妖精弓手逆行   作:使途のモノ

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妖精弓手逆行

 

 

 

 妖精弓手逆行

 

 

 

 上の森人が自害することは、まれにある。

 

 中でも、只人を伴侶としたものはその傾向が多い。

 

 里長が実況見分に訪れた娘も、そうであった。

 

 只人の冒険者と恋人となり、そして、共に歩んだ冒険の道で死に別れたという。

 

 この里に戻って来た時は、その男との間に出来た赤子を、何よりも大事そうに抱えていたのを覚えている。

 

 その半森人の息子も、元気に何百年と生き、去年寿命を迎えた。

 

 ハーフと上の森人では寿命の桁が3,4桁違う。

 

 誰もが分かっていた、いずれ来る別れの時である。

 

 そして、ハーフの特性ゆえか、彼にはその血を継ぐ子が出来なかった。

 

 それはつまり、彼女の愛した男の血脈が途絶えたということを意味する。

 

 娘の枕元には彼女の両親と姉が取りすがり、悲嘆に暮れている。

 

 無理もない。

 

 昨日の今日で実況見分など、損な役回りだ、と内心ため息を吐く。

 

 すこし、そう、少し10年とか、20年とかしてから出直しても遅くないのではないか、と思いながらも、責務は責務だ。

 

 従者の者が、何かが書かれた紙、彼女の遺した遺書を出してくる。

 

 そこにはだた

 

 ―やりなおしたい―

 

 ただそれだけが書かれていた。

 

 

 

 

 

 ぱちりと目を開ければ、両親の歓喜に満ちた表情。

 

 あの子が死んで1年、ただただふさぎ込んだ日々を過ごし、そして服毒自殺を試みたのだ。

 

 個人的には死にぞこなったとしか思えないが、それでも歓喜にそまる両親の顔を見れば罪悪感が湧き立つ。

 

 ぐっ、と持ち上げられ……何?

 

 これでも一児の母だ、いかに見慣れた両親とはいえ、まるで赤子を抱き上げるように持ち上げられるほどの体格差は無いはずだ。

 

「あう」

 

「おーパパでちゅよーー、ほら!! 見ろ!! 母さん!! お前に似て神々しい程の美形になるぞ!!」

 

 ぷらぷらと浮かぶ足、身に着けているモノは何もない。

 

「もう、この子も驚いているじゃありませんか、ね?」

 

 ひょい、と奪われて今度は母の胸元へ。

 

 右を見ても左を見ても、代り映えの無い森人の里、その実家である。

 

 昨日見たのと変わりない両親の姿、いや、だが、若干纏う雰囲気が年若いように思える。

 

 ぐるぐると視線を巡らしても、昨日と変わりない景色だ。

 

 1,000年だろうが2,000年だろうが、変わりない景色だ。

 

 そこで、自分の体が赤子であることだけが、昨日と違う。

 

 つまり、これは

 

「び」

 

「び?」

 

「びええええええええええええええええええええええええええええっ!!」

 

 時の神の悪戯である。

 

 

 

 

 

 ひとしきり泣いて、少し落ち着いた。

 

 どうやら今は私が生まれて間もない、つまりあの子が死んだ1年後、あの毒の盃をあおってから2,500年以上前、ということになる。

 

 2,500年ぐらいでは、里の面々の顔ぶれはさして変わらない。自分の体の変化が無ければ30年位気づかなかったであろう。

 

 おそらくこれは、世にいう上位神の一つ、時の神、それの気まぐれの悪戯、の一種なのではないか、と思う。

 

 おおよそ、人類が意思疎通をしたことのない上位神のなかでも偏屈かつ気分屋な時の神、その悪戯に巻き込まれたモノは、”こう”なることがあるという。

 

 これは神代から生きている上の森人であるからこそ知っているものであって、それ以外の種族は時の神のことなど、碌に知らないだろう。

 

 ともあれ、原因のめぼしは何とかついた。

 

 つまり、やりなおせるのだ。

 

 理解が頭にいきわたり、じわりと広がる歓喜に、にやにやと笑いたくなる。

 

「うーーーーっ!!」

 

 彼に、会える。

 

 

 

 

 

 とはいえ、2000年を超える日々は、容易く過ぎ去ってはくれない。

 

 一日千秋、それが2000年だ。

 

 思いは募る。

 

 弓を爪弾き、思いをはせても、かつて賑わった辺境の街は、いまだ影も形もない。

 

 彼の生まれた村も、もちろん影も形もない、今はまだまだ切り開かれていない森の一角だ。

 

 そして、彼の事を考えれば、当然、彼に降り注ぐ不幸に行き着く。

 

 自分が出会った彼は、ゴブリンという不幸に切り裂かれた後の彼だ。

 

 だから、自分の知る彼に出会いたいならば、見殺しにする必要が出てくる。

 

 それは彼の姉であったり、一時の恋敵であり友人でも会った牛飼娘の両親であったり。

 

 見殺しにして、彼が地獄の日々を過ごして、それでようやく、彼に出会える。

 

 いいのだろうか。

 

 何よりも、彼を救うことができる自分が、彼に会いたい。

 

 それだけで、のうのうと彼が不幸になるのを見過ごすのは、いいことなのだろうか。

 

「――そんな訳、ないわよね」

 

 だって、愛しているから。

 

 

 

 

 

 その姿で、わかった。

 

 だって、自分がお腹を痛めて産んだあの子の幼い頃と、そっくりだったからだ。

 

 まだ、4,5歳ぐらいだろうか、だが、彼は彼だ。

 

 それだけで、胸の奥が熱くなって、目頭が、ジンと熱を持つ。

 

 いきなり目の前に立たれた森人、それもおそらく人生で初めて見る上の森人に彼は目を丸くしている。

 

――ふふん、見とれた?

 

 そう、ちょっと得意げに思いながら、万感の思いを秘めて、唇は動く。

 

 伝えたいことは、山のようにある。

 

 だから、出てきた言葉は、ある意味必然であった。

 

 

 

「お姉さんと、いい(冒険)ことしない?」

 

 

 

 スパアアアアアアアアアアッン、とお目付け役で一緒に来ていた姉の平手打ちが後頭部を貫いた。

 

 

 「ごめんね、この子ちょっと頭が気の毒だから」と姉が彼に言いながら物陰に引きずられた、目の前にいるのは姉だ。

 

「いったぁ……いきなり何よ姉さん!!」

 

「それはこっちのセリフよ! い、いきなり何をいってるのよ貴女! あ、あんな3桁は下の子に、い、いいことしない、だなんて」

 

 顔を真っ赤にしながらそうこちらの襟首をつかんでくるのはかれこれ何千年の付き合いになるかわからないほどの長い付き合いの姉だ。

 

 若干自分より背が高く、すらっとした美貌は我が姉ながらかなりのものだ。

 

 ちなみに、上の森人どうしでの容貌の評価としてのかなりとは、只人をはじめ、他の種族からすれば絶世とか、空前絶後とか、傾国とか、そういった領域である。

 

 しかし姉は何を怒っているのだろう……なるほど。

 

「姉さん安心して」

 

「……何を?」

 

 ぐっ、と親指を立てて笑顔を向ける。

 

「誰でもいいって訳じゃないから!」

 

 そうだ、見境なく誘っている、となれば姉として不安にもなろう。

 

 大丈夫姉さん、私身持ち堅いから、彼以外に体許したことないし。

 

「選んでるから問題なんでしょうがぁっ!!」

 

 わあっ、と座り込み、両手を顔に当てて悲嘆にくれられた、解せぬ。

 

 

 

 

 

 はらはらとその白磁の肌を宝石のような涙が伝っていた。

 

 美しさを理性出来る者であれば、誰もが心を奪われ、その悲しみを晴らすためであれば、男であれば誰であれ、何であろうと投げ捨てるだろう。それほどの魂をつかまれるような、浮世離れした美しさであった。

 

「母さん達に……なんて説明すればいいの……」

 

 その前にいる少女も、また、それに匹敵する美貌であるが、きょとんとした表情がどことなく幼さを感じさせられて、まだ現実味があった。

 

「えっと……」

 

 おずおずと声をかける。

 

 すると若干幼げな方の森人がこちらに目を向けてきた、ごめんごめん置き去りにして、と言いながら近づいてくるところで、泣きくれていた方の森人が遮るように立った。

 

「だ、ダメッ、待てっ!」

 

 フーッ! と猫のように威嚇する少女をきょとんとした表情で見上げる。

 

 何となくだが、自分を守ろうとしているのは何となく伝わってくる。

 

 とはいえ、幼げな森人が別に自分に危害を加えるような様子があるかと言えば、ノーだ。

 

「……え、ええとね、僕、な、何か用かな?」

 

 多分、お姉さんなのだろう、自分も姉がいるから何となくわかる。

 

 そちらが話しかけてきた。

 

 何かよくわからないが、なんとなくいい人達のようだ。

 

 だから、精一杯の勇気をもって、誠心誠意、頼むことにした。

 

「父さんが、山から帰ってこないんです」

 

 

 

 

 

 運が、無かった。

 

 山に入って生計を立てる猟師だ、こういった末路は、話に聞いていた。

 

 息子が生まれて、これまで以上に稼がねば、と張り切ったのが仇になったのか、いや、自分の失敗に息子を持ち出すほど堕ちてはいない。

 

 足を滑らせ、谷底に落ちた。

 

 間違いなく折れているであろう足を苦々しい思いで見つめる。

 

 野犬や熊に襲われ、生きながらに貪られる、あるいは誰も助けが来ずに衰弱死する。

 

 どちらもありうる末路だ。

 

 いっそ一思いに自害する……ということをしないのは、ひとえに村で自分を待つ妻と子供たちを想えばだ。

 

「……いた」

 

 こんな山の中に不釣り合いなほどに高く済んだ美しい声が耳に届いた。

 

 さくさくという足音は迷いのない歩みだ。

 

 なんとか視線を向けて、目を見張る。

 

 それほどまでにこちらに向けて歩いてくる少女は美しかった。

 

 月並みな表現ではあるが、それこそ女神や妖精の如き美貌だ。

 

「息は……あるわね」

 

「あ、ああ……」

 

 すっ、と顔を近づけてこちらの無事を確認してくる少女に思春期の少年のようにドギマギとする。

 

「応急処置するわ、いいわね?」

 

 いうが早いか、ズボンを黒曜石のナイフで切り裂いてテキパキと処置を始める。

 

 とりあえず飲んでおいて、と渡されたのは水薬だ。

 

 ごくりとのみ込めば冷え切っていた体はポカポカと暖かくなり、また、痛みも和らぐ。

 

「あ、居たのね」

 

 そういいながらスタスタと近づいてくるのも、また目を剥くような美少女だ。

 

 どちらも、片田舎の猟師がお目にかかれることは、それこそ幸運の女神様が微笑んでくれでもしない限り、ありえないことだ。

 

 もしかしてこれは、死に瀕した恐怖から見ている幻覚か何かではないだろうか、ということを、男は真剣に考えた。

 

「息子さんの、依頼を受けました」

 

 私たちは冒険者じゃないから、お代はいりませんけどね、といたずらっぽく笑う少女の姿を、忘れることはおそらく一生ないであろう。

 

「でもほんと、間に合ってよかった」

 

 杖代わりの枝を探してきてくれたのだろう、はい、と渡された木の枝は杖にするのにちょうどいい塩梅であった。

 

「肩貸すから、帰りましょ」

 

 そうして、あっけないほどに、自分は助けられた。

 

 こうして、猟師一家と森人姉妹との付き合いは始まった。

 

 

 

 

 

「お姉さんが、都の学校に?」

 

「うん、すごい出来がいいから、がくひ? も出してもらえるんだって」

 

「じゃーお祝いしないとね」

 

「うん!」

 

 そう自慢げに語る彼をほほえましそうに眺める姉妹。

 

 姉の方は、妹が過ちを犯しそうならすぐさましばき倒せる位置取りと構えを崩していない。

 

 彼女たちとの付き合いは、最初の出会いから、それなりの月日がたっていた。

 

 父を助けてくれたのもそうだし、母が病に倒れたと聞いた途端、特効薬を持ってきてくれたのも、彼女たちだ。

 

 姉は今度の秋口には都の学校へと向かう。

 

 父も母も、元気で仲良く暮らしている。

 

 自分は、どうだろう。

 

 胸の中に、秘めている夢はあるが、それを、なかなか誰にも打ち明けれずにいた。

 

「それで、キミはどうするの?」

 

 まっすぐ、彼女の射る矢のように問いかけられた言葉に、息をのんだ。

 

 彼女たちを見て、いろんな話を聞いて、だから、ずっと憧れていた。

 

 きっと、両親がおらず、姉だけであれば、諦めていた夢。

 

「僕は……冒険者になりたい」

 

 その言葉を聞いた彼女は、花が咲き誇るような笑顔であった。

 

 

 

 

 

「姉さんまでついてくることないのに」

 

「いーえ、里の汚名を広げるわけにはいかないわ、そんな事が起こらないように、私も一緒に行かせてもらいます!!」

 

 わずかな路銀と、両手に花。

 

 賑やかな旅路と、まだ見ぬ冒険。

 

 少年は冒険者へ第一歩を歩み始めた。

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