屋上にて   作:VRT

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第二話

それはある秋の昼下がりだった。四限が終わり昼休みに入ると購買部で適当に食い物やらを買った俺は何となく屋上に向かった。俺は確かにサボることは多いがそれでも勿論年がら年中サボっているわけではない。出席日数とその日の気分ではちゃんと授業に行くこともある。そして、そんな授業に行った日には屋上に行くことはそこまで多くはなかった。昼休みに屋上に行ってしまうとそのままあの居心地に良さに負けてズルズルと昼過ぎまでいてしまうことが多いからだ。

 

少しリスクは高まるが、タバコを吸うのも屋上ではなくて校庭にある体育倉庫裏で事足りる。そうなると別に屋上に行く意味がなくなるのだ。

 

屋上へ続く階段を上ると進行方向から楽器の音色が聞こえた。何時ものように陽気で優し気な音色。どうやらアイツは既に屋上にいるらしい。

 

錆び付いた扉をガチャガチャといじり、鍵を開けるとそのまま扉を開く。

 

「やぁ、先輩こんにちは」

 

予想通りそいつは楽器を弾いていた。

 

いつも通りのチューリップハットによく分からん楽器、彼女は変わり映えせずそこにいた。

 

「あぁ、こんにちは」

 

そんな彼女に左腕を上げて挨拶を返し、屋上の扉を閉める。錆び付いた音を上げて扉はしまった。

 

――あぁ、後でグリス乗っとかないとなぁ。

 

そんなことを思いつつ何時ものように屋上の縁付近まで向かっていた時だった。

 

「先輩その右手に持っている袋は何だい?」

 

音色が止まった。そして彼女の目は俺の右手を見る。俺の右手に提げられているのは白いビニール袋。そして中には先ほど購買で買った食い物やら飲み物が入っていた。

 

「あぁ、これか?」

 

「うん、それだ」

 

「あぁ、俺の昼飯やらお菓子やらだけど……」

 

それがどうかしたか、と問いかけてみれば彼女はいつも通りの声色を変えずに飄々と答えた。

 

「実は私は今日、何も食べていないんだ」

 

そして、指で弦を弾く。

 

「そっか、それは大変だな」

 

「そうなんだ、それはそれで空腹でね」

 

「ふーん、そっか……」

 

何も解さぬ様子でそう答えるとそのまま何時のも定位置に座り、ビニール袋から菓子パンを取り出す。そして、一口。

 

「うん、美味い」

 

「……先輩? それは少しひどくないかい?」

 

「酷いのはどっちだよ。俺が買いだめて置いた食料を勝手にちょこちょこ食いやがって」

 

屋上に元からあった小屋は今では俺の物置件、自室のような扱いになっている。その小屋には色々と物が置いてあるのだが、その中には食料もあった。基本的に午前中をサボると、購買に行くのも食堂に行くのも億劫になるし、そもそも購買部も食堂も一階にあるため、屋上から遠い。だから、そんな時に備え結構な量の食料を買い込んでいたのだが、最近ちょこちょこ量が減って来ていた。勿論俺が食べる時もあるのだが、それにしても減る量が早い。そして、一昨日とうとう空っぽになってしまった。

 

俺が食べていないとすると、犯人は一人しかいない。そもそも、この屋上を訪れるのは俺を含めて三人しかいないのだ。そして、その一人は教師であり俺の非常食をネコババするほど懐は寒くはない。となれば、もう犯人は言うまでもない。

 

「あの食料はね、風に吹かれてどこかに飛んで行ってしまったのさ」

 

「なわけあるか!」

 

いけしゃあしゃあとまるで私は知りませんと言うわんばかりの態度。

 

「どうしてそう言い切れるのかな? 先輩は私がその倉庫から食料を食べているところを見たのかい?」

 

コイツ日が経つにつれ俺に対する遠慮の二文字が無くなってきていないか?

 

いや、そう言えば態度が分かりやすくなっただけで、根本的に出会った当時とから遠慮はなかったな。

 

「現行犯では見てないが、状況証拠はお前が犯人だって物語っているんだよ!」

 

「日本は推定無罪の原則を採用しているみたいだけど、それは何時無くなったんだい?」

 

「ったく、反省の色はなしか」

 

わざとらしくため息をつくと袋からさらにパンを取り出す。

 

「少しでも反省の色が見えたら少しくらいは食料を分けてやってもよかったんだけどなぁ……」

 

そう白々しく言っておく。

 

「……くっ、どうすればいいんだい?」

 

よっぽど空腹なのか、彼女はそう言った。

 

「それは俺の口から言わなくても自分で分かるだろう?」

 

普段から散々小ばかにされているのだ。こんな時くらいからかっておきたい。それくらいの意趣返しは許されるだろう。

 

「まさか、体を使って……」

 

「ふはははは、そうだな。誠意と言うのは言葉よりも体で表すものだろ? 人の気持ちは見えないからな」

 

高笑いをしながらそう答える。まぁ、体を使うと言ってもどけ座をしろとかそんなことは言っていない。ただ普段小ばかにしている俺に対して少し頭を下げれば、許してやろう。俺の心は西シベリア平原より広いからな。

 

――にしてもコイツが悪ふざけとは言え俺に媚びるかぁ……。

 

もし、本当に頭の一つでも下げるのなら写真でもこっそり撮ってやろうかな。今度馬鹿にされた時にそれ反撃してやる。あぁ、今から非常に楽しみだ。

 

そんな俺の邪な考えを抱いていた時だった。

 

「先輩」

 

「どうした? とうとう頭を下げる準備が出来たか?」

 

ふははははは、と悪役のような笑い声を上げる俺に彼女の冷静な声が刺さった。

 

「これ何だと思う?」

 

彼女の手には黒く長方形の物体が握られていた。

 

「ボイスレコーダー?」

 

「そう、その通りさ」

 

「そのボイスレコーダーがどうかしたのか?」

 

「いやね、先ほど面白い音声が取れてね。先輩にも聞いてほしいんだ」

 

彼女はそう言うと再生ボタンを押す。

 

『それは俺の口から言わなくても自分で分かるだろう?』

 

『まさか、体を使って……』

 

『ふはははは、そうだな。誠意と言うのは言葉よりも体で表すものだろ?』

 

そして流れ来るのは先ほどの俺と彼女の会話、その一部。

 

――あぁ、ヤバイ。

 

全体的には何も問題ない会話なのだが、この部分だけ切り取ると犯罪臭しかしない。勿論その場合、俺が加害者で彼女が被害者だ。

 

――ニヤリ。

 

彼女の口端が持ち上がるのが見えた。

 

「この音声を周りの人に聞かせたらどうなるだろうか……。そして私が聞かせる時に泣いてみせれば、それはそれは面白いことになりそうじゃないかい?」

 

――あ、終わった。

 

「何が望みだ?」

 

「それは私が言わなくても先輩自身が分かっている筈さ」

 

「分かったよ。これでいいんだな」

 

手にもつパンを彼女に投げ渡す。

 

彼女はそのパンを受け取ると、さらに笑みを浮かべて、

 

「おっと、それが先輩の誠意かい? 先輩の誠意とはその程度だと……。これでは何かの間違えで私の指が滑ってこの音声を校内放送で流してしまうかもしれないな」

 

さらに追い打ちをかけてくるのだった。

 

「す、すみませんでした! それだけは何卒、何卒ご勘弁を!」

 

袋に入った食料を全て彼女に奪われたのは言うまでもないだろう。

 

――あれ、おかしいな。俺、何も悪いことしていないのに……。

 

そのことに気付いたのは放課後のことだった。

 

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