智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第十話 魔神フラウロス Ⅰ

『ここらが潮時か』

 

『え?』

 

 連合ローマ帝国の首都に聳え立つ王城。敵の首魁たる神祖ロムルスを追い求めて敵を蹴散らしながら進んで行く最中で、不意にセイバーオルタが小声で洩らした。その声音は硬い。普段の何処か気怠いような調子は鳴りを潜め、これより先に起きる何かを案じているかのようである。

 

「潮時? それはいったい何が?」

 

『分からぬか? これより先に我らが本来標的と定めた者がいる。おそらくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『それは……穏やかではないわね』

 

 セイバーオルタが見渡す先に居るのは、立香にマシュ、アンデルセンにマルタ、そして荊軻に皇帝ネロの六人である。これに騎士王自身も含めれば戦力としてはむしろ過剰すぎる程であり、それだけに先の彼女の発言が不気味であった。

 これだけの戦力をもってしてなお勝てる事のない相手が潜んでいる。つまりこれの意味するところは――

 

「いよいよ私の出番という訳ですね」

 

『そうだ』

 

 椅子に座っていたマーキダがすぐに立ち上がる。彼女の言葉にセイバーオルタが短く肯定を示し、そして再び戦闘に戻って行った。どうやらマーキダを待つつもりは毛頭無いらしく、これまでと何ら変わらぬ速度で行軍を続けている。

 逆に言えば、神祖ロムルスがその相手ではないという事なのだろう。

 

「ドクター、レイシフトの準備をお願いします。サーヴァントとしての本懐を遂げに行きましょう」

 

「了承した。ただし戦闘中の立香君たちの座標に直接送るのは危険だから、少し離れたところに転送する。多少の戦闘行為が予想されるが大丈夫だね?」

 

「勿論。そう簡単にシバの女王は倒れませんよ」

 

 不敵に笑い、剣を帯びて禁書を抱えた幻想女王が中央管制室の出口に向かう。何一つ気負う事のないその背中は堂々としていて、これより先に死地に向かうとは到底思えない気楽さだ。もしこの後で帰ってくる気が無いとしても、どことなく信じられるほどに。

 ――いいや、彼女は帰ってこなかった。もはやその時の顛末は覚えていなくても、胸に残った()()()()だけは覚えている。

 

 故にロマンは、思わずその背中に一言かけてしまっていた。

 

「ちゃんと皆と一緒に戻ってくるんだよ。帰って来るまでがボクらのグランドオーダーだからね」

 

「分かっていますよ。ふふ、なんですかその言い回しは、まるで子供のようですね」

 

 明るく笑って、マーキダは管制室から出て行った。

 

 ◇

 

 レイシフトの感覚はマーキダにとっては二度目だが、何度体験しても慣れることは無いのではないか思う。そんな不思議な感覚と共に、彼女はローマの地に降り立った。

 そこは戦争の渦中だ。目の前には立香たちが先行しているであろう王城が立っており、その周囲では熱に浮かされたかのような民衆や兵士たちがローマ軍と戦闘を行っている。

 

「ふむ、この先ですか」

 

 呟き、抜刀した。『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』を小脇に抱えたまま、敵がひしめく前方へと向かいドレスを翻して軽やかに一歩を踏み出す。戦争の中においてその優雅な足取りは嫌でも目立つ。唐突に現れた謎の女に周囲の連合ローマ帝国軍兵士は即座に反応し、敵対者を打ち倒すべく徒党を組んで襲い掛かって来た。

 それを、マーキダは事もなげに迎撃する。抜いた剣で相手の剣を弾き飛ばし、流れるように『智慧と王冠の大禁書』より発せられる光弾が意識を刈り取る。勢いのままに剣を振るえば、それだけで連合ローマ帝国の兵達は吹き飛ばされて、残った者も怯えたように後ずさった。

 

「怪我をしたくなければおとなしく下がる事です」

 

 その言葉が切っ掛けとなり、いよいよ彼女の周囲からは敵影が消え去った。そうして一直線に空いた王城への道を今度は優雅さの欠片もなく全力で走り抜けると、一路立香たちが辿った道をトレースして追いすがる。

 

『マーキダ、聞こえてるかい!?』

 

「そんな大声でなくとも聞こえてますよドクター! 向こうの様子はどうですか?」

 

『あっちは神祖ロムルスとの戦闘に入った。君の足ならばおそらく五分もあれば到着できるだろう。それだけあれば向こうも決着は着いている可能性は高いが、一応意識はしといてくれ』

 

「分かりました。こちらの敵性反応はどうですか?」

 

『数えるのも億劫なくらいたくさん来てるよ。だけどまあ、どれも君の敵じゃないさ』

 

 その言葉にマーキダの口元に再び笑みが浮かんだ。それと同時に道を塞ぐかのように兵士とゴーレムが出現し、武器を振り上げ身構えた。その数、およそ十はくだらない。

 だがそんな物はなんの障害にもならぬとばかりにマーキダの背中と足から一気に魔力が放出され、弾丸のように突貫する。真正面から受け止めようと立ちはだかったゴーレムは一刀の下に切り伏せられ、その背後のゴーレムごと粉砕された。兵士たちはもはや『魔力放出』の余波だけで藁のように飛ばされて、彼女の敵となることは叶わない。

 

「やあっ――!」

 

 走る、走る、斬る、駆け抜ける、吹き飛ばし走り、徹底的に蹂躙する。ひたすら突き進むその様はとてもキャスターらしくなく、同時に人型の災害を思わせる怒涛の勢いだ。一秒たりとも一歩だろうと速度を緩めることなく、風のように王城内を突き進む。

 そうして最奥の部屋、カルデアの面々が居るであろう部屋までやって来たのは、ドクターの予想通り五分が経過した時の事だった。

 

 部屋に突入しまず目に入るのは、戦闘の余波によって荒れ果てた室内だ。そしてそこにはカルデアのメンバーが全員ほぼ五体満足で立っており、代わりに一人の大男が今まさに消え去ろうとしている時であった。

 

「忘れるな、ローマは永遠だ。故に世界は、世界(ローマ)は、永遠でなくてはならない。心せよ、我が愛し子よ……」

 

「忘れはせぬとも、偉大なる神祖よ。ローマ皇帝として、その責務を見事果たして見せようぞ」

 

 ネロとその大男、おそらくは神祖ロムルスが僅かに言葉を交わし、そしてロムルスはどこか満足げに消え去った。そうして連合ローマ帝国の首魁はこの特異点より消え去り、間違いなくこの地には安寧が訪れる。それは確かに事態の終わりとみなしてよいだろう。だがもう一つ、カルデアが為すべき使命がある。

 

「聖杯がまだ見つかっていませんね。早く宮廷魔術師とやらを探さなくてはなりませんか」

 

「あ、マーキダ。久しぶり、それにいつの間に」

 

「ついさっきですよマスター。なんだかいい雰囲気だったので空気を読んで黙ってました」

 

 マスター達と合流し、束の間の間安息が訪れる。しかしそれはまやかしの物、本当の脅威はすぐそこにまで迫っている。

 

「む、そこに誰かいるぞ。人間ではない、おそらくは魔性の類だ」

 

「!?」

 

 荊軻の言葉に全員が彼女の示した一角に注目した。そこには先ほどまでいなかったはずの緑のスーツと帽子の男、この時代においては宮廷魔術師を名乗っていたらしいレフ・ライノールの姿が有った。彼の手には黄金に輝く杯が握られており、すなわちそれが本来の回収目標である聖杯であることを如実に語っていた。

 

「全く、ロムルスの奴め。この程度の人間どもに倒されるとは使えぬ奴だ。わざわざ私が聖杯をくれてやろうと言っても聞かず、それでこのザマとは笑わせてくれるな」

 

「貴様……! その言葉、取り消すがいい! 神祖への侮辱は我らローマへの侮辱とみなすが良いか!?」

 

 そのあまりに侮蔑の籠った言葉に、ネロが滅多に見せない気炎を吐いた。その様は確かに皇帝に相応しい威厳であり、只人ならばその気迫だけであるいは委縮し、己が命を投げ出そうとするだろう。

 されど、忘れるなかれ。レフ・ライノールは真っ当な人ではない。故にネロの憤怒に対してもなんら思う所はなく、ただの嘲りの笑いだけで済ませてしまった。

 

「ははははッ! これは愉快だ痛快だな! あの役にも立たぬ男を指して侮辱だの取り消せだの、何をふざけたことを言うのやら!! いやはや、やはり人間とは度し難い愚か者にして屑の集まりだな」

 

『……随分と活き活きしてるじゃないかレフ・ライノール。すっかり裏切りが板についたようだけど、それがもしかして素なのかな? 全く、一時とはいえ君と共に競い合った身としては悲しい限りだよ』

 

「誰かと思えば、君かロマニ・アーキマン。ああ、つくづく君を殺せなかったことは惜しいよ。ふざけた態度の癖に、無駄に頭の回るその在り方。その無能な思惑ごと消し去れればどれだけ良かったか」

 

「あまり彼を侮辱しない事ですよ、レフとやら。彼は貴方の様な性根から腐った者とは何もかもが違う。勝手に人類に愛想を尽かしましたか? ならばそれは早計だと言っておきましょう」

 

 マーキダが一歩前に出た。それを補うようにセイバーオルタとマルタが隣に並び立つ。サーヴァントの誰もが臨戦態勢。もはやほんの一瞬の間隙がレフの命を奪う引き金となるだろう。それは彼も分かっているはず。

 しかしそれでも、その傲岸不遜な態度は崩れない。否、マーキダを見たことでいよいよレフの顔に映る嘲りの色はいっそう濃くなった。その面貌を嘲笑と侮蔑で彩り、ただひたすらに一人の女を罵倒する。

 

「ほう、お前は……ああ! 幻想女王マーキダか! これは驚いた、まさか国ごと()()()()()に消えた貴様がこうして人理修復を行う馬鹿者どもに加担するとは。はっきり言ってやろう、そのような行いは全て無駄! 無意味だ! たった一人の男すら変えられぬ貴様に、一体人類の何が救えるという!? 大言壮語を吐きながら何一つ成せなかった人類一の愚か者め! シバの女王よ、貴様は特に念入りに殺してやるぞ!」

 

『……!? 霊基が変質してるぞ! これは、まさか――』

 

「抵抗してもどうにもならない、その足掻きは須らく結論として無為になる。さあ、我らが王の寵愛を、消え行く貴様らに見せてやろう!」

 

 レフ・ライノールが叫んだ。それと共に彼の姿が変貌する。高く、巨大に、密度を増して悍ましく。もはやレフ・ライノールとしての面影はどこにもない。ほんの一秒前まで男性が居たはずの箇所には、ただ一柱のあまりに醜い怪物が居ただけだった。

 そうして城を突き抜け聳え立ったかの者は、高らかに自身の存在を謳いあげる。それこそが至上命題であるかのように、誇らしく、そして傲慢に。

 

「改めて名乗るとしよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。七十二柱の魔神が一柱! 魔神フラウロス、これこそが王の寵愛そのものである!」

 

『魔神、いやこの反応は悪魔か!? そんな馬鹿な、伝説上の存在がどうしてこんなところに――!?』

 

 そのあまりの醜さに、そして圧倒的な存在感に、誰もが言葉を失った。決して怯えている訳ではない。しかしこの尋常でない手合いの前に、常の平常心でいるというのはどれほど難しい事だろうか。悪魔という存在を実際に目にしたことが無い者にとって、その醜悪さと悍ましさは思考を停止させるに相応しい異様であった。

 

 だからこそ、最初に反応出来たのはやはりこの者以外にはあり得ない。

 

「ふざけたことを言うじゃないですか、魔神フラウロス」

 

 常には無い激怒を面貌に浮かばせて、マーキダは更に一歩前に出た。フラウロスは巨大だ。ただ踏み出すというそれだけで、間違いなくフラウロスの攻撃範囲に入るだろう。

 しかし一切頓着しない。その心を支配するのは先のネロにも劣らぬ怒りの情。ただそれだけが魔神を名乗る者への躊躇も戸惑いも投げ捨てさせる。

 常道ならばここで様子見をする? 怒りを堪えて耐えるのか? いいや違う、それは断じて違うだろう。言いたいことがあるならば、そこで足を止めるなどありえない。

 つまらぬ道理は知った事かとばかりに、彼女はもう一歩前へと踏み込んだ。

 

「王の寵愛? 七十二柱の魔神? 寝ぼけたことを言うのも大概にしなさい。あの方が、ソロモン王がこのような事態を引き起こすはずがありません。貴方がその名を騙るだけの愚か者なのか、あるいは本当に彼に仕えた悪魔なのか。()()()()()()()()()()。けれど貴方は、真意はどうあれ間違いなく彼を、私が愛したあの方を侮辱しました。なにやら私のことを随分と恨んでいるようですが、それはこちらとて同じこと」

 

『――君は、どうしてそこまで』

 

 『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』の鎖が緩む。そこから溢れ出すのはいずこかより汲み上げられた無尽蔵の魔力の渦だ。確かに聖杯には劣るだろう。だが個人で使う分にはそれこそ莫大と評せるだけの量がそこにはある。それらが全て魔術と呪術の燃料へと置き換わり、あらゆる怒りを体現するかのように荒れ狂う。

 

「貴方は必ずここで殺します。不届きにもその名を名乗り悪事を成した報い、シバの女王が死を以て償わせましょう」

 

「ほざけ、人間風情が……! 我らが魔神の力、とくと味わい無残に死に絶えるがよい!!」

 

 あまりに濃密な魔力(マナ)に空間が歪み、揺れた。湧きあがる呪殺の炎が空を埋め、魔神の放つ見えざる一撃が波となって広がる。巨大な力と力の衝突は轟音を撒き散らしながら上へと逃げ去り、それによって城の天井が瓦礫と化して吹き飛んだ。この場には似つかわしくない青空が戦場を照らし、魔神へ挑む者どもを祝福するかの如く浮かびあげる。

 

 故にこそ、この一撃を以て魔神柱との決戦の幕が開かれた。すなわちそれは――

 

”魔神柱出現”

 ――第二特異点の行く末を決める戦いの合図でもあった。




主人公は元々そんなに強くないはずだったんですが……少々想定が甘かったと言いますか、第三宝具がかなり強力なせいで思ったよりもとんでもないことになりそうです。

それから、本日気づいたらお気に入り数が2017件を超えていました。私の衝動から作られたこの小説がここまでたくさんの方に読んでいただけるとは感無量です。それ以外にも皆様からの評価、感想も多大なモチベーションになっております。本当にありがとうございます。

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