アンダーバーは国民たちが集まってくる直前に城へと戻ってきていた。
衣装についた木の葉や乾いた土を払いながら、門兵が慌てて開ける城門をぼんやり眺めていた。
何かをブツブツと呟いている様子だが、それはアンダーバー自身が聞き取れないほど小さなもので、なにか意味を持って呟いているとは思えない。
城門に人一人が通り抜けられる間隔が開くのを確認したアンダーバーは口を真一文字に結びなおした。
少し長めの瞬きを残し、城の敷地内へとその身を滑らせた。白いマントが目に眩しく、門兵は思わずその残像を追った。
城門が再び閉じられていくのを背中で聞きながら、アンダーバーは自身の城を見上げた。
昨日まで賑わっていた城も、国も、悉く静まり返り、そっと王の機嫌を伺っているようだった。
「おかえりなさいませ、だば。」
城内へと入ると、パンダーバーが跪いて待ち構えていた。
アンダーバーは一瞥もくれずその前を通り過ぎる。パンダーバーが慌てて追いかけてくるのを感じながら、アンダーバーは昨夜パンダーバーを迎え入れた部屋に入った。
そう多くはない階段を上って燭台に無理矢理はめ込まれていた宝石を力任せに取り外した。
衝撃に耐え切れずにヒビの入った宝石を予備動作なく階段の下で跪いているパンダーバーへと放り投げる。
思わぬ行動にパンダーバーは慌てふためき宝石の欠片が宙を瞬くことに目をくれる余裕もなく、なんとかその宝石を両腕で抱え込んだ。
「あげる。」
感情のこもることのない声でそれだけ言うとアンダーバーは王のみが座ることの許される玉座に深く腰掛け、「そういえば、」と言葉を続けた。
「パンダバ、ピューロランドへの扉はもう開かないよ。」
アンダーバーが事もなげに言い捨てたその言葉に奥底から誰かが泣き叫ぶ声が聞こえた気がして、パンダーバーの体は硬直した。
体の中に響く悲鳴から目を背けて宝石に映り込む自分の顔を覗き込むと、念願の宝石が手中にあるというのに喜びを感じていないことを知った。
眩暈に似た感覚におそわれ、堅く目を閉じる様子をアンダーバーは静かに見下ろし、パンダーバーの荒い呼吸音だけが空間に響いた。
「王様、失礼致します。」
緊張した面持ちの家来ダーバー1号の声が張り詰めた空間に入り込んできた。
アンダーバーは視線だけ送って先を促すと、家来ダーバーはその場で跪いて頭を垂れる。
「国民たちが、城の前で騒いでおります。」
「……ふぅん。」
アンダーバーは全く興味を示していないようだったか、家来ダーバーの言う通り、城の前には徐々に国民たちが集まり始め、城内の召使たちもざわつき始めていることは事実ではあった。
「……どうか、鎮めてくださいませんか。」
家来ダーバーたちはキティたちが自分たちと同じ結論に達し、国民を集めたのであろうと察していた。
そして、その国民たちの前にアンダーバーを差し出すのは城内にいる自分たちの役目であろうことも。
もちろん打ち合わせなどしていない、しかし、舞い込んできたチャンスに縋りたかった。
アンダーバーは家来ダーバーを暫く見下ろしてから大きく舌打ちをし、重い腰を上げた。
苛立ちを隠そうともしないアンダーバーに身を震わせるながらも、パンダーバーはまたしてもその背中を追った。
アンダーバーは跪いて見送ろうとする家来ダーバーの肩を強く掴み「地下牢、大至急。」とだけ呟いて手を離した。
掌の熱い温度を感じた肩を起点にして家来ダーバーの全身に鳥肌が立つ。
冷や汗が吹き出るのを感じながら家来ダーバーはアンダーバーを見送った。
家来ダーバーの視線を背中に受けながら、アンダーバーは上階へと向かうらしい。
怯えた様子のメイドにすれ違いざま「門を開けろ。」と言った以外は何も言わず、何も顧みず、暗い螺旋階段を上っていく。
後ろをついてくるパンダーバーが過呼吸かと思われるほど息を乱しているのに対し、アンダーバーは平地を歩き続けているかのように平然と上っていった。
百段を遥かに超える階段を上りきり、最上階へとたどり着いたアンダーバーはまだ数段下で息を上げながら階段を上ってくるパンダーバーを気にすることもなく、目の前の扉を開け放った。
開け放った先はバルコニーになっており、雲一つ無い青空が広がっているのが見える。
「いい天気だね。」
卑しいほど眩しい太陽の光にアンダーバーは顔を顰めながら、事もなげに呟いてみせた。