妖精弓手逆行   作:使途のモノ

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妖精弓手逆行 ─レギュラー落ちした子が拾われる話─

「君を、類い希なる性豪と見込んで内密に頼みたいことがある」

 

「帰って良いですか?」

 

 事は、風評被害から始まる。

 

 

 

 冒険者ギルドというものは、もちろんであるがそれぞれの支署にそれなりの責任者が存在する。

 

 平素両手に花の彼が馴染みの受付嬢を通さず内密に呼び出された一室はギルド会館の部屋ではなくある酒場の個室であった。

 

 精緻な文様の壁紙はそこに座るだけでもそれなりの料金を要すると目端の利くものでなくとも理解できるであろう。

 

 並ぶ顔ぶれはこの辺境の街の冒険者ギルドの上役を一通り集めたらしく、ほのかな魔法の光に照らされた誰も彼もが重鎮らしい貫禄を備えている。

 

 しかし、告げられた言葉が言葉である。青年が何かの悪ふざけであると判断するのも無理はない話であろう。

 

 何やら大事の様子で連れ出されたかと思えば人のことを性豪扱いで内密の依頼があるという。

 

 青年がそれ以上聞く気が失せて帰りたくなるのは当然と言えよう。

 

「まぁ待ちなさい、これは可及的速やかに解決が求められる事案であり、また秘密裏な解決が求められるものでもある、まぁ君にとって不利益なことはないはずだ、そう……不利益なことはない」

 

 重々しく男達が妙に連帯感を発揮しながら青年を押しとどめる。

 

「はぁ……」

 

 その言葉の裏になんというか帰らないで下さいお願いします、という泣きつきたいような懇願の色をなんとなく察し、しぶしぶ、と言った様子で浮かしかけた腰をまた椅子に下ろす。

 

「我々ギルドの職員がおおむね貴族出身が配属されているということは、まぁそれとなく知っていると思う」

 

 その言葉に頷く。

 

 この国では冒険者ギルドが国営であり、貴族の子息子女がその職につくことは多い。

 

 馴染みの受付嬢さんもたしか貴族の生まれであったはずだ。

 

 狩人の産まれである青年からすれば誰も彼もが育ちの良さを感じさせる所作が見受けられる。

 

 青年からすれば天性の典雅の具現たる姉妹の姉の方を見慣れていて目が肥えに肥えているので品性良く整った動作、というのはなんとなく分かるところである、なお妹の方は奔放と活発の具現だ。

 

「……君は、夢魔というものを知っているかね?」

 

「ええ、名前と少しの知識であれば……つまり……」

 

 正面で話していた男の二つ隣の男が話を引き継いだようで話し始める。

 

 夢魔、悪魔と妖精の中間あたりの存在で地方によっては悪魔とも妖精とも呼ばれる存在である。

 非常に美しい美女あるいは美男子として姿を現し淫靡な夢を見せることによって人の精気を吸い取るとされる。

 あまり悪質な吸精であると文字通り精魂が尽き果てミイラの様にひからびることもあると言うが、大体が“一戦交えた”ぐらいの疲弊で済まされることが多く、生態に食人が組み込まれているような魔物に比べれば圧倒的に脅威度は下がる。

 むしろ、店に行く金が浮いた、と歓迎されることすらあって、街でその跳梁が知れれば女衒から討伐の依頼が出るような手合いだ。

 しかし、それならそれで表だって依頼をだせば良いだけの話であり、つまり翻って考えれば。

 

「夢魔の活動箇所がギルド職員寮……?」

 

「君のようにカンのいい若手は……正直助かるよ!」

 

 気まずげに結婚指輪を手で覆い隠す仕草の何人かを視界に納めなんとはなしに事情を察する。

 

 つまり淫夢により"兄弟"になった者達、なってしまった、というべきか、の男達なのだ。

 

 陶然とした夜を、夢ではあるが送り、ふと目覚めれば常にない"暴発"、しかもそれが他者による跳梁跋扈によるものであるということを彼らは持ち前の知識で把握してしまった。

 

 深刻そうな"同類"を見つけ声を掛け、周囲に知られぬようにこの被害者の会が組織され、今ここに依頼が出されたのである。

 

 ――この辺境の街、いやこの国有数の性豪へ。

 

 天上の美を両手の華として、その蜜を浴して当然とする若者、これが性豪でなくてなんなのか。

 

 事態は非常に逼迫した事態であり、秘密裏に解決されねばならぬのだ、少なくとも彼らにとっては。

 

 具体的にはバレた後の実家からの態度とか、王都にいる帰りを待つ妻とか、世間体とか、部下の視線とか、そういったものから彼らが救われるには彼に縋るほかはない、という結論が下されたのである。

 

 なかなかに冷静を欠いた結論ではあるのだが、それを思いとどまれる余裕は彼らになかった。

 

「それで、まぁ話は分かりました、性豪というのは置いておきまして、あくまで秘密裏な解決を、と」

 

「そうだ、何、謙遜しなくて良い、誰もが君に憧れているさ男なら、それこそ黄金級であろうとね」

 

 その言葉に場にいる者達が深く頷き、その目には憧憬の光が二心無くあった。

 

「ま、夢魔の退治となれば精力勝負と昔から相場は決まっている、手玉に取られぬのがまず前提じゃてな」

 

「はぁ」

 

 場合によっては孫すらいそうな男がしたり顔でうんうんと頷く。

 

「よろしく頼むぞ」

 

「はぁ」

 

 彼としては、なんというかもうそれしか言えなかった。

 

 

 

 

 

「へぇ、そう」

 

 その言葉に、もしかして自分はもう既に矢で射貫かれているのではないか、と思わず胸元を撫でた。

 

 一瞥一つ、言葉一つで人は心の臓がこうも握られたようになるとは、知りたくなかったところである。

 

 彼女たちを自分が舌でごまかせる自信も無く、であれば彼女たちだけに"朝帰り"予定の内実を話したところ、これだ。

 

 三人がそれぞれ個室をとるようになっても基本的には自分の部屋が彼女たちのたまり場である。

 

「あ、あのさ」 

 

「何?」

 

「……なんでも、ないです」

 

 ーちょっとやらしい夢(妖術による)を見せてくれるおねーさんと一晩掛けて一戦交えてくるー

 

 とどのつまりそういうことを女性陣に話しただけ、彼は間違いなく勇敢で責任感があって、嘘がつけなかったのだろう。

 

 結果として、とりつく島もないのであるが、それはもう当然の帰結としか言い様がない話である。

 

「……無茶は、しないでね」

 

 ぷいと背を向けたままそうとだけのこす彼女に居づらくなった彼はすごすごと自分の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 ギルド幹部達の心を一つにした巧妙な連携により彼は他の職員に知られることなく夕方に冒険者ギルドの職員寮へ足を踏み入れることになった。

 

 質のよい調度品と急遽ベッドメイクされたであろうベッドに水差しやビスケットなどの軽くつまめる軽食。

 

 一晩過ごすには十分、といった感じの準備である。

 

 さて、はて

 

「だからって、なんというか……」

 

 何が出来るというわけでもないのだ。

 

 寝ずの番、ならぬ寝ての番の経験というのはなんともやりようがつかめない。

 

 夢魔は淫猥なる夢を見せ、欲情させることにより精気を吸い取る、という。

 

 念のために持ってきた短刀を枕元に置くぐらいしか工夫のしどころというものは無いような気がする。

 

 後は適当に火の酒を一杯あおり、寝床に着く。

 

 意外と疲れていたのか、それ以外の要因か思ったよりも速く眠気は彼を穏やかに包んだ。

 

 

 

 

 

 不思議な感覚であった。

 

 眠くもないのに横になる以外無く、その内に気付いたら少し眠りに誘われていたようで、ふと目を覚ました。

 

 そんな覚醒とも夢への没入とも定かではないふとした意識の開始がその夢の入り口であった。

 

 枕元に女が居た。

 

 尋常の外の緑色の髪を持つ、細長い獣の耳を持つすらりとした肢体の女だ。

 

 美しく、それでいてふと何という地位にない自分の横に居るような平凡な愛嬌もあるような、気安さのある少女のように見えた。

 

 ふいに、その手が自分の頬に触れた。

 

「……」

 

「大丈夫、ね、楽しんで」

 

 その目が怪しげに揺らめいた気がした。

 

 その頃になってようやく自分の体が動かぬ事に気付く。

 

 それだというのに不自然なまでに危機感が働かない。

 

 まるで森人の姉妹と同衾しているかのように、体が逃げを打たない。

 

 枕元の短刀を手に取り一振り、本来容易い動作であるソレが出来ない。

 

 それを不味いと思わないのだ。

 

 やや勝ち誇るような笑みを女が浮かべた。

 

 夢という精神世界は彼女の独壇場であるのだ。

 

 誰であれ、己の見せる夢に抗する事など出来ない。

 

 ギルドの人間が何やら用意した只人であるが、彼女からすれば精気満ちあふれた若人に過ぎない。

 

 後はその心を欲情に喚起させ、精気を吸い取る。

 

 泣き寝入りしやすいところを狙ってギルドのやや年嵩のある重役を狙いに付けたが思わぬ拾いものだ、と舌なめずりをする。

 

 くねり、と夢の世界で、ではあるがその横へ寝そべり、ふぅ、と息を吹きかける。

 

 それだけで男は陶然となるのだ。

 

 

 だが、ここに例外が存在した。

 

 

「……あれ?」

 

「……」

 

 なんとも、手応えがない。

 

 青年の魂になんら揺らぎがないのだ。

 

 不能とされる男とて、自分の能力、種族の異能の前には欲情を来す、そういったモノだ。

 

「え、ちょ、うーん、えっと……うっふん?」

 

 ちょい、とウインクと共に投げキッス、来ている服をはだけたりとちょいちょいアクションを繰り返すももちろん青年の心が動くことはない。

 

 そして、ふと、空恐ろしい想像が脳裏をよぎる。

 

「え、えーと、その、もしかして」

 

 おそるおそる問いかける。

 

 答えてくれるな、むしろ、なんていうか勘違いであってほしいなー、という三下じみた媚びた笑みがついつい浮かぶ。

 

「……」

 

 ──いまいちエロくないっていうか、なんていうか論外っていうか

 

「ひぐっ」

 

 素直な魂から感じられる嘘で覆えぬ感想は彼女にとって最も残酷な論外宣告であった。

 

 これは、彼女が悪いという訳ではない。

 

 平素傍らに居る存在がおよそ美貌という観点において天変地異や神罰の領域(APP22)の猛威である。

 

 それに比べて、泣き寝入り狙いにせせましく単身赴任の男から精気をかすめ取っていた三下の盗賊めいた彼女の手管如き、そよ風にもなるまい。

 

 おおよそ、この四方世界で彼を媚態で以て陥落せしめる存在はそれこそ美の女神でも至難なのだ。

 

 精神世界における上下が決する、というのは夢魔にとって決定的な敗北である。

 

 文字通り、精神、魂の敗北だ。

 

 故に、追い詰められた彼女が走ったのは、彼女によって追い詰められたギルドの男性陣が陥ったような視野狭窄の暴走であった。

 

「かくなる上はっ!?」

 

 ──物理攻撃(直接イかせる)!!

 

 その肉体に触れ、無理矢理に快楽を引きずり出そうとし。

 

 それはそれで、悪手であった。

 

「うきゅっ!?」

 

 夢の中だけでなく現実ででも動こうとした瞬間、夢は解け、自由を取り戻した青年の体は容易く少女の頭に拳骨を落とす。

 

「……ええと」

 

 華奢な少女だ。

 

 容貌こそは多少特異であるが、虫よりの虫人などに比べればまだまだ人型の範疇、むしろちょっと毛並みの変わった獣人です、と言われれば大半の人間は気にもとめないであろう。

 

 そんな少女が拳骨をくらい、めそめそと泣いている。

 

「うぐ、えっぐ、えぇ、っくう」

 

 なんというか、近所の子供を叱ったら大泣きされたような気まずさがある。

 

「…………もう、ここでは止めるんだよ」

 

 彼女の生態上人間から精気を吸い取るのをやめることは難しいのだろうと思ってそれだけを承伏させる。

 

 えぐえぐとえずきながら頷く彼女をベッドに横たえ寝付かせて部屋の外をうかがい、するりと抜け出す。

 

「寝かせておいてください、もう大丈夫だと思います」

 

 さらりと、重役の一人にそう言い捨てて立ち去る青年にギルドの重鎮たちにとって性豪の認識が揺るぎない者となったのは無理からぬことであった。

 

 

 

 

 

 夜が明け、無事に帰ってきた彼にやや機嫌を直した彼女に内心胸を撫で下ろしながら朝食をとっていると依頼が張り出され、冒険者達がめいめいに依頼を取りに行く。

 

 今日は休みだ、と心に決めていた青年達は動くそぶりもなく、軽く飲もうかと酒を注文する。

 

 そうしてやや自堕落にいつもの如く両手に花ですごしているとギィ、と冒険者ギルドの扉が開いた。

 

 ひょこり、と顔を出した緑髪の少女に飲みかけの酒を吹きそうになりつつも、素知らぬ顔で目を合わせぬように食事を取る。

 

 少女の出で立ちは狩人姿に軽めのクロスボウを一つだけ、という猟師の娘が田舎から出てきました、といった風情である。

 

 少女はとことこと受付へ行き、いくつか話して書類を記入し白磁の身分証を手に入れる。

 

 そしてひとまわし辺りを見回し、自分を見つけてぱたぱたと犬のように寄ってくる。

 

「旦那旦那! 昨日はありがとうございました!」

 

 まだマシだった機嫌の彼女がざわりと殺気立つのを感じ、ごくりと唾を飲んで静かに杯を下ろす。

 

 ──慎重にしなければ、死ぬ

 

 それだけは、分かった。

 

「え、ええと」

 

 横を見る勇気は、彼にはなかった。

 

「おかげさまでお咎め無し、まぁ大事になっちゃ、ってモンなんでしょうが、でもそれもこれも旦那のとりなしあってこそ、と」

 

 テヘペロ! とぬけぬけと三下臭を隠すこともなく語る少女に、急転直下で不穏な空気になる両サイド。

 

 青年は、いっそここに隕石の一つでも落ちてくれないものか、と痛切に願った。

 

「そ・れ・で」 

 

 にんまり、とした笑み。

 

「"獣人の盗賊"として冒険者やろうと思うんで手が要るようでしたらお声かけ下さい」

 

 そして、すすす、と声を潜め、艶やかな色を添える。

 

「いつか、ちゃんと魅了してみせますからね」

 

 その言葉に火球が弾けるように弓を構えだした彼女をなんとか取り押さえようとしているうちに三下盗賊は姿を消した。

 

 いまいち主役格には成り上がれそうのない少女が、冒険者ギルドに一人増えた。

 

 ただそれだけの、なんと言うことのない結末であった。

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