静かに、二人の後輩は決意する。   作:いろはにほへと✍︎

14 / 16
時が物事を変えるって人はいうけど、
実際は自分で変えなくちゃいけないんだ。

―アンディ・ウォーホル―





 

 どんよりとした重い雲が流れ込み、輝こうとする太陽を覆う。

 ぱらぱらと降り始めてきた雨は次第に勢力を増し、帰宅を目前にした者は予報外の雨に皆足を止めた。

 部活を終えてから三十分ほど。雨は一向に止む気配を見せず、ぽつりぽつりと特攻していく者も増えてきた。

 俺も「そうしようかな」と定期的に魔が差してしまう。それをぐっと堪えていると、不意に肩を叩かれた。反射的に振り返る。

 「……高海か」

 葉山とかじゃないことにそっと胸をなで下ろす。

 「なにか不満ですか」

 「いや別に」

 「もしかして傘ないんですか?」

 高海は言いながら少し含みのある笑みを浮かべる。

 ああ、分かるよ。君が好きそうなシチュエーションだよね。イニシアティブ取れるもんね。

 「いや別に」

 「じゃあなんでここでずっと立ち尽くしているんですか」

 「ちょっと人生についてな」

 「……いろはのことじゃなくて?」

 「…………」

 思わず言葉に詰まってしまった。

 「……なにを知ってる」

 「それはもう全部」

 「……マジか」

 「はい」

 「誰から聞いたんだ?」

 「いろはから」

 「マジか」

 なにこいつら。アホなの?

 俺が二人を心配していると高海が笑みを浮かべ、顔色を伺ってくる。

 「それよりこんな所で立ち話もなんですし、サイゼでも行きませんか?」

 高海が堂々巡りしそうな会話を打ち切る。

 しかし、提案には乗らない。

 「いや別にいい。俺は帰る」

 俺が断りを入れると、高海は一瞬しゅんとした表情になった。そして、一呼吸置くと妙に芝居がかった神妙な雰囲気を醸し出す。

 「……本物が」

 「はいはい行きます行きます」

 ……陽乃さんといい一色といい、なんで俺の周りの女子は掌握術を身につけているんだ。

 

 × × ×

 

 校門から出てしばらくのこと。サイゼリヤを目前にして、派手な男女グループと出会った。いかにも頭が悪そうで、制服の男子高校生や女子高生がじゃらじゃらと謎のリングを付けている。

 絡まれたら面倒なので、少し遠回りしようと踵を返す。自然と高海の腕を引っ張ることになってしまった。

 瞬間、男女グループがざわめき立った。「ひゅーひゅー」とか「かっこいいね彼氏さん」とか、絶対偏差値二十もないような声が俺の周囲を支配する。俺は取るに足らないと思ったが、高海は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 俺は特に反撃もせずに高海の手を引いて立ち去ろうとすると、突然、背後から怒声が響き渡った。

 さっきの男女グループと誰からの言い争いが始まったようだ。

 うまく聞き取れなくて、立ち止まり耳を澄ます。

 「は? どう見てもこいつがあの可愛い子ちゃんの彼氏だろ」

 「だーかーらー! ひきがやせんぱいはその子の彼氏じゃない!」

 俺の事じゃねえか……と思う前に、聞きなれた声に思わず横目で視線を送った。

 そこにいたのは総武高校生徒会長一色いろは。

 一色はあほそうなヤツらを眼前にしても特に怯むこともなく、威風堂々と仁王立ちしていた。

 ……やっぱあほだろこいつ。

 「せんぱいは美奈ちゃんのじゃなくてわたし――」

 「おい、いいから行くぞ」

 「えっ? ちょっとせんぱい! まだ話は……」

 「始めなくていいから」

 「え……」

 気持ち強めに言って腕を引くと、一色は借りてきた猫のように大人しくなった。心なしか少し頬が赤い。隣にいたはずの高海は既に走り出していて、少し先のスーパーの角に隠れていくのが見えた。

 「じゃあ、すいません」

 俺が偏差値二十グループに軽く会釈をすると、やつらは面を食らったように固まる。そしてそのまま俺は方向を転換した。

 「ふ、二人とも美人じゃねえか……」

 去り際にそんな言葉が聞こえた。

 

 × × ×

 

 「ちょっとどういう事なんですか」

 一色がドリンク片手に問うてくる。

 「どういうことってそりゃお前……」

 「私が誘ったの」

 高海が俺の言葉を遮った。

 ちらと一色を見る。なかなか不機嫌そうだ。

 「あーいやまあ……」

 この状況を打破しようにも、特に思い浮かぶことはない。対して高海は何故か余裕のある表情だ。

 「まあ、先手必勝だしー?」

 ちょっと? 余計な事言わないで?

 一色はぷくーとあざとく頬を膨らませる。その視線は俺へと向けられた。

 「せんぱいは嫌々連れてこられたんですね?」 

 笑顔が怖い。言外にそれしか選択肢はないと言っている。

 「……まあ、そう、ですかね?」

 訥々と答える。一色は言質を取ったとばかりに高海に視線を送る。

 「だってさあ、みーなちゃん!」

 一色の明るい声に高海は辟易したように、大仰にやれやれと手を振る。

 「いろはだったらオーケーされてたかなー……?」

 「な……」

 「おいお前らいい加減に……」

 仕方なく仲裁に入ると、二人が突然机をバンと叩いて立ち上がる。その光景に唖然としていると、二人は同時に息を吸い込んで吐き出した。

 

 「先輩はどっちを選ぶんですか!」

 

 ……ここ、サイゼだから。

 

 

 




休憩回みたいなもの…?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。