屋上にて   作:VRT

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第九話

それは秋も深まり、文化祭の準備で学校どころか学園艦全体がさわがしくなってきたころだった。曇天の重い鉛空が頭上を覆う中、俺はいつも通り屋上にて紫煙を燻らす。耳を澄ませば聞こえてくるのはガヤガヤと騒がしい声と作業音。

 

――おう、やってるやってる。

 

屋上からグラウンドを見下ろせば、そこには数人の生徒がウォーキングメジャーや巻き尺をもって色々と長さを図っていた。その数人の中には俺が知っている顔もあった。継続高校生徒会、

彼らの業務の中には文化祭の運営も含まれる。勿論、文化祭実行委員会という臨時組織もあるのだが、それとは別に生徒会の仕事も多くあった。その中の一つに文化祭時に出される出店の場所決めと、その区画の決定がある。今グラウンドでせっせとやっている作業はきっと、各団体が使える場所の幅の区割りに目印を付ける作業だろう。

 

「なぁ、お前は作業に参加しなくていいのか?」

 

いつも通り屋上にやってきたソイツの方を向きながら言う。

 

「クラスの方も、寮の方も今日私がやらないといけないノルマは終わったよ」

 

最早トレードマークとなりつつあるチューリップハットを被ったソイツは弾いていた弦楽器を演奏を止めることはなくそう応えた。それに私は一年生でそこまで作業は任されてないしね、と本当か嘘か分からない言葉を付け加えた。

 

「それよりも先輩の方はいいのかい? あまり準備の方に顔出していないみたいだけど」

 

「俺は寮の方で作業をやってるし、それ俺の担当は別にあるしな」

 

「ふーん、そっか」

 

俺の回答に彼女が満足したのかしていないのか、それは分からないが、ソイツは興味なさげにそう応えただけだった。

 

会話が途切れる。屋上には、普段ならあまり聞こえてこない雑踏と、何処からか聞こえてくる鳥の鳴き声、そして、自称後輩が奏でる弦楽器の音が響き渡る。

 

会話はない。しかし、それは気まずい沈黙ではなかった。言うなれば心地よい沈黙とでもいえばいいだろうか。誰の事を気にしなくてもいい地上の楽園であるこの屋上だからこそ生まれる優しい沈黙だった。

 

――そう言えば、沈黙は詩的ってどっかで聞いたな。

 

ふと、そんなことを思い出す。誰からか聞いた言葉なのか、それとも何かの本で読んだ言葉のなのかは思い出せないが、上手いことをいったもんだと感心する。当時はイマイチ沈黙と詩的という言葉が結びつかなかったが、確かに今の沈黙は詩的だ、と納得する。

 

タバコの火を消し、吸殻を飲み干したコーヒーの空き缶に入れる。

 

空を見気れば重い鉛色をした空が見える。風はほんとどないため寒さは感じないが、気温は日を追うごとに下がってきている。もうそろそろ冬服を着た学生が目立つようになってくるだろう。風さえ吹いていれば今日でも肌寒いと感じるだけの気温にはもうなっていた。

 

――しかし、まぁ曇天の空と言うのも悪くはない。

 

ボンヤリと重い空を見ながら、新しいタバコを取り出し、火をつける。最近はずっと晴れ続きだったためなんだか曇り空を見ることが新鮮に感じた。真っ直ぐに上へと昇る紫煙は曇天の空に辿り着く前にいつしか消えていく。しかし、人間の目には見えなくなっただけで、煙はきっとあの雲に届いてるだろう。いや、実際に届いていようがいまいが関係はない。そう思った方が面白いということだ。

そう考えると手にもつタバコから昇る煙が何だか頭上の雲を作っているように思えて面白くなる。

 

そんなどうでもいいことを考えていた時だった。

 

ふと、演奏が止んだ。

 

「ねぇ、先輩一つ聞いてもいいかい?」

 

「ん? なんだ?」

 

どうせ何時もの問いかけかと気軽にと答えれば、

 

「如何なる是仏?」

 

予想外の問いが返ってきた。

 

「いきなりどうした?」

 

「いや、先輩ならどう答えるか気になっただけだよ」

 

ソイツは俺の驚きなどあずかり知らないとばかりに何時もの飄々とした態度で言う。

 

「うーん、そうだなぁ……」

 

その問いかけの答えを少しばかり考えてみる。

 

――如何なる是仏?

 

この問いは碧巌録に記されている有名な禅問答だ。中国の高僧趙州はこの問いに対して、『庭前の柏樹子』とされる。もしも試験に出たのなら、正しい答えはきっと、「庭前の柏樹子」だろう。しかし、これは試験でも何でもない上に、彼女もその答えは望んでいない。

 

なら、俺自身の答えを出さないといけない。そして考える。

 

「月下の覇王樹とでも答えるのが正解か?」

 

「先輩は本当に漱石が好きだね。まぁ、正解がない以上それも正解だけど、でも先輩の答えではないよね」

 

俺の回答に対して彼女は微笑みながらそう言った。

 

確かに彼女の言う通りだ。これは俺の答えではない。ある小説の人物はこの問いに対して、「月下の覇王樹」と答えた。それをそのまま答えただけだ。

 

それでは彼女は納得しないらしい。

 

「うーん、そうだな……」

 

少しばかり考えを巡らした結果、

 

「――昼下がりの屋上」

 

出た答えがこれだった。俺とってのその問いの答えは、庭前の柏樹子でも月下の覇王樹でもなく、これだ。

 

「なるほど、この答えは先輩らしい。私は好きだよ」

 

そう言って彼女は柔らかく微笑んだ。どうやら及第点は貰えたみたいだ。

 

 

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