―Jean Francois Regnard―
『私達は、何らの理由もないのに、人を愛し、また、何らの理由もないのに、人を憎む』
高海の電話から一日。
つまり、佐藤に絡まれた次の日。
いつものように廊下を一人で歩いていると、高海を見かけた。
ついでに隣を歩いてる、否、付きまとっている佐藤も。
少し様子を見ようと思って物陰に隠れる。
こうしていると、俺の方がストーカーだが、俺は基本的に影が薄いので問題ない。
「で、話ってなんですか?」
意外と声が聞こえる距離のようで、高海の声がはっきり聞こえた。
「美奈、最近変なやつに絡まれてるらしいからさ。心配で」
変なやつはお前だよ、と内心ツッコミを入れる。同時に、しかし自覚ない奴って本当に存在するんだな、とも思った。
「絡まれてる? 誰が」
美奈ちゃん、口調強いよ!
「いや、だから美奈が」
「意味が分からないんですけど」
高海は陰に隠れていて、うまく見えない。
どんな表情をしているかは推測をするしかない。
だが、声の大きさや調子から不機嫌さは伝わってきた。
それを相手にしている佐藤は分かっていないのか、分かっていてなおご機嫌を取ろうとしているのかいまいち伝わってこないが、おそらく前者だろう。
「その、ヒキ、ヒキタニ? がさあ、お前に絡んできてるって聞いてよ」
「誰ですか? ヒキタニって」
「ほら、やっぱり! 名前も知らない奴に絡まれてるんだな。可哀想に」
……可哀想なのはお前の頭だ。
「いや、私、ヒキガヤ先輩なら知ってるんですけどー、ヒキタニは知らないですね。それに絡んでいってるのは私方です」
高海の温厚な態度からは想像出来ない冷たい声。
だが、すぐに戻った。
「まあ、最初に絡みに行ったときはふざけてヒキタニ先輩! なんて呼びましたけど。……というか先輩って佐藤……、えーっと、なんて名前なんですか?」
「え……? いや、知らなかったの?」
言い淀む佐藤に、高海はさらに攻撃を加えた。
「私、名前も知らない先輩に絡まれて可哀想なんですよね? もうやめてくれません?」
怖い、美奈ちゃん怖いよ。
名前覚えられてないの結構ショックだからやめてあげて!
高海の反撃を見るのに夢中になっていた俺は背後から近づく一人の女に気づかなかった。その女に肩を叩かれ、振り向いたら! 一色だった。
なんだ、探偵坊主じゃないのかと安心したのも束の間。
もっと警戒しなくてはいけない奴だった。
「せんぱーい、こんなところで何してるんですかー?」
今は、あざといのなんてどうでもよかった。
目の前の状況を、今の俺の状況を見られるよりは。
「お、おう。一色。今日はいい天気だなー」
「いや、キョドっててきもいです。それに、今日曇りですけど」
「……ってあれ? 美奈ちゃん?」
俺の位置からは見えないが、一色は見えるようで呟いた。
だが、近くに佐藤を見つけると、きょとんとした顔は一気に冷めた表情になった。
「お、おい待て一色」
俺の静止虚しく、一色は高海の元へ向かった。
「美奈ちゃん! どうしたのこんなところで」
一色の声が響いた。
「あれ、いろは?」
「一色?」
佐藤も知り合いだったのか、流石会長。
「どうもー、佐藤先輩」
「どうしたの?」
「佐藤先輩にお話があって」
一色がそう言うと、佐藤は少し嬉しそうに「なに?」と聞き返した。
「雪ノ下先輩が呼んでたんですよ」
「えっ? 雪ノ下ってあの?」
「そうです。早く行きましょう。奉仕部へ!」
嬉しそうに確認する佐藤と、催促する一色。
そして佐藤は促されるまま、一色に連れていかれた。
あまりにもスピーディで呆然としていたが、すぐに気づいた。
……佐藤は明日学校来るかな。