今週も頑張って『一週間に一回千冬さん』略して『
(個人的に)生クリーム、ガムシロ多めでお送りします。
新年度準備も一段落して、入学式まであと一週間と迫った今日この頃。仕事を終えて整備室の鍵を返しに職員室まで戻ると、俺の机に千冬さんが座っていた。手元にはマグカップが置かれていて、完全にリラックスモードになっている。目が合ったので俺は近くに行って声をかけた。
「何してるんですか千冬さん」
「准を待っていたんだ。今日は思っていたよりは早かったな」
「まあ山場は超えましたし、今日は定時で上がれたので。それで、何の用ですか?」
俺の疑問はそこだ。用があるのなら帰ってから俺の部屋を訪ねればいい。それなのにわざわざここで待っていた理由が分からなかった。
「いや、
千冬さんはやけに「二人っきりで」を強調してそう言った。
補足説明をすると、最近千冬さんが俺の部屋に来るときは、もれなく一夏君が付いてくるのだ。
姉の事が心配なのか俺の行動に目を光らせている。行動に制限がついたようで息苦しいが、その半面、千冬さんのボディタッチの頻度が減って助かっている。酔った勢いで襲いそうになる前にセーフティロックが付くことはありがたい。そんな姉想いの一夏君を除外してまでしたい話というのが何なのか気になった。
「どうした准、支度終わったから行くぞ」
考えている間に千冬さんは身支度を終えていたようで、袖を引っ張って俺を急かしてきた。
「千冬さん、袖伸びちゃうんで止めて下さいよ」
「なら、袖を引きたくなるほど私を待たせるな」
「そんな無茶苦茶な……。伸びたら千冬さんにこのワイシャツ押し付けますからね」
「なっ……!?」
千冬さんは言葉を失ってしまった。
流石にこれは失言だったか。使用済みのワイシャツを押し付けられるなんて不愉快極まりないだろう。これ以上ダメージを与える前にさっさと訂正することにした。
「冗談です。だからそうなる前に俺の袖から手を離して下さいよ」
「――――行くぞ」
千冬さんは袖を掴んだまま俺を引きずって職員室を出た。
まずいな、完全に怒らせてしまったか。何とかして機嫌を直して貰わないと俺のワイシャツの腕が彼女のパワーによって千切られかねない。
「千冬さん俺が悪かったです! だからどうか袖を離してくれませんか?」
「なんだ、せっかく私がシャツを貰う気になったのにそんな事を言うのか? 遠慮はいらんぞ」
「だから冗談ですって。シャツだけは勘弁してください! 何でもしますから!」
そう言うと千冬さんはピタッと歩みを止めて、袖から手を離すと、ゆっくりと俺の方に振り返った。
「ふむ、何でもか。なら丁度いい。明日予定を開けて私に付き合え」
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そんな経緯があって、俺は拒否権を行使する事もなく外に繰り出していた。
前の様に部屋で待ち合わせをしないのは、今日出かける事を一夏君に秘密にしたいからだそうだ。事前に聞いた今回の目的は一夏君の入学祝いを選びの手伝い。知られたくないというのも納得の理由だった。
駅前のベンチに座って待つこと数十分。改札から黒髪をなびかせて、颯爽と俺の待ち人は登場した。
白いシャツに黒いパーカー、サングラスをかけた彼女は、俺に気が付くと周囲の視線を集めながら歩いて来た。
「待たせたな」
「いえ、さっき来たばかりです」
「そうか、ならさっさと行こう。ここは居心地が悪い」
千冬さんは周囲をチラッと見てそう言った。
確かに視線にさらされ続けるというのは良い気分がしない。グランドやアリーナだとそうでもないが、ここまで近い距離だと流石に気になる。
「そうですね。行きましょう」
「ああ」
千冬さんと並んで歩き始める。目的地は近くで「ここに無ければ市内何処にもない」でお馴染み、大型ショッピングモール『レゾナンス』だ。
「それで、千冬は何にするのか決めてるんですか?」
「いや、それが、考えれば考えるほど分からなくなってしまってな……」
「成程、それで俺の出番という訳ですね」
「ああ、男の目線から意見をくれ。まずこういう時は何が定番なんだ?」
「定番ですか。まあ、時計、財布辺りが定番なんじゃないですかね」
「成程、ちなみに准は何を貰ったんだ?」
「俺ですか? 確か……現金でした。味気なかったのを覚えてます」
うん、忙しかっただろうから、しょうがない。そう割り切った事は記憶に新しい。
「そ、そうか。確か時計は持っていたから、財布を見て回るぞ」
千冬さんが自動ドアに向かって踏み出したとき、ふと言い損ねていた事を思い出した。
間違いなく言って置いた方が機嫌が良くなるだろう。少し恥ずかしいが、悩んだ末に俺は言う事にした。
「千冬」
「なんだ?」
「その服、似合ってますよ」
「ッ……~!!」
振り返ったかと思ったら再び前を向いて、両手を頬に添えて立ち止まった。
「不意打ちは卑怯だ……」
「早く行きましょう。時間は限られてますから」
立ち止まった千冬さんを急かしつつ先を歩いた。手を引いてエスコートできたりすれば女性から見てもポイントが高いんだろうが、今の俺は赤くなっているであろう自分の顔を見られないようにするので精一杯だった。
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そのまま前を先導して、財布売り場にたどり着いた。棚の上には色とりどりの財布が取り揃えられていて、それぞれに値札が添えられていた。
「さて、どうしたものか」
しばらく歩いて冷静さを取り戻した千冬さんは棚を前にして顎に手を当てて考え込んで、財布を手に取っては手触りやポケットの場所などを確認して、時折ムッとしたり、頬を緩めたり、普段は見せないであろう表情を浮かべていた。
俺はそれを見るたびに一夏君が羨ましくなる。それだけ大切に想われている事が分かってしまうからだ。俺だってもっとこう……。いや、考えるのは
そういえば俺も長らく財布を変えていなかった。少し見て回ろう。一人だとこういうショッピングモールに来る機会は無いだろうし。
千冬さんがいる場所から少し離れて、一人ワゴンセールになっていた安い財布を漁る。俺は特にブランドに拘りがある人間ではないので、こういう所にあるそこそこの物が買えれば満足だ。
手に取って重さや大きさを確かめて、丁度良さそうな二つ折りの財布を買う事にした。さっさと会計を済ませて千冬さんと合流しよう。
「ちょっとそこのあなた」
声を掛けられたが振り返らない。関われば面倒な事になる事が分かっているからだ。聞こえなかった事にして立ち去ってしまおう。
「男のあなたに言っているのよ!」
無視されて相当腹が立ったらしく、肩を掴まれて振り返らされた。
「――――何か用ですか?」
「まあ! 男の癖に生意気な態度ね!」
三十代と思われる濃い化粧をした女は苛立ちを隠そうともせず、ヒステリックに、声高々に、叫ぶ。
こういう輩は嫌いだ。まるで「自分が世界の頂点」みたいな振る舞いをする奴は。本当に頂点に立った彼女は、もっと気高く美しいのだ。それを汚されたようで、腹が立つ。
「……だからあんたは何の用なんだ」
「まあいいわ。そこの物を全部箱に戻して置いてちょうだい! そうすればその態度は水に流してあげるわ!」
ワゴン上に散かった空き箱を指差す。大方中身を確かめる為に開けたのだろう。見たら戻す程度の事が出来ないのだろうか?
このまま突っぱねたいのは山々だが、断ると更に話がこじれる。警備員を呼ばれて冤罪でもかけられたのならば、IS学園をクビになりかねない。そうなった場合、再就職は難しくなるだろう。ここは大人しく従っておくのが無難か。
聞こえないようにため息をついて、口を開く。
「分かり」
「おい貴様。聞いていれば随分な言い草じゃないか」
俺の言葉を遮るように、背後から声がした。誰なのかは言うまでもない千冬さんだ。心なしか普段より声が低い。
「なによあんた。文句でもあるわけ!」
「そいつは私の連れだ。文句があるなら私が聞こう」
「あなたの男なの? はぁ、手綱をしっかり握っておきなさいよね!」
女はそう言い捨てて立ち去った。手綱、ねぇ。俺は馬扱いかよ。男を荷物持ち的な感じで見ているのなら正しい使い方なんだろうが……。
「はぁ……。准、離れるなら声ぐらい掛けろ」
「すいません」
「こういう時は「ありがとう」だろう。自分で言った事を忘れるな」
「そうでしたね。ありがとう千冬」
「ああ、そっちの方が謝られるよりは良い気分になれる」
そう言って千冬さんは俺の隣に立つと手首を掴んだ。俺は驚いて思わず後ずさりしてしまう。
「な、何ですか急に」
「また准を一人にすると絡まれそうだからな、離れられないようにしてやる」
「べ、別に、大丈夫ですよ」
「そうしていたらあの
「うぐっ」
この間は手を繋いだら黙り込んだってのに、今回は恥ずかしがる素振りは微塵も無かった。俺だけが動揺しているようで何だか気に食わない。何とかしてこの状況を抜け出さなければ。
「でもこんな風な事をしてもあまり変わりませんよ。だから離してくれませんか?」
「そうか、これでは
千冬さんは俺の腕を抱くようにして体を絡めた。体温が伝わって腕が熱い。押し当てられた控えめとは言えない軟性物体が、理性を融かしていく。
「こ、これで文句は無いだろう?」
千冬さんは少しずれたサングラスの隙間から見上げるように俺の様子を窺う。透き通る様に白かった肌は薄紅に彩られて、恥じらいを感じている事が手に取る様に分かる。
これでイーブンと言えたらいいのだが、俺の動揺は収まる所を知らず、むしろ酷くなっていった。まさかここまで精神的に良くない方向に転がるとは誰だって思わないだろう。
「……准、なんか言ったらどうだ」
「その、当たってるんですが」
「当ててるんだ。言わせるな」
当ててる……? なんだよそれ、童貞なめんなよ! この後妄想で三度は夜のおかずになるぞ!
――なんてことは言わないが、無防備過ぎやしませんかね。いつ襲われても知らないぞ……。いや、襲われても返り討ちに出来るから無防備っぽく見せれるのか。千冬さんにとってこの腕をへし折る事なんて造作もないだろうし。
「准も会計に行くんだろう? 私は済ませたから早く行って昼食にしよう」
「こ、このまま行くんですか?」
「当然だ。文句は言わせんぞ」
「……分かりました」
この後、抱き着かれた腕に感覚器官が全て集中したんじゃないかって思う程、感触を過剰に伝えてきて、俺は千冬さんの顔をしばらくまともに見ることが出来なかった。