ピッカピカに輝く刀身、胸の防具もテカテカと光る革鎧。
その勇姿を姿見で見て悦に入る。
我ながら格好いい。
田舎から出てきて、なけなしの金で買いそろえた武器と防具。
今はまだこれが精一杯で、水薬等は買えていないが、なぁに、そこらへんはどんどんモンスターなんかを退治して懐に余裕が出来てからでも遅くは無い。
冒険者登録も済んで、後はもう仲間を集めて冒険に出るだけだ。
男の脳内には華々しい未来と、自分を囲む一党の姿が浮かび上がっていた。
ちなみに、一党の面子は彼以外美女美少女であった。
田舎暮らしの彼の想像しうる最高の美貌、それはこの辺境の街に来て過去最高を更新し続け、今のところは冒険者ギルドの受付嬢の新人達が可愛らしくも勇ましい出で立ちに身を包み、自分を囲んでいる。
無論、それは男の妄想である。
カネ無し、コネ無し、熱意有り、つまりはどこにでもいる駆け出しの冒険者が浮かれている、とりわけ辺境の街ではよく見ることの出来る姿だ。
「あー、あったあった、ここここ」
「ちょ、ちょっと、まって、まってって」
がらり、と入ってきた美貌に男は度肝を抜かれた。
知識としては、知っていた。
美貌において、他の追随を許さぬ種族、森人だ。
彼の知らぬ事ではあるが、その少女はその中でも上位種たる上の森人である。
連れられる少年は大して自分と変わらぬ木訥そうな少年だ。
「もう、貴方は急ぎすぎよ、ほら、オルクも困っているじゃ無い」
「ほげっ」
思わず、身もふたもない声が漏れた。
二人を追って入ってきた森人も、腰が抜けるような美貌だった。
そこに居るだけで演劇で場面が変わったかのように、場の香りすら塗り替えられる。
このような場末の店ですら、彼女一人の偉容でまるで宮殿の花園のようですらあった。
ぽかんと、戦いた様子で三人の様子を壁際で眺める。
三人の首元には自分と同じ白磁の階級票が輝いている。
「せっかく冒険者になったんだから装備はしっかり、ね」
うきうきと背の低い方の森人がかいがいしく青年の装備を見繕っている。
とんでもないヤツと同期になってしまった、男は心底そう思った。
鎧、剣、盾、さて一通り揃ったか、と思ったところで。
「兜は被らなきゃだめ」
彼女はそう言って譲らなかった。
頑とした芯の強い瞳はどう言ったところで引く気は無いであろう。
個人的には、街ゆく冒険者などもほとんど兜など被っていない。
自分の名を広めるにも、素顔が見えていた方がいいように思う。
なお、上の森人二人を両脇に連れている時点で十二分に周囲の男共の話題を総取りしているのだが、それを彼が知るのはもっとずっと後だ。
「冒険は、危ないことだってあるの」
そう、悲しげな色をにじませられると、弱い。
とはいえ、予算は有限だ。
「そんなら、こいつなら他のと纏めてで安くしとくぞ」
どうしたものか、と考えれば店主がどかり、と兜を出した。
それは、呪われていそうな古びた厳ついフルフェイスの兜であった。
両側の角がおどろおどろしさを増している。
ソレを見て、彼女は表情を輝かせた。
「うんうん! そうそうこれこれ! あっ、でも両方の角はひっかかって危ないかも、これで刺すわけじゃないんだし、親方ーこれ削ってもらえる?」
懐かしげにそれを持ち上げて掲げる。
その瞳には時折自分へ向ける懐かしさと深い慈しみの色があった。
とはいえ、ぐいぐい行く彼女は軌道修正がそうそう効かない。
数少ないストッパーの姉も青年の安全を考えれば、と兜自体は賛成のようで動く様子はない。
「おう、ええぞ、斬るだけならすぐだが磨くか?」
「いいわよ、勝手に丸まった方が味があるし、そういう野趣なの、嫌いじゃ無いの。いいわよね?」
そうして、やや木訥な青年は無骨な兜にその容貌を納めることになった。
兜を着けた視界はとても狭くて息苦しかった。
飛び来る矢をひいこら言いながら避けて回る。
自分を鍛えるにあたって、彼女は平素の情など投げ捨てたようなスパルタであった。
幼い頃から彼女たちと野山を駆け回り、足腰には自信がある。
無論、自分がなんとか避けられるように手心が加えられているとは分かっている。
「ほらほら、殺気と音へ肌で心の目を向けいと避けられないわよ」
無体なアドバイスにそれでも神経を研ぎ澄ませる。
視界に集中するのではなく、心の警戒度を引き上げる。
今日はまだマシだ。
なんせ、まだ姿が見える。
本気の彼女が森で駆ければ自分の目では追いつかないぐらいだ。
真横からの頭狙いをのけぞって避けて、すると頭上から矢が降ってくる。
それをさらに身をひねって避ける。
倒れるままに四つん這いになって着地、急いで駆け出せば胴と足があったところにも矢が突き立つ。
前の時は手に盾を持っていたから体勢が崩れた。今は腕に盾をくくりつけるような形にしたから大丈夫だ。
それらの矢は地面に刺さらずビンッと跳ねる、流石に練習では鏃を落としたモノを使ってくれている。
「ほら、喉で息をしない、踵で息をしなさい、踵で」
するすると踊るように姉も参加して弓手が二人になる。
走って避けて、時に手の盾で払いのけて、それでもだんだんと動きは精彩を欠いていく。
人は一定以上のパフォーマンスで永遠に動き続けることはできない。
「はい、ラスト!」
その限界の際の際、ふ、と目の前に投じられた赤い果実を、青年は剣を抜き打ちざまに両断した。
兜を脱いで、大きく息を吐く。
いつも通り、彼女たちによるトレーニングは苛烈であった。
渡されたレモン水をちびちび飲みながら、自分が断ち切った果物を二人して食べている姉妹に目を向ける。
自分からすれば、奇妙で大切な幼馴染み、としか言いようのない二人だ。
なぜか幼い頃に出会い、両親を助けてもらい、そして共に冒険者として居る。
今となっては彼女たちが横に居ない時の方が違和感がある、それぐらいずっと一緒に居た間柄だ。
刀身を拭い、だらだらとながれる汗を拭う。
準備は大事だ、ということは彼女に常々よく言われてきた。
だから、彼女がすべきだと言うこと全てに意味があるとは思っているが、それはそれとしてもどかしくも思う。
自分たちの胸元には白磁の札がある。
冒険者になった証であり、しかし、現実感は無い。
剣を握って、自分の腕がどれほど通じるのか、その欲がふつふつとわき上がっていた。
「休憩できたわね、じゃ装備の点検しましょう!」
ぱたぱたと落ちつきなく、それでいて手際よく彼女は荷物を広げる。
「ロープ、水薬はちゃんと毒消しも、松明角灯それぞれ持って」
彼女の言葉に従い自分も装備を検める。
鎧や兜をあちこち引っ張って妙な挙動をしないか確認する。
剣に盾、これもよし。
親方これもついでにちょうだい! と彼女がねだった棍棒に投石紐、短剣類も並べる、美人は得だ。
投石紐の使い方は、彼女が教えてくれた。
どこで覚えたのかしら、と彼女の姉は不思議そうであったが、その技術は確かであった。
弓矢を教えて欲しいと言ったが、無茶言わないの、とたしなめられた。
只人は投擲に向いているらしく、弓は森人の領域であって、それを無理に只人がしても仕方ない。
むしろ極上の射手二人が既に居るのに素人が弓を持ってもさして足しにならない。
「それで、依頼はどうする?」
ドラゴン退治! とはいかないだろうが、モンスターを退治したりはぼんやりとした憧れだ。
「最初は……そうね、遺跡の探索とか、害獣の駆除とか……」
そこで、彼女は自分を見て明らかに言いよどんだ。
恐れと、躊躇いと、胸を突く悲しみがあった。
「……ゴブリン、退治とか」
そう、絞り出すように彼女は言った。
「まぁ手始めならその辺りじゃ無いかしら? ゴブリンの二、三匹ぐらいオルク一人でどうとでもなるわけだし」
その情動を察さぬ訳でも無かろうに、何という様子でもないようにそう彼女の姉は頷く。
「……遺跡探索にしよう」
その言葉に、彼女はぱっと表情を明るくした。
「そうね! でも何があるか分からないわよ! 未知の遺跡! 未踏の道……って訳には私達はこのあたりほとんどいかないんだけどね」
彼女の影はもう見えない。
だけど、長い付き合いだ。
気付いている。
彼女は自分を通して誰かを見ている。
冒険者ギルドに宿を取り、荷物を置く。
彼女はするり、とその衣を衣を脱ぎ捨てて当然のようにその白の月よりもなお白い肌を自分の目にさらす。
「お疲れさま、ね、寝ましょ」
ころり、とベッドに寝転がり、自分を招く。
いつものことだ。
ベッドに横たわると、慣れた様子で自分の懐に彼女がすり寄ってくる。
「えへへ」
にへら、と向けられる笑みに、何を言うわけでも無くその髪を撫でる。
目を細め、スンスンと自分の臭いをその鼻腔に満たし、嬉しそうに顎をすりつけてくる。
「オルク、私は?」
反対側には姉が同じようにその身を横たえ、その天上のモノの如き美貌をまるで童女のように甘えて来る。
同じように、その髪を撫で、頬にキスをする。
彼女のあどけない笑みはこういったときしか見れない。
寒くも無いのに森人は寝るときに服を着たりしないの! という彼女たちの風習だ。
いつも、彼女たちの匂いはクラクラするほど魅惑的だ。
美人は三日で飽きるなんて、嘘っぱちだ、というのが彼の本心だ。
そして、両方の腕は彼女たちの枕としてあることのできる栄光を浴している。
窓から差し込む月光は彼女たちを照らし、ただの個室を天上の楽園へと変えている。
妹たる彼女の手が、自分の体を這う。
慣れた手つきだ。
その指はずっとそうしていたかのように、いくつもの軌跡を辿る。
傷跡を辿っているのだ。
腕、上体、腹、足、傷の無いところは無い。
傷だらけの体だ。
彼女を遺して逝った誰かの体だ。
その誰かに、どうしようもない嫉妬と憤りを自分は堪えることが出来ない。
こんなに、愛おしげに、ただの小娘のように今もなお取りすがっているのだ。
なんで、ここに、そいつは居ないんだ、そう思わずには居られない。
彼女が不死であることを考えれば、それは仕方の無いことなのかも知れない。
だが、それでも彼女の中に居座り続ける誰かの襟首につかみかかりたくなる。
幸せな別れでは無かったのだろう。
自分の体を這う指はその傷跡を覚えている。
そして、自分の体をなぞり、碌に傷跡の無い体をなぞり、彼女は救われたような、穏やかな笑みを浮かべるのだ。
それが、自分の中の心の炎を鎮めつつも、燻りを長らえるのだ。
自分ができるのは、ただ彼女の額にキスをして、愛おしむぐらいしかできない。
悔しいなぁ、と胸の内で少年は嘆いた。