私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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私だって怖くなる。

 倒れた。砂浜に体を預けていた。全員の整備を終え、精も根も、気力を出し尽くした俺は、最後の一人を指令室に送り出した所で眠ってしまったらしい。日がほぼ沈んで、星が見え始めている。

 上半身を起こし、体に張り付いた砂を払ってから辺りを見渡す。砂の上に工具が散らばっているのが確認できた。

 後先考えず整理整頓なんて頭の隅にも置いていなかったのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが、片付けない事にはこの場を後にはできない。なので立ち上がって工具を拾い始めた。

 ふと頭に彼女達は大丈夫だろうか? と言う疑問が浮かぶ。整備自体には応じてくれたし、納得のいくクオリティには仕上げた。限りなくベストに近い状態で送り出せた。そう確信を持って言える。

 だが、今回の相手は軍用機だ。競技用じゃないからリミッターも解除されているだろうし、敵からすれば一対多だが、それも想定している用途通り。有利にはなりえない条件だ。確実な勝利のためにはもう一枚切札が欲しい。一夏君の様な……。そんな事を考えても仕方が無いことは分かっているのだけれど、不安で仕方が無くなってきた。このまま待ち続けるのは精神的によろしくないな。片付けが終わったら一刻も早く指令室に確認に行こう。

 そう心に決めてから、作業は滞りなく進んだ。工具をまとめ終えた後、筋肉痛で痺れる足を労わり、歩いて指令室に向かう。

 その途中だった。ここにいる筈がない人物が見えた。戸惑いを隠すことができずそのまま口から漏れ出た。

「どうして、どうして一夏君がここに居る」

 彼は意識不明の重体。意識が戻ったとしても原因が分からない以上、安静にしていなければならないはずだった。

 進行方向からして行先は生徒全員が演習をしていた岩場。まさかとは思うが、戦闘区域へ行く気なのか? 正義感が強い彼なら、衝動に任せて彼女らの助けに向かう可能性は大いにある。

 それは危険だ。彼の体はそんな事できる状態では無い。もしまた、彼の身に何かあったらと思うと気が気では無かった。何としても彼の出撃は避けなければならない。

「待ってくれ一夏君!」

 息を大きく吸って叫ぶ。俺の声に気が付いた一夏君は脚を止める。声の主を探しているのか辺りを見渡して、俺と視線が重なった。

「どこにいくんだ?」

「みんなの所です。仲間を守りに行くんです」

 一夏君は俺の問いにそう答える。その眼差しは真剣だった。一瞬たりとも視線をずらすことはない。

「本気で言っているのかい?」

「はい」

「一夏君、まだ君は学生だ。これから先の人生、まだまだ先は長い。さっきまでは意識不明だったんだ。今度なにかあれば君は……死ぬかもしれない。それを、分かって言ってるのか?」

勿論(もちろん)です」

 俺の投げかけた二つの言葉に対して、愚問だと言わんばかりに即答する。彼の意思は固く動かない。

「だって、みんながピンチなんです。そんなときに自分の体を気にして、閉じこもって、生き続けたとして、俺は絶対後悔し続ける。倉見さんの言う長い人生で、後悔し続ける。そんなの絶対に嫌です」

 だから、と彼は続ける。

「俺はみんなを助けに、守りに行くんです。これから先、後悔しないために」

「……見逃し三振より空振り三振って事か?」

「なんで三振する前提なんですか? 意地でもバットに当てますよ」

 当然の様に何の疑問を抱くことなく彼はそう返した。そんな返しをしてくるとは思わなくて、思わず吹き出してしまう。

「……何も笑う事は無いじゃないですか」

「いや、悪いね。まさかそんなこと言うとは思わなかったんだ」

 不覚にもカッコイイと思ってしまう自分がいた。今の彼はまるで物語の主人公、『ヒーロー』の様だった。俺の様なその場で取り繕っただけの『インスタント』では無い。どんな言葉を紡いでも、今の彼を止めるのは俺には無理だ。そう察した。

「千冬さんにこのことは言ったかい?」

「はい。ボロボロに言われましたけどね……」

「そうか」

 でも、彼がここに居るのは千冬さんが彼を信じて送り出したからだろう。なら、俺に言えることはもうない。俺が彼のためにできる事も、もうない。

 唯一の特技である整備は、前回の作戦のときにあのウサギが調整しているはずだしな。

 自分の役割を取られたようで(しゃく)だが、ISにおいてあの天災に勝るものを持ち合わせていないのだから仕方が無い。

 俺も千冬さんに習って彼を信じて送り出そう。自分なりの精一杯のエールを添えて。

「分かった。引き留めて悪かったね」

「いえ、俺を心配してくれての事ですから」

「そう言ってくれると俺も気が楽だね。時間も無いだろうし、最後にもうちょっと言わせてくれ」

 俺は拳を握って前へと突き出した。

「さっきは『意地でもバットに当てる』って言っていたけど、そんな謙虚にならなくていい。勝負を分ける打席に立つならもっと強気で、『ホームラン打ってくる』ってぐらいの気持ちで行ってこい!」

「はい!」 

 一夏君は俺の拳に拳を当ててから走って行く。

 どんどん小さくなってく彼の姿を、見えなくなるまで眺めていた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 銀の福音事件は途中で参戦した一夏の活躍もあり無事に、と言うにはトラブルがあり過ぎた気がするが……まあ何とか収束した。その後の書類整理やら、後始末は面倒だが、しっかりと全員が帰って来たことを思えば許容範囲内だった。

 だが、それよりも私の頭を悩ます出来事があった。それは――

「どう返したものか……」

 そう、私の思い人である准。倉見准に告白されたのだ。いや、悩みと言っても別に断りたいわけでは無い。寧ろ気持ちは決まっている。准の事は年単位で想い続けていたのだから。

 問題はその返事をいつ、どうやってするか。

 その答えを出すために人気(ひとけ)のない岬を目指す。あそこなら誰にも邪魔されずにじっくりと考えられる。ちゃんと満足のいく返事する計画を立てたかった。

 だが、たどり着いた誰もいないはずの岬には、見覚えしかない人影があったのだ。

「やあ、ちーちゃん。待ちかねたよ。遅かったね」

「……束」

 木製の柵に座って、足をブラブラと揺らしながら私を見つめていた。

「どうしてここに居る」

「どうしてって、うーん……なんでだろう? ちーちゃんが難しい顔をしていたから、とか?」

「絶対今考えただろう。それ」

「へっへー、ばれちゃった。でもちーちゃん、なんでそんな顔をしてるのさ。事件も解決したのに」 

「………………」

 黙秘する。こいつにだけは絶対に知られたくなかった。私が色恋沙汰で悩んでいるなんて知られたらと思うと……想像もしたくない。

「あれ? 黙っちゃうんだ? そんなに言いたくないかな――告白されたこと」

「っ!?」

 ドンピシャで当ててきた事に焦る。冷汗が背中を伝った。

「な、何のことだ?」

「隠さなくたって、私はちーちゃんの事なら何でも知ってるよ。例えば、そうだね……一緒にデートに行った夜は枕を抱えながら、何回も名前を呟いてるのも知ってるし、キスした日なんて――」

「そ、それ以上言うな!」

 言葉を無理やり遮る。束は「えーまだまだあるのにー」と口を尖らせて不満足そうにしていた。

 これ以上、私生活に対して客観的に語られるのは嫌だったので、仕方がなく私は自分の口から語り始める。

「そうだ。認める。私は告白されたんだ。ずっと好きだった、あいつに」

「ふーん、そう。あいつが相手なのが気に食わないけれど、良かったねちーちゃん。でも、どうしてそんな浮かない顔をしてるのさ?」

 束の疑問に対して私は考える。嬉しい筈なのに、どうしてこうも浮かない気分なのか。数十秒の間を空けてようやくそれらしき理由に行きついた。

「――たぶん不安なんだろうな。関係を進めて、もっと私を知って貰う。でも、それは私の弱くて、醜い部分も相手に見せるって事だろう? その上で嫌われたとしたら、もう元には戻れない。あんなに楽しい時間が崩れ去ってしまう。……それが、たまらなく怖い」

 楽しさ、嬉しさの裏に抱えていた闇。ずっと、自分の気持ちに無意識でかけ続けて来ていたブレーキを、親友にさらした。

 束はそれを聞いてゲラゲラと笑った。それにムカついて、言葉を荒げる。

「笑うな! 私は真剣なんだぞ!」

「いや~ごめんね。やっぱ、ちーちゃんは馬鹿真面目だ。そんな事でうじうじ悩んでたなんてアホらしい~」 

 そう言いつつも、笑いに笑う束。それが少し落ち着いてから再び口を開く。

「そんなの考え続けたらさ、キリがないよ。時間が経つに連れてどんどん大きくなる悩みだろうしね。だからさっさと言っちゃった方が良いよ」

「でも、ちゃんとした計画だって立てられてない」

「いやいや~そんなのちーちゃんには無理だって」

「そんな事……」

「考えて、考え過ぎて、ドツボにはまるに違いないね~」

 束はそう断言した。このままここで悩み続ける自分が容易に想像できてしまう。情けない事に。

「だからさ~。ちょっとだけ手助けしちゃった♪」

 ポケットに入れていたスマートフォンが振動する。嫌な予感がする。取り出して電源を入れると、そこには通知履歴が表示されていた。手短に『すぐ行く』とだけ。相手はもちろん准だった。

 画面のロックを解除して詳細を確認する。彼のメッセージの上には私から位置情報が送信されていた。

「なっ、束、お前いつの間に!」

「さあ、いつだったかな? 忘れちゃった」

 束はわざとらしくとぼけて見せると、さっきまで座っていた柵の上に立った。

「じゃあ頑張るんだよちーちゃん。バイバイッ!」

「お、おい! 待て束!」

 崖の下へ飛び降りた束の後を追って崖の下を覗き込むが、既に姿は消えてなくなっている。置き去りにされた私はただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。




突然ですが、次回「私だって甘えたい。」最終回です。

ここまでこれたのも読者の皆さんのおかげ。最後までお付き合いしてくれたら嬉しいです。次回をお楽しみにっ!
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