私だって甘えたい。【完結】   作:イーベル

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一週間程お待たせしました。
誤字報告下さった方、感想を下さった方、毎度ありがとうございます。
今回も、愛のままにわがままに書きました。


私だって取材を受ける。

 忙しさも落ち着き、俺は無事テレフォンボーイから脱却を果たした。

 今日は本職の整備士としての仕事を切りの良い所で中断し、職員室で焼きそばパンを頬張る。 

 弁当を作るのが面倒だったから、手を抜いて購買のお世話になりました。カツサンドとか焼きそばパンとか好きなんだよな。

 衣とパンに染みたソースとか、麺と絡んだソースがたまらなく好きだ。味付けソースばっかじゃねぇか……。もうパンにソース塗って食ってろとか言われちゃいそうなレベル。

「むっ、准。今日は弁当じゃないのか」

 パンを食べていると、千冬さんが話しかけてきた。

「ええ、今日は手抜きで購買のパンですよ。千冬さんは?」

「私も見ての通り私もパンだ。隣良いか?」

 俺が頷くと、千冬さんは隣の空席に座って、自分が買ってきた物を袋から取り出す。

「何を買ったんだ?」

「カツサンドと焼きそばパンです」

「随分とボリュームがある物を買ってきたな」

「総菜パンが好きなんですよ。二個も買えば腹が膨れますしね。逆に千冬さんはそれで足りるんですか?」

 千冬さんが買った物は菓子パン一個と豆乳だけ。現役時代はかなり食べる方だったので、あの量で満足するとは思えなかった。

「朝食べ過ぎたからこのぐらいのカロリー摂取が丁度いいんだ」

「この間人の弁当を摘まんでいた人の台詞とは思えませんね」

 今日もてっきり俺の弁当を摘まみに来たのかと思っていたが、言うと怒られそうなので心に留めておく。

「あれはお前が勧めてきたのがいけないんだ! 私だって体重管理してるんだぞ!」

 体重管理、つまりはダイエットか。千冬さんもそういうの気にするようになったんだな。

 十代の頃は食べた分以上に動けばいいんだと言っていた気がするが、まあ現役のときとは違って動く機会が減ったからこの変化は当然と言えば当然か。

「食べる量が減ってるってことは増えちゃった訳ですね。(たい)じゅ、」

「――准、少し黙れ。それ以上言ったら……」

「はい、言わないのでその出席簿を下して下さい」

 寒気がした。謝るのが少しでも遅れたら俺の頭に出席簿が叩き込まれただろう。あれは痛いからもう二度と食らいたくない。

「ふむふむ、織斑先生はダイエット中っと。思わぬ所でスクープゲット!」

 千冬さんの眉間にしわが寄る。

 誰だよ、火に油を注ぐような事をした奴は……! とばっちり食らうの誰だと思ってんだ。頼むから止めてくれよ。

 憎しみを込めて振り返ると、そこに立っていた身の程知らずは、俺の見知った人物だった。

 黛薫子。一年生の新聞部員だ。黛さんはニヤリと口角を上げて、メモを取っていた。――己に迫っている危険に気付かずに。

 背後から魔刀シュッセキボが振り下ろされた。

 打撃音、破裂音、何と例えればいいのか分からないが、とにかく本で出せる音とは思えない音が出る。

「ッ~あ……!!」

 黛さんは声にもならない叫びを上げて、頭を抱えてうずくまった。

 同情はしない。今のは君が悪いぞ。

「黛、分かっているよな」

 千冬さんが爽やかな笑みを浮かべながら、そう言った。

 笑顔なのに殺意しか感じられない。

 殺気を浴びせられた黛さんはガタガタと震えていた。

「は、はい。この情報は墓場まで持っていきます」

「ならいい」

 千冬さんは再び隣の椅子に座り直す。黛さんは痛みが収まって来たのか、ズレた眼鏡を直して、よろよろと立ち上がった。

「大丈夫か、黛さん」

「ええ、何とか」

「それで? ただ千冬さんに喧嘩売りに来た訳じゃないでしょ? 何のよう?」

「そうでした。倉見さんと織斑先生にお願いがありまして」

 お願い、ねぇ。大方新聞部の取材だとは思うが、正直な所そう言った物は苦手だ。

 好奇心の赴くままに人のプライバシーに土足で踏み入って、ある事、無い事を広める。そういった連中がどうしても好きになれなかった。

「この雑誌知ってますか?」

 黛さんが机に置いたのはよくある女性が表紙を飾っている雑誌だった。

「『インフィニット・ストライプス』か、確かIS関連の情報を提供する雑誌だったな」

「織斑先生よくご存じで」

「まあ、この仕事をしていると嫌でも目に入るからな」

「それで? それがどうかしたんだ。黛さん」

「実は姉がこの雑誌の編集部に勤めてまして、何とか二人に取材をお願いできないかと……」

 話を聞きながら俺は置かれた雑誌を手に取る。ページを(めく)って流し読みをすると、どのページにも男性の姿は無い。まさに女尊男卑の雑誌と言えた。

 何、こんなアウェイな雰囲気の場所に取材を受けに行かなきゃいけないの?

「私は准が良ければ行ってもいいが、どうだ?」

 流石は千冬さん。俺の意思を尊重してくれるんですね。そこいらの女性とは大違いだ。

 では、はっきりと断らせて貰おう。

「嫌です。絶対に行きたくないです」

「そんな!? どうしてですか!」

「いや、何となく居心地悪そう」

「そんな理由で!? 今なら報酬にペアで行けるディナーチケットが付いてきますよ」

 断ると言おうとした瞬間に口を塞がれた。

 あれ? 千冬さーん。何してるんですか?

「黛、日時と場所は?」

「受けてくれるんですね! 今週土曜、駅前のスタジオです」

「わかった。こいつは無理やり連れて来るから安心しろ」

「助かりまーす。では姉に連絡しておきますねー」

 黛さんは軽い足取りで職員室を出て行き、俺が週末に取材を受けることが決定した。

 拒否権なんて無かったんだ……。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 千冬さんと一緒に歩いてスタジオにたどり着く。

 隣に立っている千冬さんは何だかそわそわしていて、口数が少ない。

「えっと、織斑千冬さんと、倉見……准さん? で合ってますか?」

「はい。そうです」

 眼鏡をかけたスーツの女性が話しかけてきた。よく見ると、顔つきが黛さんに似ている。恐らく彼女が黛さんのお姉さんなのだろう。

「インフィニット・ストライプスの副編集長、黛渚子(なぎさこ)です。今日はよろしくお願いします」

「ご丁寧にどうも」

 差し出された名刺を受け取って懐に仕舞った。

「写真撮影から行きますので、こちらの更衣室へどうぞ。隣接しているスタジオがあるのでそのまま進んで下さい。私は先に行ってお待ちしてますね」

 そう言って黛記者は先に行ってしまった。

「じゃあ千冬さん、後で」

「ああ、後でな」

 千冬さんと入口で別れて男子更衣室へと足を踏み入れた。

 正面にあったハンガーラックに掛けられていた衣装を見る。

 真っ白で厚手の生地に、背中の日の丸。かつて着ていた日本代表スタッフの作業着。

 懐かしい気分だ。日程が進むにつれて汚れて、最後の方は真っ黒になっていたっけ。選手の着ていたユニフォームならまだしも、よくこっちを用意できたな。

 撮影スタッフの努力に関心を覚えながら、衣装に袖を通してスタジオへ出た。

 壁際にあったソファに腰かけて千冬さんの到着を待つ。

 俺が代表の衣装となると千冬さんもそうなのだろう。

 千冬さんの衣装を思い浮かべると、出て来たのはISスーツ。競技中はこの姿であったので、織斑千冬と言えばこの姿という人も多いだろう。

 ISスーツは露出がそこまで多くないが体のラインが強調される。正直言って裸よりもエロい。

 違うものであるとは思うが、着替えに時間がかかっている事を考えると可能性も捨てきれない。

 ――――期待しちゃうよね。

「待たせたな准」

 千冬さんの声がして振り返る。さあ、どんな衣装だ!? 

 髪は後ろで一つに纏められていて(うなじ)が見える。肌覆う真っ白に赤いラインの生地。それが肌に密着して……いない。

 ジャージだった。

 うん、知ってたよ。常識的に考えてあんな衣装はあり得ないよね。

 分かっていたのに、なんでこんな気分が落ち込むんだろうな……。

「ふふっ、その恰好も懐かしいな」

「……そうですね」

「どうした? 気分でも悪いのか?」

「大丈夫ですよ」

 作り笑いをして表情を変え、誤魔化す。

 ISスーツを着た千冬さんを妄想していた、なんて口が裂けても言えないからだ。

「二人ともそろったみたいなので撮影始めましょうか!」

 スタッフに声を掛けられて、照明が当たっている幕の前に移動した。

「では織斑さん。倉見さんの腕を抱いて貰って良いですか?」

「ああ、分かった」

 恥じらいを見せる事無く、俺の腕に千冬さんが抱き着く。過去にもこのような撮影をやった事があるのだろうか? 妙に手慣れている感じがした。

「いいですねー。こっちに目線を下さい。では取りまーす」

 フラッシュが焚かれて、シャッター音が聞こえた。

「では今度は倉見さん。織斑さんの後ろに回って肩に手を回して下さい」

 結構ハードルが高くないか? 女性に後ろから抱き着くってことだろ? そんな事しでかしたら、セクハラで訴えられてしまいそうだ。

「准、早く……してくれ」

 俺が躊躇(ちゅうちょ)しているとそう急かされた。

 本人がいいのなら、ためらう事は無いか。

 後ろから肩に腕を回す。千冬さんの頭と顔が近くなる。何だか甘い匂いがした。これ長時間やったら(はず)()(恥かしくて死ぬこと)しそう。 

「ポーズは良いですけど二人とも顔を上げて下さい」

「「は、はい」」

 この後も様々なポーズに四苦八苦しながら撮影が続いた。

 

 ▼ ▼ ▼

 

 羞恥心を堪えながら撮影を終えて場所をロビーに移した。

「撮影お疲れ様です。では取材の方をしますので、こちらの椅子に掛けて下さい」

 言われるがままに二人並んでソファに腰を掛ける。

 黛記者は正面の机にボイスレコーダーを置いて、スイッチを入れた。

「では、始めさせて頂きます。今回は第三回モンドグロッソが一年後に迫っていると言う事で、第一回、第二回で活躍した二人に来て頂きました。早速一つ目の質問ですが、二人が思う公式戦で勝ち進めた理由は何でしょうか?」

 ザックリと言えば「千冬さんが味方だったから」で済む。……真面目に答えよう。

「千冬さんが機体性能を生かし切れていたからですかね。こちらの想像以上の動きをしてくれましたよ」

 一人だけ高速切替(ラピッドスイッチ)瞬時加速(イグニッションブースト)といった高等技術を持ち合わせていたからな。あれで勝てない方がおかしい。

「織斑さんはどうですか?」

「私が気持ち良く試合を出来るように、准が機体の調整をしてくれたからですね」

 模範解答と言えばそれまでだが、ここまで素直に褒められると何だか照れくさい。

「素晴らしい信頼関係ですね。今は信頼し合っている二人ですが、初対面の時はどうだったんですか?」

 初対面の千冬さんは確か、

「無口で孤高の狼って感じでしたね」

「准がそれを言うか、代表唯一の男子で人と一緒にいるのを避けてたくせに」

「女性と接するのが苦手だったんですよ。距離感が掴めなくて……」

「ははっ、お互いに無口の印象だったんですね。似たもの同士だった、っと」

 黛記者は笑ってメモを取った。

「では話をモンドグロッソに戻しまして、織斑さんは第二回大会の決勝戦で辞退しましたよね? どうしてですか?」

 これまた答えづらそうな質問をしてきたな。隣を横目で見ると、千冬さんの表情はこわばっていた。

 無理もない。あのとき千冬さんにはいろいろあったからな。思い出すのも苦しい筈だ。

 ここは俺がフォローしよう。公式に発表された言い訳を記憶から掘り起こす。

「あのとき、整備不良があったんですよ」

「整備不良ですか?」

「ええ、俺が土壇場で調整をミスしてしまって、とてもじゃないけど、あの機体は人が乗れる状態じゃなかった」

「そうだったんですか」

「大事を取って千冬さんには辞退して貰いました。もし何かあってからじゃ遅いので」

 これで何とか誤魔化せたはずだ。

 黛記者は納得のいったようで、メモを取った。

「ふむふむ成程。では最後に次回の出場者の方たちにエールをお願いします!」

「では、俺からは未来のIS整備士に。直前まで確認を怠らない、選手達を気持ちよく試合に臨ませる。この二つを大事に次回のモンドグロッソを頑張って貰いたいです。千冬さんは?」

「え、ああ。私からはそうだな。日々の努力があの大舞台では生きてくる。今の努力を継続して一年後に備えるように、とだけ」

「では、これで取材を終えます。ありがとうございました」

 

 ▼ ▼ ▼

 

「良かったのか? あんなことを言って」

 スタジオからの帰り道、千冬さんはそう問いかけてきた。

「何の事ですか?」

「とぼけるな。あの時准は整備ミスなんかしなかっただろう。どうしてあんな嘘をついたんだ」

 千冬さんが洋服の袖を引っ張って引き留める。視線がぶつかった。鋭く、力強い視線。それに耐えかねて俺は目線を逸らした。

「専用機『暮桜』は整備ミスによって暴走、そして破損。織斑千冬は辞退する事になった。これが世間での事実です」

「でも、んっ」

 言葉を遮るために頭に手を置いて撫でた。

「本当の事は千冬だけが知ってればいい。それだけで俺は十分だから」

「そうか……」

 どうせあの時起こった事は表に出ることはないだろう。公表して称賛を浴びようとも思わない。そんなことしたら後ろから刺されるかもしれないしな。

 千冬さんは撫でられっぱなしで恥ずかしくなったのか、俺の撫でていた手を掴んで止めた。

 そして俺の方をじっと見る。

「なんだその、ちょっと目を閉じろ」

「何ですか?」

「いいから」

 言われるがままに目を閉じると、頬に柔らかい感触。

 戸惑って目を開けると至近距離、いや零距離にまで千冬さんの顔が近づいていた。

 一瞬時間が止まってしまったかのように感じられ、ゆっくりと千冬さんが離れて行く。

「礼だと思って受け取っておけ。私は寄るところがあるから、じゃあな!」

 千冬さんはものすごい勢いで走って行ってしまった。

 一歩下がって右手で頬に触れる。

「え?」

 今……キスされた? どうして? なんでだ? 意味が分からない。

 俺はしばらく混乱から抜け出せず、その場から動き出す事が出来なかった。 

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