― Friedrich Nietzsche―
『人間は恋をしている時には、他のいかなる時よりも、じっとよく耐える。つまり、すべてのことを甘受するのである』
「比企谷先輩、今日いろはお休みなんです」
昼休み、俺はいつものようにベストプレイスで食事をとっていた。
「どうかしたのか」
「風邪らしいです」
一色が風邪? 何言ってるのこの子。
「おい、嘘はよくないぞ」
「……先輩、いろはも風邪ひきますから」
「なので、お見舞いに行きましょう!」
「断る」
「えー! 行きましょうよー」
「二対一で女子の家に行くとかどれだけ気まずいと思ってんだ」
「それ、ポイント低いですよ」
そう言うと高海は上目遣いになった。というか小町の知り合い多すぎない?
「一人で行けばいいだろ」
呆れたようにつぶやくと、高海は楽しそうだった視線を下に落とした。
「私、先輩と行きたかったのに……」
これが演技だというのならもはやアカデミー賞も夢ではない。そう思って、口を開く。
「……分かったから。元気出せよ」
「やったー! いろはも喜びますよ」
心底嬉しそうにする高海。
――さすがにアカデミー賞は難しいか。
× × ×
モノレールを降りて、少し歩き、住宅街に入る。閑静な住宅街で、一色とは対照的な雰囲気だ。
高海は来たことがあるようで、ずんずん進んでいく。
やがてモダンな家の前で立ち止まった。
「ここか?」
「そうです」
互いに短く口を確認すると、高海は躊躇することなくインターホンを鳴らした。
押すまでに三分以上かかる俺とは違うようだ。
ほどなくして、返事が来る。
「はーい。……美奈ちゃん?」
「うん! お見舞いに来たよ」
出たのは一色のようで少し元気がなさそうだった。
「え、でも、風邪移しちゃうし……」
意外なことに一色は気を使えるようで、悩んでいた。
いや、風邪で弱っているだけか。それにこいつは意外と空気が読める。
「いいから開けろ。寒くて風邪ひいちゃうだろうが」
「せ、せんぱい?!」
「ああ、そうだ。早く開けないとお前に看病させるぞ」
「それはそれで……」
「なんか言ったか?」
聞き取れないくらい小さな声に思わず聞き返した。
なんでもいいけど開けてくれ。寒いのは建前じゃない、本心だ。
「……分かりました今開けます」
返事が来てから、すぐに、カチャリ、と音がして戸が開いた。
出てきたのは顔が真っ赤で、上下ピンクパジャマの一色だった。
「どーぞー、こんにちはー」
「いろは、大丈夫なの?!」
明らかに大丈夫そうでない一色を見て高海が声をかける。
「だいじょーぶ……。せんぱいが二人いるのはいつものこと――」
「落ち着け、俺いつも独りだ」
すかさずつっこむと一色は満面の笑みになった。
「そーでした。いつもぼっち、あははは」
突然、ぐらっとなって一色はそのまま倒れこんだ。俺は慌てて抱え込む。
「おい、部屋に運んだ方がいいぞ。どこかわかるか」
一色のピンチに慌てて問うと、高海もどこか様子がおかしかった。
「……あれ、比企谷先輩が二人……?」
「おい、まさか……。とりあえず一色の部屋を教えてくれ」
「あははー、せんぱーい」
「おい、高海しっかりしろ! お前まで倒れたらどう見ても俺不法侵入だから」
「だいじょーぶなのです――」
何も大丈夫じゃない、と言う前に予想通り高海もぐらっとなってそのまま倒れこんだ。
俺も倒れたい気持ちを抑えて、一度二人から離れ、勝手だがリビングであろう場所に向かう。
恐らく一色の部屋は二階だが、俺には運ぶ力がない。となるとリビングに矛先が向かうのは当然だ。……もちろん、一階にあるよね? リビング。
戸を少し開いてリビングに絨毯が敷いてあることを確認すると、俺は踏ん張って二人を運んだ。
かけるものがないので、またも勝手だが二階に上がって一色の部屋を探し、布団を引っ張り出してきて二人にかけた。完全なる善意で、決してこの布団いい匂いだなとかそんなこと考えていない。
俺は一仕事終えた気分で、一色のために高海と買ってきたスポドリなどを袋から出して並べた。
スポドリ、ゼリー、冷えピタ……。
並べてみるが、まず必要なことがある。こいつらの熱の有無の確認だ。
仕方ない、俺が体温計を腋に……。
なんてことをしたら警察のお世話になってしまうので、止め、「顔赤いし、熱あるよな」と適当な感じで二人の額に冷えピタを乗せる。
「ん……」と声を漏らす二人に一瞬心臓が跳ねたが、すぐに落ち着きを取り戻し、少し離れた床に胡坐をかいた。
並ぶショートカットとセミロングの美少女二人は姉妹のようで、ここに小町がいれば完璧だったのにな、とくだらないことを考えて、静かに二人を見守った。
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俺ガイル×中二恋とどちらを優先するか……(笑)