毎度の事ながら感想、評価、お気に入り等に励まされつつ、最新話を書き上げることができました。これからも「私だって甘えたい。」を楽しんで頂ければ幸いです。
伝えたい事がある。
ヒカルノはそう言った。
三日前、電話越しでも何か言いたげで、その時は「また今度会った時にする」と含みのある言い方をされたのを記憶している。その正体が明らかになるのだ。真剣なヒカルノの姿を見ていると、手が湿ったのを感じた。
「まずはお疲れさま。よく私の無茶ぶりに答えてくれたね」
「……ん? ああ、そうだな」
意外にも最初に来たのは
「でも、無茶ぶりはいつもの事だろ?」
「そうかもね」
「いや、そこは否定してくれよ」
「そうしたいのも山々だけどね。今回に限り認めざるをえないよ。今までのに比べてもトップクラスの無茶だった。私は、それが分からない程愚かじゃないさ」
らしくない。そう思った。俺が知っているヒカルノはもっと自己中心的なはずだ。
思えば、打鉄弐式の組み立てを引き受けた時から違和感があった。数か月前、更識さんの専用機を無理を押して、凍結を回避させ、会社から離れた俺を頼ってまで組み立てるメリットが分からなかった。読めなかったのだ。
俺がこの依頼を受けたのは自分の目標もあるが、それを知るためでもあった。
「でも、君はその無茶を乗り越えて見せた。それも私の想像を超えて。まさかこんなに早く組み上げてくるとは思わなかった」
「別に、俺だけでやった訳じゃ無い。今回は更識さんだって、頑張っていたさ。彼女の働きはとても生徒とは思えない物だった」
「だとしても、そうだったとしても、准はすごいよ。専用機を組み上げたんだ。……これで、誰も文句は言えない。君の実力を、証明することができた」
今日は疑問が次から次へと湧く。ヒカルノの言動を、行動パターンを、
「なんで、そんな事をする必要があるんだよ。俺の実力を証明って、そんなことして何になるっていうんだ」
その疑問をそのままぶつけた。ヒカルノは頭をかいて、質問に答える。
「それは……そうだね。言わなきゃ伝わらない、か。私はね、准。君に戻ってきて欲しいんだ。倉持技研に」
今まで散々もったいぶっていた割にはあっさりと、包み隠さずそう告げた。頭に無かったことだったので、即座に言葉を返すことができなかった。
「――今更、あそこに戻る場所なんてないだろう。俺は会社の面汚しだ。第二回モンドグロッソでしでかした俺のミスはお前だって知っているはずだ」
「どうして、そんな嘘つくのさ」
「嘘じゃない。ちょっとネットで調べれば記事が出てくる。なんだったら今調べてやっても――」
「だから、なんでって聞いてるの」
ヒカルノは目を細めて、ワントーン低い声で俺の台詞を止めた。逆鱗に触れられた竜の様な威圧感。背中に汗がじっとり吹き出す。
「なんでって、本当の事だからだ。嘘なんて、これっぽっちも着いちゃいない」
「それも嘘だね。君、昔から嘘をつくとき目を逸らすよね。私は君の事なら大体知っている。他の奴らとは違うんだよ。甘く見ないで」
俺すらも把握していない癖を指摘しつつ、一歩前へ進んで俺との距離を詰めた。
マジか、俺にそんな癖があったとは……。いや、まだブラフの可能性も捨てきれない。このまま自然体で話を続けよう。
「ヒカルノ、確かにお前との付き合いは長い。でも、お前の判別が正しいのかどうか、その保証はどこにもないぞ」
「そうかもね。今のやり取りの真偽は誰にも分からない。でも、第二回モンドグロッソの方はどうだろうね?」
「……どういうことだ」
俺は聞き返した。すると俺に更に近づいて、横に立てかけてあったバッグを手にを突っ込む。その中から一つの紙束を取り出すと、俺に渡した。表紙は白紙で何も書いていない。
「暴いてみせるよ、二年以上、ずっとつき続けた君の嘘をね。まず一枚目をめくってみて」
表紙をめくると出て来たのは新聞のスクラップ。日付を見ると二年以上前のもの。見出しは『まさかの辞退! ブリュンヒルデ大舞台で不戦敗! 原因は整備不良か?』だ。
「これが、どうしたか?」
「まずは確認だよ。ここを見て欲しい」
ヒカルノは蛍光色のマーカーが引かれた一文を指差した。その内容は「日本代表整備部は機体の大幅な改造による負荷が原因としている」と、なっていた。
「これ、間違いない?」
「ああ」
頷いて俺は肯定する。
「じゃあ、続いて二ページ目」
再びホチキスで止められたページをめくる。
現れたのは整備報告書。日付は新聞の数日後。また、所々にマーカーが引かれている。対象の機体名は『
「これは君の後輩たちが書いた報告書だ。君の言う通り機体の大幅な改造がされているみたいだね。スラスターの増設、装甲の変型。確かに元の機体からは大幅にかけ離れている。これだけの大改造を短期間で、それも手動で行ったら、機体にとてつもなく負荷がかかるだろうね。動かなくなってもおかしくない」
俺はあの場でやったことは、それだけ大きな変化を及ぼした。俺の後輩たちはそれを利用、日本政府の
「ああ、だから『暮桜』は動かなくなった。試合に参加できなくなったんだ」
「確かに、普通ならそれは通用する言い訳だ。でも、そんなものISにおいては一言で解決するんだ。ある一言でね……」
さあ、次のページを開こうか。そのヒカルノ言葉に従ってさらにページをめくる。三枚目にあったのは今までに見たことのない書類だった。
「これは……?」
「これはね、ISコアの解析結果のデータさ」
「コアの、解析結果……? そんな事ができるのか」
「うん、うちは国内のIS研究の老舗だからね。初期からこの研究はやっている。最初はわずかしか読み取れなかったけど、今ではもっと詳細に読み取れるようになった。准は整備科だったからこの研究は知らなかったかな?」
「――ああ、知らなかったな」
未知のデータに俺は、焦りを覚える。書類に慌てて目を落とす。目に付くデータに上から目を通していく。コアナンバー。製造日。搭乗時間……。そして、マーカーの入った一行に行きつく。
「機体形態……
「そう、織斑千冬の機体は
「
ヒカルノが完全に言う前に俺が理由を告げる。これ以上続けてもこのような証拠が突き立てられ続けるのが目に見えてたからだ。現に紙の束は厚みがまだまだ分厚い。嘘を完全に見破られるのも時間の問題だった。
「参ったよ。認める。俺は、嘘をついてた」
両手を上げて敗北宣言をする。それを見てヒカルノは大げさにため息をついて見せた。
「まったく、いつも君は手間がかかる……」
「そうだな。かけっぱなしだ」
ヒカルノの言ったことを肯定する。
俺は小さいころからこいつに迷惑をかけてきた。
両親が仕事で忙しくて寂しかった時は、外へ連れ出して貰った。
怪我で野球が続けられなくなった時、整備士への道を示して貰った。
挫けた時はいつだって、俺のそばにいて、立ち上がるきっかけをくれたんだ。
逸らしていた視線を戻すと、目と目が合う。
「これで准が取るべき責任とやらは、張りぼてで構成された責任とやらは、きれいさっぱり私がぶっ壊したわけだ。これを社長にでも知らせれば、すぐに復帰の手筈は整うはずだよ。だからこの手を取って、私のところに戻って来てくれないかな?」
そう言ってヒカルノは俺に向かって手を差し伸べる。
確かに、俺の表面上の責任は瓦解した。崩壊した。だけど、ヒカルノの言葉に従って倉持に戻る事はできない。ヒカルノの言う所の、『張りぼてで構成された責任』の裏にある物は消えないからだ。『織斑千冬をその場に留めろ』という政府の命令に逆らった責任は、決して消せない。
そして、俺には今ここに居たい理由がある。ここでしかできない事がある。だから、意を決して言わなければならないのだ。俺のためにここまで尽くしてくれたヒカルノに対して。
「なあ、ヒカルノ」
「なに?」
とぼけた顔で少し頭を傾ける。
「お前がここまでしてくれたことは嬉しいよ。だけど、その誘いを受けることができない。……悪い」
断りの言葉を告げた。覚悟を決めて。ヒカルノの表情が曇る。差し伸べられた手がゆっくりと下がっていく。
「理由を、聞いてもいいかな……?」
「……ああ」
頷いて、理由を語り始めた。
「俺にはここでやりたいことがある。一度は避けて、逃げてたけど、やっぱり諦められない」
ヒカルノはじっと目を見ながら俺の話を聞く。一度も目を逸らす事は無い。
「野球の時は、怪我でプロになるって夢は諦めざるを得なかった。だけど、今回はそうじゃない。手を伸ばせば届く、……かもしれないんだ。だから、今度こそ、自分の気持ちに素直になって挑戦したいんだ。この気持ちには嘘をつきたくはないから」
俺の気持ちを包み隠さず、嘘偽りなく言い切った。じっと見ていたヒカルノは一度目を閉じて、ゆっくりと開ける。
「そっか、今度は嘘じゃないか。准はそこまであの女の事が、好きなんだ。織斑千冬の事が好きなんだ?」
「な、なっ、んで、そうなるんだよ。そんなこと一言も、」
思わぬ台詞に戸惑って言葉が上手く出てこない。
「ブラフだよ。あっさり引っかかちゃって。それだけ本心出してたって事かもしれないけど」
しまった。まだ他の誰にも言っていないのに。想っている相手にすら告げていなかったのに。まさか、寄りにも寄ってヒカルノにばれるなんて思わなかった。
「でも、そんな顔、初めて見た。ずっと一緒に居たのにさ……。はぁ、これは諦めざるを得ないかね……」
俺は「何を諦めるんだよ」と聞こうとしたが、その前にヒカルノが話し始めたので、言葉を飲み込む。
「ねぇ、准……『約束と我が儘』聞いてくれるかな……? これで、最後にするから」
言葉が後半になるにつれて、震えて、途切れる。瞳は潤んでいたが、強いまなざしで俺を見つめていた。
「――分かった」
「まず『約束』。准のやりたい事。絶対、ぜーったい。最後まで、諦めない事……」
「ああ、約束する。絶対、最後までやり遂げて見せる」
ヒカルノはうつむきながらも話を続ける。前髪が彼女の表情を隠した。
「じゃあ、『我が儘』。しばらく、准の胸、貸して、貰ってもっ……いい、かな?」
「ああ」
俺の体に抱き着く。ヒカルノが必至にこらえていた物が、瞳から溢れてワイシャツに染み込む。殺した声の代わりに振動が体に伝わる。
俺はヒカルノの頭をそっと、撫でた。
しばらく撫で続けてた。
泣き止むまで、ずっと。