関係じゃないか疑われるレベルで」
「いや、そこまで聞いてないですけど。ってか、さっきから知り合いなんですか? やたら詳しいですけど」
「気にするな」
「気になりますけど。まあいっか。これもダメかー」
「お前はどっちかと言えば華奢な感じだろう。さっきの質問だとひっかからん」
「じゃあ、もっと簡単にいこうかな。近隣諸国で可愛いのはだーれ?」
「コマチ」
「即答!? 誰!?」
鏡に映るのは、八重歯とピョンと跳ねたアホ毛が印象的な天真爛漫な笑顔を浮かべた少女。
「で、誰ですかこの子。可愛いのは確かですけど」
「俺の妹。世界一可愛い」
「妹!? 鏡なのに!? ってか、さっき世界には届かんとか言ってませんでした?」
「あ? 俺の妹にケチつける気か?」
「な、なんで怖い声出してるんですか。ケチつけてるわけじゃないですけど」
「いや、悪かった。あ、それじゃこっちはどうだ。はいドン」
鏡に映るのは、柔らかな髪に華奢な体格、儚げな印象を与える可愛らしい一見して美少女が庭球に興じている。
「あら可愛い。……ん? この人って」
「西寄りの北の隣国の彩加王子」
「なんで男の人を可愛いでチョイスするんですか! 可愛いですけど!」
「俺の主観で選んでるからな。天使だぞ」
「ええ、キモイんですけど。もー、うまくいかないなぁ」
「曖昧検索だからな。詳細に条件を入力すればピンポイントで見つかるかもしれんぞ」
「いや、検索サイトじゃないんだから。じゃあ、近隣諸国で可愛くて華奢な感じのスラっとしたスタイルで、健気で可憐な子はだーれ?」
「そこまで指定されるとこの子だな。ほい」
鏡に映るのは、艶やかな黒髪の小柄な美少女。ちょうどティータイムのようで、活発そうな美少女とお茶を飲んでいた。
「わー、可愛くて華奢な感じでスラっとして、健気そうで可憐な感じの子だー。……で、誰ですか?」
「東の隣国の白留美姫。もっと言えば賢くて芯が強く勇敢だ」
「属性盛りっ盛りじゃないですか。ずいぶん褒めてますけど年下趣味ですか?」
「事実を言ったまでだ。それにお前が健気で可憐ってのもなあ」
「は? 何か文句でも?」
「いや、まあ。ちなみに隣のは白留美姫の親友だな」
「こっちの子も可愛いですね」
「そだな」
鏡の言葉に、ついにいろはの堪忍袋の緒が切れた。
「あーもー! 派手目の美人!」
「ほれ。南の白優美子姫。見た目派手だがオカン気質で面倒見がいい」
「地味目の美人!」
「地味と言うのが合ってるかわからんが、南の姫奈神官。白優美子姫のお付きで腐教に熱心」
「うー、ほんわか美人!」
「北の協議会のめぐり委員。一緒にいると癒される。白陽乃姫と仲いい」
「ぐぬぬ。きつめの美人」
「西の裁縫屋の何とか沙希嬢。弟妹を養うのに忙しく働いている、近所で評判の家族思い」
「……大人の色気」
「中央の静教諭。婚期を逃して焦ってるが、面倒見がよくて生徒想いの実にいい女。男より男らしいと評判のためあまり知られてないがな」
「もー! なんでわたしを写さないんですか!」
いろはがバンバンと机を叩く。グラグラと揺れる鏡だが、意に介することはない。だって鏡だから。
「だって、ことごとくお前に該当しないワードだからな。仕方ないだろ」
「うー!」
プンスカしているいろはを見て、鏡は思う。
(近隣諸国と指定がなけりゃ可愛いあたりで該当したんだがなぁ。小町の次に)
「ん、何か言いました?」
「いや、別に」
「そうですか? まあいいです。この国で一番可愛いのはわたしですからね!」
「はいはい」
(そう聞けばいいのになぁ)
「絶対わたしを映させてやるんですから!」
鏡にいろはが映るのはいつの日か……。
その後。
いろははことあるごとに鏡に問いかけ、望む答えを引き出そうともできなくて。ついつい鏡の前で弱音を吐きだし涙を流す。
その涙に慌てた鏡は素直な心情を吐露するが、鏡が見たのはペロリと舌を出し、目薬をしまういろはの姿だった。
ということがあったとかなかったとか。
「原典だと王妃は三回も白雪姫を殺そうとしてるのに生き延びてるんだよな。しかもかなりガチで殺しにかかってるのに。白雪姫って何だ、異能生存体か?」
「……」
「あと王子様な。よく言われてるけど死体にキスするとかそうとうなレベルの特殊性癖だ」
「……」
「あー……原作だと白雪姫って七歳らしいな。そんな子供を一番きれいな女っていう鏡も鏡だな」
「先輩にピッタリじゃないですか? 年下好きだし」
「やっと話したかと思えばずいぶんだな」
「だって、なんでお姫様じゃないんです?」
「いや、思いついちゃったもんで」
「ふーんだ」
最後に、『美女と野獣』。
ある国を治めていた王子が、ある日を境に姿を消してしまう。
様々な噂がされたが、王子が見つからないまま月日は流れていく。
この話はその数年後、城の近くの村にベルミという賢く美しい娘が森に入ったところから始まる。
森を駆ける少女ベルミ。彼女は薬草を集めに森に入ったところ狼に追われていた。普段ならば狼が村の近くに現れることはないし、ベルミも周囲を警戒していたので危険は無いはずであった。
しかしながら、この日は運が悪かった。腹を空かせた狼がたまたま村の近くまで来ており、村の祭りで奏でられた音楽に驚き移動した先に、共に薬草採集に来ていた村の娘たちに置いて行かれていたベルミがいた。
さらに、ベルミが逃げた先は村の反対方向であり、誰の助けも来ないはずであった。だが、
「キャインッ!」
狼の悲鳴に、ベルミは足を止めて振り返る。追ってきていた狼の姿はなかった。
何かが、何者かが、狼を襲ったのだろう。ならばその何者かがベルミを襲わない理由はあるだろうか。
答えはすぐに判明した。
「何をしている」
低く、地の底から響くような声がする。それはまるで野獣のようで、しかしながら、ベルミは不思議とその言葉に優しさを感じていた。
「お前のような少女がこんな場所まで来るものではない」
「……お前じゃない。ベルミ」
「ふん。気の強いことだ。ではベルミ。とっとと村に帰れ」
その言葉を最後に、ベルミの問いかけに答えることもなく声の主は遠ざかっていったようだ。そうと気づいたベルミはむうと頬を膨らませた。
翌日、ベルミは狼に追いかけられ、何者かに助けられた場所へと戻ってきていた。
「……よし。すぅ、」
「何をしている」
「あ、来た」
大声を出すために大きく息を吸い、呼びかけようとしたところで昨日と同じ声がした。
「恩には礼を返せと親から教えられているの。だから果物持ってきた」
「人の話聞いていたか? 危ないからここに来るなと言ったはずだが」
「危なかったら逃げるよ。でも、まだあなたと顔を会わせてお礼を言ってない」
「強情だな。後悔するなよ?」
そうして、森の闇からのっそりと現れたのは、直立する巨大な獣だった。ベルミが今までに見たどの動物とも似ているようで、しかしそのどれでもない。まさに野獣であった。
「……助けてくれて、ありがとう」
「芯が強い上に強情だな。礼は受け取った。だから村へ帰るがいい。また狼が出るやもしれん」
「……」
「どうした?」
礼を言うことができたベルミであるが、野獣に怯えることも立ち去ろうとせず、ただ野獣の顔を見ていた。
野獣は歯をむき出しにして唸る姿を見せるが、
「この醜い姿が気になるか?」
「ううん。果物より肉の方がよかったかなって。大きな口だし」
ベルミは恐れることはなかった。
「……なんか調子狂うな」
「一緒に食べよ」
ベルミは切り株に腰掛け、隣を叩き野獣にそこに座れと促がしていた。
野獣はため息を一つ、ベルミの隣に腰掛けた。
「お前はこの姿が恐ろしくはないのか」
「お前じゃない、ベルミ。だって、会話ができるもん。同じ言葉をしゃべってるのに会話が通じない人の方が恐いよ」
「それな。リア充どもとか価値観とか違いすぎて話にならない……あ」
それまで重々しく威厳に満ちた威容を示していた野獣であるが、つい漏らしてしまった態度は年若い少年のようであった。
「それが素なの?」
「あー、くそ。この姿に似つかわしい言葉遣いしてたのに、共感できるボッチエピソードに反応しちまった」
「なんか無理してる感じがしてたよ」
「バレバレかよ」
ベルミが果物を野獣の前に差し出すと、巨大な手で器用に摘み上げ一口で丸かじりにした。
「足りないかな?」
「いや、久々に食ったから上手いよ。ごっそさん」
「ねえ、名前は?」
「ん、名前がなんだって?」
「あなたの名前聞いてるの。普通わかるでしょ?」
「ああ、この姿になってから聞かれることなかったからな。まあ、野獣とでも呼んでくれ」
「ふーん、じゃあ野獣先ぱ」
「待て。なんでそうなる?」
「年上そうだったし」
「ハチマンだ。そう呼べ」
「そう。じゃあハチマン。ハチマンってもともとその姿だったんじゃなくて、人間からその姿になったの?」
こめかみに手を当てていた野獣改めハチマンは、ベルミの言葉に動きを止める。
「どうしてわかった?」
「だって、隠す気ないでしょ? この姿になってとか久々にとか、端々に匂わせてたもん」
「む……そんなつもりはなかったんだが、無意識に気づいてほしかったのかな」
「ねえ、私でよければお話聞くよ?」
「まあ、大した話じゃないんだが……」
そう言って語ったのは、数年前ハチマンに降りかかった災難話である。
ある日の夜、両親が不在のため留守を守っていたハチマンに、使用人から館に訪れた者がいると連絡を受けた。みずぼらしい格好の老婆が一夜の宿を貸してほしいとのことであった。
ハチマンは断ろうとしたのだが、老婆はこれでもか?と美しい妙齢の女性へと変身した。老婆は魔女だったのだ。それでもハチマンは断ろうとした。ボッチはハニトラになんてひっかからないのである。ところが、
「傲慢な男め。見かけで判断すると隠れた真実を見失ってしまうぞ」
「いや、人に不快感を与えないために清潔感は重要だろう。美醜はともかく」
「ええい問答無用!」
魔女はハチマンや妹、使用人にまで魔法をかけ、姿を変えてしまった。
「真実の愛を見つけなければ、その魔法は解けることはない」
という言葉を残し、魔女は姿を消した。
以来、ハチマンは野獣の姿のまま、呪いを解く方法を探しているのであった。
「とはいえ、もともとボッチ気質な上この姿だから難航してな。人との会話に飢えていたのかもしれん」
「……」
「どうした?」
「それ、ハチマン悪くないよね?」
「というと?」
「お留守番してるところに知らない人が泊めてくれって言ってきたら、泊めたりしないと思う」
「そうだな。賊の手引きでもされたら事だし」
「それに、綺麗な人でもハチマン泊めなかったでしょ?」
「まあな。知らない人と一つ屋根の下とか、お断りだ」
「ハチマンのどこが傲慢なのか、私にはわからないな」
「そうな。俺ほど謙虚な奴もそうはいないと思うぞ」
「むしろ卑屈じゃない?」
「うるせ」
ハチマンはベルミから渡された果物に不貞腐れたようにかじりつき、それを見てベルミはクスクスと笑った。
「それで、真実の愛って何? 誰かに好きになってもらえばいいの?」
「さっぱりわからん。俺の妹への愛は真実だと思うが、魔法は解けないしな」
「……妹?」
「ああ。コマチっていうんだが、最高に可愛いぞ」
凶悪な顔を歪め牙をむき出し威嚇しているようにしか見えないが、ハチマンは笑っているのだとベルミは理解した。そして、ちょっとムッとした。
「ハチマンってシスコン?」
「いや、これくらい普通だろ」
「そうかな」
そうこうしている内に、ベルミが持ってきた果物はほぼすべて野獣の腹の中に納まった。つまり別れの時間が近いのだと、ベルミは気づいた。
「ねえハチマン。また明日も会いに来ていい?」
「あん? もうお礼は受け取ったから来る必要ないだろ?」
「お礼じゃなくてハチマンに会いに来るの」
「……あー、獣がいて危ないからやめとけ」
「ハチマンがいたら近寄ってこないんじゃない?」
「……ベルミは強情だな。わかった、俺の負けだ。待ってるよ」
「うん。また果物でいい?」
「いや、いいよ。毎度持ってきたら負担だろ。今度は俺が持ってきてやる」
「うん。それじゃ、またね」
こうして。
村の少女ベルミと野獣ハチマンとの奇妙な友情が育まれた。
ベルミは家の手伝いや勉強の合間を縫ってハチマンに会いに行き、ハチマンはいつもの時間にいつもの場所で待っていた。
これが友情なのかはたまた別のものなのか、ベルミにはまだ判別はできなかった。
しばらく後に、ベルミに惚れた男とハチマンが相対することになるのだが、その結果がどうなったのか、ハチマンへの呪いが解けたかどうかは、誰も知る由が無い。
「原作だと魔女は王子主催のダンスパーティに来て、バラ一輪と引き換えに泊めてくれと言ったとか」
「ダンスパーティーで泊めてっていうのもおかしいし、招待状なしに来た人返すのは当然じゃない?」
「だよな。とはいえ、昔の話は色々と理不尽なところが多くてな」
「だからといって八幡は捻くれ過ぎだと思うけど」
「ほっとけ」
演目はすべて終了しました。
「一通り見たけれど、やはり比企谷くんの捻くれ具合はすさまじいものがあるわね」
「さすがヒッキーって感じだね」
「むー、みんなプリンセスなのにわたしだけヴィランなんですけど」
「でも、八幡言ってましたけど、一番楽しく書けたって言ってましたよ」
「コメディチックだし、書きやすくはあったと思うけど」
「これで依頼は達成ということでいいかしら?」
「そだね。演劇部から名作の現代版アレンジって依頼されたときはどうなるかと思ったけど」
「どっちかと言えば八幡の捻くれアレンジじゃないですか?」
「比企谷くんが大筋を書き私たちが清書するとはいえ、少し負担が大きかったかしら?」
「お兄ちゃん家でぐったりしてますよ。受験生にこんなことさせるなって」
「確かに、結構な量ですよね」
「そう言えば、みんなをヒロインに割り当てて書かされてたことに首を傾げてましたよ。なんで俺はこんなことを、とかなんとか」
「これでお兄ちゃんが誰を好きかわかるかも、って言ってた雪乃さん。どう思います?」
「いえ、私は、無意識に比企谷くんの思考が漏れるのではといっただけよ。でもそうね……エピローグにバディとして選ばれたシンデレラは特殊かもしれないわね」
「えー、眠れる森の美女だって気にかけてるしプレゼントしてるよ」
「白雪姫は……可愛がってるのは間違いないですよね。どういう感情があるのかわかりませんけど」
「美女と野獣は確実に何らかのいい関係は気づいてますね」
「どの作品に一番力を入れたのかは各自の判断に任せるけれど……そういえば、小町さんの青い鳥はどうしたの? ここにないようだけれど」
「……これはどうしようもないです。チルチルが家から出ようとしないですもん。実家最高、実家にこそ幸せはあるとか、ニートみたいなこと書かれてます。ミチルはそんなお兄ちゃんを呆れながらも世話をするって感じで」
「あー、でも、ある意味ヒッキーの理想なのかも」
「こんな理想はいくら小町でも嫌ですよぉ!」
台本形式は性に合わないので、台本形式風にお届けしました。
決して地の文が面倒とかそういうことはなく。
次は何を更新しようかなー。
じゃあまた。