日々、海より現れる深海棲艦との戦いをしている艦娘。
いつ、どこに現れるのか分からないため、安心して過ごすことが出来ない彼女達であるが、休まなければ体は疲れが溜まり戦闘に支障を出す。という建前の下、彼女達には短い間ではあるが休暇が与えられる。
町に買い物に出かける者もいれば、ゆっくりとベットに入り体を癒す者もいる。一人一人様々な休日を過ごしている。
休暇を与えられるのはもちろん彼女達だけではない。
彼女達に指示を出す司令官。鎮守府の長にして海軍に所属する者である。
「……」
この男、
夏の暑い日差しの中、高噴は一人危険とされている海へとやって来ていた。海の上という訳ではなく、海に面している防波堤の上。そこに腰をどっしりと落とし、麦わら帽子を被り、白い長袖の上着を羽織って煙草を咥え、片手で釣り竿を握っている。
深海棲艦がいる海であるが、魚は豊富だ。むしろ、人間が海に出て漁をしていた頃よりも豊富といってよい程である。
これは人間が海を荒らしていないからなのか、それとも深海棲艦に魚達を活性化させ繁栄させる効果があるのか、答えは分かっていない。
「……」
煙草の灰を横に置いてある灰皿に捨て、高噴は一度巻き取った竿の糸を、竿を軽く振った勢いに乗せて遠くへと飛ばす。
糸を巻き、投げる。これを何度か繰り返していく。煙草は五本ほど吸い終わり、日はもう真上へときていた。だが、高噴はまだ魚が一匹も釣れていない。
「高噴提督」
「……ん?」
釣竿を握りしめ、糸の先を見続けていた高噴に声がかかる。優しさを含んだ声。母性すらも感じさせるが、どこか幼い、そんな声が。
「お隣よろしいですか?」
「古鷹か、いいぞ」
高噴に声をかけた人物は艦娘である少女、古鷹であった。
セーラー服のような衣装でへそ出し。髪は茶色く肩辺りまで長さがあり、左目にかかりそうな髪はヘアピンで横にまとまっている。瞳は黄色のような色でありあるが、それは右目だけで左目は黄色と白が混ざり合ったような色をしている。
高噴は吸っていた煙草の火を灰皿に押し付けて消すと、着ていた上着脱ぎ、古鷹の座る下に上着を敷く。
「この上に座るといい」
「いえ、高噴提督の上着の座る訳には……」
「いや、座ってくれ。古鷹の着ている服が汚れるよりましだ」
「ですが……」
「遠慮するな」
それでは。と小声で言った古鷹は後ろのスカートを前に寄せ、静かに高噴の上着へと腰を下ろす。
「……」
「……」
二人の間に、静かな時間が流れる。聞こえてくるのは波の音。触れ合いそうな距離の中、二人は少しも動かずただ釣糸の先を一点に見つめる。
「……古鷹」
「どうしました提督?」
「君は今日非番ではなかったか?」
釣糸の先一点を見ながら高噴は言う。
この鎮守府では非番、休暇は大体一週間サイクルで行われる。今日のサイクルでは古鷹の予定なのだ。だが、古鷹は出撃するような服を着ている。流石に装備は付けていないが。
「非番ですよ。ちょっとだけ残していた書類があったので出してから部屋で寝ようかと思ったんですけど、提督の姿が鎮守府の窓から見えたので……何をしているのか気になりまして」
「そうか……」
ニコニコとした笑みで言う古鷹に高噴は小さな笑みを浮かべる。
「で、何をしているのですか、提督」
釣糸の先を指さしながら、古鷹は高噴に問う。
普通に見れば釣りをしているように見える。実際に竿を片手に糸を海に垂らしていれば大抵の人は釣りとこたるだろう。別に、古鷹は釣りを知らないわけではない。にもかかわらず古鷹は何故聞いたのか。
「釣りだよ」
「そうですか……では、釣りならば何故釣り針が真っ直ぐなのですか?」
そう、糸の先に付いている真っ直ぐの針であった。返しもなく、そもそも曲がってすらいない。これでは魚を釣る事は永久にない。
古鷹の指摘に、口の端をニッと釣り上げた高噴は糸を巻き古鷹に針を見せる。
「昔見た何かでな、主人公が考えている時に針を釣りしながら考えてる場面があったんだ。それを真似てたらいつのまにかこうやって考えるようになってな」
「考え事……提督は何を考えていたんですか?」
古鷹の質問に、高噴はかぶっていた麦わら帽子を目元まで深くかぶりなおす。
「……深海棲艦」
「深海棲艦ですか?」
「ああ。深海棲艦ってのは……一体何処から現れたんだろうな」
「……」
高噴の言葉に古鷹は視線を高噴から海へと戻し、高噴の言った事に対して考え始める。
深海棲艦。それは数年前にこの広大な海から現れた侵略者と古鷹は教えられてきた。
事実、深海棲艦は現れた当初、陸を侵略するかのように海から陸を目指していた。しかし、近くの陸に深海棲艦が現れても、深海棲艦が陸へと上がってくる事は無かった。
(じゃあ、何故深海棲艦は現れたの? 陸が欲しければ陸を責めてくればいいのに、今はそんな気配はない)
「提督はどう考えているのですか?」
「……古鷹、俺はなこう思うんだ。深海棲艦ってのは神様らかの罰なんじゃないかって」
「神様からの罰ですか?」
高噴の言葉に古鷹は首を傾げる。
「人間てのは昔から海と共に生きてきた。海から食い物を取り、海から物資を得て加工し生活。母なる海なんても言うしな」
「……」
無言で高噴の言葉に耳を傾ける古鷹。
「その海を、俺らは汚しちまった。戦争、汚染物質、核やらなにやら。俺たち人類はここ母なる海を数百年も経たないうちに、みるみる汚しちまってんだ……見ろよ、この海を。深海棲艦が生まれてから数年。俺たち人類が海に近づかなくなったら、みるみる海は綺麗になっちまった」
高噴と古鷹の視線の先にある海は真っ青であった。青く、どこまでも澄んだ海水。目を凝らせば海の底までも見えそうであり、魚はどこを見ても色とりどりの魚が縦横無尽に泳いでいる。
深海棲艦の来る前まではこのような事は絶対にありえなかった。必ずどこをみても何かしらのごみは浮いている。海は濁り、底を見るなんてよっぽど人の寄り付かない所くらいしかない。
「この綺麗な海を作り出すために深海棲艦は現れたんじゃないかと思ってな。そう思うと、まるで深海棲艦は海の神様の使いで、これは神様らか罰みたいじゃないか?」
「……確かにそう考えると、深海棲艦は海の神様の使いみたいですね」
「だろう?」
古鷹は思う。ならば、深海棲艦達を殺すために生まれた私達、艦娘は一体なんだと言うのだろうか? 海を綺麗にするために生まれた神の使い深海棲艦を殺す化け物だとでも?
「……なら提督、深海棲艦が海の神の使いであるとするなら、私達艦娘は何なんでしょうね。海を汚す人間を守る化け物ですかね」
古鷹の目に、自然と涙が溜まる。理由は分からない。ただ、何故か泣き出してしまいたい気持ちに古鷹は囚われていた。
高噴は古鷹の質問を聞くと、軽く目を閉じる。
「……それは考えてもみなかった。そうか、海の神の使いだとしたら艦娘はどうなるのか、か」
高噴目を閉じながらそう呟くが、すぐに目を開き自分のかぶっていた麦わら帽子を古鷹にかぶせる。
突然の事態に古鷹は顔を上げようとするが、麦わら帽子の上からくる力によって顔を上げる事が出来ないでいた。
「海からの神の使いが深海棲艦だとすれば、さしずめ艦娘達は……俺達人類を救いにきてくれた女神って所……かな」
照れたような声音で言う高噴の言葉に驚き、古鷹は目を見開き口を唖然とさせ、少しだけ動きを止める。数秒後、徐々に古鷹の目はいつもの優しさを含んだ目元になり、口元は……微笑んでいる。どこか、その頬を赤くしながら。
「提督……」
「ああ、もう少しだけ下を向いていろ古鷹。絶対に顔を上げるんじゃないぞ」
コホンと咳をしながら高噴は明後日の方向に顔を向ける。どことなく、その顔を赤くしながら。
「もう、提督の手のせいで上げるにあげられませんよ」
古鷹は笑う。照れてる彼が可愛いと。化け物ではなく女神と例えてくれた彼が頼もしいと。そして、私達を生み出してくれた神さま、ありがとうと。
数秒下を向いていた古鷹は、頭を押さえている高噴の手を両手でそっと掴むと下に引いて、高噴の体を自分の方へ傾けさせる。
「うお!? 古鷹何を……」
高噴の言葉を聞かず、古鷹は倒れこんでくる高噴の頬にそっと近づき口を近づける。
「……提督、私、古鷹は貴方の事をずっとお慕い申し上げます」
「……古鷹」
新鮮な海の匂いと、さざ波の音が高噴と古鷹を包みこむ。
高噴須流と重巡古鷹、二人っきりの平和な時間はゆっくりと流れていく。
今回は古鷹のお話。
真似ようと必死に頑張っているが、なんか違うような気もする……難しいな。