妖精弓手逆行   作:使途のモノ

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妖精弓手逆行 ―異文化交流―

 

 手を合わせ、祈りを捧げる。

 

 自分のためでは無い。

 

 共に冒険者として歩む、二人でもない。

 

 都で勉学に励む姉の学業成就を思ってである。

 

 後は、婚期を逃さないように、ともちらりと思いがかすめる。

 

 どの神様に祈りを捧げるか、と考えれば自然家族の無事と姉の学業の大成となる。

 

 故に、彼が知識神の神殿にて手を合わせるのは当然といえた。

 

 正確には姉が信奉している、というか声を掛けられたのは覚知神なので、そちらの神殿を探して姉への神徳厚きことを祈るべきなのだろうが覚知神の神殿は世にも珍しいらしく、少なくとも辺境の街にはなかった。

 

 まぁ姉自身も自分へあれこれと、例えばゴブリンは緑の月から来る、などと突拍子のない啓示をくれる神の名を知ったのは留学をしてから友人がもしかして……、と言ってくれたからで、彼も姉からの手紙で最近知ったことだ。

 

 その手紙では「神様も結構いい加減なのかしら。でも今こうして私と貴方が手紙を交わせるのは、きっとあの二人のおかげなんだと思う。だから私は私の人生を頑張るから、あなたも二人と幸せにね」と締めくくっていた。

 

 まるで、彼女たちのことが神様すら見通していなかったことのようだな、とは思ったが神官的な言い回しなのかも知れない。

 

 そう思って返事の手紙を書くべくペンをインクに漬けたものだ。

 

「熱心ですね、ご家族が留学を?」

 

 珍しい物では無いのだろう、そう声を掛けるものがいた。

 

「神官様……はい、姉が」

 

 そう合掌して声を掛けてきた者に一礼する。

 

 袈裟を掛けた、墨の匂いを纏った怜悧な尼僧であった。

 

「そうですか、私もなりたての学者でね、都で勉学に励まれているのであればどこかで会うかも知れない。もしよろしければ貴方と貴方のお姉さんの名前を伺っても?」

 

 そう聞かれて応えぬ理由も無く、自分と姉の名を伝えると学者神官は覚えておこう、と頷いた。

 

 

 

 布である。

 

 紐で繋がっている。

 

 下着である。

 

 それを前に、絶世の美貌はその顔を赤らめながら躊躇していた。

 

 下着である。

 

 定命の種族の女性の体型の補正や向上、あるいはその肢体をより魅力的に見せるためのモノである。

 

 永劫にして至上の美貌を保証された彼女からすれば、それはつまり無用のものである。

 

 だが、それゆえに彼女たちが下着を着用するというのは明確な意思の下に行われることである。

 

 つまり、上の森人からすれば下着というモノは同衾する相手の欲情を煽り、その夫婦なり恋人の営みをさらに情熱的なものとするためのスパイスである"みだらがましい衣装・装飾"なのだ。

 

 故にこそ、彼女にとっては下着というモノは衣類というより性器を飾り立てる入れ墨やボディペイントやピアス、といったセクシャルなオプションに近い。

 

 そんなものをなぜ彼女が手に持ち思い悩むのか。

 

 その原因は彼女の妹にある。

 

 彼女からすれば不思議な話であるが、只人からすれば全裸での同衾より下着姿での方がまだ健全なのだという。

 

「姉様からすれば要らないと思うのだろうけど、只人の世で生活するなら慣れた方がいいわ、オルクだってそう思うでしょ?」

 

 そりゃ、まぁ、と恥ずかしそうにぼそぼそと言う只人の子。

 

 “あの子”の為、となれば彼女は弱い。

 

 というわけで妹の薦めによりこうして下着を見繕っているのだ。

 

 しかし、先に記した様に彼女にとっての下着というものは“そういうモノ”である。

 

 故に、選択基準が前世である程度下着文化に染まった妹の想定したモノからかけ離れたのも、ごく自然な常識のすれ違いであった。

 

 

 

 

 

「ま、案内してくれるっていうだからいいんんじゃない?」

 

 彼女はそう気にした様子もなかった。

 

 村には夕方に到着し、遺跡の探索に訪れた村の村長から明日の朝に出発する際に案内の狩人を付けられたのだ。

 

 別段彼女二人が居て野山で困ることもあるまい、と断ろうとしたのだが、逆に彼女がそれを遮って案内を受けることになったのだ。

 

「そんなに、誰かと一緒が嫌?」

 

「そういう訳じゃないけどさ……なんでかなって」

 

 そう不満げな表情に、まったく、仕方ないわねぇ、と姉ぶった笑みを浮かべ、すぅ、とその目が切れ味を持つ。

 

「あっちも、本当に私らが道が分からなくて四苦八苦するとは思ってないのよ、でも案内を付けたい、さっさと迷わずに遺跡に向かって欲しい……って言った方が分かりやすいかしら?」

 

 その言葉に改めて言葉の意味を飲み込み直す。

 

「……立ち入られちゃまずいところがあるとか?」

 

「そうね、穏健な話なら土地の者以外が立ち入っちゃならない聖域、でもこれはそう説明した上で案内役を付けたらいいから多分違う」

 

「村の外の人間、とくに冒険者には見られたくない……隠畑とか?」

 

 その辺りかも知れないわね、と彼女は興味なさげだ。

 

 姉の方は彼女より世辞に疎いのか彼女と自分の話を興味深げに聞いている。

 

 この国において冒険者とはその地位を国から保証されている身分だ。

 

 冒険者は自分の故郷でもない村と国であれば、単発の客と看板を作って貸してくれる元締めどちらに立つかという事になり、やはりどちらかというと国の側に立つ形になる。

 

 そういった立場のモノに見られたくない、となると必然法に触れる、かなり寛容に考えてもグレーゾーンのモノの何かがあるということだろう。

 

 ただの隠畑、法にふれるような経緯の奴隷、完全に違法な作物、見られたくないモノというモノはいくらでもありうる。

 

「見られたら以上生かして帰す訳には……なんて村人総出で襲われたり、毒でも盛られたら面倒だしね、ま、こっちは遺跡の探索させてもらえば良いだけの話だし、後は朝の話よ」

 

 そう慣れた様子で布団に潜り込み、おいで、と言うまでも無くこちらを見て毛布を開ける。

 

 とっさに動き回れるようにと今日は下の服を着たままだ。

 

 それにしたって健康的な手足は十分に魅力的で薄闇の中自ら光を発しているようだ。

 

 むしろ袖口から覗く脇の下やらちらつく臍など不思議と平素よりむしろ視線を誘われる。

 

「まぁ、それは只人の村の都合というもので、依頼とは関係ないでしょ? 休むのも大事、さ……ね、寝ましょ?」

 

「うん……う、うん!?」

 

「うわ、姉様大胆」

 

 姉にもそう促されては起きている理由もなく寝床に着こうとして、さらり、と上着を脱いであらわになった彼女の姿に彼の口はまるでエサを前にした魚の口のようにぽかんと開くことになった。

 

 黒の繊細なレースの入ったシェルフカップブラは乳首を隠すことはなく、白のラインレースが腰に入った黒のショーツはその清廉かつ豊満な腰つきを淫堕なものに変えていた。

 

「どうかしら?」

 

 ちらり、と初めてのおめかしを恥ずかしげに確認する童女のように髪をかき上げながら覗き込む動作に、青年は美の暴力による死というものを確信した。

 

 ――枯渇する。

 

 魂まで搾り取られて、しかし終始歓喜と悦楽の内に死に至る。

 

 目の前のモノはそういったモノだ。

 

 手を伸ばせば浮かぶことの出来ない黄金の蜜の底なし沼だ。

 

 自ら望んで奥底へ溺死しに向かう歓喜の泥濘だ。

 

「あ、あ、う」

 

「似合わないかしら、店員は感涙に噎び泣いて描き残す画力が無いって愁嘆に暮れていたのだけれど」

 

「まぁそうでしょうね」

 

 精神世界を蹂躙され、おそらくこの後の人生が大幅にねじ曲がることになるであろう店員に内心黙祷を捧げつつ茫然自失といった様子の彼を見やる。

 

 ちなみにその店員は美を残せぬは世界の損失である、と画家として後々芸術史に名を残すことになる。

 

 本来只人には過ぎた刺激である。

 

 魅力(APP)でいえば美の女神の横に座る(外見だけで22)ところに更に挙動と下着で上乗せをしているようなものだ。

 

 平素自分たちを見慣れているだけ、かなりマシだ。

 

 連れ出してキツい酒でも飲ませて落ち着かせた方がいいだろう、そう考えて動こうとしたところで先に彼が動いた。

 

 ちらり、とその瞳は妖精弓手を通り、瞳に意思が戻る。

 

「ごめん、それ、やめて」

 

 超越的な自制心か目をそらすことに成功した彼は姉を見もせずそれだけを言って顔を真っ赤にしてじっと岩のように黙った。

 

「そう、やっぱりこういうものはいけないわよね」

 

 さばさばと彼女からすれば当然の否決に脱ぎ捨てる衣が落ちる音を聞いてはならぬと両耳に手を当てて布団にダイブした彼の奮戦を気にとめることもなく、ほらやっぱりダメだったでしょう、と姉ぶった視線を妹に向ける。

 

「ま、そうっちゃっそうね」

 

 諦めたように肩をすくめ雑に脱ぎ捨てられた下着を拾って片付ける。

 前世が子持ちなためか整理整頓は姉以上には出来るようになった。

 

 その後、いつもの三人同衾を拒否された姉がいじける一幕こそあれ、なんとか平穏に夜は過ぎた。

 

 

 

 

 

 地図を書く。

 

「通路の幅、高さは大事だから記しておいた方が良いわ」

 

 手慣れた様子で10フィート棒で遺跡を探索する彼女の言葉に従い通路に矢印で備考を添える。

 

 姉の方と言えばぷりぷりとご立腹の様子ではあるが周囲の警戒は切らしていない。

 

 ピクピクと動く耳は周囲の音を聞き取り異常をくまなく聞き落とさない。

 

 遺跡探索というのはむしろ何もない方が多い。 

 

 行ってみれば少し降りて一部屋だけ、ということもままある。

 

 ただ、地図を作成してギルドに納めるのは必要なのでこうしてつらつらと遺跡を歩き回り地図を書いているのだ。

 

 見てきただけだと「まだ地図が完成していないようですね」と再度出直しになってしまうので二度手間だ。

 

 昼食をはさみ、とくに何事もなく遺跡の地図は完成してさて村長に挨拶の一つもして帰ろうか、という段で平素より口数の少なかった彼が

 

「ギルドの宿、別の部屋にしよう」

 

 と決心する事により後々一悶着あるのだがそれはまた後の話である。

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