もうずいぶんと昔の事だった。父から、母方の家に行き、魔術師になりなさいと言われたのは。
父は、聡明な人間、と言うのだろうか。少なくとも、自分の見た限り、父ほど素晴らしい人間は少ないだろう。
母は、自信にあふれた人間だった。自分に厳しく、他人にも厳しく。そして鍛え抜かれた自分を疑わない事が、強さへと繋がる。と言っていた。私には、母の理念は、よくわからなかった。
父は、いたって普通の人で、魔術なんてものには、全く知識は無かった。
母は、父に危険を及ぼさないために、離婚した。
幼かった私は、父との別れが悲しくて仕方なかった気がする。
同時に、母への気持ちは、どんどん薄くなっていった。高校に通い始めた頃から、もう母は、他人のような存在だった。
そんな母の訃報を聞いたのは、一年生が終わるかという2月の初めだった。
色々忙しく、魔術師の葬式や、倉庫の整理など難しい事は母方の親戚が全てやってくれた。
そして、私に回ってきたのは一通の手紙だけ。
______その遺言状のような手紙には、一文の言葉が記されていた。
「今年の8月、聖杯戦争の七人のマスターになりなさい」
封筒の中には、鉄の破片が入っていた。
全く、つくづく自分勝手な母だ。そんな風に流されてる私も私だけど。
...よし。それじゃあ、しようか。
ふぅとため息をついて地下室の扉を開ける。
魔法陣は昨日描いておいた。今日が召喚の日。
鉄の破片を魔法陣の中心に置き、詠唱を始める。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。」
うん。触媒の鉄片に魔力がこもるのを感じる。
「 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
そういえば、今日は月が綺麗だったな。と思い出す。
「
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
「―――――
「――――――告げる」
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。」
もう少しで、詠唱は終わる。
「 されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。」
さぁ、ラスト一文、気合を込めて!
「 汝三大の言霊を纏う七天!
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
魔法陣から爆風が発生し、私は驚いて、尻もちをついてしまった。
魔法陣があった位置には、燃えるような赤髪をした、毛皮の鎧を身にまとった青年が立っていた。
___________え。
見間違いなく、その青年は腰に一本の剣を携えていた。
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じて、来てやったぞ。...あんたがマスターか?」
私は最優のセイバーを召喚できた喜びと、本当に、マスターになれたということに驚いて、動けなかった。
「...しゃんとしろ!あんたはマスターなのか?はっきり言ってくれ」
突如、右腕に痛みを感じた。右腕に、牙のような赤い紋が浮かんできていた。
令呪だ。その存在を知覚したことで、マスターとしての自覚が生まれ、それと同時に覚悟が決まった。
ゆっくりと立ち上がり、青年を見上げるようにしながら、しかししっかりとその目を見据えて、宣言する。
「私の名前は、
セイバーは嬉しそうに微笑んで
「おぉ、臆病な小娘かと思ってたが、存外に気合いあんじゃねぇか。俺の真名は...いや、まだいいか。俺の真名は後々教える。見たところ、聖杯戦争は初めてか?」
「ええ」
「だったら、俺を呼んだのは大正解だ。タイマンなら任せとけ。そんじゃ、よろしく頼むぜ?」
青年は、右手をこちらに差し出してこう言った。
「今の挨拶ってのは、これで合ってるか?コヨリ。生憎サーヴァントってのは世間知らずでね」
「それでいいよ。それじゃよろしく、セイバー」
私も、その手をギュッと握り返した。