人影が見えなくなったバルコニーを見上げながら、新人家来ダーバーは小さな声でアンダーバーを呼んだ。
優しくて、いつも笑顔で、家臣にまで気を配り、国民に夢と希望を与える、そんなアンダーバーが恋しくて仕方なくて、その名を何度も呼んだ。
今までキティやパンダバに向かいそうになっていた黒い感情が歪にまとまって、暗い瞳を持つ彼に向かう。
口から飛び出そうになる恐怖と憎悪を奥歯で噛み砕き、唾と一緒に飲み込んで腹の底に溜めた。
自分の感情に体中をかき混ぜられるようで、強く目を瞑ると、数日前の何でもない王様や先輩である家来ダーバーたちとのやり取りが映った。
その眩しさに目が眩んで足下がふらついたのを支えるキティの真白の腕も震えている。
キティの心の中には今まで感じたことのない感情が生まれそうになっていた。
キティの中の何かが得体の知れない感情に無理矢理フタをして、冷汗をかいてそれを抑えながら笑顔を浮かべた。その笑顔は今までのものとは明らかに違っていた。
しかし、新人家来ダーバーはその違いに気付けないまま、キティの腕に縋った。
「これから、どうすればいいの……?」
新人家来ダーバーは独り言のように呟き、心の隅でキティからの希望の言葉を期待した。
それに対してキティは何も言えず、新人家来ダーバーの背中を弱弱しく撫でることしか出来ない。
太陽を隠してしまった空を見つめ、さらなる不安で押しつぶされそうになった。
そこにいる誰もがこれから先への想像を停止させていた。
たった今見せつけられた現実が、まるで劇のように現実味がないと、受け入れることを拒否していた。
事情も知らずただ叫んでいた国民は、周りに小声で話し掛ける。
少しだけ聞き及んでいる一部の国民が自身の想像を織り交ぜて話してみせた。
そして、大衆の中にまぎれていた門兵がポツリと、誰のせいだと呟いた。
国民たちのざわめきが二人に刺さる。
アンダーバーの影を探すように新人家来ダーバーが上を見上げると、ゆらりと黒い影が立ち上がった。
「パンダーバー。」
新人家来ダーバーは冷気を含む自分の声に鳥肌を立てた。
縋ったキティの腕も震えていることにやっと気付いて、パンダバを見つめるキティの横顔を見つめた。
多くの視線に刺されたパンダバの体が震える。
後ずさりすると長いマントを踏みつけて転び、またしても下からは姿が見えなくなってしまった。
パンダバはそこで初めて黒のマントに気付いたかのように、震える手でそれを外した。
肩にのしかかっていた重いものが少し取れた気がして、パンダバは恐る恐る柵格子の隙間から国民たちを見下ろした。
パンダバは、闇に呑まれてパンダーバーに意識を支配されながらも、その目で見たものは全て覚えていた。
国民たちの声によって苦しみながら消え去ったパンダーバーの声。傍らにある無造作に放り投げられた輝く宝石。クシャクシャになった黒いマント。アンダーバーの熱を持たない瞳。
それら全てを、覚えていた。
そして、国民たちの様子からアンダーバーが元に戻っていないことさえも察した。
どうしたら許してもらえるのか分からず、パンダバはバルコニーから顔を出すことが出来ずに震えることしかできなかった。
「パンダバ!!」
澄んだキティの声にパンダバは目を見開いた。
柵の隙間から心配そうにこちらを見上げる友達を見つけると、それだけでパンダバの涙腺は弛んだ。
「キティ……」
救いを求めるようにパンダバは呟き、柵を支えにしながらゆっくりと立ち上がった。
涙目のパンダバを見つめるキティは闇から解放されたことを確信し、嬉しそうに顔を綻ばせた。
その笑顔を見たパンダバは疲労を訴える足に鞭打ち、上ってきた長い螺旋階段を駆け下りて行った。
キティの後ろに隠れるようにいた新人家来ダーバーはキティの腕から離れ、またもう一歩後ろへと下がった。