海ゆかば 水漬く屍
山ゆかば 草生す屍
大君の辺にこそ死なめ
かえりみはせじ
そこには《水漬く屍》があった。
半ば海上に半身を乗り出した屍である。
その屍もかつて御国の盾たらんと果敢に戦った戦士だったのだが…
今は深い眠りの中にある。
静かな夜だった。
寄せては引く、優しい潮の音だけが聞こえてくる。
晴れ渡る夜空には満点の星屑、
ぼんやりと霞んだ白い川を描きあげる。
《Milkyway》とはよく言ったものだ。
『……けて』
それは何処から聞こえきたのだろうか?
小さく、
途切れ途切れな…
『助けて…
わた…の……な、…を、……て』
『お願…、だ…か、私の大切な……守って』
屍は青白く輝いた。
どこからなのか?
誰からなのか?
解らない謎の声に、
屍の中で眠っていた御霊が答えた。
『解った、今、行こう』
屍が放っていた光は収束、
光線となって放たれた。
青白く輝く御霊は、
遥かMilkywayの彼方へと消えていった。
……………………………
1942年5月4日、
世界情勢は混迷を極めていた。
人類は、怪異《ネウロイ》から大規模な攻勢を受け、欧州各国がその凶暴で圧倒的な力の前に蹂躙を許し、並居る列強が国土を失う憂き目に遭っていた。
第二次ネウロイ大戦の勃発である。
前年に実施されたバルバロッサ作戦、タイフーン作戦では一定の成果を得て、現在は反撃の中核となるべき虎の子の戦闘部隊、
《統合戦闘航空団》の組織化が進められている。
正に一進一退の攻防が続いていたのだ。
しかし、
そんな不安定な世界情勢など嘘のような朝。
極東の海洋国家《扶桑皇国》はまだネウロイ脅威に晒されていない。
扶桑海は透き通るような蒼空の色を反映した紺碧色で、
今日も平和な春の海であった。
天候は晴朗、波は穏やか。
飛翔する二機のストライカーユニットはレシプロ飛行機の風を切る音にも良く似た緩い爆音を立てながら、優雅に海上を飛行していた。
ストライカーユニットとはウィッチ(魔女)の魔法力を原動力として起動する機械装置である。
対ネウロイ用の装備で、この二機は飛行型のユニット。
それも水上離着陸を前提としたフロート付きの哨戒機であった。
「ふあぁ~…」
「コラ、任務中!」
窘めた方、
潮風に長いストレートの黒髪を靡かせる紺色のセーラー服姿のウィッチ、
欠伸をしていた方、
美幸より明るい茶色のクルリとした癖毛で、白いセーラー服姿のウィッチ、美幸の妹
「でもさー、扶桑周辺にはまだネウロイいないじゃん」
「そうでもないよ、五年前には飛行型怪異が現れて、舞鶴上空でも激戦になったんだから」
「北郷先生や、若本徹子先輩や、坂本美緒先輩が出撃して、全部やっつけちゃったんでしょ」
「うん、扶桑海事変て呼ばれてる事件ね、だから油断は禁物よ」
「美幸ちゃんはその時…」
と言いかけて、慌てて口を押さえる。
案の定、美幸は唇を尖らせ眉間に皺が寄せ、不機嫌な表情でこちらを睨んでいた。
「どうせ私は…」
思わず苦笑い、
器用にユニットを操ってクルリと横転しながら、拗ねてしまった美幸の周りを飛び回った。
ちなみに若本徹子と坂本美緒は、
森美幸と同期生であり、
欧遣艦隊リバウ航空隊に選出され激戦地の欧州へと派遣された。
扶桑海軍でも屈指のエースに成長していたりする。
「そろそろ定時連絡の時間ね、夕月」
「ハーイ」
固有魔法を発現した時の特性で瞳が赤く変色する。
ホバリングしながら、周囲を隈なく凝視した。
固有魔法『遠距離視』、別名『千里眼』。
常人の数十倍の視力を発揮して広範囲を見通すことが出来る、哨戒任務には打ってつけの魔法。
捜索範囲だけで言えば上位魔法の《魔眼》にも匹敵する。
「う~ん、水平線。どこまでもー
すい、へー、せーん」
「真面目にやりなさいよ!」
「テヘッ」
ウインク、舌チロ、猫の手でおちゃらけてみせる夕月。
もう力が抜けて怒る気にもなれず、おバカと小さく漏らすだけ。
「とにかく異常無し?」
「もうちょっと待ってね」
見落としが無いように、しっかりと見て回ると…
海上を泳ぐ黒いものが見えた。
(鰭がある、けっこう大きい、鯨かな?)
少し気になってジッと注目していると、気がついてしまった。
「鯨…じゃない、大きい、大き過ぎる、100メートル以上ある!」
「どうしたの?」
黒いそれが動きを止めて…
不気味な、
赤黒く光る一つ目を、
夕月に向けてきた。
「ヒィッ!」
「夕月?」
ゆっくりと震えながら、
血の気が引いた青い顔で、
「美幸ちゃん、もしかして夕月、ネウロイ見つけちゃったかも…」
森美幸
年齢 16歳
階級 一等飛行兵曹(曹長)
固有魔法 ………
使い魔 フソウカワウソ
ユニット 零式水上偵察脚
森夕月
年齢 14歳
階級 二等飛行兵曹(軍曹)
固有魔法 千里眼
使い魔 カワセミ
ユニット 零式水上偵察脚