私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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彼だって姉が心配になる。

 三月になってしばらくが経ったころ、卒業式が終わって新入生を迎える準備を始めた。

 その一つが寮の手入れである。

 三年間使われ続けていた寮を整備し直し、快く新入生を迎え入れようと言うものだ。基本的に退寮前に卒業生が掃除してくれている為、ほとんど手を加える必要が無いのだが、廊下のワックスがけや、壊れかけのドア等といった備え付けの備品取り換えは俺達整備担当者や用務員が総出で行う。

 そんな作業に向かう途中、数少ない男性の上司、轡木さんに呼び止められた。

 轡木さんはこの学園の学園長であり、クビになってフリーターになっていた俺をスカウトした人物。こうして再び仕事が出来るのも、その報酬が貰えるのも、全部轡木さんのおかげ。……別に過去を挟み込まれているわけでは無い。たぶん。

「それで、何の用でしょうか。轡木さん」

「今日はこっちに来なくていいですよ。代わりに織斑先生の手伝いに行ってくれませんか?」

「ちふ……織斑先生のですか?」

「そうです」

 千冬さんの仕事の手伝いを学園長から直々に依頼されるのは中々珍しい。それほど大変な仕事があるなんて話は聞いていないが、いったい何をするのだろう? まあ、行けば分かるか。

「分かりました。どこに向かえば良いですか?」

「校門に向かってください。織斑先生は先に行っています。それと今日はその仕事が終わったらそのまま帰って下さい」

「え? いいんですか?」

「ええ。その代わり明日は頑張って下さいね」

 心の中でガッツポーズを決めた。

 そうと決まれば今日はさっさと仕事を終わらせて帰ってやる!  

「じゃあ、もう行きますね」

 俺は千冬さんが待つ校門へと急ぎ足で向かった。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 満開の桜がひらひらと散っていく様を眺めながら校門に行くと、もう既に千冬さんは腕を組んで待っていた。時折花弁を掴もうと手を伸ばしては、肩を落とす様が遠くから見て取れる。花弁を中々上手く捉える事が出来ていないようだ。

 こっちの方へ花弁を追って手を伸ばした所で、遠目に俺の存在に気が付いて手を引っ込めると、歩いてこっちに向かって来た。

「准! いるなら声をかけろ!」

「いや、楽しそうだったので邪魔するのも悪いかな、と」 

「そ、そんな事無い! 准が遅いから暇だったんだ」

 直接来た千冬さんより、別の場所を経由した俺の方が遅くなるのは必然なのだから、そこら辺は何とか察して欲しい。IS学園は島一つが校舎なので無駄に広いんだよな……。

 そんな事より、仕事内容を全く聞いていないので千冬さんに確認を取らないとな。場合によっては俺より適任がいるかもしれない。

「所で千冬、轡木さんに頼まれて来たんですけど、何すればいいんですか?」

「言われてないのか?」

「ええ、行けば分かると思って聞きませんでした」

「ちょっとは確認したらどうだ? 変な仕事だったらどうする」

「千冬がいるなら安心でしょう。その可能性はほぼないと見ました」

「そうか……まあいい。では本題に入ろう。今回、准に頼むのは荷物運びだ」

「荷物運び、ですか」

 男手が必要になるほどの大量の荷物が送られてくるのか、まあ千冬さんも人間だ。力はあるが腕は二本しかない。持てる荷物には限りがある。面倒だが、その程度で今日の仕事が終わってしまうのなら万々歳だ。

「あとついでに一夏の奴が送られてくる」

「え? 例の一夏君ですか?」

「ああ。今日からIS学園で保護する事になるな」

 ええ……。そんなの聞いてない。報告ぐらいしてよ。頼むから。

「今日から、ですか。いつ決まったんですか?」

「昨日の夜だ。一夏の奴が電話で泣きついて来て、『今すぐIS学園に行かせてくれ』って言われたから、流石に限界だと思ってな。日時を早めた訳だ」

 それなら仕方が無いか、きっと一夏君も精神的に参っていたんだろう。監視状態でホテルに缶詰とか精神的に辛いだろうし。となると荷物は一夏君の生活用品か。

「でも、まだ空いている寮は立ち入り禁止ですよ。しばらく中は作業中になりますから」

「ああ、それは私も轡木さんから聞いている。だから、私の部屋に一緒に住むことになるな」

「成程、それなら安心ですね」

 となると、俺もしばらくはお隣さんとしてやっていく事になるのだから、早めに顔を見せた方が良いだろう。それにいつも千冬さんの世話になって……、いや世話をしているから挨拶ぐらいしておきたい。

 それにはこの荷物持ちは丁度いい機会だった。

 桜を眺めながら待つこと数分、遠くから黒塗りの車が走ってきて目の前に停車した。

 中には黒服で筋骨隆々の男達に囲まれる青年が見えた。彼が一夏君なのだろう。黒服の人達に頭を下げて、しっかりと礼を言ってこちらに向かってくる。そして千冬さんを見て安堵の表情を見せた。

「千冬姉!」

「久しぶりだな一夏。元気そうで何よりだ」

「俺も千冬姉に会えて嬉しいよ」

 そんな和やかな会話で、姉弟の仲の良さを見せつけられる。酔うと千冬さんは一夏君の自慢を始めたりするので察してはいたが、想像以上に仲がいい。俺は一人っ子だから、そういうのが羨ましかった。

「で、えっと千冬姉、その人は?」

「ああ、紹介がまだだったな。こいつが准だ」 

 一夏君の問いかけに千冬さんが答える。俺も挨拶を済ませておこう。

「初めまして、一夏君。俺は倉見准。これからよろしく」

 俺が名乗って手を差し出すと、一瞬目付きが鋭くなったが、すぐに元の表情に戻った。

「えっと、よろしくお願いします。倉見さん」

 一夏君と握手を交わす。第一印象としては爽やかさがにじみ出ている好青年だった。が、その中に違和感を感じ取った。何かを必死になって包み隠している気がする。

 もしかしたら俺は嫌われているのかもしれない。

 手を離すと、黒服の人達がトランクから段ボール箱を取り出しているのが見えた。

「千冬さん、俺はあれを部屋まで運べばいいんですね」

「ああ、頼む。一夏、お前の荷物なんだから准に頼り過ぎるなよ」

「分かってるよ。むしろ倉見さんに頼らなくたって、俺だけでも余裕だ!」

 そう言うと一夏君は積み重なった段ボール箱を全て持ち上げた。千冬さん譲りで、運動能力も高いみたいだ。織斑家は化け物揃いか。

「そうか、余裕か。じゃあ准、走って部屋に戻るぞ。一夏もついてこい」

「すいません。やっぱり無理です」

「一夏、無駄な時間を少なくするために私達がここにいるんだ。見栄を張るのも良いが、後で後悔することも多い。止めておけ」

「わかったよ、千冬姉」

 一夏君は持っていた物を降ろした。俺は四つあった段ボール箱の内二つを抱える。

「じゃあ、行きましょうか」

「ああ、そうだな。一夏付いてこい」

 残りの荷物を二人が一つずつ持って歩き出す。俺はその後ろに続いた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「倉見さん、少し待ってて貰えますか?」

 千冬さんの部屋の前で一夏君にそう促された。

 何? 新手のイジメ? そろそろ俺の腕もキツイんだけど。

「どうしてだい?」

「少し確認したい事があって、倉見さんには見せられないです」

「はぁ、そこまで心配しなくてもいいぞ一夏。掃除ならちゃんとやっている」

 そうだね。掃除なら(俺が)ちゃんとやっているね。

 目を離すとすぐ散らかすからな。定期的に部屋に行っているから、以前ほどは問題はない筈だ。

「千冬姉が言ってたじゃないか、見栄を張るのは止めておけって。大人しく俺に部屋を掃除させてくれよ。千冬姉は家事は何にも出来ないんだから、俺がちゃんとしないと」

 そう言いながら一夏君はドアにかかった鍵を開けて、中を見る。

「……え?」

「だから言っただろう。准、中に入って適当な所に荷物を置いてくれ」

 千冬さんに促されて中に入り、荷物を置いた。

 これで俺の今日の仕事は終わりか、時計を見ると一二時を少し過ぎたくらいだ。帰って昼食でも食べよう。

「じゃあ千冬さん。俺はこれで失礼します」

「もう行くのか。仕事か?」

「いえ、今日はもう休みです。明日から忙しくなりそうなのでゆっくりしますよ」

「そうか……。今日はありがとう准、助かった」

「これぐらいどうという事はありませんよ」

 というか今日はこれで後は休みになるのだから、俺がお礼をしたいぐらいだ。

「じゃあ千冬さん、また明日」

「ああ、また明日」

 体の前で小さく手を振る千冬さんを横目に見ながら俺は部屋を後にした。

 

 その後、余りもので昼食を済ましてボケっと窓の外を眺める。本来は仕事だったから特に予定を入れておらず、やる事も無い。

 ゆっくりするとは言ったものの、いざそうしていると本当に退屈だ。部屋に戻ってからまだ一時間も経っていなかった。何かやる事を探して暇を潰したいが、掃除はこの間済ましたし、夕飯の支度にはまだ時間が早い。他にやる事といえば何があったか……。

 そういえば、押し入れに何本かヒカルノに貰った釣竿があったな。IS学園に来たばかりの頃は良く釣りに行っていたが久しく行っていない。久々に行ってみるのも良いか。

 早速押し入れの奥に眠っていた釣竿とバケツを取り出して、外に出る。

 廊下を歩いていると、一夏君を発見した。彼の手にはペットボトルが握られており、自動販売機でジュースを買った帰りなのだろう。向こうも俺に気が付いたようで手を振ってこっちに歩いて来た。

「どうも、倉見さん。どこかに行くんですか?」

「いや、あんまりにも暇だったんで、釣りにでも行こうかと思ってね」

「へぇ、釣りですか。俺も暇なんでついて行っていいですか?」

 しばらく軟禁されていた彼にとって、海に行くのも良い気晴らしになるだろう。それに以前、千冬さんに頼まれていた事もあって、俺はその頼みを了承することにした。

「いいよ。一夏君は竿持ってるかい?」

「残念ですが、持っていないです」

「じゃあ俺のを一本貸して上げるから、ちょっと待っててくれ」

「ありがとうございます!」

 一度俺は部屋に戻ってもう一つ竿を取ると、一夏君と一緒に近くの堤防を目指した。 

 

 ▼ ▼ ▼

 

 竿を両手で持ち、左肩を引いて沖へとリリースする。竿がしなった反動でルアーが放物線を描いて飛び、着水した。

「と、言った感じだ」

「おおー。じゃあ俺も」

 投げ方を教えて実演すると、一夏君も見よう見まねで海へとリリースした。だが真っすぐに飛ばずに左に逸れる。

「あれ? 上手くいかないな……」

「一夏君、もっと力を抜いていい。体じゃなくて竿の反発力を使うんだ。まあ、また投げればいいさ」

「……そうですね」

 リールを巻いて水中のルアーを動かす。一夏君は集中しているのか、無言になっていた。

 その後何度か投げ直し、獲物がかかるのを待つが中々当たりは来ない。

 しばらくの間波の音だけが聴覚を支配する。手が潮風にさらされ続けて冷えてきた。竿から片手を離して息を吹きかけ暖を取る。手袋ぐらいして来れば良かったな。

「冷えて来ましたね」

 沈黙を破って一夏君が話しかけてきた。

「……そうだね」

 上手く会話を続ける事が出来ずに会話が途切れる。一夏君の趣味を知っていれば、もっと話題が広がるんだろうが、残念ながら今の俺にはそんな都合のいい情報は無い。どう返したものか……。

「倉見さんは、千冬姉とどんな関係なんですか」

 俺が考え込んでいると、一夏君はそう切り返して来た。

「どうしてそんな事を聞くんだい?」

「いえ、この間雑誌を見たら、倉見さんと千冬姉が一緒に取材を受けていたので気になって」

 雑誌……この間の奴か。腕を組んだり、抱き着いたり、色々と反感を買いそうな写真を取られたからな、一夏君としても気になる所だろう。

「まあ、仕事仲間だよ」

 この手の質問に対して一貫している答えを口にする。

「ただの仕事仲間が部屋の掃除をしますか?」

「……千冬さんだって自分で掃除ぐらいするさ」 

 ばれてる? 何処から漏れた? まさか盗聴してたのか? だとしたら怖すぎだろ……

「千冬姉を問い詰めたらあっさり吐いたので、そんな嘘を付かなくてもいいですよ」   

 千冬さん……俺の気遣いをあっさりと無にしたな。こうなった以上、別に隠すことは無いか。

「正直な所見てられなかったんで、つい手を出してしまった」

「ご迷惑をおかけしました」

「好きでやった事だ。気にしないでくれ」

「そう言ってくれると助かります。それでも、仕事仲間って言い張りますか?」

 一夏君は竿を投げ直すと、再び話を仕切り直した。

 確かに部屋の掃除を進んでやる仕事仲間なんて信じがたい。もっと親密な関係だと疑う。

 一夏君にとって千冬さんは姉であり、唯一の肉親だ。だからこうして逃げ道を塞いだ上で、俺を見極めにきている、彼の質問の意図(いと)は恐らくこんなところか。

「ああ、変わらない」

 少なくとも今は俺の答えは変わらない。答えが変わる事が怖いから。良い方にも、悪い方にも。

 勿論、良い方に変わって欲しいとは思う。だが、悪い方に変わる可能性が一厘でもあるのであれば、変わらない事を望む。俺はそんな人間だ。

「別に嘘を付かなくても」

「信じて貰えなくてもそれでいいさ。他でも無い俺がそう思っているのなら」

 俺の言葉を聞いて一夏君は納得のいかない様子で、リールを巻く速度を上げた。

「……分かりました。そういう事にしておきます」

「ああ、そうしてくれ」

 そう言って会話を終えて竿に視線を集中させた。

 するとピクリと竿が動いた感触が伝わる。これはかかったか? ゆっくりとリールを巻いて様子を見る。次の瞬間、竿の先が曲がり腕を引かれた。

「よし来た!」

 リールを巻いて、陸に引き上げる。釣れたのはサバみたいだ。針を外して海水を張ったバケツに入れた。

「お! 釣れましたね。夕飯はサバですか?」

「そうしようかな。一夏君も一緒にどうだい?」

「一緒に、ですか?」

「ああ、千冬さんともよく一緒するから一夏君もどうかなって」

やっぱりさっきのは嘘なんじゃ……

 一夏君の呟きは波の音にかき消されて、よく聞こえなかった。

 

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