静かに、二人の後輩は決意する。   作:いろはにほへと✍︎

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Before you point your fingers, make sure your hands are clean.

―Bob Marley―

『指をさして人を非難する前に、君のその手がよごれていないか確かめてくれ』



決断

 それはあまりに突然だった。

 

 高海が俺のことを好き?

 

 なんの冗談だ。

 

 噛み締めれば、噛み締めるほど、言葉を飲み込めなくなっていく。

 

 『……なんの冗談だ?』

 

 一度深呼吸して、落ち着いて訊ねる。

 

 どこか責めるような口調だったかもしれない。

 

 『……冗談じゃないです』

 

 高海は静かにそう一言だけ呟いた。

 

 それに起因してか、妙に重たい、息苦しい空気が流れる。

 

 『……ないだろ』

 

 『え?』

 

 『……有り得ないだろ』

 

 『どういう……』

 

 『高海が俺のことを好きとか』

 

 やっとのことで絞り出した言葉は、感情的なものだった。

 

 例えば、凡例のように分かりやすく記してあったなら。

 

 例えば、本心の分かる薬があったなら。

 

 俺はこの状況でさえも、冷静さを維持できて、模範的な答えを出せたかもしれない。

 

 いや、模範的じゃダメなのか。

 

 いつも達観した気になって、その実何も理解していない。

 

 ただそれを高海にまで悟られるのはどうしても嫌だった。

 

 『有り得なくないです』

 

 高海は単純に、赤子を諭すように小さく呟いた。

 

 それからまた言葉を紡ぐ。

 

 声音は少し明るい。

 

 『そもそも察することさえもできないんですか?』

 

 『は?』

 

 『あれだけ、しつこく一緒に居たのに』

 

 『……そりゃそうだろ』

 

 『ホント、先輩って鈍感ですねー』

 

 『ああ。そうかもな』

 

 明るく、気丈に振る舞う高海を想像すると俺が疑心暗鬼になるのは申し訳なく思えた。

 

 『そもそも気づいてましたか?』

 

 『何が』

 

 突然の質問にノータイムで返す。

 

 『私、文化祭実行委員でしたよ』

 

 『は……?』

 

 思わず言葉に詰まる。

 

 そして質すように問うた。

 

 『だからどうしたんだ。何か問題でもあるのか』

 

 つい早口でまくし立ててしまう。

 

 傍から見たら動揺が丸わかりだ。

 

 『どうしたんですか? そんなに動揺して』

 

 『動揺なんかしてねえよ……』

 

 取り繕うように言う。

 

 『まあいいです。……問題ですか。まあ、先輩が校内一の嫌われ者になったことくらい……。いや嫌われたのはヒキタニ先輩でしたね』

 

 『ああ嫌われたのは俺じゃない』

 

 雰囲気を戻そうとする高海の話に乗って、俺も努めて明るく振る舞う。

 

 さすが俺。空気が読める。

 

 『まあその時ですよ。変わった人がいたんです』

 

 『……そうか』

 

 『いきなり人という字は――とか、自分が犠牲になってる――とか、極めつけは屋上で一刻も早く帰ってきてほしい人に罵詈雑言を浴びせるし』

 

 『ひどいな』

 

 『本当に酷いですよね。彼も、周りも』

 

 『……』

 

 高海の言葉に、俺は返すべき言葉を失った。

 

 きっと俺なんかよりも、理解しているからだ。

 

 今まで俺がやってきたことは、勝算が少ない、言わば机上の空論を運よく実現させただけだ。

 

 文化祭のこともその中の一つであって、俺は誰が悪いとも思っていない。

 

 強いて言うなら陽乃さんか。

 

 だから俺は慰めの言葉なんていらなかったし、惨めに見られるのが何よりも苦痛だった。

 

 だが高海は違う。

 

 今、そう思えた。

 

 『俺だけじゃないのか?』

 

 自分の責任から逃れたい訳では無い。ただ単純に気になるのだ。

 

 『……分かってて聞かないでください』

 

 『いや分からないから聞いてるんだろ』

 

 『はあ。まあいいです。ていうか私の告白はオーケーしてくれるんですか?』

 

 『…………』

 

 話を逸らされた上に、一番面倒なものに変えられた。

 

 いや面倒は失礼か。

 

 だがここははっきりと言う時だ。

 

 陰湿ではなく正々堂々と。

 

 俺は大きく息を吸い込むと声を出した。

 

 

 『保留で』

 

 

 『…………保留?』

 

 高海がそのまま俺の言葉を繰り返すと、通話はぷつりと切れた。

 

 × × ×

 

 保留ってなによ! と業腹に通話を切る。

 

 比企谷先輩は返事を待たされる方の辛さが分からないのか。

 

 私も初めてだけど……。

 

 そこまで考えて、気づく。

 

 ――ここサイゼリヤじゃん。

 

 振り返れば周囲の視線は冷たいような、生暖かいような……。

 

 私は急いで注文したものを食べると、すぐにサイゼリヤを出る。

 

 帰りは本屋にでも寄ろうかな。

 

  

 




比企谷八幡くんを
優しい人だなんて一切思ってないです。

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