[番外編]テニスの王子様の世界にチート転生者が来たようです 作:型破 優位
まだ一球終わっただけなのだが、いきなり流れは佑馬。今の一球でも有り得ないことがいくつも起きている。一つ目、スマッシュを受けてもグリップを落とさなかったこと。二つ目、二発目のスマッシュを打った直後、自分の手にラケットがなかったこと。三つ目。スマッシュを打ったはずなのに零式ドロップのような回転数。再びルーティンを始める跡部だが、先ほどかけられた言葉もあり胸中は穏やかではない。
トスを上げて、サーブを打つ。しっかりとコースに決めて打った。速さも申し分ない。だが佑馬は軽々と打ち返してきた。
跡部は力の差には気づいているが、諦めたわけではない。もう既に自分の負けが決まっているかのような言い種。舐められたものだ。
「俺様を、舐めんじゃねぇ!」
跡部のテニススタイル。それは相手の嫌なところをつく。とても堅実で、理想的なスタイル。それを可能としているのは、跡部のインサイト。つまり観察眼だ。
跡部はそれがあまりにも鋭い。
佑馬のフォーム、視線などから弱点を射ぬく。
「はぁっ!」
両手でボールがバウンドをした瞬間、片足を上げての気合いを入れての一球。狙いすまされた一球はシングルスコートのラインギリギリ。ジャックナイフだ。
その瞬間、跡部のコートに氷のつぶてがささる。
(う、動けねぇ……!!)
コートにささる氷のつぶて。その一つをボールが、ゆっくりと打ち壊していった。
「0―30」
完全に動けなかった。
ボールのスピードはとてもゆっくり。ロブではないかと言われるぐらいには遅かったのに、動けなかった。
「あの跡部さんが、あんな遅いボールに動けなかった……?」
「何か特別な仕掛けがある確率、98%」
「じゃあ、その2%の確率で外れだな」
「なんだって?」
桃城の呟きに答えた乾だったが、その答えはコート上の佑馬によって否定される。跡部のサーブ軽々と打ち返しながら、佑馬は続ける。
「跡部はただ単に動けなかっただけだ。死角を突かれた。テニスには普通のことだろ?」
今度は何をするでもなく、跡部と全く同じフォームで打ち返す佑馬。跡部は見るからに不機嫌だ。ラリーの内容は全国区のはず。なのに、佑馬はどうみても手を抜いているようにしか見えない。
「手を抜くんじゃねぇ! 本気で来な! あ~ん!?」
「これくらいはまだついてこれるのか。お前が付いてこれるくらい手を抜いちゃうとこの後俺の面倒事が増えるからな。もう少しだけ出してやるか」
これは普通の試合ではない。佑馬の選手としての力量に加え、跡部の
跡部がジャックナイフで返してきたボール。それをラケットを横にし、フレームで強打した。打ち出されたボールは見るからにブレ始め、
「なんだと!?」
いきなりの変化に跡部は付いていけず、落球。
「今のは……」
「橘さんの暴れ球!?」
「正解」
この技の持ち主は不動峰の部長、橘 桔平。今は足を怪我したまま切原と試合をしたことにより病院送りにされてはいるが、彼も全国区。同じ不動峰である赤髪の少年、神尾と青髪の少年、伊武はその球を知っており、即興ではできないことも理解しているための、驚きの声だった。
「0―40」
「次、リターンエース取るから。場所はお前からみて左側。サービスラインにバウンドさせるから、そのサーブの位置から二歩歩けば届くぞ」
「……とことん舐めやがって……あ~ん?」
サーブの位置についた跡部に、今度は打つ場所を懇切丁寧に教える佑馬。しかし、跡部の頭は冷静だ。これくらいの挑発に乗るほど、彼は子供ではない。だがプライドは傷つけられている。
(……だが、こいつは確かに強い。真田に圧勝するのも納得できるぜ。あ~ん。だけどな、俺だってそんなに舐められて黙っていられるほど!)
「大人でもないんでな! あ~ん!?」
心の中で思っていたことが、そのまま口へと出る。気合いの入ったサーブ。しっかりとコースへと決めて少しだけ左に寄りつつ右も警戒。どこへ来ても飛び付いてでも取るつもりで構えていたのだが――
「ゲーム中田。1―0。チェンジコート」
「……ッ!」
――見えなかった。
コートをみても、ボールの落ちている位置を見ても、佑馬の言った通りの場所を通ったのだろう。一番警戒していたところでもある。なのに、視認することすら許されず、ゲームを取られてしまった。
「次、いこうか」
◆◆◆
「ゲーム中田。4-0」
佑馬を知っている者も知らない者も、言葉を失う。
あの長期戦が得意な跡部が一ポイントも取ることが出来ず、尚且つ膝に手を付いて肩で息をして立っているのもやっとというのに対し、佑馬はまるで何もしていなかったかのように涼しい顔、事実、汗一つ掻いていなかった。
跡部からも佑馬からも、途中から言葉がなくなった。
佑馬は喋ることがなくなったから。跡部は喋る余裕がなかったから。両者理由は別々だが、最後まで喋っていたのはこの二人であるため、今のコートは打球音と榊のコールが響くのみ。
そのコートに、声が響いた。
「ハハッ……」
跡部の渇いた笑い声。
その笑いは彼のなかで共鳴するかのように声を大きくしていく。
サーブ権は跡部。
後十秒で打たなければ佑馬の点になる。
だがそれでも跡部は笑い続けた。
(まさか俺の得意な相手の弱点を見極めてそこを付くスタイルをやられてこのザマとはな……傑作だぜ)
跡部はサーブのフォームに入った。
ここまでの実力差を見せられ、一ポイントすら取ることが出来ていないのにも関わらず立ち向かってくるその精神、勝利に対する執念は恐れ入るものだ。
だが、あと少し。
彼が今の限界を越えて進化するのかここで終えてしまうのか。
トスを上げて気合いを入れながらサーブを打つ跡部。やはりというべきか、スピードこそあれど威力は全くない。佑馬はフォアハンドでストレートへ。
打とうと思えば打てたスマッシュをあえて打たず、スライスボレーで再び跡部がギリギリ届く位置へ打ち返す佑馬。だが、それは狙いとは裏腹に跡部が足を縺れさせたことにより戻ってくることはなかった。
「0―15」
跡部が疲れている理由。それは今のプレイにある。
跡部は毎回のごとくギリギリで取れるボールを返されており、失点理由は毎回足が縺れたことによる転倒。
精神的ダメージに加え、肉体的ダメージ、そして体力的な疲労。三方向からの容赦ない攻撃は、常人ならとっくに勝負を投げるレベルだ。
「……気に入らねぇな……あ~ん?」
「何がだ?」
突如として投げ掛けられる、抗議の意。聞き返す佑馬だが、そこに返答はない。跡部はそのままサーブの構えに入ったのだ。
(……変わったな)
そこで、佑馬は違和感を覚えた。ラケットの持ち方が少し違う。そして何よりオーラが変わった。
しっかりとラケットを構えて備える佑馬を見据え、跡部は高くトスを上げ、腰を一気に落とした。
「なんだ、あのサーブ!」
今まで閑散としていた外野がざわつき始める。全く知らない跡部のフォーム。明らかに今までと何かが違ったのだ。
「はぁッ!!」
力強く振り抜かれたサーブ。そのスピードは今日の跡部のサーブの中でも最速。そして何より、凄まじいほどの回転が掛けられている。
不用意に近づくことなく待ち構える佑馬。サービスエリアに入った打球は地面に落ち、跳ねる――ことはなく、地面と水平にスライドして行った。まさしくそれは――
「あれは、不二の燕返し!」
――青学の天才、不二周助の燕返しだった。
だがそこは佑馬。腰を一気に落とし、ラケットの面と地面を水平に構えた。
そして地面に着くか着かないかという打球を、フレームで滑らせるように、
普通ならアウトボール。しかし佑馬は普通ではない。
凄まじい回転がかけられた打球は高さをそのままに、ポールを越えたと同時に跡部のコートへと向かって急激に曲がった。
所謂、ポール回し。
「あれは俺のブーメランスネイク……」
「あれも返してくるのかよ……」
そのポール回しを含めた癖玉を得意とする青学の海堂はありえないとでも言うように呟いた。
畏怖にも似たそれは、だが次の瞬間には驚愕に変わる。
そして珍しく、佑馬も目を見開いた。
(跡部……何故
跡部は既に、打球の先にいた。それを視認したと同時に、佑馬のコートに
「はぁッ!」
そして、そのつぶては跡部の打球によって打ち抜かれ、佑馬の横を抜いていった。