屋上にて 作:VRT
穏やかな風が吹いていた。先月まであれほど猛威を振るっていた太陽はその勢いをひそめ、過ごしやすい気温が続いていた。空を見上げればこれでもかと言うほどの青空。水の入ったバケツに絵の具の青をこれでもかというほど溶かし、それを画用紙にぶちまけた様な空模様だった。視界の端に申し訳なさそうに映る丸く小さな雲以外にどこにも雲は見当たらない。綺麗に澄んだ秋空はどこまでも高く感じられた。
秋の空は高い。この空を見ているとその言葉が本当だということが分かる。
まぁ、何で秋の空が高く見えるのかは知らないが……。
そんな秋空の下、俺は校舎の屋上にいた。年季の入った我が校の屋上は普段は鍵が掛かっているのだが、何せ古くボロいため、コツさえつかめば鍵が無くても入れるようになっていた。
何処からか掛け声が聞こえる。屋上の転落防止のフェンスまで近づき声の方角を見れば、体操着に身を包んだ集団が体操をしていた。その中には見知った顔がちらほら……なるほど、ウチのクラスはどうやら体育の時間らしい。
――確か、体育はまだ出席に余裕があったよな。
海馬をフル活用して記憶を引っ張り出す。そして出た結論は。
――よし、この時間はサボるか。
どのみち今から行っても遅刻だろうし、遅刻をして体育の教員に怒られるくらいなら、行かない方がましだ。体育はまだ出席に余裕がある。それならば、サボりと言う選択肢一択だ。
――授業は昼休み後から出るか。
寝坊して起きたのが先ほど、今はもう四限の時間帯だ。それならここで四限をサボり、そのまま昼休みを過ごした後から授業に出ればいいか……。どうせ遅刻ならとことん遅刻しよう。どうせ、遅刻の二文字が変わることはないのだ。もし、変わるとしてもそれは同じ二文字の欠席かもしくは三文字のサボりに変わるまでだ。
――さて、何するかな……。
何となく何時もの癖で屋上にやって来た物の特にやることがない。普段サボるときは昼寝をしたり漫画を読んだり、雑誌を読んだりしているのだが、今日に限って言えば先ほどまで寝ていて睡眠はばっちりだ。
――まぁ、とりあえず本でも読むか……。と、その前に。
制服の左胸の内ポケットから紺色の緑色のパッケージのタバコと百円ライターを取り出す。
トントンとタバコの箱の底を叩いて浮いてきた一本を取り出す。取り出したタバコの先端をそのままライターの腹で数回叩く。そして、タバコの葉が偏ったのを確認すると吸い口のフィルターをキュッと絞る。両切りのこのタバコは口を絞らなければ葉っぱが入って吸いにくいからな。
そして、ライターで火をつけ、ゆっくり息を吸い込み、紫煙を吐き出す。
――あぁ、やっぱりここで吸うタバコは美味い。
昔から校舎を一望できるこの場所で吸うタバコが好きだった。誰もいない空間で何も考えず、ただ紫煙を燻らせる、これ以上の幸せは人生においてない。この屋上と言う空間は俺だけの隠れ家だった。
――まぁそれもここ最近は怪しくなって来たけどな。
俺がそんなことを考えていた時だった。屋上の扉がガチャガチャと音を鳴らしたと思ったら急に開けられた。俺の口には未だにタバコがある。教師ならば一発でアウトな状況。しかし、俺は慌てない。こんな偏狭な場所にくる教師なんて一人しかしらないし、その一人も今日のこの時間は授業なはずだ。だと、すれば他に考えられる相手なんて一人しかいない。
――噂をすれば影ってやつか。
屋上の柵に体重を預け扉の方を向いていた俺の目線とソイツの目線が交差する。
「やぁ、先輩。今日もサボりかい?」
いつも通りチューリップハットを被った侵入者は女性にしては少し低めの落ち着いた声で右手を上げるのだった。
「何だまた来たのか、授業はどうした? バリバリの四限中だぞ」
予想していた通りの人物に呆れ半分に声を掛ける。一か月ほど前からこの屋上によくやってくるようになったコイツの事を俺は良く知らないし、知ろうとも思わない。それはお互い同じなのか、彼女も俺の素性について一切聞こうとしなかった。
唯一分かる事と言えば彼女が俺の事を先輩と呼ぶため、恐らく俺よりも年下だろうということだけ。いや、それも彼女が適当に呼んでいる可能性が強いためあっているかも分からない。ちなみに見ない顔なので同級生ではないのは確かだ。
「ちょっと風に流されて早めの昼休みをね。それに現在進行形でタバコを吹かしてサボっている先輩には言われたくないな」
彼女はいつも通りの口調でそう言うと手にもつうよく分からん弦楽器を指ではじいた。チューリップハットと同じく彼女の代名詞とも呼べるその楽器はギターのような琴のようなハーブのような、よく分からん形をしていた。前に聞いた時に何て言ってたっけな……たしかカンテルとかカンテレとかいう名前の楽器だったと思う。あまり、興味のないことだったので直ぐに忘れてしまった。
まぁ、名前は忘れてしまったが、その楽器の音色は好きだった。落ち着いているがかと言ってノリが悪いわけでもない。彼女によく似合う楽器だと思う。
――確かにそれはごもっともで。
それにサボる生徒なんてそれなりいるのが我が校だ。自由というか緩いというかそんな校風の高校で単位さえ取れば後は適当にやれと言うのが我が校の特色だった。そんな校風だからこそ、ど貧乏で古臭く何時穴が開くかも分からない校舎だとしても廃校にならずにいるのかもしれない。まぁ、生徒数は年々減っているみたいだけど。
彼女の正論に俺は次に話すべき言葉をなくしたためとりあえず、タバコをゆっくり吸いこみ、吐き出した。紫煙は緩やかな風に吹かれ空えと上がり徐々にその色彩をなくして溶けていった。
「本当に美味しそうにタバコを吸うね。先輩は……」
「まぁ、これが生きがいみたいなもんだからな」
「何を言っているんだい。高校二年生の癖に」
先輩を先輩と思っていない口調で彼女は言う。まぁ、俺も厳格な上下関係は嫌いなため、彼女のような口調の後輩は嫌いではなかった。年功序列や上下関係なんて、それは社会で必要な話であり、この俺と彼女しかいない屋上に持ち込むことはしなくていい。
世間のしがらみやら、うっとうしい人間関係やらに囚われなくていいのが、この屋上と言う場所なのだ。
「まぁ、俺も人には勧めないけどな」
ここで会話が途切れた。
そこまで言うと俺は元々屋上に何故かあった小屋をあける。損傷が激しかったためそこらの廃材を使って勝手に修理した小さなその小屋は雨の日以外は物置になっており、そこには俺の私物が適当に投げ込んであった。
その中から適当に漫画本を引っ張り出す。
そして何時もの定位置屋上の縁に腰を掛け本を開く。
いつも通り適当に過ごす俺に対して、ソイツも同じく適当に過ごすつもりなのかいつも通り楽器を軽快に鳴らしていた。どうやら、演奏をしながら過ごすらしい。陽気な音楽が屋上に響く。うん、嫌いじゃない。
こうして、ある日の午後とある高校の屋上ではカンテレと紙を捲る音が聞こえるのだった。