日が暮れ始め、アンダーバーランドはますます不気味な闇に包まれ始めていた。もう笑顔探知機は動いていないらしく、アンダーバーの声は聞こえない。
しかし、3人の頭の中には「笑って」というそのたった一言がぐるぐると巡り続けていた。
「笑えない?」
頭の中で反響していた声と全く同じものが鼓膜を揺らし、3人が一斉に振り返る。
振り返ったその先には腕を組みながら木にもたれかかるアンダーバーの姿があった。
「王様…!」
「どうしてここに!?」
焦りを含む新人家来ダーバーとキティの声とは対照的にアンダーバーはゆっくりと木から体を離した。
「新人家来ダーバーにはまだ教えてなかったっけ。」
アンダーバーは懐から小さな端末を取り出した。その先端では赤いランプが点滅し、なにかを必死に知らせている。
「笑顔探知機が作動すると、僕に知らせが来るんだ。王自ら笑わせに行くことになってる。
何でそんなことしてたんだろうね。何の意味があったんだろう。」
手袋を外した右手で端末を弄りながら話すアンダーバーの視線は1度も新人家来ダーバーたちの方を向いていない。
いつの間にかランプが消えた端末をもう一度懐にしまったアンダーバーは伏し目がちで、表情も感情も読み取れない。
「笑顔にした人々は、きっとあなたに感謝しているはずです…!」
アンダーバーの言葉に憤りを感じた新人家来ダーバーが思わず1歩踏み出しながら訴えると、一瞬だけアンダーバーと新人家来ダーバーの視線がかち合った。
「え…?」
一瞬見えたアンダーバーの瞳が赤く充血していた気がして、新人家来ダーバーは思わず戸惑いの声をあげてしまった。
「馬鹿馬鹿しい。」
そんな新人家来ダーバーの言葉も戸惑いも一蹴してしまうほど、明らかな蔑みが含まれた声音でアンダーバーは吐き捨てた。
「そんな曖昧なものに縋ってるからこんなことになったって分からないの?
ほら、ちゃんと見て。」
アンダーバーが人差し指で3人の視線を誘導した先には、まるで底なし沼が浮かんでいるかのような空が広がっていた。
これが自身の闇だと言わんばかりに、アンダーバーは白い衣装に身を包みながら黒い空を背負うように3人を見下す。
新人家来ダーバーは得体の知れない寒気に襲われ、自身の体を抱きしめた。
キティはそんな新人家来ダーバーに寄り添い、パンダーバーは思わずキティの服を掴んだ。
「ピューロランドに帰らせてあげてもいいよ。ただし、」
「は、早く開けるだば!」
思わぬ提案に真っ先にアンダーバーが言い終わる前に今まで黙っていたパンダーバーが食いついた。
そんなパンダーバーにアンダーバーは掌を見せた。
その奥にある瞳は冷酷という表現以外思いつかないほどの冷たさを携えていた。
「最後まで聞けよ。」
アンダーバーの声にパンダーバーは冷水を浴びせられたように表情が固まり、キティを盾にして1歩後ろに下がった。
「……ただし。二度とここには戻って来られない。いいね?」
新人家来ダーバーは今すぐにでもこの場から逃げてしまいたい衝動に駆られながらも、一瞬見えたアンダーバーの瞳が足をその場に留めた。
「それで、王様はどうなさるんですか…?」
新人家来ダーバーは自分でも思いも寄らない言葉が出てきたと感じた。
アンダーバーはこちらを見ないし、答えもしないが、新人家来ダーバーの口は止まらない。
「これから、この星を恐怖と絶望で支配して…こんな暗い世界で、お1人で過ごすんですか?
パイセンたちと国民たちに囲まれて、あんなに楽しかったのに…そんな、寂しい日々をお過ごしになぐっ…!」
言い終わる前に新人家来ダーバーの口はアンダーバーの右手によって塞がれた。
キティの自分を心配する声が聞こえるが、新人家来ダーバーは僅かな血の匂いが鼻をついて、場違いにもアンダーバーの手の怪我が気になった。
「新参者が分かったような口をきくな。」
睨みをきかせるアンダーバーの目元はやはり赤く腫れていた。
新人家来ダーバーはそのまま投げ飛ばされながらも、王様の中にはまだ王様の意思が残っているのだと確信した。
「王様…!どうか、戻ってきてください…」
またしてもアンダーバーによって地面に伏せさせられた新人家来ダーバーは、駆けつけたキティに支えられながら、アンダーバーを見つめた。
アンダーバーもその赤く腫れた目元をもう隠すこともなくで新人家来ダーバーを見つめるが、何も言わない。
「アンダーバー!友達として、きっとあなたを助けるわ。」
キティも新人家来ダーバーを支えながらアンダーバーを真っ直ぐ見つめながら語りかけた。
その傍らで、パンダーバーだけはアンダーバーを見ることが出来なかった。
「友達、笑顔、希望、夢。」
アンダーバーは淡々とした口調で新人家来ダーバーとキティが闇に侵食され始めた世界で度々支えにしてきた言葉を指折り数えながら呟いた。
「全部、僕が与えてあげたものだね。」
「そ、そうです!王様が私どもに…」
新人家来ダーバーが未だに地面に座り込んだまま身を乗り出してアンダーバーに答えたが、アンダーバーの瞳を見て言葉を詰まらせてしまった。
その瞳はどこまでも暗く、明らかな軽蔑を孕んで2人を見下していた。
「ねぇ、自分たちでも烏滸がましいと思わないの?」
アンダーバーがそう言うと、ピューロランドへと続く扉がゆっくりと開いた。
「この星は僕のために存在しているんだ。君たちなんか、いらない。」
扉の向こうからは目が眩むほどの光が溢れ出してくる。このままピューロランドへ帰ってしまえば、いつもの希望溢れる世界で過ごしていける。
「さあ、どうぞ。」
交わった視線を逸らしたのはアンダーバーの方だった。
無表情のまま舌打ちをこぼしたアンダーバーは純白の衣装を風になびかせ、その場を去ってしまった。新人家来ダーバーとキティは闇に溶けていく白い背中をいつまでも見つめていた。