智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第十一話 魔神フラウロス Ⅱ

 魔神フラウロスは、まさしくその傲慢にして人間すべてを見下す態度に相応しいだけの強さを持っている。それは確かに強大無比な実力であり、彼の言を借りれば雑多なサーヴァントが幾ら寄り集まった所で敵いはしない程だろう。

 だがしかし、この現状は何なのだ。確かに初撃は戯れにも近い一撃だった。しかしそれでも、目の前の愚かにして哀れな人類どもを滅ぼすには十分すぎるはず。だというのに、その一撃は容易く防がれた。寄りにもよって、フラウロス”達”が最も見下す女の手によってだ。

 故に魔神はほんの一瞬停滞した。ありえざる現象、ありえざる人選。それら全てが彼に怒りを抱かせ、それ以外の行動も思考も許さない。

 

 そして――

 

「令呪を以て命じる! オルタ、目の前の怪物を消し飛ばせ!」

 

 ――その隙を見逃すほど、成長を重ねた人類最後のマスターは甘くはない。

 

「承知した。醜悪なる怪物を奈落へと叩き落とそう」

 

 光が呑まれ、暗黒が台頭を開始する。強く強く、更に強く。限界など知らぬとばかりに闇の極光が刀身に収束した。ありとあらゆる全てを破壊する一撃がこの地上に生まれ出る。研ぎ澄まされた騎士王の牙が、眼前の敵対者を滅ぼす為に唸りをあげた。ゆっくりと、威厳をもって振り上げられたその魔剣は、魔性を以て魔神を絶たんという意志に満ち満ちている。

 

「卑王鉄槌、極光は反転する――光を呑め! 『約束された(エクスカリバー)――』」

 

 さあ、括目せよ。これより降り注ぐは暗黒の光だ。その果てに残るものは何もない。ただただ破壊と絶望を齎すヴォーティガーンの息吹が此処に顕現する。

 しかしだ。例え滅ぼす為の一撃であろうとも、それでもこの魔神とは決定的にあり方が違うのだ。闇に堕ちてなお人類を救うために稼働する最強の幻想(ラスト・ファンタズム)は、どうであれ人理を破壊する者を許容するなどありえない。

 

「『――勝利の剣(モルガ)』ーーンッ!!」

 

 謳いあげられ讃えられた真名と共に、極光が剣より放たれる。振りぬかれた一撃が波濤の如くフラウロスへと襲い掛かり、その受肉した悍ましい肉体を一片の容赦なく消し飛ばす。そうして漆黒の光が駆け抜けた後には、あらゆるモノは己が敗北を認めただ消し飛ばされる未来がある、

 

 はずであった。

 

「ふっ、ハハハハハッ! どうした、人類最強の光はその程度のものか!? これは拍子抜けだなぁ! ああ、お前たちに相応しい滑稽さだとも!!」

 

『な、魔神柱の肉体の三割も消し飛ばせてないだって……? いやだけど、例え魔神と言えどあの一撃を受けてその程度の被害で済むものなのか!?』

 

 カルデアの通信からはロマンの驚愕に包まれた声が送られる。しかしそれも無理はない事だ。何せ今の一撃をもってしても、フラウロスは大した損壊を受けていない。破壊され消し飛ばされた肉塊は即座に超速の再生を始め、またそそり立つ根本からは黒い瘴気の如き何かが溢れ出る。

 対城宝具を受けてなお余裕を醸し出すこの存在。その圧倒的な再生能力は類を見ないものであり、また攻撃力は通常のサーヴァントなぞ藁屑のように吹き飛ばして余りある。

 

 確かにそれは、魔神と形容されるに相応しい存在なのだろう。

 

「いいや、この俗物がそんな高尚なものであるか。見えているぞ、貴様のその存在のタネは。大方先の一撃を『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』にブチ当て相殺したな。そしてその再生速度、おそらくは膨大な質量と密度、加えて魔力に依るごり押しの回復と見た。つまりこれならば――」

 

「私は貴方に問いをかけましょう。この世の果て、追い求めても追い求めても届かぬ最後の光明。彼方にこそ映えるその一筋は何やらん?」

 

「決まっている、地平線だ。さあ、お前の『呪術』を貰うぞ」

 

 歌うように問いが投げられ、アンデルセンがなんの躊躇いもなく即答した。それはマーキダの宝具に因を発するやり取り、互いの協力あっての等価の契約が此処に成立する。

 

「授けましょう、戴きましょう。互いの知恵を以て、我らは共に祝福されん」

 

 そうして、マーキダの第二宝具『求めよ、さらば与えられん(イーナ・アメカーヤ)』が発動した。その内容は問いに答えた者との等価交換。互いのスキルを一つずつマーキダが指定し、両者に付与する。相手に依存する故に一概に強力とは言い難いが、しかしその対価に大きなメリットが存在する。

 

「ほう、なるほどこれが呪術を扱う際の感覚か。経験はない、使い方も漠然としている、しかし何をすれば良いかは分かる。全く以て気味が悪い、だが今はこれこそが必要とあらば仕方あるまい。読者の求める展開を書くのも作家としての仕事の内だ」

 

「あまり余計な事言ってる暇は無いわよアンデルセン。見たところ私の拳でもアレを退治するのは難しそうだし、高火力を持った二人のサポートがこの戦闘の鍵なのだから」

 

「言われずとも分かっている、そう作家を急かすな筆が折れるぞ。”木のうろに坐すは銅の犬と銀の犬、そして金の犬だ。その大金のお代は呪いか否か、首を刎ねられた魔法使いだけが知っているぞ!”」

 

 メリットとはすなわちスキルの習熟。例えどのようなスキルであれ、付与されたスキルは互いに十全に扱うことが出来る。だからこそアンデルセンに与えられた『呪術A+』は最高効力をもって発揮され、彼お得意の童話になぞらえた詠唱と共に魔神に歯向かう勇気ある者たちを言祝いだ。

 それと同時にフラウロスの一撃が再びやって来る。空間を揺らし広がる一撃は先の衝撃で天上より堕ちて来た瓦礫を悉く粉砕し塵と同化させその威力を物語る。しかしそれは全て無為だ。マーキダの炎がまたも空を覆いつくし、魔神の一撃のほとんどを相殺する。それでも残った余波は存在するが、しかし忘れてはならない。この場には盾持つ乙女もまたいるのだ。

 

「先輩、下がってください……! 仮想宝具、展開します!」

 

 シールダーのマシュが一気に前に出て、立香とネロ、そして荊軻の防衛手段を持たない耐久力の低いサーヴァント達を一手に引き受け庇った。残りの三人は宝具や己の魔力で耐えきり、ほぼ無傷の様相呈している。

 

『立香君、あのフラウロスの詳細は未だ不明だけど、ひとまずアレの足元に近寄るのはダメだ! あそこの瘴気にも似た何かは人体を食い荒らす危険な物質だ。サーヴァントでも耐久力に秀でたサーヴァントじゃなきゃ話にならない程に!』

 

「っつ、了解しました! となるとセイバーオルタだけが接近できるわけか……! ネロ皇帝と荊軻さんはマシュの後ろで待機! マーキダはこのままフラウロスの攻撃を緩和して、アンデルセンはサポート! マルタさんはこっちでマシュの傷の手当てを! それでセイバーオルタは――」

 

「言われずとも分かっている。いいぞマスター、迷いが少しばかり消え去ったな」

 

 不敵な笑みを浮かべたセイバーオルタが魔神柱の下へ勢いよく突っ込んだ。その根元から立ち昇る黒の瘴気をその身に纏う莫大な魔力だけで相殺する。そのまま『魔力放出』の勢いにより上空へと飛翔した彼女は剣を振り下ろすと、魔神の目玉を一挙に二つ切り裂いた。

 

「おお、おおおおっ―――何故だ、何故傷の治りが遅いのだ!? 壊死か、いいやそれには早すぎる! 貴様たち、一体何をしたのだ!?」

 

「何をした? あらゆる問いに答える悪魔(フラウロス)の名を冠するくせに、随分と雑な問いかけじゃないですか? そしてもちろん、種を教える事などありえませんが」

 

 動揺した魔神柱の隙を突くかのように、『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』により強化された魔力砲が一斉に襲い掛かる。ランクに換算すればおよそBランク。最上とまでは行かずとも十二分に強力な一撃が全部で六本、あらゆる角度から魔神を貫いた。

 そしてこの一撃で抉られた傷でも、フラウロスの再生能力は低下している。セイバーオルタが切り裂いた目玉もいまだに光を映しておらず、魔神が誇る超級の再生能力は並のサーヴァントの数倍程度にまで落ちていた。

 

 仕掛けはあまりにも簡単。アンデルセンが用いた『呪術』によってセイバーオルタとマーキダの一撃に呪いがかけられたのだ。その内容は傷の強力な治癒阻害。あるいは宝具に匹敵するだけの強大な支援だが、それさえアンデルセンの規格外の魔力と豊富なサポート術があれば造作もない事だ。

 故にフラウロスは次第に追い詰められていく。たった三人のサーヴァントのいいようにやられる様はどれだけ歯がゆいだろうか。けれど彼はもはや詰んでいる。その一撃は相殺され防ぎきられ、与えられる一撃は当たり前のように致命傷。このまま進めば先に力尽きるのがどちらかはもはや明白だった。

 

 ――けれど、魔神を侮ってはいけない。これなるは人理焼却を行った偉大なる者の末端である。その力、例え窮地にあろうといささかも衰えること能わず。まさに自身を打倒せんと猛威を振るう相手に対して、最悪にして最大の牙を突き立てる。

 

「貴様らの足搔きなぞ所詮は無駄だっ! ここで大人しく死に絶えろ、それこそが最も賢い選択だ! 光栄に、特別に、この私が貴様らの引導を直々に渡してやろう!」

 

「む、これは――マスター、一つ派手な一撃が来るぞ!」

 

 直感でフラウロスから発せられる危険性を察知したセイバーオルタが魔力放出による強引な飛翔でマスターの下へと帰還する。それと同時にマーキダも急いでそちらへと駆け寄り、防衛の態勢をやれるだけ整える。

 

 そうして、フラウロスの誇る最大の一撃が放たれた。

 

「絶望し、そして消え去るがよい――『焼却式 フラウロス』」

 

 その一撃は、言うなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。人類の滅却という偉業を成し遂げた者の端末として、フラウロスはその一端の力を行使した。

 襲い来る炎は凶悪にして猛烈な見た目に反して概念的な攻撃、故にどれだけ強力な盾を持ち込もうと完全には防げない。そのうえ此度のこれは威力がこれまでとは段違いに過ぎる。マーキダの呪殺の炎だけではとても相殺など不可能で、よってこの一撃をもってフラウロスが逆転勝利を収める事となるのは想像に難くない。

 

「いいえ、まだ手だては残っていますとも! そうでしょう、『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』!」

 

「――――ッ!!」

 

 それに抗う者がいた。聖女マルタがその宝具である『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』を呼び出すと同時、かの竜は一目散に焼却式の炎の中に突貫したのだ。例え竜種であろうともただでは済まないその一撃だが、しかし逆を取れば竜種はそう簡単にはやられない。そして太陽の灼熱にも匹敵する焔を纏った亀竜は、その身の犠牲と引き換えに焼却式の大幅な緩和を成功させて見せた。

 

「よくやったわタラスク、今はゆっくり休んでちょうだい……」

 

「立香よ! このチャンス、モノに出来ねば余とて怒るぞ! 千載一遇の機会、見事勝利への華としてみせよ!」

 

「分かっています! 二画目の令呪をもってカルデアのマスターが更に命ず!」

 

 大技を放てばそれに見合うだけの隙が出来る。子供でも分かる理屈だ。故にこの機会を逃す事などありえない。それをよく分かって入る立香だからこそ、二画目の令呪の仕様すら惜しまなかった。

 

「マーキダ、その一撃を以てフラウロスに止めを刺せ!」

 

「よくぞ言ってくれました! あの忌々しい肉柱に終焉を見せてやりましょう!」

 

 戦闘の興奮なのか上気した声音で答えたマーキダの手元には、既にワイバーンの血で塗れた『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』の姿がある。それはつまり呪術を扱う上での対価を大量に払い終えた後という事。よってこれより放たれる一撃は先ほどまでとは比べ物にならない一撃であることを示している。

 

「さようなら、フラウロスを名乗る怪物よ。私が何も成せなかった愚か者だという事など知っていますが、貴方はそれ以上に大馬鹿者です。私の前でその名を名乗るなど、命を投げ出すような事だと知りなさい」

 

「ぐっ、おのれ……貴様に我らの何が分かるというのだ! 我らの王の寵愛を理解せぬ愚か者がッ! 貴様には必ずや絶望を見せてやるぞ!」

 

「おあいにく様、私を絶望させたければ非道に染まったソロモン王でも連れてくることですね」

 

 積層する魔法陣。重なり合ったそれらを通過するように令呪の後押しを受けた魔力の光線が通過して、更に増幅された一撃は魔神柱の肉体の半分以上を吹き飛ばす。もはや損壊の激しすぎるフラウロスはその肉体を維持できない。悍ましくも破壊されたその姿から、元の人間の姿へと急速に回帰していった。

 

 ――よって、これにて魔神柱フラウロス、沈黙。

 

 ◇

 

「まさかこの私が負けるだと……! 馬鹿な、ありえん!? やはり壊死が始まっていたのか、なにぶん長らく神殿から離れすぎていたからな……!」

 

 まるで負け惜しみのように苛立ちと憎しみを籠めて呟くレフの身体は、今の戦闘の影響かかなり傷ついているように見える。しかしそれでも彼は依然としてその態度を改める事など無く、カルデアに集った面々を罵倒することを忘れない。

 

「レフ教授、どうであれ貴方の負けです。大人しく私たちに聖杯を渡してください」

 

「ふん、キリエライトか……だが例えどうであれ、この特異点は滅ばなければならない運命なのだ。だからこそ、私は最後の切り札を呼び出すとしようではないか!」

 

『聖杯の魔力の高まりを確認! これは――英霊を召喚しようとしているのか!?』

 

「させるか――!」

 

 レフの叫びと共に聖杯から魔力が零れ落ちる。それを阻止するために荊軻が電光石火の勢いでレフに詰め寄り、その首を絶たんと匕首を振るった。しかし、

 

「出るがいい、戦闘王アッティラよ! 後世にてローマを滅ぼした貴様こそ、この特異点の終幕に相応しい――!」

 

 彼は召喚を成功させてしまった。首が落ちる直前まで勝ち誇りながら、その生を終えてしまう。そうして残されたのは、聖杯より呼び出された新たな英霊。白きベールを纏った、虚無の大王だ。

 

「私は、フンヌの戦士である。貴様たちを、この時代を破壊するために参上した」

 

「おいおい、一難去ってまた一難か? 勘弁してくれ、そんな少年漫画的なお約束は創作だからこそ面白いのだぞ?」

 

 白い女性の機械的な声と、アンデルセンの呆れた声がやけに響く。そして、

 

「その命も、文明も、何もかも破壊してみせよう。『軍神の剣(フォトン・レイ)』」

 

 ――破壊の一撃が放たれた。




次回は約束されたアルテラ戦、たぶんそれでローマ編はお終いです。
今回お目見えした主人公の宝具ですが、急段のようなものと言えば分かる人には分かるかもしれません。

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