屋上にて   作:VRT

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普段よりも文章が多いです(当社比)


第六話

外に出ると既に空は明るく東の空には輝かしい太陽が堂々と昇っていた。雲一つない秋晴れであり、空はまるで水の入ったバケツに青色の絵の具をこれでもかと溶かしたあと、それを画用紙に思いっきりぶちまけた様なさっぱりとした快晴が広がっていた。

 

――あぁ、くそねみぃ……。

 

ここまで清々しい快晴を見たなら普段だったら今日も良い昼寝日和になりそうだと、穏やかな気持にでもなったのだろうが、生憎今日はそんな余裕はない。ここ連日の徹夜と肉体的疲労に精神的疲労、そしてなんといっても睡眠不足により今のコンディションは最悪だった。

 

空に浮かぶ太陽は何故か黄色がかって見えるし、頭は変なところに痛みを感じている。人間睡眠は大事だということ改めて思い知った。そしてその事実は出来れば思い知りたくないことでもあった。

 

――しっかし、漸く終わったな。

 

作業を始めてこれまで長かった。毎日のようにこの倉庫にこもりただ只管にに作業、寝る暇、食う暇を惜しんでの作業だった。しかし、不思議とそこまで達成感はない。まぁ、そりゃそうか、脅されていやいや始めた作業だもんなぁ。

 

真っ黒になった手をグッと空に伸ばすと、縮こまっていた体の筋が伸びていくのが分かった。そして、そのまま大きく息を吸い込み、吐き出す。タバコを吸い始めて既に結構な時が経つ、きっと俺の肺はいい感じで薄汚れているだろう。しかし、そんな俺でも秋晴れの下で吸う空気は純粋に美味いと思った。

 

――とりあえず、一服して寮に帰って風呂入って寝るか。

 

もう今日はこれ以上は何もしたくない。いくら華の高校生と言えども体を酷使にするのには限度がある。そして、今までの経験上これ以上起きておくのは危険だ。どうせ、学校に行っても屋上でサボるだけだろうし、それならば寮で大人しく寝ておこう。唯一の気がかりは某担任だが、生憎さま俺のここ数日の寝不足の原因はその担任様なのだ、仕事が終わった今日くらい学校をさぼったとこで文句は言われまい。というは言われようが、言われなかろうが今日はサボる。

 

――ん? あの制服はウチの生徒か……。もうそんな時間か。

 

タバコを咥えながらぼーっと視線を動かしていると、少し離れた所に見慣れた学生服を着た集団が歩いているのが見えた。時計を見ていなかったため正確な時間は分からなかったが、どうやら登校時間真っ只中らしい。

 

――そう言えば屋上の小屋に携帯の充電器置きっぱなしだったよな……。

 

その集団を見て、そんなことをふと思い出した。

 

――寮に帰る前に回収していくか。

 

俺が今いる第二グランドと俺が暮らしている寮はちょうど学校を挟んで向かいになる。どうせ寮に帰る時に学校近くを通るのならば寄り道をしてもそこまで苦ではない。寝るまでの時間が伸びると言えば伸びるが、最早ここまで来たら十分や二十分伸びてもそこまで変わりないだろう。

 

――あぁ、そう言えば着替え持って来てないんだったな。

 

目線を下にやればグリスや油、煤で黒く汚れた作業着が目に入った。俺には既に感じないが、油や煤の匂い、そして眠気覚ましで吸い続けていたタバコの匂いが相当染み込んでいそうだ。正直この格好で学校に行くのはどうかとは思うが、まぁ、授業を受ける訳でもないしいいだろうと自分自身に言い訳する。そうと決まれば早く行って早く帰るに限る。澄み切った青空の下俺は頭痛を戦いながらトボトボと歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校までの向かう途中、見知った後ろ姿を見つけた。

 

「ねぇねぇ、この間の練習試合凄かったよね! あれだけの強豪相手にあそこまで戦えたんだよ! これは戦車道大会も期待出来るかも!」

 

少し赤みが掛かった黒のショートヘアを左右で結んだ少女の楽しそうな声が聞こえてきた。よほど興奮しているのか、声は弾んでおり、後ろで頭を頭痛がする頭を押さえながら死人の様に歩いていた俺にもその声は届いた。その声色を聞くだけで彼女の顔を見るまでもなくその表情は手に取るように分かる。

 

「うんうん。凄かったね!」

 

その横を歩くブロンドの髪を二つ結びにしたおさげの少女が首を縦に振りながら応える。

 

「いやー、思い出しただけで興奮してきた! だって私たちだけで敵の戦車を五両も倒したんだよ! いやー凄かったね!」

 

「うんうん、ミカの指示とユッコの運転技術があったからだね!」

 

先に言っておくが俺は決して他人の会話を盗み聞きする様な人間ではない。前を歩く馬鹿二人の声が大きくて勝手に聞こえるのだ。周りをそれなりの生徒が歩いていると言うのに二人の少女は何も気にせずに興奮した面持ちで話し続ける。

 

「いやいや違うよ! やっぱりアキの装填のスピードや砲塔旋回の腕が良かったからだよ!」

 

「――そ、そうかな! じゃあ、これは私たち三人の力ってことだね!」

 

「そうそう! そういう事! ――あっ、そう言えば試合で思い出したけど、帰り道で破損しちゃった戦車、今週末か来週には直るって、タキちゃん先生が言ってたよ!」

 

――ん? 

 

そんな会話が聞こえてきた。ちなみに彼女たちが言っているタキちゃん先生とは俺のクラスの担任のことだ。

 

「え? あのミッコが試合終わった後の帰り道で調子に乗ってスピード出し過ぎて急カーブを曲がり切れずに崖から落ちて壊したあれ?」

 

「うんうん! いやー、あの時はビビったよ……。もう少しで大惨事になるところだった」

 

「いやいやいや! 私の方が驚いたよ! だって、急に車体が傾いたと思ったらそのままゴロゴロと転がっていったんだよ! 全くミッコの運転は荒いんだから……」

 

「あははははは。ごめんごめん」

 

「もう全く笑い事じゃないんだからね……! それにそんなとこで戦車壊したって整備してくれている人が知ったらとんでもなく怒られるよ」

 

ブロンドのお下げの少女が言った言葉に黒髪の少女は――

 

「――あぁ、それなら大丈夫だって! 言わなきゃ絶対に帰り道で遊んで大破した何てバレないから!」

 

初めに言っておきたい。俺は別に最近巷で噂になっているキレる十代とかいうよく分からん若者でもないし、なんなら自身では大らか方だと思っている。だからきっとこれは睡眠不足による弊害とでも思って貰えばいい。普段の睡眠たっぷりな俺ならきっとこんな小娘の言葉なんて華麗にスルー……いや出来ないな。きっと同じことをしたに違いない。

 

「ホントかなぁ……」

 

俺は歩くスピードを上げると、黒髪のクソガキの直ぐ後ろにつく。

 

「うんうん、大丈夫だって! あの先輩馬鹿だから!」

 

そして、そのままグリスまみれの手で肩をポンポンと叩いた。多少制服が汚れるかもしれんがそんなことは知らん。全てはそうこの小生意気な後輩が悪いのだ。自業自得と言える。

 

「――ん?」

 

黒髪の少女が振り向く――。

 

それと同時にその顔を右手でガシりと掴んだ。要するにアイアンクローの状態だ。

 

「――よう、いい天気だな。おはよう」

 

徹夜明けのせいか口から出た声は思った以上にガラガラで低かった。

 

「ま、まさか先輩……? な、なんでこの時間に……まだ登校時間には大分早いですよ」

 

 

「あぁん? 簡単なことだ。徹夜明けでやってた修理が漸く終わったからだよ」

 

「そ、そそうですか……」

 

「さて、ミッコ。一つ聞きたいことがあるんだが……遺言はそれでいいか?」

 

「い――」

 

手の内の後輩が何か言おうとしているが、そんなこと構いなく力一杯右手を握る。手加減抜きの全力だ。イメージ的には林檎を握りつぶしている感覚だ。

 

「いたたたたったたたぁああああああ!!! うぎゃいたいいたいたい! 頭が割れる! そして何か油臭い! タバコ臭い!」

 

「あぁん? 黙って聞いてりゃ、あの戦車が大破したのはお前が遊んでいたのが原因らしいな? 死ぬか? 死ぬんだな?」

 

「いたたたたたた! ごめんなさい! すみませんでした!」

 

「お前あの戦車の修理どれだけ大変だったのか知ってるのか? あぁん?」

 

「すみません! すみません! だから、この手をどけて下さいぃぃぃ!」

 

頭蓋骨がミシミシと言っているがそんなことは知らない。俺の怒りはその程度では収まらない。これが初犯ならまだ情状酌量の余地があったかもしれないが――

 

「ミッコこれで何回目だ? 戦車を大破させたのは?」

 

「さ、三回です」

 

「そして、その度に修理してきたのは誰だ?」

 

「せ、先輩です」

 

「前にも言ったよな? てめぇの運転は荒いから気を付けろってな」

 

「は、はい」

 

「てめぇの頭には脳みそ入ってるのか? あぁ?」

 

「で、でも戦車道をやる以上は故障は――」

 

右手の中で馬鹿が何か言い訳がましいことを言っているがそれを完全に無視をする。今日と言う今日は徹底的にこの馬鹿に教え込まないといけない。

 

「そんなことは分かってる。でもな、お前大破させた三回とも戦車道の試合関係ないよな?」

 

「そ、それは……」

 

「どうなんだ?」

 

「そ、その通りです」

 

その言葉を受け右手に更に力を籠める。

 

「――いだだだだだぁあああああ!」

 

刹那絶叫が響き渡った。確か、高校生男子の握力の平均は四十キロそこそこだと記憶しているが、普段から日曜大工や色々な物の修繕を自ら行っている俺の握力はその平均よりも上だ。その俺が全力で頭をアイアンクローしているため、痛いに決まっている。しかし、それがどうした? この世には素敵な言葉がある。

 

「――因果応報、自分で蒔いた種って良い言葉だよな」

 

まぁ、その場合普段の行いが悪いせいで戦車の整備に時たま回される俺自身にも当てはまるのだが、そもそもコイツがまともな運転させしてくれればここまでの苦労はないはずだ。毎度毎度戦車道の試合以外のところで戦車を大破させられたら溜まったものではない。

 

「それとアキ」

 

未だに悲鳴を上げている馬鹿を無視してその横で苦笑いを浮かべながら成り行きを見届けていたアキに声を掛ける。

 

「はい? 何ですか?」

 

俺の呼びかけに首を傾げながらこちらを向いたアキの額に左手でデコピンを入れる。

 

――バシッ!!

 

おっ、手加減したつもりだったが結構いいのが入ってしまった。

 

「――いったい! 先輩いきなり何するんですか!」

 

「お前にも言ってただろ、コイツの無茶苦茶な運転どうにかしろって。それにお前も同じ戦車に乗っていたから同罪だ」

 

「うぅ、そんなの酷いです!」

 

「酷いと思うなら、次からは帰り道安全運転させるんだな」

 

いい加減しんどくなってきたので右の力を緩め、馬鹿を解放してやる。本当ならもう少しお灸をすえたいが、これ以上ギャーギャー騒がれてはたまったもんじゃない。今ですら登校中の生徒の怪訝な視線を集めていると言うに。

 

「うぅ、痛かった……」

 

「これに懲りたら試合以外で戦車を大破させるような馬鹿な真似はやめるんだな」

 

「ぜ、善処します」

 

お前それ、絶対に守る気が無いだろ……。

 

――はぁ。馬鹿は死んでも治らないっていうしなぁ。

 

一つ大きなため息をつく、出来ればもう戦車の修理はしたくはないが、無理だろなぁ。

 

そんな俺の内心を知ってた知らずか、空はこれ以上ないってくらいに秋晴れが広がっていた。

 

 

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