屋上にて   作:VRT

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第一話

ソイツは出会った時から小難しい話をするのが好きだった。

 

今日も今日とて天気は快晴。空には小さな綿菓子のように純白な丸っこい雲が浮かんでいる以外どこもかしこも青く染まり雨の降る心配は一ミリたりともしなくても良さそうな日だった。

 

そんな秋晴れの下、俺は勝手知ったる他人の家とばかりに屋上で昼寝をしていた。秋の穏やか日差しを受け続けた地面は温かく、辺りには穏やかな緩い風が吹いている。まさに昼寝をするには好都合の陽気だった。

 

「……ん」

 

どれほど眠っていたのか分からないが何処からか音が聞こえた。優しい音色で風と同化してどこかに飛んでいきそうなその柔らかな音色で目を覚ます。

 

上半身をとりあえず起こして大きく伸びを一つ。ぐーっと体を伸ばすと、縮こまっていたあちこちの筋肉が伸びていくのが分かった。

 

――まぁ、まずはタバコだな。

 

とりあえず、その動きの延長戦で、胸の内ポケットに入ってる緑色のパッケージを取り出すと、ズボンのポケットに入っている百円ライターで火をつける。

 

「……あぁ、美味い」

 

ニコチンが脳内に行きわたり脳が覚醒するのが分かる。寝起きにはまず、タバコだと古今東西相場が決まっているのだ。

 

え? そんな相場は知らないって?

 

まぁ、俺の中だけの相場かもしれないが、世界中のどこかには俺の考えに納得してくれる人もいると思う。

 

「おや、起こしてしまったかな?」

 

楽器の音色を聞いた時点で分かっていた。いつもいつも屋上で弾いていては馬鹿な俺でも覚える。

 

いつも通りのトレードマークであるチューリップハットを被ったソイツが壁に体重を預けながら座っていた。勿論その両手にはあのよく分からん楽器が握られていた。

 

「いや、別にお前の楽器がなくても起きていたよ」

 

最近は特に睡眠不足という訳ではないので、昼寝をしてもすぐに目が覚める。寧ろ、コイツの楽器の音でよりリラックスをして眠れるくらいだ。

 

「そうか、それなら良かったよ。先輩の眠りを妨げたんじゃあ、少しばかり極まりが悪いからね」

 

ソイツはそう言って笑う。少し色素が薄い黒髪に大きくな瞳、顔の彫りもはっきりしていて、とても整っている。よく見れば美人だよな、コイツ。十人中九人が美人というほど彼女の顔は整っていた。まぁ、本人には言ってやらないが。

 

「――ん? どうしたんだい、先輩。私の顔をまじまじと見つめて? まさか、私に惚れているのかい?」

 

「寝言は寝て言うことをお勧めする。というよりも、今寝ているのか? 寝ながら楽器を弾くとは器用な奴だ」

 

うん、やはり美人だの顔が整っているだの言わなくて正解だったな。コイツの事だ絶対に調子に乗る。いつも通り飄々とした何食わぬ顔で絶対に俺の事を小ばかにしてくる。間違いない、火を見るよりも明らかだ。

 

「さっきまで寝ていたのは先輩だろうに……」

 

彼女はそう言ってまた笑うのだった。

 

――曲が変わる。

 

さきほどの穏やかな優しい曲に比べ、こちらはどこかノリのいい曲だった。そして、いつも屋上で彼女のライブを聞いている俺にはどこか耳に馴染みのある曲でもあった。

 

「ねぇ、先輩」

 

弾くのがあきたのか、それもとも、曲の区切りがついたのか、それは分からないが、ソイツは楽器から指を離した。

 

「うん、どうした?」

 

ソイツは出会った時から小難しい話をするのが好きだった。

 

「――幸せについてどう思う?」

 

そして、今回も唐突にこんな話題を振ってきた。

 

「幸せについて?」

 

「そう、先輩は何が幸せだと思う?」

 

ソイツはどこか楽しそうに、でも、いつも通りの飄々とした態度で言う。

 

幸せ、幸せねぇ……。

 

俺はそんな彼女の小難しい話が嫌いじゃなかった。それは、彼女の話題は少し難解だがそれでも私生活に何ら影響を及ぼさない話だったからだ。

 

哲学にしろ、心理学にしろ、彼女の小難しい話は頭の中でどう考えようとも、そして俺がどう答えようと俺の私生活に何の関係もない。何も考えずに気軽に話せる話は好きだ。

 

 

そして、考える。幸せについて。

 

「まぁ、あれだな。俺は日がな一日こんな風にタバコを吸いながら屋上でのんびり昼寝を出来ればそれが幸せかな」

 

でた答えがこれだった。大金を手に入れたところで、それが増えすぎれば寝る間も心配になるだろう。それに、我が家は貧乏だ。きっと前世も貧乏だったに違いないそれに何となく来世も貧乏なような気がする。そんな俺が大金を手に入れたところでロクなことには使わないのが目に見えている。

 

人間高望みしたところでどうしようもない。身の丈にあった幸福が大切なのだ。

 

俺の答えに満足したのか、それは分からないが彼女は笑うと、弦を弾く。

 

「刹那主義には賛同できないね」

 

どうやら、納得はしていないようだ。

 

「そうか、どうせ人生刹那みたいなもんだろ」

 

「先輩がそう思うのならそうだろうね」

 

それ語尾に、先輩の中ではね、って言葉つくやつだろ。

 

「まぁ、そうは言うが、刹那を大事にしないで長い時間を大切に出来ると思うか?」

 

「確かにそう言う意見もあるだろうけど、でも種を蒔くということも大切だと思わないかい?」

 

「確かに、そうだな……」

 

「まぁ、先輩には刹那主義が良く似合っていると思う」

 

「それ、褒めてないだろ?」

 

「さぁ、どうだろうね」

 

彼女はいつも通りの璆鏘琳瑯となる声で笑う。

 

――あぁ、これ絶対に褒めてないやつだな。

 

「それに私が何と言ったところで先輩は刹那主義を変えないだろ?」

 

「まぁ、確かにな。例え刹那主義が馬鹿の考えでも俺の幸せはのんびりタバコを吸いながら昼寝でも出来ればそれが幸せさ」

 

「でも、先輩が言うその幸せというのは今の生活のままじゃないか」

 

「まぁ、そうだな」

 

「現状に満足しているようじゃあ、それから先の成長はないと思うんだ」

 

「精神的に向上心のない者は馬鹿だってか」

 

「ふふ、先輩にしては良く知っている」

 

何が楽しいのか彼女は笑う。まぁ、楽しそうで何よりだ。どういう状況であれ、女の子は笑っている方がいい。例えそれが俺を小ばかにする笑みであっても。

 

「漱石は好きなんだよ」

 

「そうか、私も好きだよ」

 

しかし、いい加減彼女に小ばかにされ続けるのも癪なのでここらで反撃しておこうと思う。

 

「まぁ、俺の幸せはさっき言ったとおりだけど、一つ付け加えたいことがあった」

 

「それは何だい?」

 

彼女は適当に音を奏でながら言う。

 

「タバコを吸って昼寝をして、そして更に君の音楽もあればもっといいね」

 

「……」

 

音が止まった。どうやら意趣返しはそれなりに成功したようだ。

 

「それでお前の幸せって何だ? 俺だけ話すのも不公平だろ?」

 

「……うん、そうだね。私はこんな風に音楽を日がな一日奏でていれればそれでいいかな」

 

――なんだそういうお前も刹那主義じゃないか。

 

俺がそう言おうと口を開こうとした時だった。先に彼女が声を発した。

 

「――それに、その音を聞いてくれのが先輩であればさらにいいね」

 

――どうやらからかわれたのは俺の方だったようだ。

 

 

 

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