おかげさまで評価も100件を越え、投稿後チラッとランキングにも顔を出していたみたいです。
これからも、本作を楽しんでいただければ幸いです。では、最新話をどうぞ。
「准、終わったか?」
襲撃事件から一週間程たった頃。職員室にて声をかけられた。名前で呼ばれた時点で誰だか分かっているし、相手を確認するまでも無いのだが、俺は間を置かずに振り返った。
「お疲れ様です千冬さん。もう少しで切りの良い所までいくのでもう少し待ってくれませんか?」
「なら、横で待ってる」
そう言ってキャスター付きの椅子を引くと、鞄を机に置いて俺の真横に陣取った。頬杖をついて俺の方をじっと、舐め回すように見つめる。別に嫌という訳じゃ無いのだが、集中しずらい。なので声をかけることにした。
「えっと、どうかしましたか、千冬さん。そんなじっと見つめて。……俺になんか変な所でも?」
「いや、ちょっと気になってな。眼鏡かけているなんて珍しいと思ってな。目が悪いのか?」
「ああ、これですか」
納得。今日の俺は珍しく職員室で眼鏡をかけていたのだった。何でかと言えば、別に目が悪い訳でも無く、仕事のためだ。これは投影型のディスプレイ。眼鏡のレンズ上に画面やコンソールを映し出す事ができる。場所を取らず、そこそこの値段で使う事ができる優れモノ。デスクワークをするときには重宝している。整備室では時々かけているが、昼時ぐらいしか戻らない職員室でかけるのはあまり無い。千冬さんから見れば俺は珍しい格好だった。
「目が悪い訳じゃ無いですよ。これは投影型ディスプレイです」
「ほう、使っている人を初めて見たな。便利なのか?」
「ええ。パソコン使いながら別の事できますし、何かと重宝してます」
「ふむ、成程な……」
興味ありげに俺の方へと顔を寄せる。そして画面が開かれているレンズをじっと見つめた。鼻と鼻が触れそうな距離。かつてキスをされたときのことが頭によぎった。千冬さんの吐息が肌に触れて、俺は思わずタイルを蹴って、椅子を滑らせる。
「どうした、准」
「いや、その……仕事終わらせたので帰りましょうか」
嘘だ。ただ単に恥ずかしかったから距離を取っただけで仕事は終わっていない。たがこれ以上近づかれるのは、ここが職員室である事もあり、避けたかった。……というか、恥ずかしかった。
眼鏡を外してケースにいれると、バッグに荷物をしまうと椅子から立ち上がる。
「あっ……」
名残惜しそうに眼鏡ケースを見つめ、声を漏らす。もしかして眼鏡が好きなのだろうか? だったら、少しの間貸してあげよう。千冬さんは意外に眼鏡も似合いそうだし。
再びケースから眼鏡を取り出して、そっと、千冬さんの顔に添えた。
「おお、やっぱり似合いますね」
素直な感想を口にした。やはり美人には何をさせても絵になるな。普段は着飾らない千冬さんの透き通るような白い肌に黒いフレームが映える。
また一つ、彼女の魅力を発掘してしまった。
「そういう訳じゃ無いんだが……まあいい。行くぞ」
スッと立ち上がった千冬さんはバッグを手に取ると、眼鏡をかけたまま俺を先導する。まだ職員室に残って仕事をしている先生も手を止めて俺たちの方を見ていた。
それぐらいにその姿は新鮮で、神聖だった。誰が見ても美しい。
俺はそんな彼女の横に立てていることが、何よりも嬉しかった。
外に出て、赤く染まった空を眺めながら職員寮に向かって二人並んで歩く。今日は雲一つない、というのは言い過ぎかもしれないが快晴で、水平線に沈む太陽が良く見えた。もう季節は六月に入る手前、梅雨も近い。もしかしたら、しばらくは綺麗な夕焼けが見れなくなるかもしれない。そう思うと、少し残念な気分になった。
「良い、景色だな」
「ええ。こんなに晴れているなら、今日はきっと、星も良く見えるでしょうね」
「星か。准は星を見るのは好きなのか?」
「まあ、好きですよ。別に特別詳しい訳ではないですけど」
以前からそこまで意識して見ていた訳では無かったけれど、
「そうか」
千冬さんはうっすらと笑みを浮かべると、
「じゃあ今夜、星を見に行こう」
そう口にしたのだった。
☆ ☆ ☆
帰り道から数時間が経ち、各自で夕食を済ませて適当な服に着替えを済ませると、私は准と共に外に繰り出していた。消灯時間を過ぎ、寮の明かりも消えて、街灯だけが私たちをうっすらと照らしている。
「でもいいんですか。こんな時間に外に出て」
准が隣から話しかけてきた。時計を見れば一〇時を回った辺りで、普段なら出歩くような時間ではない。
「別に構わんだろう。私たち大人に門限はない」
「そりゃ、そうですけど……」
准はそう言いながらキョロキョロと周りを見渡した。何を警戒しているのだろう? 別に特に人目もないし、神経を使う状況ではないだろうに。
「それとも、なんだ。もしかして准は暗いのが苦手だったりするのか?」
「別にそんな事はないです。そんなこと言って千冬の方こそ怖いんじゃないですか?」
表情こそあまり変わっていないが、いつもより少し早口。そこから嘘を付いていることが分かる。些細な変化に気が付けたことが嬉しくて、仕事あとの重い足が軽くなった気がした。
「無理しなくてもいい」
「別に無理してなんか、」
准の反論をかき消すために手を取って、指と指を絡めて繋いだ。大きくてゴツゴツした手の温かい感触が伝わる。誰かがそばにいるという安心感を、私に与えてくれた。
「こうすれば安心できるだろう?」
自分の気持ちをそのまま口にした。准の顔を見るために覗きこむ。私と同じ気持ちならいいのに、と想いながら。
「……そうかも、しれませんね」
拗ねたようにしてそっぽを向いた。そっけない態度とは対照的に手を握る力がわずかに強くなる。これも、准なりの意思表示なんだろう。もっと素直になって欲しい、そう思いつつも、私は気持ちを確かめられた満足感に満たされた。
その後は分かれ道を選択する以外は、あまり口を聞かなかった。沈黙の移動時間だった。風が草木をかき分ける音だけが、耳に届いている。傍から見ればつまらないと思われるかもしれない。それでも私にとっては、何よりも幸せで、大切な時間。誰にも譲りたくない大切な時間なのだ。
そのまま歩いて、やがて海岸線にたどり着いた。辺りに街灯は無く、月と無数の星だけが私達を照らしている。
「………………おぉ」
准が静かに声を漏らした。
目の前には透き通った海が薄く星々を映して、まるで地面までもが星空になったかのような、幻想的な景色が広がっている。期待通りに美しい光景だった。
「どうだ?」
「その……なんて言うんですかね、言葉にならないってのは、きっとこんな感じなんだろうなって、思いました」
「そうか」
准は噛み締めるように、一言一言をじっくりと吟味しながら、そう答えた。この光景をそれだけ真剣に見てくれているのが分かる。ここに連れて来て良かったと、実感させてくれた。
「立ちっぱなしなのも疲れるだろう。座って話をしようか」
体の調子が万全でないであろう准を気遣って、そう提案した。
「そうしてくれると助かりますけど、ベンチも何もないですよ?」
「大丈夫だ。レジャーシートを持って来たからな」
名残惜しいが、手を離して、持っていたバッグからレジャーシートを取り出して地面に敷く。広げて地面に置くと違和感に気が付いた。……やたらとサイズが小さい。本当は二人で横になれるぐらいの物を持って来たつもりだったのだが、どうやら間違えて一夏が小さい頃に使っていた方を持ってきてしまったようだ。これだと横にはなれない。頭が混乱する一歩手前で踏みとどまり、どうしたものかと考えていると、准はためらいも無くそこに腰をかけた。
「千冬、座らないんですか?」
首をかしげながら、自分の真横を軽く叩く。『間違えた』なんて、言えるはずも無い。私は自分のドジを隠したまま、准の横に座った。肩と肩が触れ合うどころか、ひっついてしまうような距離感だった。心臓が脈を打つ速度が上がった。焦りで熱くなってしまった頭をごまかすために、自分から話し始める。
「――そういえば准、体の具合はどうなんだ?」
「体ですか? まあ、良くなってきましたよ。骨に軽くひびが入ってるから、重い物を運ぶのは控えろって言われてますけどね」
「そうか。なら良かった」
安心した。仕事に復帰してから数日。准は整備にはあまり行かずに、職員室でデスクワークをしていることが多かった。もし怪我の影響が酷かったら、兎へのペナルティを倍に増やす所だった。拳骨一発で許してやろう。
「俺の体調よりも、千冬の方こそ大丈夫ですか? しっかり、休めてますか?」
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
「最近、特に疲れてそうに見えたので」
確かに私の方はここ数日、通常の仕事に加え転校生の手続きをしていたこともあり、疲労が溜まっていた。この仕事は機密情報だから、誰にも言っていない。だからこそ、自然と笑みがこぼれた。
「そうかも、しれないな」
「なら明日はしっかり休んで下さいね。俺は元気な千冬の方が好きです」
「ああ、そうする。私も元気でいたい」
准が好きな、元気な私でいたい。できることなら、いつまでも。
頭を准の肩に預けた。私より一回り大きな体が小さく揺れる。
「だから――もう少し、ここで癒されていたいな」
きっと、どんな寝具でも准の肩に敵うはずも無いだろうから。
「……そうですか」
またしても准はそっぽを向いてしまった。その表情を伺う事はできない。だが、後ろから見える耳はいつもより濃い紅色に染まっている。
私は腕と腕を絡ませて、さらに体重をかけた。