閉じた扉の鍵が絞められることはなく、アンダーバーはそこで立ち竦んでいた。
胸の内がどうしても落ち着かない。
海に呑み込まれたように視界が揺れる。
目を伏せれば海が溢れ出て頬を伝っていきそうだ。
喉からせり上がってくる鳴き声を抑え込むと、喉仏を潰そうとする。どれだけ目を逸らそうとも何かが暴れ回っている。
自分で突き放した誰かが、自分を訪ねて扉を叩いてくれたなら。
鍵が締まっていないことに気付いて、そのまま扉を開けてくれたなら。
「……今更、」
傲慢な希望を自らの声で一蹴し、アンダーバーは一歩一歩、後ろ足に扉から遠ざかって行く。
広いエントランスの真ん中で座り込んで膝を抱えると、この世で自分一人だけの気がした。
そんな今なら、何を言ってもいいような気がした。
「…………ごめんね。」
抱えた膝に額をつけて目を閉じれば、今までずっと心の中で呟き続けていた言葉がポロポロと転がり落ちていく。
「ごめん。」
脳裏をめぐる笑顔と涙がアンダーバーの息を詰まらせた。
瞼の裏の暗闇の中で自身の謝罪の言葉が聞こえる度に、否定の言葉が浮かんでくる。
アンダーバーは確かに催眠術にはかかっていた。それでも、意識の奥の奥の方では確かに自分の意思を感じていた。
闇に支配されて、大好きな人たちが自分のせいで傷ついていく有様を、その様子を、ずっと眺めさせられていた。
そして、催眠術が完全に解けた時、アンダーバーを支配した闇は、自分自身の中にあったものが膨張しただけのものだと気づいてしまった。
今更何を言っても何をしても許されないと自身を責めながらも、謝罪の言葉は止まらなかった。
「ごめんね、ごめん。許してくれなんて、言えない……けど、ごめん……」
ノックの音が聞こえないことが怖くて、アンダーバーは耳を塞いだ。
誰かに嘲笑われたいと思うほどに、頭の中に自分の情けない声が響き渡る。
「ごめん。」
言葉は空気に溶け込まず、大気を震わせたはずだったが、さらに大きな音がそれを打ち消した。
それはアンダーバーの両手を突き抜けて、大きく響いた音は扉を開く音だった。重なるように聞き覚えのある声も聞こえてきた。
身構えるより先に暗がるアンダーバーの視界がさらに暗くなった。
震えていたのは寒さのせいではないが、温かいと感じたのは久々な気がした。
「王様、アンダーバー様。」
その声は息を切らしていて、少し遠い。
自分を包んでいるのは声の主ではないらしい。
「お待たせいたしました、アンダーバー様。
……掌の傷は、手当てしましたか?」
微動だにしないアンダーバーに語りかけたことは新人家来ダーバーが今までずっと気になっていたことだった。
新人家来ダーバーは迷いのない足取りでアンダーバーにゆっくりと近づいて、傍らに跪いた。
「王様、私たちのことは気にかけてくれるのに、自分のこととなると無頓着じゃないですか。
……ご飯も、食べましたか?ちゃんと寝ましたか?」
無理に顔を覗き込もうとはせず、そのままの体勢でアンダーバーを気遣う言葉は本心だった。
それがアンダーバーにも痛いほど伝わって、肩が震える。
緩んだ両手と耳の隙間に滑り込むようにまた別の扉の開く音も聞こえてきた。
不規則な足音を鳴らす家来ダーバーたちの足は、きっとふらついている。
「王様……ああ、よかった。1人じゃなかったんですね。」
心底安心した声音の家来ダーバーに今すぐにでも駆けつけて肩を貸してやりたいのに、アンダーバーは蹲ったまま動けない。
固く閉じている瞼の裏までも海に溺れていく。
耐えきれず零れ出てくる水滴はアンダーバーの膝を濡らしていく。
パンダバは遠慮がちにアンダーバーに近づき、膝をついてアンダーバーを見つめて口を開いた。
「パンダーバーは、もう居なくなってるダバ。だから…その…安心してほしいダバ。」
ふらつく家来ダーバーたちはダニエルに支えられながらアンダーバーのすぐ側に座り込んだ。
自らも乱れる息を整えながら、王様の背中をさすり、ダニエルはその横でアンダーバーの肩に手を置いた。
「ぼく、まだ君とは友達だと思ってるんだよ。」
キティのアンダーバーを抱きしめる力が少し強くなる。
身を任せた訳では無いが、それに対する拒否はなかった。
「アンダーバー、あなたが大好きよ。」
アンダーバーの傍に身を寄せあって、ずっと伝えたかった本心を各々が告げていった。
腕の中でアンダーバーの緊張が解けていっているのを感じたキティは、少しだけ体を離してアンダーバーの頬を両手で包み、顔を上げさせた。
抵抗なく顔を上げたアンダーバーの瞳を覗くと、そこに闇は見つけられない。
ただただ、涙が零れ落ちていく。
「……ごめんね。」
一人ひとりの顔を見ながら、アンダーバーは呟いた。
その言葉はしっかりとその場にいる全員に届いていた。
「本当にごめん。」
涙に濡れた声に新人家来ダーバーは涙ぐみながら何度も首を横に振った。
「もう、もういいんです、王様、誰も悪くありません。誰も悪くないんです…!」
声を上げる新人家来ダーバーの頭を、アンダーバーは恐る恐る撫でた。
「新人家来ダーバー、大変な思いをさせたね。」
夢で聞いた声よりも何倍も柔らかくて優しい声に、新人家来ダーバーはたまらず声をあげて泣いた。
アンダーバーは顔を上げ、改めて全員の顔を見つめ、そして微笑んだ。
「……ありがとう。」
その言葉を皮切りにそこにいる全員がアンダーバーに飛びついた。
前後左右から抱きしめられたアンダーバーは心臓の奥の方からじんわりと温もりが広がっていくのを感じた。
「ただいま。」
「おかえりなさい!」
抱き締められながら声を揃えて言われた歓迎の言葉に、アンダーバーの口角も自然と上がった。
「僕も、みんなが大好きだ。」
開け放たれた城の扉から差し込む眩い光が、アンダーバーの温かな笑顔を照らした。
happy end
ありがとうございました。 ぱそだ