深海棲艦との戦いにおいて重要な存在は何か? 簡単だ。唯一深海棲艦に対抗できる存在である艦娘だ。
数年前、海より突如現れた化け物、深海棲艦。どこから来て、何が目的なのかは未だに不明であるが、その存在は人間と敵対している事だけは分かっている。
数多の現代兵器で攻撃した所で、深海棲艦には傷一つ付けることは出来ない。よくて動きを一瞬止める程度のもの。そんな中、どこからか現れた艦娘だけが唯一深海棲艦を撃破できたのだ。
出所は不明でも、深海棲艦を破壊できる艦娘は貴重な戦力だ。だからこそ、しっかりと燃料を補給し、傷を直し、次の出撃をするまではしっかりと休養を取らせるべきだ。
この鎮守府に所属する提督、鯉鬼須鷹
「……」
春も過ぎ、そろそろ梅雨にでも入りそうな微妙な時期。須鷹は黙々と一人で書類を次々と終わらせていた。
別に須鷹に秘書官がいないから一人でやっているわけではない。今日この日は、本来は緊急時以外全員休みの日である。いつも戦場へと出ている艦娘はもちろん、鎮守府にある売店の店員も、警備担当の人すらも休みである。
ならば何故須鷹は休んでいないのか。
日々、書類作業と艦娘への指示や鎮守府の会計等、多忙な仕事をこなしているのだから、休みの日であれば町へ買い物に行くか、布団に籠って体を休ませるなどするのが普通である。
しかし、須鷹は普通ではなかった。須鷹は艦娘を第一に考えている。自分よりも艦娘を、わが身を犠牲にして艦娘を助けるような人物である。
須鷹はいつも思っていた。平日の夜遅くまで書類があり、それを処理するために秘書官である艦娘を隣にいさせるのは如何なものかと。
艦娘には早く休んでほしい。もう少し自分の時間を持ってほしい。そう考えた須鷹は休日中に、平日の出来るだけの仕事を先にやってしまおうと考えた。これによって、自身の休日を潰すことになったが、平日の仕事量はある程度減らせた。
「……ふう」
時刻は昼を超え、もうおやつの時間たいである。今日中に終わらせられるだけ終わらせた須鷹は一息つくと、席を立ち提督室に備え付けられている冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し一気に飲みほす。
頭がスキッとするような苦味が須鷹の口の中に広がる。元々甘党であった須鷹にとって苦いコーヒーというのは天敵であったが、書類作業をし始めてから数年経つと自然と苦いコーヒーを愛飲するようになっていた。
「電! いくわよ!」
「はわわ! こっちに来たのです!」
「ナイスよ雷!」
「ハラショー、こいつは良い的だよ」
須鷹は提督室の後ろに付けられている窓の外を見ると、そこには駆逐艦の少女達がネットを張ってバトミントンをしている姿があった。
皆元気であり、今が深海棲艦との戦争中であるという事を忘れさせてくれる。実に、実に平和な時間だと、須鷹は心の中で思う。
バトミントンの羽が長女の顔面にクリーンヒットする姿を見て、少し微笑んだ須鷹は視線を駆逐艦の少女達から大きな木の下へと向けた。
大きな木の下、そこにはセーラー服を着た女子高生位の女の子がへそをだし、両手を頭の後ろで組んで枕にしながら仰向けで寝ていた。
天気は晴れであり、気温は温かいが夕方になれば軽く身震いする程度には寒くなる。
「……ふむ」
須鷹は持っていた缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ捨てると、本棚に置いてあった一つの文庫本と小さな小箱を取り出し、提督室から出て行った。
「あ、司令官なのです!」
文庫本を取り出し、提督室から出て行った須鷹が向かったのは先ほど駆逐艦の少女達と女子高生らしき女の子が寝ている広場であった。
駆逐艦の少女の一人、電が須鷹の事に気づき小走りで近寄っていく。
「あ、司令官! どうしたのかしら! この雷に頼りに来たのかしら!」
「司令官じゃない、どうしたの?」
「ハラショー、司令官に会えるなんて、今日はついてるね」
続々と近づいてくる駆逐艦の少女達を一人づつ抱え上げ高い高いのように持ち上げた後、須鷹は一人づつ頭を撫でていく。
「すまんな、今日は君たちと遊びに来たのではなく、彼女に用があってきたのだ」
提督の指さす方向を駆逐艦の少女達は一斉に見た後、なんだかどことなく納得したかのような表情を浮かべる。
「なるほどのなのです」
「なあんだ、加古さんに会いに来たんだ……司令官! なにかあったら、雷を頼ってくれていいんだからね!」
「加古さんと……ピャー!」
「ハラショー……ではないな、残念だけど、また今度一緒に何かしよう」
「すまんな。また今度遊ぼう」
駆逐艦の少女達から別れた須鷹は大きな木の下で眠っている女の子……加古へと近づいていく。
「……ふ」
須鷹は小さな微笑を浮かべる。加古は幸せそうに眠っている。涎を垂らし、口元をにやにやとさせながら。
着ていた白い上着を脱いだ須鷹は加古へとかけると、眠っている加古の隣に座り、持ってきた文庫本を開き静かに読み始める。
須鷹が文庫本を読んでいると、何時の間にか須鷹の胡坐で組んでいた足の上に加古の頭が来ていた。
寝ぼけているのか、須鷹の足を自分の枕だと思っている加古は、須鷹の足の上だと気づかないまま熟睡し続けていた。
寝返りをするので、そのたびに加古の上から落ちる自身の上着を加古にかけなおす。たまに、上着をかけなおすついでに頭を撫でたりもしていた。
「……んあ?」
そんな時間が何時間か過ぎたころ。太陽はもう夕日となり沈みかけの時、加古は目を覚ました。
「なんだ、提督じゃん。おはよ」
「おはよう、加古。よく眠れたか?」
「眠れたよ~っと、いや~枕がいいと寝れるもんだね~」
寝ぼけているのか須鷹の足の上に頭を置いたまま、加古は両手で目をゴシゴシと擦る。そんな姿が微笑ましくなったのか、須鷹は小さな笑みを浮かべて加古の頭を撫でる。
「そうか。それは枕冥利に尽きるな」
「あはは……って、提督!?」
寝ぼけていた頭が冴えてきたのか、加古は須鷹の足から勢いよく頭を上げると瞬時に須鷹の方に向き直る。
「なんでここに提督がって、わたし枕っていやそもそもなんで提督が」
「落ち着け落ち着け。何言いたいか分からんぞ」
慌てふためく加古を見ながら、須鷹は胡坐の上に肘を乗せて掌で自分の顎を支えながら言う。
「いやいやいや、そんな落ち着けるわけないじゃん!」
加古は自分の胸の前で両手小さく振りながら言うが、須鷹は加古の行動が面白かったのかハハハと笑う。
「むー! なんで笑うんだよ!」
「ハハハ! いやなに、そう慌て取り乱している加古は珍しいと思ってな」
「なんだよ、珍しいって。わたしはこれだって女の子なんだぞ!」
「知ってる。加古は可愛いからな」
「んな、な……なに言ってんだよ!」
須鷹の言葉に動揺を隠せないのか、加古は片手で顔を隠すと空いてるもう一つの手を須鷹に真っ直ぐと伸ばし離れるように促す。
「加古は可愛いなと」
「に、二度も言わなくていいから!」
「ふむ……そう言った照れた所も可愛いよな」
顔を真っ赤にしながら、もはや何も言えなくなった加古は何を思ったのか、須鷹をドンと木に向かって突き飛ばす。
急な出来事に須鷹は対応できずそのまま木にぶつかり一瞬目を瞑る。
「……これはどういう事だ? 加古」
須鷹が目を開けると、そこには顔を真っ赤にした加古の顔がある。どことなく、加古の瞳は涙目になってるような感じがするが、そのことに今の状況を整理できていない須鷹は気づくことができない。
「提督が悪いんだからな! わたしをその気にさせた提督が!」
須鷹が口を開く前に加古はもう既に行動へと移っていた。勢いよく顔を近づけたかと思うと、そっと須鷹の口へと自分の口を触れさせていた。
なにが起きたか分からない須鷹は数秒かけて、理解した。自分は今、加古に……
「……ちゃんと、責任とってくれよ」
「……ああ、勿論だ」
自分の胸に顔を埋める加古の頭をそっと撫でる須鷹。まさか、自分が先に言い出すよりも相手に言われてしまうとは思いもよらなかった。
一通りの仕事を終えた須鷹は鎮守府の中にある林の中をうろうろと歩いていた。
林の中は日があまり当たらず、涼しく過ごしやすい。昼寝をする場所としてはちょうどいい場所である。
「こんなところにいたのか」
ある一本の木の下。そこに、須鷹の探していた人物が眠っていた。
自分の両手を頭の後ろで組んで枕代わりにし、口元からは涎を垂らしながら幸せそうに笑っている。
「はぁ……風を引いてしまうぞ」
自分の上着を脱ぎ、かけようとする須鷹。しかし、かけようと近づいた瞬間、腕を掴まれ、眠っている人物の横に無理やり横にさせられた。
「にひひ、提督。ここまで来たんだから一緒に寝ような。きっといい夢見れるから」
ガッシリと体に抱き着かれながら言われた須鷹は少しだけ驚いた後、加古を抱きしめ返す。
「ああそうだな、きっといい夢見れるな」
今回は加古さん回。
相も変わらわらず難しい。なんか加古ってよりは摩耶様の方が近いような……。