私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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なんか書けたので投稿です。


不安な夜。

 時折、あの冷たい寝床を夢に見る。それは私がまだ織斑千冬じゃなく1000番と呼ばれていた頃。あの場所では明日が遠くて、一度目を閉じれば次に目が覚めるかどうかも分からなかった。

 いつ私が姉妹たちの様にこの世界から切り離されるのか分からない。結果が出せなければすぐに自分も後を追うことになる。

 自分からそれを望む事はしない。姉弟たちとは立っているラインが違う。生まれながらに決まってしまった資質。彼女らが持っていなかったものを、持ちたかったものを、私は持っている。だから、私は生き残らなければならない。生きたかった彼女らの分まで。

 それが唯一の約束だった。

 身体の震えを誤魔化すために与えられた布を被る。冷たいそれは私からじっくりと熱を奪っていく。目を閉じて深呼吸をする。生きるために、そのための成果を出すために、私は意識を手放す。明日も生きていられますようにと祈りながら。

 

  ▼

 

「あ、起きた。おはようございます、と言っても夜ですけど」

 うっすらと瞼を開けた先に彼の姿が断片的に映る。頬杖を付いて手にマグカップを握っていた。ゆらゆらと湯気が顔の前を通って天井へ上っている。

 私は何度か瞬きをして目からを完全に開けて上体を起こした。肩から毛布がずり落ちていく。きっと准がかけてくれたのだろう。

「寝てしまっていたのか、私は」

「ええ、風呂から上がったら力尽きたみたいにそこで寝てましたね」

「そうか。毛布、ありがとう」

「いえ、これぐらいは」

 准がマグカップを持って、飲み物を一口。私はそれをぼうっと眺めている。見かねた彼は「千冬もいりますか」と聞いて来たので私はそれに頷いた。

 彼はふらっとキッチンへ。急須に入っていたお茶を私専用の湯呑みに注いだ。

「どうぞ」

「悪いな。ありがとう」

 カウンター越しに湯呑みを受け取るとお茶を口に含んだ。寝起きで乾いた喉を潤して、その温もりを分けてくれる。

彼はまた元にいた椅子に足を組んで座った。

「何を考えてたんですか?」

「……何の話だ」

「いや、考え事がしたいって言ってたじゃないですか。ここで寝る前に」

「ああ。そういえば、そうだったな」

 寝起きでまだ頭が回っていない。寝る前もイマイチだった気がするが、それは置いておこう。何せ内容が内容。根本的に向いていない相談だったのだ。結果として答えが出せないまま私は眠りについてしまった。

 しかし、准が来たのは都合が良い。経験値が絶対的に少ない私一人よりも准がいた方が実のある回答が期待できるだろう。生徒には悪いが、彼にも打ち明けて話を聞いて貰う事にした。

「実は、少し失敗をしてな」

「へぇ、珍しい。どうしたんですか」

「相談を持ち込まれてな。それ自体は慣れたものだがその、なんだ。今回は恋愛相談だったんだ……」

 そう恋愛相談である。色恋沙汰が好きな女子高生らしいと言えばらしい。困ったことに私には経験がないのだ。

だが、彼女達から見れば私は恋愛でも百戦錬磨。左の薬指に輝く指輪がその証らしい。素直に言えればよかったのだが、教員も周りで「私も相談を受けたい」と言い出す始末だ。

 大まかな流れを聞いた准は両手を合せて「ご愁傷様です」と私を拝む。

「だいたい、私に聞いたって、そこまで実のある話ができる訳では無い」

「そうですかね? きっちり意中の相手を射止めたじゃないですか」

「自分で言ってて恥ずかしくないか、准」

 彼にそう言うと視線を逸らす。調子のいい事を言ってくるときは決まって何かを誤魔化したいときなのだ。私は彼に問い詰めてみることにした。

「お前はどうなんだ? 高校の時はかなり人気があっただろう。色恋沙汰の一つや二つぐらい経験済みなんじゃないか」

「……無かったというと嘘になりますかね」

「だろうな」

 高校の記憶を掘り返すと、片隅に彼の記憶が引っかかる。お互い面と向かって話をした覚えはない。だが、准は学内で名前が広く知れ渡っていた。母校を初の甲子園に連れて行った二年生エースとして。だからそういった話題も事欠かないと思ったのだ。

「呼び出しの手紙を貰う事もよくありましたし、バレンタインデーとかも慌ただしかったですかね。でも、千冬さんだってそうじゃないですか」

「私か? 高校の時にそんな事をされた覚えはない」

「でもISの試合に出始めてからそういうの増えたでしょう」

「それは、そうだが……大半は女性からだ。お前が考えているようなことは無い」

「そうですか。それは良かった」

 何が良かったのか分からないが彼は嬉しそうに言う。心なしか声も弾んでいた。そんなにかつて自分の方がモテていたことが嬉しかったのだろうか。少し気にかかった。

「何が良いものか。あの時に何かしら経験できていれば失敗する事も無かっただろうに」

「そんなこと言わないで下さいよ。そうしたら俺が不慣れで慌ただしかった千冬の相手ができなくなっちゃうじゃないですか」

「そういえばお前は事あるごとに私をからかって来ていたな」

 思い返せば山の様にある。最初の頃は彼にほとんど会話のイニシアチブを取られていて、良いように弄ばれていた。その度に私は慌てて顔が熱くなって、また彼にからかわれたのだ。

 今ではそれは思い出話で、ここ最近ではそれもずいぶん減ったと……思う。

「仕方無いじゃないですか。千冬が良い反応するんだから」

「他人事のように言うな。お前だって最近は良い表情をするようになったじゃないか」

「どうですかね。あれは千冬さんだって突然手を繋いだり、キスしたりとアプローチが直接的になって来たからですよ。恥ずかしがるのが普通、というかむしろ恥ずかしくなかったんですか?」

「なっ、あれはお前がやって来たから悪い。同じ分だけやり返しただけだ」

「そういう事にしておきましょうか。きりが無い。そろそろ寝ましょうよ。時間も時間ですしね。千冬は先に向こう行ってていいですよ」

 私が言い返す前に彼は立ち上がる。空になった二つの容器を持ってキッチンへ足を向けた。寝る前に使った物を片付けてしまうつもりなのだろう。

 時計を見ると日付が変わる少し前。これ以上ここに居ても明日に響くだけだと判断して、私は彼の言葉に頷いた。

 

  ▼

 

 リビングから寝室へ移動して一足先にベッドに潜り込んだ。柔らかいスプリングは形を変えて私の体重を受け止める。放置されていた寝床は冷え切っていて、私の熱を奪った。

 彼と話している間に薄れていた夢がまた形を取り戻す。体が小刻みに震えていた。

 きっと今日した失敗のせいだ。私には間違える事の危機感が、期待されたことが実行できなかったことの恐怖が染みついている。

 お前はあの頃から一つも変わっていないのだと、誰かに言われているような気分だ。

 それを誤魔化すために目を閉じて深呼吸をしてみるのだけれど、一向に気分は変わったりしない。むしろ余計に思考の沼に落ちて――

「お待たせ、ちょっと手間取ってさ」

 その一言が私をこの世界に繋ぎ止めた。私を覆っていた布団をめくって、少し冷たい風と共に彼がすぐ近くに侵入してくる。

「……遅いぞ。危うく寝る所だった」

「ゴメンって、寝る前に来たんだから許してよ」

「まあいい。寒いから早く入ってくれ」

 外気との接触が断たれて、肌に触れる空気が僅かに熱を帯びる。彼の背中が私の目線に入った。私とのわずかな距離にして大きな隔たり。自分と彼は違う存在なのだという事実を突き付けられる。当たり前のことだけれど、私の琴線に触れてさっきの思考をぶり返す。

 それに耐えきれなくて私は准に声をかけた。

「……なあ准」

「……何ですか?」

「今日は私を抱きしめて寝てくれないか」

「珍しいですね。どうかしたんですか」

 准が振り返って私を見た。柔らかな笑みを浮かべながら私の前髪に触れる。何だかこそばゆくて、顔を少し引く。

「別になんだっていいだろう。私がして欲しいから頼んだんだ。ダメか?」

 私は准の瞳を見上げて、そう問いかけた。彼は「ズルいな」と呟いてから私との距離を詰める。シーツの擦れる音が聞こえた。無骨な腕が後ろから私を抱き寄せて、肌と肌の距離をゼロにする。

「これでいいですか」

「ああ、ありがとう」

 じんわりと伝わる熱。耳を澄ませば聞こえてくる心臓の音。陽だまりの様な優しい匂い。その全てが私を包む。

「……震えてる。そんなに寒かったんですか?」

 准が問いかけてくる。欲望に負けて、悟らせたくない部分の一部を見せてしまった。

「不安なんだ。失敗なんて、久々にしたから」

「ああ、成程。まだ引きずってたんですか。でも失敗しない人なんていませんよ。問題はそれをした後、いかに素早くフォローできるかです」

「そういうものなのか?」

「ええ、少なくとも俺はそう思いますよ」

 彼の唇が額に触れた。じんわりと熱が残る場所を確認するように手で触れる。唇の感触がまだ残っている気がした。

「おまじないです。これで明日は大丈夫ですよ。きっとうまくいく。俺が保証します」

「またそんな根拠もない事を言って。……でも、分かった」

 准はそれ以上何も言うことは無かった。返事の代わりに私よりも大きな手で規則正しいリズムで頭を撫でる。やがて意識はぼやけて、瞳を開けているのが億劫になっていく。私はそれに逆らう事無く意識を手放した。冷たい寝床はもう無い。

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