私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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では、調子乗って第三話です。


私だって風邪を引く。

「あ! 倉見さん。丁度いいところに」

 山田先生に声を掛けられたのは職員室へ整備室の鍵を返しに来た時だった。

 今日はもう整備が早めに終わり、残る生徒もいなかった為、早く帰ってダラダラと酒でも飲もうかなと思っていたのだが、そうは問屋が(おろ)さないらしい。このパターンは間違いなく厄介ごとを押し付けられるパターンだ。まあ、教師陣に比べれば俺の仕事量は雀の涙ほどなので、文句の付けようが無い。仕方なく俺は仕事の内容を聞くことにした。

「どうかしましたか?」

「実は今日織斑先生が早退しちゃったんですよ」

「早退、ですか?」

 あの千冬さんが早退……? 体調を崩すなんて珍しい、というか初めて聞いた気がする。

「それでも授業をしっかりやりきる所は流石だったんですけど、無理矢理帰したので荷物を持ってくのを忘れちゃったみたいで」

「はぁ」

「そこでですね、倉見さん。荷物、届けてくれませんか?」

「はい?」

 荷物を届ける? 俺が? 部屋を訪ねるんだったら同姓の方が気が楽だろう。

 それに俺は先週の一件以降、気恥ずかしくて顔を見れていないので、まともに話せる気がしない。

「でも女性同士の方が気が楽じゃないですか? 俺が行ったら千冬さん、気疲れするんじゃ……」

 やんわりと断るためにそう口にした。女性を気遣う男性の行動は妨害しづらい筈だ。何故なら普段からさんざんその様に言って来ているからだ。女性相手をすることが多いこの職業では、女性の頼みを受け流すのは慣れた物であった。

 しかし山田先生の対応は俺の予想に反していた。

「そんなこと無いですよ~。むしろそっちの方が……フフッ」

 山田先生はうつむき、前髪から覗かせた肌がほんのりと赤みを帯びていた。いったいどんな想像をしているのやら。

 このままでは埒が明かない。話を進めるために俺は声を掛ける事にした。

「山田先生?」

 俺がそう声を掛けるとハッとしたように首を左右に振った。彼女の緑色の髪が揺れる。それに連動するように体の一部が揺れた。どこが、とは言わないが。

 俺は視線をそこから逸らす。

 山田先生は俺に向かって一歩踏み出した。

「すいません……! と、ともかく私達が行くより倉見さんが行く方が絶対に喜びますって! 早く行ってあげて下さい」

 俺は荷物を持たさせると、背中を押されて職員室から追い出されてしまった。

 山田先生、そこまで仕事を押し付けたかったんですね……。

 諦めて俺は千冬さんのトートバッグを肩に背負って職員室を後にした。沈みかけた太陽が放つオレンジが廊下に差し込んでいて、思わず俺は目を細めた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 俺は自室に荷物を置いて隣、つまりは千冬さんの部屋のドアの前に立っていた。

 普段から一歩も俺を部屋に入れたことは無かったし、今回は病人なんだから余計な事に気を使わせたく無かったのだが、他に引き受ける者もいない以上は仕方あるまい。

 扉を手の甲で叩く。

「千冬さん? いますか?」

 返事は帰って来ない。もしかしたら寝ているのかもしれない。

 だとするとこのバッグはどうするか……、預かるのもなんか違う気がする。俺は業務の性質上午後からの出勤が多いのでここで渡せていないと、明日千冬さんが困るかもしれない。

 ここでドアノブ付近の隙間を見ると錠受(じょうう)けにデッドボルトが入っていない事に気が付く。

「……鍵がかかっていないのか」

 試しにドアノブを引くと難なく扉は開かれた。あれだけ俺に戸締りをしっかりしろと言っておいて彼女は不用心すぎやしないだろうか。ならさっさと玄関に荷物を置いて帰るとしよう。俺は中に足を踏み入れる事にした。

「お邪魔しまー……すっ!?」

 一歩目で認識を改めることとなった。俺の目に移ったのは脱ぎ散らされた靴と衣服、そこら中に落ちているビールの空き缶。何だよこれ、ちょっとしたバイオハザードだよ。

 まあ、それ自体は大目に見よう。俺だって体調がすぐれなければ後回しにするだろうし。問題はその数だ。一日やそこらで溜まる量ではない。余程長い間体調が悪かったのか、それともただ単に片付けが苦手なのか、だとすれば俺の部屋でよく酒を飲むのは汚い部屋に居たくないからなのか……。憶測が憶測を呼んだ。

 帰ってしまってもいいのだが、千冬さんが復帰できない状態が続けば俺にも事務仕事が回ってくる可能性がある。それだけは避けなくてはならない。余計な仕事はしたくないのだ。

「……掃除、するか」

 俺は一度、ゴミ袋と掃除機を部屋に取りに戻った。

 

 ▼ ▼ ▼

 

「んっ……」 

 千冬さんはうっすらと(まぶた)を開けてベッドの上で伸びをした。俺はそれを見て声を掛ける。

「ようやく起きましたか」

「済まない。一夏、体調が優れない……。水を飲んだらまた寝る」

 千冬さんはベッドから抜け出し、素足で俺のいるキッチンに歩いてくる。白のジャージに(ほど)かれた髪がかかっている。フラフラとした足取りで、髪が左右に揺れた。

 まだ寝ぼけているのか俺を一夏君と勘違いしているようだ。彼はまだ中学三年生だし、ここはIS学園。例外以外で男は入って来れない。訂正するのは面倒だったのでそのままにする。

「千冬さん。水じゃなくてポカリ買って来たんで良かったらどうぞ」

 俺はポカリを掃除をして見つけたマグカップに注いで手渡した。千冬さんはそれを両手で受け取る。

「済まないな。それよりどうした一夏。そんなよそよそしい態度を取って。いつもみたいに……ん?」

 半目で開かれていた瞼を右手で何度か擦る。どうやら違和感に気が付いたらしい。熱でほんのり赤くなってた顔が更に色濃くなっていく。

「なっ、じゅ、准!? お前いつからここにいた!」

 そう言って一歩後ろへ引き下がった。

「そんなに騒がないでくださいよ千冬さん。悪化しますよ」

「そういう問題じゃない! まずどこから入った!」

「玄関からです。鍵空いてたんで。ちゃんと戸締りしないとだめですよ」

「ノックとかチャイムを鳴らすとかいろいろあるだろう!」

「無断で部屋に入る千冬さんには言われたくないですね」

「うっ……」

 正論の刃で千冬さんの言葉を切って捨てた。痛い所を突かれたのか千冬さんは勢いを失って黙り込んでしまった。会話の主導権を握ったので、俺はこの部屋の有様を注意しようと口を動かした。

「それといくら体調が悪いとは言っても、片付けぐらいはした方が良いと思いますよ」

「なっ、何のことだ?」

 うわぁ、俺が片付けたのを良い事に全力で無かった事にしようとしてるな、千冬さん。なら現実を見せつけてやろう。証拠は既に抑えてある。俺はポケットの中からスマホを取り出すと、写真を表示させた。そこに収まっているのはベッドに眠る千冬さんと掃除する前の部屋である。

「これを見てもそんな事を言いますか」 

 俺は目の前にディスプレイを見せつけた。覗き込むように千冬さんは顔を近づけた。その表情は段々引きつって行った。

「ん? ……うわぁ!? け、消せ! 消してくれ准!」

 千冬さんは慌てて近づいて来たので、俺はスマホを持った手を頭上に掲げた。千冬さんはそれに向かって手を伸ばすが、わずかに届かない。

「何でですか? 千冬さんはこんなに可愛い寝顔写真を消せって言うんですか?」

「背景が大問題だ!」

「いやぁ、人間の外面と内面を表した見事な一枚だと思いますがね」

 まさかこんなにいい写真が撮れるとは思わなかった。整備士より写真家を目指した方が良かったのではないかと思うほどだ。

「お、お前はそこまで私の汚い部屋を見たいのか!」

「ようやく認めましたね」

「しまった!?」

「今回は大目に見て消しますが、片付けぐらいちゃんとして下さいね」

 スマホを操作して画像を消去する。背景が問題。つまりは部屋さえ写って無ければいい、という証言を頂いたのでいつかまた寝顔が見れる時が来たら写真に収めるとしよう。

「うぅ……」

 千冬さんは唸りながら、伸ばした手を引っ込めて俺の胸に顔を(うず)めた。よっぽど部屋を見られたくなかったらしい。だけど、千冬さんにもだらしがない一面がある事に、俺は親近感を覚えた。

 これ以上千冬さんをいじめると鉄拳が飛んできそうなので、話題を切り換えることにした。

「部屋の話はこのぐらいにしておいて、千冬さんが思ったより元気で安心しましたよ」

 そう言うと千冬さんは顔を上げて俺の顔を見る。目元に数滴の涙が滲んでいた。

「心配、してくれたのか?」

「まあ、それなりに長い付き合いなのに風邪を引いた所なんて一回も見たことがありませんでしたから」

「たまたまだ。私だって体調の悪い日くらいある」

「そうですね。でも、千冬さんは隠して授業やってそうですけど」

「それはだな、私の代わりがいないから仕方が無く……」

「無茶し過ぎは良くないです。いつか体を壊しますから、ほどほどに周りを頼って下さい。俺もできることなら手伝いますから」

「ああ、そうだな」

 千冬さんが俺から一歩離れた。俺の胸にはほんのりと彼女の温もりが残っていた。

 バッグも部屋まで届けたし、千冬さんが起きたから、俺が出てからも鍵を閉めて貰える。目的は果たしたのでこれで帰る事にしよう。

「じゃあ俺はこれで。鍵をしっかりかけて、温かくして寝て下さいね」

 体を玄関に向けて歩き出す。その途中で袖が何かに引っかかった様に動かなくなった。振り返ると千冬さんが袖を掴んでいた。

「その、なんだ。起きたばかりでしばらく寝れそうにない。もう少しだけ、話をしてくれないか」

 申し訳なさそうに見上げてくる視線。普段は見せることは無いであろうその仕草に、俺の拒絶という選択肢はいつの間にか消えていた。

「分かりました。少しだけ、ですからね」

「済まない、准」

「こういうときは「ありがとう」の方が俺は嬉しいです」

「ああ、ありがとう准」

 始まった談笑は千冬さんが再び寝るまで続いた。その時間は俺にとって心地のいい時間で、たまにはアルコール抜きの会話も悪くはないと思った。

 ベッドですやすやと寝ている千冬さんを見て俺は一つ思い出した。

「そうだ。忘れないうちに」

 ポケットに仕舞っていたスマホを起動させてカメラでこの瞬間を切り取った。

 今日の苦労を考えればこれぐらいの役得はあってもいいはずだ。 

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