屋上にて   作:VRT

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第十一話

――はぁ。面倒くさい。

 

ため息を隠す気も無く堂々と一つ大きな息を吐きながら手を動かす。目の前にそびえるのは巨大な鉄塊。鈍色に怪しく光るそれは恐らく一般人が見ることは殆どないと思われる品物だ。人の体ほどある大きな履帯と車輪。そして特徴的な長く飛び出た主砲。

 

そう、これはまごうことなき戦車である。

 

『戦車道』、そう呼ばれる武道があることを既に知っている人が多いだろう。そう、乙女の嗜みやらと呼ばれる武道だ。男子の俺からして見れば火薬の匂いをぷんぷんさせ、爆音を上げて地響きを響かせながら進む戦車のどこに“乙女”の二文字が入っているのか謎な武道だが、それでも世界的に人気のある武道であり、競技人口もかなりの数に上る。

 

今は昔、厳頭之感という句を残し滝に飛び降りた青年がいた。その青年が残した遺書曰く、「この世はまさに不可解」らしい。戦車道が乙女の嗜みと言われて伝統があることも、この世の不可解の中の一つと考えると納得できる。かの青年のようにこの世の全てを悟った訳ではないが、それでもこの世の全てを不可解だと思えばある程度の事に納得できる。不可解であろうとも現実に存在するのだ、その事実だけは納得しなければいけないし、認めないといけない。

 

まぁ、そんな俺のどうでもいい内心はさておき、この継続高校にも戦車部という戦車道を行う部活が存在する。全くもって悲しいことに俺とこの部活には少ないくない縁がある。あまり授業態度がよろしくない俺は一年の時から担任に目を付けられていた。その担任こそが戦車部の顧問だったのだ。そんな担任に授業態度や平生の行い、素行の悪さを弱みとして握られた俺は戦車道で使う戦車の整備を時たまやらされることがあった。全くもって要らない縁であり、出来れば切ってしまいたいところだが、この縁を切ってしまうと色々と好き勝手出来ない為、切るにも切れないのが現状だった。

 

「うーん、もうひと頑張りやるかね」

 

いつも通り放送で呼び出され戦車整備に精を出すこと、およそ三日、大まかな作業は殆ど終わりあとは履帯部分の修理だけとなっていた。このままいけば今日中に作業は終わりそうだ。大きく肩を回しながら「頑張るか!」と人知れず気合を入れていた時だった。

 

「あれ……この部分部品足りなくね」

 

いきなり出鼻をくじかれた。

 

よく見れば履帯に必要なパーツが一つ破損していた。戦車道とは武道だ。武道とは文字通り戦いだ。だからこそ、戦車の故障や破損などはよくある。日常茶飯事だ。そのため戦車部がある学校にはある程度の部品とパーツがあるのが普通だ。しかし、それはあくまでも一般的な学校の話だ。ここまで付き合ってくれている人なら既に知っていると思うが、我が継続高校は貧乏校である。破格の学費、寮費と引き換えに色々な物が不足している。おおよそ全ての事に関して自分たちで対処しているのが継続高校の生徒なのだ。例えば古くなった寮の雨漏りやらちょっとした配線いじり、そんな物は全て寮生で行っているし、部活で何か困ったことがあれば基本的に部内の人間が色々な伝手を使い解決する。

 

Qそんな継続高校の戦車部にまともな部品があるだろうか?

 

Aない。ついでにいえば勿論予算もない。

 

某戦車部顧問である教師から渡された修理費という名の茶封筒には樋口さんが一枚しか入っていなかった。これでどうやって部品を買えというのか。五千円程度では戦車どころか車の部品すら満足に買えやしない。毎回謎だが、どうしてこの学校には金がかかる戦車部が未だにあるだろうか……。あれか、学生自治とかの象徴なのか?

 

――別にここのパーツはないならないで戦車は走るが……。

 

弄ばせた右手でスパナを回しながら、ふむと唸る。

 

――でも、このパーツがないと、戦車の機動力が随分と落ちるなぁ……。

 

大きく紫煙を吐きながら後ろ髪を掻く。そして、数刻の間考えを巡らし、

 

「……しょうがない。あまり借りを作りたくはないが、この際だ」

 

人知れず決断を下した時だった。倉庫の扉が甲高い金切り声を上げて開かれた。開かれた扉から差し込む太陽光。どうやらいつの間にか太陽も空高く昇る時刻になっていたようだ。基本的に薄暗い倉庫の中にこもっていると時間間隔が狂うから困る。まぁ、おかげで時間を忘れて作業に没頭できるという良い面をあるのだが。

 

「せんぱーい! 差し入れ持ってきましたよー!」

 

開けられた扉から聞こえる威勢のいい声。聞くからに活発な印象を与える声の主は戦車の前でスパナをクルクルと回していた俺に気が付くなり手を大きく振りながら小走りに近づいてきた。

 

「ん? ミッコか……」

 

赤茶色の短いツインテールを揺らしながら近づいてくる彼女の名前はミッコ。継続高校戦車部の一年生であり、戦車部では操縦士を務めている少女だ。元気のいい溌剌とした声そのままに見た目も活発そのままであり、よく犬歯を見せて笑う奴だ。

 

「お疲れ様です、先輩。はい、これ差し入れです」

 

そう言ってミッコは右手に提げていたビニール袋から缶コーヒーを差し出してくきた。俺の好みに合わせてブラックコーヒーを買ってくるあたりコイツの気の利きようがわかる。活発な性格とは裏腹に意外とミッコは気が利く。人のことをよく見ているし、よく覚えている。気配りもきちんとできる出来た奴なのだ。

 

ただし、戦車の運転は除く。

 

コイツのおかげで戦車を修理した回数はいかばかりだろうか……。

 

戦車道はさっきも言ったが武道だ。だからこそ、戦車の故障はしょうがない。俺もそれは重々にして分かっているつもりだし、戦車道の試合で壊れた戦車を修理するなら渋々でも修理をすること自体はやぶさかでない。

 

しかし、ミッコの場合は違う。コイツの場合、戦車を壊した原因が九割方試合とは関係がない。ある時は練習試合に勝って調子に乗って帰り道にスピードを出し過ぎてカーブを曲がれる崖から落ち唯の、またある時は戦車でドリフトの練習をして、バランスを崩して三回転横倒しで戦車が真上を向いてひっくり返っただの、とりあえずしょうもないところで戦車を壊してくる。本当、普段の気の利き方が戦車の運転にまで生かせればいい奴なんだけどなぁ……。

 

「おう、サンキュー。ブラックコーヒーとはわかってんじゃねーか」

 

「先輩がブラックコーヒーしか飲まないことくらい知ってますよ!」

 

差し入れパーフェクトでしょ! とそう付け加えて満面の笑みで笑うミッコに、

 

「まぁ、後タバコも買ってきてくれたらパーフェクトだったんだけどな」

 

「何言ってんですか……後輩になんて物要求してんですか……ってかそもそも先輩いつもタバコ吸ってますけどどこで手に入れてるんです?」

 

「ん? 普通に売店で売ってるじゃねーか」

 

「いや、私たちじゃ買えないじゃないですか……」

 

「なんだお前たち知らないのか。第二売店に夜の九時くらいに行けば学生バイトしかいないからタバコも酒も買い放題だぞ」

 

うちの寮やクラス内では有名な話なため、一年生であるミッコも知っているかと思ったが、どうやら知らなかったらしい。俺の言葉に驚いていた。

 

「そうなんですか……ってか、思ったんですけど売店でお酒や煙草って売ってるんですね」

 

「まぁ、教師とか用務の人とかが買うために置いているんだろうな。まぁ、学生が買う売り上げの方が多いのは間違いないだろうけど……。タバコ何て吸う教師、タキちゃんしか知らないし、俺」

 

「え!? タキちゃん先生吸うんですか!?」

 

ちなみにタキちゃんとは俺の担任であり、戦車部の顧問である女史だ。非常に個性的な教師であり、継続高校の生徒でタキちゃん知らない生徒はいないだろうとまで言われる教師だ。身長145cm、髪は黒のポニーテール。いつも着ている白衣が最早コスプレにしか見えない、どこからどう見ても小学生なのが、タキちゃんだ。

 

「おう、しかもガラム吸ってるぞ、あの人」

 

「……ガラム?」

 

「まぁ、あれだ。とんでもなく重いタバコだよ」

 

「へぇ……意外です」

 

「まぁ、人は見た目によらないってことだな」

 

「たしかにそうですね。それよりも、先輩、作業は終わりそうですか?」

 

ミッコの言葉に吸い終えたタバコを灰皿代わりに使っていた空き缶に入れて応える。

 

「あぁ、もうほとんど終わったよ」

 

「流石ですね、先輩。それにしても、先輩って意外ですね」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「いや、先輩って授業とかもサボりまくっているって聞いたんですけどこう言ったことはちゃんとサボらずにやるんですね。いっちゃなんですけど、別にサボったところで誰からも文句を言われないのに……」

 

意外そうにミッコは言った。たしかに以外に見えるかもしれない。俺は確かに真面目ではない。授業なんて基本的に出ないし、学校行事も興味あるものしか参加しない。でも、そんな俺にもポリシーがある。

 

「――良心に恥じぬ」

 

「え?」

 

「良心に恥じぬと言うことだけが我々の確かな報酬である」

 

「なんですか、それ?」

 

「アメリカの弁護士が言った言葉だよ。まぁ、この言葉はベトナム戦争の詭弁として使われたんだけどな。俺はそのままの意味で使っているよ」

 

誰かに褒められるとか、報酬を貰えるとかではない。俺が何かをこなす上で指針となっているのは自分の良心に恥じぬ仕事をしようと言うことだけだ。それがどういう仕事か、与えられた経緯がどのような物かは置いておいて、何かをこなさねばならない以上俺は良心に恥じない程度には頑張ろうと思っている。

 

「まぁ、要するに自己満足だよ」

 

イマイチ理解していないのか頭の上にハテナマークをうかべているそう答えながら、胸ポケットに入っている携帯を取り出し操作する。

 

「そうだ、ちょっと待ってろミッコ」

 

電話の相手は2コール目に出た。

 

「――よう、久しぶりだな。――――あぁ、元気にやってるよ。そっちも元気か?」

 

「――――そうか、それは吉報吉報。で、まぁ要件なんだがな――って部品そっちの戦車部で余ってないか」

 

 

「――うん、うん。良かったら譲って貰えないか? ―――――よし、じゃあ近いうちにとりにいくわ」

 

「――――おう、さんきゅー。あ、そうだ。あのちびっこにはくれぐれも黙っておいてくれよ。鉢合わせたら面倒くさい。――おう、頼んだ。じゃあま、ノンナ」

 

そして通話を終えて、ミッコを見る。

 

「よし、ミッコ。今からちょっと出かけるぞ」

 

「へ!? 出かけるってどこにですか、先輩?」

 

話が見えないと首を傾げるミッコに、

 

「プラウダ高校の学園艦」

 

呆気なくそう言った。

 

「へ? ……ぇえええええええええええええええ!?」

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