屋上にて   作:VRT

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第五話

今更隠す事でもないが我が継続高校は貧乏校だ。それも生半可な貧乏はない。筋金入りの貧乏校だ。年季の入った校舎は控えめに言ってもボロボロという四文字で片づけられ、台風の時は吹き飛びそうになる。そもそも今どき旧校舎とはいえ、木造校舎があるのはウチ位なものではないだろうか。平成に入りすでに今年で二十年以上もたつと言うのに昭和の残り香が凄いのが我が継続高校だった。

 

貧乏校は貧乏校なのだが、その分継続高校は色々と格安だ。授業料に始まり、寮費や、光熱費、さらに売店の価格など色々とリーズナブルなのだ。ここまでボロ臭い高校なのに毎年一定数の志願者がいるのはきっとそう言う所が学生にうけているからだろう。安さとは誰にでも分かりやすい正義なのだ。

 

その代わりやっぱり貧乏校なりの苦労があるも事実。例えば部活動などは一応学校側から予算が降りるのだが、雀の涙程度しかならず、備品や消耗品は基本的に各自で調達しなければいけない。それに部室、時には校内の補修なんてのも学生が自らやることが多いので、そこらの工業高校のやつらよりも場慣れした奴がいるのがウチの高校だった。

 

軽い大工仕事なら継続高校男子なら大抵の奴が出来る。もちろん、俺もその例には漏れず、日曜大工くらいのことなら鼻歌交じりに出来る自信がある。屋上にある小屋の補修や改装をしたのは俺自身だし、寮なんかでもそれなりに頼まれるのである程度の事は出来ると自負している。

 

それはある昼下がりの事だった。

 

屋上にていつも通り授業をサボり紫煙を燻らしている時だった。

 

ピンポンパンポーン、と今どき時代錯誤な甲高い音が校庭に設置された数個のスピーカーから聞こえてきた。どうやら、放送が入ったようだ。

 

『あーあー、マイクテスマイクテス』

 

聞こえてきたのは高い女性の声。どこか幼い印象を受ける声だった。その声は聞き慣れた声だった。

 

――なんか嫌な予感がするなぁ。

 

タバコを咥えながらそんなことを考えていると、

 

『――君、――君、至急職員室に来なさい。繰り返す』

 

――あぁ、やっぱりか。

 

悪い予想ほどよく当たるとは上手いことを言ったものだ。聞き慣れたそれは俺の名前。

 

職員室は一階にあり、今俺が居る屋上とは対角線上にある。別にどうってことはない距離なのだが、行くのが面倒と言えば面倒だ。

 

――正直言ってバックレたいんだけどなぁ

 

『なお、もしもバックレた場合は、期末試験、覚悟しておくように! 今までのサボりの件も含め、冬休みは補習で消えると思いたまえ!』

 

校内放送で堂々とこんなことを言っていいのだろうか。恐らく我が校でなければ問題になっていることだろう。

 

――生徒も生徒なら、教師も教師か……。

 

自由すぎる校風が我が校の良い所ではあるが、それがいい意味でも悪い意味でも働く時がある。、教師一人の権限が他の高校に比べて大きいため、その気になれば、生徒一人の成績をいじるくらいはわけがない。それも普段、サボってばかりの生徒だと平常点をいじるくらいは簡単だろう。それに放送の声には聞き覚えがある。あの人なら間違いなくやる。もしも、俺がこのままバックレたのなら、問答無用で冬休みは消えるだろう。

 

――はぁ、ここまで脅されたらいくしかないなぁ……。

 

ため息を吐き、口に咥えていたタバコを箱に戻す。

 

――面倒ごとは勘弁願いたいなぁ。

 

そして、今までの高校生活を思い出す。今回のように放送で呼び出しをされた時は殆ど間違いなく面倒ごとだった。

 

屋上を出る足取りは重い。

 

さきほど校内放送で俺を呼んだ教師は俺の担任だ。そして、彼女は戦車部の顧問教師だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――音が聞こえてきた。

 

弦楽器の聞き慣れた音だった。落ち着いたメロディーだが、かと言ってノリが悪いわけでもない不思議なメロディー。聞いているだけで心が安らぐそんな曲だった。

 

徐々に頭が覚醒していく。うっすらと目を開ければ澄んだ青空が広がっていた。様々な絵の具の青を混ぜ合わせ、それを空という名のキャンパスに塗りたくった様な快晴だった。

 

寝転がったまま、胸ポケットから煙草とライターを取り出し、タバコを口に咥える。そして、そのまま火をつける。ニコチンが肺から吸収され脳が急速にクリアになる。やっぱり寝起きは一服に限る。

 

「起こしてしまったかな?」

 

音が不意に止んだ。そして聞こえてきたのは聞き慣れた声。もう言うまでもないと思うが、屋上に来て楽器を演奏する人間なんて一人しかない。あの少女だ。

 

「いや、別に。むしろ、その音楽のおかげでぐっすり寝れたくらいだ」

 

グッっと腹筋に力を入れて、上体を起こす。最早、トレードマークになりつつあるチューリップハットを被ったソイツはいつも通り壁を背もたれにして座っていた。屋上の彼女の特等席だ。その両手には見慣れた弦楽器が一つ握られていた。

 

「そうかな。先輩にそう言われると嬉しいね」

 

ソイツは嬉しそうに笑う。整った顔といい、笑顔が本当に映える奴だと思った。絶対につけあがるため本人には死んでも言わないが、一般人のレベルをはるかに超えるくらいソイツは美人だった。

 

「今、何時だ?」

 

「えーっと、もうすぐ五限が始まるくらいの時間かな」

 

「そうか……」

 

頭の覚醒具合といい、体の強張り具合といい大分寝ていたとは思っていたが、予想よりも寝ていたことに少しだけ驚いた。

 

「お疲れの様だね」

 

彼女はそう言うと弦を弾いた。聞き慣れた音が響いた。

 

「まぁな……。少し色々あってな」

 

紫煙を吐き出しながら首を回す。長い間固い地面で寝ていたせいかポキポキと骨が鳴った。

 

「ふーん、それは大変だ」

 

そう言って彼女は他人事のように笑った。そこで、会話が途切れる。彼女は必要以上に俺の内情に踏み入ろうとしない。俺が何者かなんて関係ない、それが彼女のスタンスだった。あくまでも俺と彼女は赤の他人なのだ。俺にはそれがやけに嬉しかった。

 

この屋上という所において、社会の柵というのは毒だ。ここには年齢による上下関係も、性別における格差も、個人の才能による順位付けも何もない。

 

ここに俺がいて、彼女がいる。

 

この一行で全てが完成している。故にそれ以上の何ものいらない。深くその人のことを知りすぎると気遣いが生まれる。そんな人間関係はこの屋上以外で繰り返し、飽き飽きだ。

 

――非人情の付き合い。

 

これが俺と彼女との付き合いであり、屋上という楽園の唯一の決まりだった。この屋上に人情を持ってきたのならすぐにここは楽園ではなくなる。地に落ちる。地獄になる。ならば、それを持ち出してはいけない。

 

だからこそ、俺は彼女の名前すら知らない。彼女は俺の事を先輩と呼ぶため恐らく後輩だとは思うがそれすらも怪しい。同じ学年ではないことは確かだが、もしかすると先輩かもしれない。

 

結局のところ俺は彼女のことを深くは知らない。彼女も俺の事を深くは知らないだろう。

 

名前も年も分からない距離間、これが彼女と俺との距離だ。故に遠く、だからこそ近い。

 

屋上という場所はこうでなくては面白くない。

 

穏やかな風が一撫で吹いた。グランドからは声が聞こえる。きっとどこかのクラスが体育の授業でもしているのだろう。

 

会話はない。ただ彼女が気まぐれに奏でる音楽が聞こえるだけ。

 

ゆっくり目を閉じる。

 

――最近はろくに寝てないんだ。もうひと眠りするか。

 

最高のBGMの中、束の間の休息を味わおうと、人知れず心に決めたのだった。

 

 

 

 

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