静かに、二人の後輩は決意する。   作:いろはにほへと✍︎

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You know you’re in love when you can’t fall asleep because reality is finally better than your dreams.

― Dr. Seuss― 

『恋に落ちると眠れなくなるでしょう。だって、ようやく現実が夢より素敵になったんだから』



風邪をひきました。こうへん。

 「ん……」

 

 目を開けると、そこは見慣れたリビングだった。記憶を掘り起し、倒れたことを思い出すと布団をかけられていることに違和感を覚えた。

 布団をめくり、座る。なぜか隣には美奈ちゃんが眠っていて、せんぱいも少し離れたところで胡坐をかいて俯いていた。

 徐々に意識が覚醒して、状況を判断する力が少しずつ戻ってきた。風邪でやや朦朧とするが、明らかにおかしなところがあったのだ。

 まず、隣に美奈ちゃんがいること。まあ美奈ちゃんは入ってきた時点で顔が赤くてふらふらしてたから私と同じく倒れたか、寝込んだと考えるのが妥当だろう。

 次に、玄関で倒れたのにリビングにいること。美奈ちゃんに連絡したように今日は両親ともにいないし、帰ってきた形跡もない。……つまり、せんぱいが運んでくれた?

 そして最後、なんで布団があるのよ! 美奈ちゃんは来た時点であの状態だったから無理だろうし、親だっていない。せんぱいが私の知らぬ間に私の部屋に入ったってこと?!

 解せないことが多すぎて頭を悩ませていると、玄関から声が聞こえた。

 

 「いろはー、大丈夫―?」

 

 ――母だ。

 母はそのままリビングに向かってきた。

 すぐにリビングの戸が開く。

 

 「ふう、いろは大丈夫かしら」

 

 母は入りかけて固まった。

 当然だ。娘の風邪を心配して帰ってきたら、知らない女の子と寝ていて、その近くで男子も寝ているのだから。

 

 「い、いろは? なんで一階にいるの……、いやどうしたのこの子達」

 

 「友達と、付添いだよ……」

 

 「付添い……ねえ……」

 言うと、母はけろりと表情を変えた。そのまま「あれ、この男の子」と呟くとせんぱいの顔を覗き込んだ。

 

 「ちょっと、なにやってるの! ごほっ! ごほっ!」

 

 大きな声を出してしまい、思わず咳き込む。

 

 「え、だってこの子。いろはの部屋に隠してあった写真立ての……」

 

 「だめええ!」

 

 「ふわぁぁ」

 

 母がそう言うのと、せんぱいが起きるタイミングはほぼ同じだった。

 

 「……せんぱい、今の聞きましたか」

 

 「へ? なにを」

 

 せんぱいは少し上ずった声を出してしまったのが恥ずかしかったのか少し顔を赤らめた。

 

 「ていうかお前元気になったんだな」

 

 よかった、と消え入るような声が耳に入って私も顔を赤らめる。

 

 「いえ……、おかげで……」

 

 「あのー、じゃあ俺はそろそろ」

 

 せんぱいが立ち上がって、ようやく思い出す。母がいたことを。

 せんぱいも今さっき気付いたようだ。

 

 「ゆっくりしていけばいいじゃない」

 

 にやにやと嫌な笑みを浮かべた母が、せんぱいを制止する。

 

 「いえ、こいつ送っていかないといけなくなったので」

 

 せんぱいはそのまま美奈ちゃんを指さして、動じる様子もなく母に伝える。

 風邪をひいた人を送っていくのは当然だけど、美奈ちゃんだけが特別扱いされているようで気に入らない。それでつい私も母に賛同、否、提案をしてしまった。

 

 「せんぱい、泊まっていけばいいじゃないですか。今日美奈ちゃんのご両親帰り遅いみたいで心配ですし」

 

 私は自分も病人だということを忘れ、必死にアピールしていた。

 せんぱいは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。

 

 「そうだな、じゃあ高海は任せるわ。帰る」

 

 「え、あ、ちょっと」

 

 「どうかしたのか? お前も風邪ひいてるんだしさっさと寝ろよ」

 

 「あー、あれだ。そこにいろいろ置いておいたから」

 

 「それと生徒会のはなぜか俺が呼び出されてやっといた」

 

 「早く風邪治して来いよ。じゃなきゃ生徒会を俺が回すことになる」

 

 せんぱいはそう言い連ねると、母に一言だけ挨拶をして、家を出て行った。

 

 × × × 

 

 「いろは、起きてる?」

 

 外が真っ暗になった八時頃に私は目を覚ました。

 気づくと、ベットの上に寝かされていて、ここがいろはの部屋だと察した。

 それに隣にいろはがいた。

 

 「うん、起きてる」

 

 「体調は?」

 

 「大丈夫。はうあーゆー?」

 

 「おーけー。あははっ」

 

 「あははっ!」

 

 二人して笑っていると、唐突に、独白のようにいろはが喋り始めた。

 

 「私、今日せんぱいが来てくれたことがすごく嬉しかった。……もちろん、美奈ちゃんもだよ。でもやっぱり違う嬉しさと言うか、安心感と言うか」

 

 いろはのまとまらない話を、静かに相槌を打ちながら聞く。

 その間もいろはは、たくさん喋っている。

 すると突然、いろはが布団で口元を隠して、消え入るような声で呟いた。

 

 「私、せんぱいのことが好き」

 

 その一言は、あまりに突然だった。

 

 × × ×

 

 正直、分かっていなかったわけではない。

 察することができる材料は、一緒にいて、いくつかあった。

 例えば、授業中。

 例えば、放課後。

 いろはは、いつも私を見ているようで、その実少し違うところを見ていることがあった。

 だから、私は判断しかねた。

 分かりやすく言えば、玉ねぎと人参、じゃがいもに豚肉を目の前に出されて、何をつくるでしょう、と問われているようなものだ。先入観でカレーと答えてしまいそうになるが、豚汁の可能性だってある。

 普段の私なら、何も考えずに即答だった。

 それなら、どうして決まりきった答えを出さず、色々な可能性を考えたのか。

 自分自身分からなかった問題の答えが、いろはのたった一言で、解答された気がした。

 

 

 「美奈ちゃん? どうかしたの?」

 

 黙り込んでいた私を心配したのか、いろはが声を出した。

 

 「……いろはは、比企谷先輩のこと好きなの?」

 

 確認ではない。つい口から漏れてしまったのだ。

 

 「うん、だから応援してくれる?」

 

 少し恥ずかしそうな声で、隣で悶えるいろは。

 

 「…………うん…………頑張って」

 

 私は努めて明るく振る舞った。

 同時に、自分が一番好きだった作品の、一つのフレーズを思い出した。

 

 「しかし君、恋は罪悪ですよ」

 

 「先生」と「私」の会話の中で出た言葉。

 全くもってその通りだ。自覚した時にはすでに遅い。

 私にとっての「恋」はこの「罪悪」という単語にすべてが込められている気がした。

 

 私が泣きそうになるのを必死で堪えていると、突然ぱっと明かりがついた。

 犯人は私に近づくと、顔を覗き込んだ。

 

 「やっぱり! 美奈ちゃん……私が気付いてないと思ったの?」

 

 「……」

 

 私は泣きそうな顔を見られたのが恥ずかしくて黙り込んでいると、いろはは、そのまま続けた。

 

 「たぶん、美奈ちゃんが自覚する前から気付いてたよ」

 

 「…………いろは」

 

 「なに?」

 

 「……私も…………比企谷先輩が好き」

 

 私が本心を口にすると、いろはは、心底嬉しそうな表情になった。

 

 「やっとお互いに確認できたね」

 

 いろはがにこっと嬉しそうに呟いた。

 そして、付け足すように言葉を紡ぐ。

 

 「でも私負けないから、せんぱいは私のもの!」

 

 「私だって負けない。比企谷先輩は私の!」

 

 

 ――本当に、私の周りは良い人ばかりだ。

 




これで風邪編は終わりです。
本当はいろはだけを風邪にしていろはが振り回される予定が
ギャップもいいかなと(笑)

「こころ」好きなんですよね。
セリフとかいちいち。

夏目漱石 「こころ」

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