目を赤く腫らした新人家来ダーバーの肩を抱きながら、キティは木の影に蹲るパンダーバーと真っ直ぐ目を合わせた。
「ねぇ、パンダバ。本当に催眠術を解くことは出来ないの…?」
「出来ないだば。」
視線を逸らしながら即答するパンダーバーに、見守るしか出来ない新人家来ダーバーは眉を八の字にした。
「でも、能力100倍の催眠術を自分にかけたじゃない!きっと出来るわ!」
キティはそれでもパンダーバーに語りかけ、励まそうとするが、パンダーバーは頭を抱えて首を何度も横に振った。
「無理だば。ステッキがないと能力はゼロだば。ゼロにどれだけ掛けても、ゼロはゼロだば!!」
パンダーバーの悲痛な叫びが暗いジャングルの中に響く。
自信を喪失し、パンダーバーという意思さえも絶望に侵食され始めていた。
語気を荒げて震えをなんとか誤魔化そうとするパンダーバーの背中にキティの温かい手が重なった。
「しっかりして、パンダバ!こうなったら、あなたにも協力してもらうんだから!」
「私も…!まだショックは大きいけど……でも、王様を元に戻さなきゃ!だって、私……新人でも、家来ダーバーだもの!」
闇を必死で照らそうとするキティの光が伝線したのか、新人家来ダーバーは自分に言い聞かせるように強い決意を口にした。
そんな2人に、パンダーバーも触発されたのか、グッと両手の拳を握った。
「……闇の世界の支配者は私だば!アンダーバーなんかに譲ってたまるかだば!」
「闇の世界はいらないの!」
「でも、元気が出て良かった!」
絶望に染まり始めていた3人の表情からキティを起点にしてほんの僅かな希望が徐々に滲み出てきているようだった。
しかし、アンダーバーランドは寧ろ勢いを増して暗闇が光を喰らい始めている。
アンダーバーランドに来て間もない3人はその異様な雰囲気に気付くことができなかった。
キティは陰りを増した空を見て、ピンクの腕時計を確認した。
まだ夜と呼ぶには早いが、確かに日が暮れ始めてもおかしくない時間ではあった。
「もう夜になっちゃうわ…1度、みんなでピューロランドへ帰らない?」
「みんなで?」
「私もだば?」
「うん、だって、寝るところもないじゃない」
「確かに…」
「私の家に泊めてあげる!」
「本当?ありがとう!じゃあ、出口まで案内するね!」
キティの提案に乗った新人家来ダーバーが先陣を切って3人でアンダーバーランドの出口へと向かう。
笑顔を絶やさないキティは、来た時と同じ道を歩いていると分かっているのに、どうしても同じ道には思えなかった。
来る時はダニエルと2人でどんな場所だろう、アンダーバーは元気かな、楽しくいろんな話をしながら歩いてきたのに、3人に増えた同じ道では誰も口を開こうとしない。
新人家来ダーバーとパンダーバーに見つからないよう、キティはアンダーバーからもらった腕時計をそっと撫でた。
「ここ……の、筈なんだけど。」
歯切れの悪い新人家来ダーバーの言葉にキティとパンダーバーは顔を上げ、目の前にある仮面と同じ笑顔が装飾として施されている重厚な扉を見上げた。
「確かにこの扉だったわ。早く行きましょう?」
「何で開けないだば?」
「……これ、自動ドアなの」
新人家来ダーバーは扉の前で跳んだり跳ねたり、両手を振ってみたりするが扉は反応しない。
「故障だば?」
パンダーバーの問いかけに新人家来ダーバーは首を傾げ、扉を見つめていると、笑顔のあたりに隠されているスピーカーが震えた。
「笑ってー!」
機械がかってじゃいるが聞き慣れたアンダーバーの声が響く。その言葉は今の3人にとって1番虚しい言葉であった。
「笑えって…」
「いいから通すだば!!」
パンダーバーが扉を強く叩いてみるが、ビクともしない。
「笑ってー!」
機械らしく同じ言葉を叫ぶアンダーバーの声にまたしても新人家来ダーバーの瞳が濡れ始めた。
「どうして…その声で、そんなこと…言わないでください…王様…!」
崩れ落ちそうになるのをなんとか耐えている新人家来ダーバーの傍らで、キティは新人家来ダーバーを気にかけながらも、顎に手を当てながら神妙な面持ちで口を開いた。
「ねぇ…もしかして、アンダーバーが言ってたのって、こういうことなのかしら…?」
「何のことだば?」
不明瞭なキティの呟きにパンダーバーは少々の苛立ちを含みながら問い質した。
「私たちが来た時、『笑顔になるまで帰さないぞ~!』って言ってたの。それで…」
「……あ。」
キティの言葉で新人家来ダーバーは家来ダーバー1号2号から聞いた話を思い出した。
「そういえば、パイセンたちから聞いたんだけど…笑顔探知機がこの扉にはあるの。
笑顔じゃないと作動するらしくって…でも、ここに来た人たちは笑顔にならない人がいなかったから、殆ど作動してない…って…」
「きっとそれよ!」
原因が判明し、少し嬉しそうに顔を見合わせた二人の間に割って入るようにパンダーバーが冷めた声を発した。
「こんな状況で笑えないだば。」
パンダーバーの言葉に2人は何も言うことが出来なかった。涙目の新人家来ダーバー、しかめっ面のパンダーバー、そしてキティでさえも心からの笑顔を浮かべられない。
「笑ってー!」
絶望を与えたアンダーバーの声が、今度は希望を催促してくる。
3人は扉の前で立ち竦むことしか出来なかった。
、