智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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今回は初めての主人公の一人称視点です。

追記:最後の方の会話を加筆修正致しました。


第三章 封鎖終局四海オケアノス+α
第十三話 月見に向けて Ⅰ


 願いとは、誰しもが持つ普遍的かつ多様的なものだと思う。

 

 例えば、億万長者になりたい。

 例えば、我こそは最強と名を知らしめたい。

 例えば、死んでしまった人とまた会いたい。

 

 例えば、例えば、例えば――

 

 挙げ続ければキリがない願いの数々。そのどれもが本人の切実な願いであったり、あるいは欲望から来る願いだったりする。別段その是非を問う気もないしその権利も無いが、それでも願いは千差万別だ。

 叶えられない”もし”の願い。それが叶うとすれば、果たしてその対価は如何ほどのものなのか。悪魔との契約にも近しい何かなのか、それとも己が命を引き換えにするのか。私には一つを除いて想像もつかない事である。

 

 さて、取り留めもない思考を弄するのはここらで止めよう。現実を受け止めて、周囲を認識する。私が立っているこの空間はどこまでも暗くて黒くて、果てしなく続いているように思える。そして目の前には何故だか金色の杯、俗にいう聖杯が鎮座している。

 端的に言って訳が分からない。まずこの空間は何なのか、どうして聖杯が目の前にあるのか。因果は全く以て不明だが、それでもなお理解できることがあるとするならば。

 

 目の前の聖杯こそ、私の知っている人の願いを叶える唯一の願望機だという事だけだ。

 

 思わず喉を鳴らした。飲み込んだ唾液が嫌にゆっくりと胃に落ちていく。そうだ、目の前にある聖杯を手に取れば、願いを叶えられるのだ。私だって人間だから、叶えたい願いの一つや二つはある。その欲望は何物にも代えがたく、私は私の赴くままに聖杯を手に取った。

 感触は軽い。この程度のものが聖杯であり、またこれを奪い合って戦争が起きるのかと思うとどことなく拍子抜けな気すらしてしまう。そしてどのような願いを叶えてみたいかを考えて、二つの事柄が思い浮かんだ。

 

 つまりそれは、消え去ったシバ王国を/会えなかったソロモン王に――

 

 無意識に口に乗せかけて、慌てて口を噤んだ。危ない、もし迂闊に願いを囁いてしまえばその時点で始まってしまうし終わってしまう。私の願いはどちらも同じくらい切実なのだから、そう簡単には決められない。

 だからもう一度聖杯をよく見てみようと思いなおして、ふと先ほどまで無かったはずの液体が満ちていたことに気が付いた。なんだろうか、透き通った爽やかな見た目と香り。もしやこれが神の血なのだろうか? それとも願望機から出てきたのだから、不老不死の秘薬な可能性も十分にある。

 

 湧きあがった興味に突き動かされて、ゆっくりと中身を零さないようにして聖杯を唇に付けた。そして傾けてみて味わい、感じたことは。

 

「これ、お酒ですね」

 

 そこで、目が覚めた。

 

 ◇

 

 意識が覚醒する。何処か風通しの良い感覚を覚えながら、寝ていたベッドから起き上がる。それと共に体にかかっていたシーツがずり落ち、ボサボサになってしまった亜麻色の髪が後ろに流れた。

 寝起きの眼を擦りながら、辺りを見渡す。そこは第二特異点の攻略中――正確には待機中だが――に見慣れた自室の光景だ。飾り気のない部屋は簡素であり、けれどどことなく生活感を感じさせる。例えばそう、床に散らばった衣服などは特に、

 

「……あれ?」

 

 そこでようやく気が付いた。私、なぜか全裸だ。素肌の上にシーツを羽織るだけの格好でベッドに座っている。道理で風通しがよいわけだ。普通着ているはずの寝間着を身に着けていないのだから。床をよく見れば、散らばっているのは確かに普段着ている黒のドレスに上着だ。しかもその下に隠している黒のガーターや、カルデアで貰った下着まで散乱してしまっているのだから女性として恥ずかしい限りだ。

 だけどまあ、多少驚きはしたが狼狽するには及ばない。生前とて、たまに悪癖が出てしまった時はすっかり裸で寝てしまっている時があった。もう慣れたものである。だからその代わり、どうしてその悪癖が今日ここで起きているのかを探ることにした。

 

「えー……人理修復、慰労会、聖杯、お酒、御馳走……ああ、そういうこと」

 

 頭の中で符号が繋がった。昨日はそう、第二特異点の攻略祝いという事で慰労会が開かれたのだったか。持ち帰った聖杯はダ・ヴィンチちゃんが責任をもって封印、彼女しか開けられない部屋に押し込められた。だけどどうやらその前にちょこっとだけ聖杯の力を借りたらしく、慰労会用の食事と、これから料理で必要になるであろう食材を補充してくれたのである。

 それでその後はお祭り騒ぎだった。マスター達はもちろんスタッフ達も一緒になって、皆でお酒を飲んだり食事に舌鼓を打ったり騒いだりとそれはもう。人理焼却に立ち向かっているとは思えない程、ひたすら楽しくて明るい宴会模様だった。逆を言えば、それだけ騒がないとやってられないともいえるが。

 

 ところで、私は自他ともに認める酒豪である。普段はそこまで飲むわけではないが、飲むときは幾ら飲んでも酔わないし、記憶が飛んだり二日酔いを起こすことも無い。ただこれはどうやら他人の前だけでのことらしく、一定以上の量を飲んだ後で自室に戻ると、途端に記憶が途切れてしまうのだ。そして翌朝目覚めた時は決まって服を脱いでおり、こうして頭を抱えているという次第なのである。大方、身体が火照って熱いとかそんな理由なのだろう。

 

 だから今回もそういう事だと予想がつく。ちらっと見た感じ、部屋の鍵はちゃんと閉まっているのでこの姿を万が一にも見られることは無い。いや、正確には少しばかり体型には自信があるから、そっちを事故で見られる分には気にしない。ただ、もっと見られたくないのは、全身に付いた細かな傷の方である。

 私は元は野生児みたいなものだし、その後アクスムにて人の中で生活している時も幻想種などとの戦闘はそれなりに有った。だから身体は常に生傷が絶えなかったし、特に呪術を扱う際に故意に切っていた指と、単純に露出が多かった足はたくさんの痕が残っている。

 見苦しいという程ではないのかもしれない。だけど、女としてどうしても気にしてしまう。だからどうしようもない手は仕方ないにしても、せめて足は隠してしまおうと考えた。その結果があのドレスと、ガーターによる過剰な足の覆い隠しだ。

 

 おそらくはこのせいで、”シバの女王は足が美しい”などという話が伝わったのだろう。実際のところは真逆の理由で足を意識していたのに、それが後世で歪められて一番美しい箇所となったのはなんとも皮肉なものだ。

 

 どうにもそのことがおかしくなってくすくすと笑いながら、ようやく頭も目が覚めて来たのでベッドから立ち上がる。時間は午前六時ほど、お酒が回った次の日は朝が早いという体質もそのままだ。サーヴァントながら呆れてしまう。

 とにかくいつもまでも裸体でいる訳にはいかないから、急いで散らばっている服をかき集めて、普段通りに着なおした。最後に絡まって見ていられない髪の毛を貰い物の櫛で丁寧に梳かして、準備を終えた。ついでに身体全体を見渡して、ほとんどの傷が見えないことも確認する。

 

 ……別に、傷のついた体は嫌ではない。むしろこれまで生き抜いてきた証として、大切に思っている節もある。だけどそれでも、見られたくない。

 だって見られれば同情されるから。そのようなつまらない理由で憐れんでなど欲しくないし、もちろん蔑まれたりするのはもってのほかだ。だからだろう、私が自身の全てを見せたのは一人しかいない。そして”彼”は、何も言わなかった。それはきっと、何も思わなかったという方が正しいだろう。しかし、そうは分かっていても、何も言ってこなかったのが嬉しかったのは事実だ。

 このような事を自然に考えているあたり、私は本当に末期らしい。けれど仕方ないだろう、どうにも私はそのあたりが上手く調整が利かないらしいから。一度恋を知って愛を自覚すれば、止まらなくなるのは分かっていた。その上で、あのような関係にまでなったのだから。……まあ、数割くらい騙されたのはあるが。

 

 身だしなみは整え終わったので、部屋の外に出る。このカルデアは文明の利器、なにやらエアコンというらしき存在が幅を利かせているらしく、そのおかげでどこを歩いても気温は変わらないし過ごしやすい。そもそも裸で寝ていても大して気にならなかったのはその影響もあるだろう。

 まだ朝は早い。今日は昨夜の慰労会の影響もあるのか、全く人とすれ違わない。普段なら廊下を歩いていると数人の職員とすれ違って、二言三言挨拶を交わしてから共にせわしなく歩いていくのに。

 彼らも本当はとても忙しいのだ。特異点の観測に、マスター達の存在証明、そして破壊されたらしいカルデアの修理等々。やるべきことは多岐に渡る。私は大した手伝いが出来ないのが歯がゆいが、せめてやれる事をやって彼らに報いれるようにしたいと思う。

 

 とにかく昨日の影響もあるから、まだ当分起きて来る人はいないだろう。サーヴァントであるセイバーオルタさんやマルタさんはどうするか分からないが、少なくともアンデルセンは間違いなく惰眠を貪ると断言できる。

 朝食を作ろうか、いやだけど食べる人が居ない。そう考えて、自然と足が向かったのは中央管制室だった。第二特異点の攻略中はほぼこっちに詰めっぱなしで、ずっとドクターの手伝いか彼の観察を行っていたなじみ深い場所だ。

 

 コツコツと足音を静かな廊下に響かせる。およそ五分ほど歩いて到着した管制室の扉を潜る。たぶん誰もいないだろうと考えながら入っただけに、先客が居たことに僅かながら驚いて声をあげてしまった。

 

「ドクター、もう起きているのですか?」

 

「おや、マーキダかい? あれだけ飲んでたのに、サーヴァントは身体が強いね」

 

 そう言って柔和に笑ったのは、ドクターロマンとよく呼称されるこのカルデアの所長代理だ。魔術師ではないらしい彼は、それでもこの組織の仮のトップとして身を削り働いている。その様は不眠不休と言っても過言ではなく、只の人間なのに驚くべき時間を仕事に充てている。

 どのようなタネがあってそのような事を可能にしているかはまあ、観察している間におおよその目途は着いている。決して褒められた手段ではないだろう。だが、それを止めるのも彼の努力と意思を否定するかのようで憚られてしまう。

 

 だから私に出来ることは、せいぜいが彼を気遣い、それとなく休むように誘導するくらいだ。

 

「どうにも私は朝が早い性質なのですが、お酒が回った次の日は特に顕著で。まだ朝ご飯を作るにも時間が早すぎますし、よければ私の話し相手になってもらえますか?」

 

「ああ、もちろんいいとも」

 

 複雑な図形や細かな文字がびっしり並んだ画面から目を離した彼はこちらに向き直ると、いつも通りの笑顔で見て来た。その顔はなんら気負ったところが無くて、共に夜を過ごしていなければとても働きすぎの男とは思えない。

 予定通り、彼は一旦仕事を止めてくれた。こちらから真摯に話を振れば、彼は必ず答えてくれる。利用しているようでやや良心が咎めるが、悪いことをしているわけではないので多めに見てほしい。

 

「何から話そうか。やっぱりローマについてが一番かな? あそこの街並みは映像越しにもすごかったからね」

 

「そうですね、活気に溢れて人が笑顔で、これぞ繫栄を重ねた良き国という印象がありました。それだけに、晩年のネロ皇帝の最後は悲しいものがありますが……」

 

「ボクらは確かに歴史を知っている。だけどそれを変えることは出来ないし許されない。例えどれだけネロ・クラウディウスという人物に肩入れしたくとも、それすらできないのが惜しい所だよ」

 

 溜息を吐いて物憂げな表情をするロマンを見て、話題の入り方を完全に失敗したことを悟った。そもそも彼を仕事から遠ざけて緊張状態から解放しようと考えての会話なのに、何が悲しくてこのような重たい話をしているのだ。もっと考えてから発言するべきだったと後悔ばかりが募っていく。

 

 ……そもそもどうして、私は彼の事をこうまで気に掛けるのだろうか? 最初は、なんとなくソロモン王に似ているような似ていないような、不思議な雰囲気を持っているように思えた。だから彼にカマ掛けをして、それでもやっぱりありえないと思ったからこの考えは放り投げた。

 それなのに、ありえないと結論付けたはずなのに、やはり彼の事を気にしてしまうのは何故だろう? この前からこの時代で例えればストーカーまがいのことまで宣言して彼を観察して、その果てに得たものは一体なんだ? 分からない、全く以て分からない。どうして彼の事を気にしているのか。彼の悪口を言えば取り返しがつかないことになると思ったのか。どの因果も等しく理解できない。

 

 だから、やっぱり私は彼を気にしてしまうのだろう。分からないから知ろうとして、より分からなくなってさらに気にする。堂々巡りの迷宮入り、無限に続く思考の循環の始まりだ。

 そのループを断ち切るように、いっそ間抜けな程に明るい声を取り繕って次の話題を展開する。今度はちゃんと考えてだ。

 

「ネロ皇帝は良い方だった。それが私たちの知る彼女の全てですから、それ以上は努めて考えない様にしましょう。それよりも、何か私について聞きたいことでもあるんじゃないですか? 今なら何でも答えますよ?」

 

 ひとまず話題をこちらに移す。これならどうあがいても暗い展開にはならない、はずである。

 

「難しいなぁ……じゃあ無難に、シバの王国について話を聞いてみたいな。伝承を紐解いてもかの国の情報はほとんど無いから、聞いてみたいと思ってたんだ」

 

「それならお安い御用ですよ。私たちの国は新興国家でしたが、運よく手に入れた竜の財宝のおかげで莫大な利益を上げて繁栄した国となりました。当時の特産品はエメラルドや乳香といった貴重品ばかりだったのもそれに拍車をかけましたね」

 

 本当に懐かしい事ばかりだ。今はもう歴史から消え去ってしまったあの国の輝きは、今でも脳裏に焼き付いて色褪せない。それこそローマにも劣らない程の活気もあったし笑顔もあった。私だけの功績でそこまで国を成長できたと驕るつもりは無いが、それでも思い出すだけで胸が熱くなることに変わりない。

 

「本当はアクスムに築かれた豪華な宮殿や、なぜか魔力砲が付けられて対外敵用に魔改造された太陽の神殿(マハラム・ビルキス)も紹介したいのですがね。いつか見学させてあげますよ」

 

「あはは、それは楽しみだ。伝承に謳われるシバ王国の建築物、是非とも期待しよう」

 

 そういう彼の瞳は、だけどちょっとだけ諦観に染まっていた。きっと彼は私の言葉を強がりか、あるいは聖杯に願っての事だと考えているのだろう。()()()()()。やろうと思えば特異点でも可能な事だから、きっと彼がそれを見る機会も遠くない……だろう。状況次第でもあるが。

 

 と、ドクターの後ろに控えていたパソコンが急に音を出した。何かと思って二人して振り返れば、そこには何故だか画面いっぱいに満月の画像が映っていた。

 

「……これは?」

 

「ああ、ちょうど探し当てたみたいだね。現在の月日は二〇一五年の九月半ばだ。ボクらの人理修復は二〇一七年に入るまでに完了させないといけないから、実質残り時間はあと一年と数か月。多いように思えるけど、実際は特異点での行動日数や帰還してからの準備や休息を踏まえるとそんなに余裕もないだろう」

 

「それとこの満月に何の関係があるのですか?」

 

 聞けば、まるでよく聞いてくれたと言わんばかりにドクターが胸を張った。

 

「そう、本当なら余裕はない。だけどそれは休息期間を考慮しての事で、そして今のボクらはまさにその状況にある。となれば、休み方は自由だろう? そういう訳だから、時期と照らし合わせて気分だけでもお月見をしようと思って良さそうな画像を自動検索してたんだ」

 

「それでこの画像なのですか。そのお月見は、ただ月を愛でて終わりですか? それはそれで味があるとは思いますけども」

 

「いいやまさか! お月見と言えば日本だけど、そこではお月見に団子を食べる習慣があってね。これがまたとっても美味しいんだよ!」

 

「へぇ、そんなものがあるのですね……ちょっと興味が湧いてきましたよ」

 

 世界はやはり広かった。日本と言えば、確かマスターである藤丸立香の故郷では無かったか。そのような土地でそのような催し物があるなど、かつては終ぞ知らなかった。やはりサーヴァントとなって新たに学ぶことは数限りない。

 

「そういう訳だから、明日にはお月見をしようと思っていてね。これから合間合間に団子を拵えるつもりだから、のんびり待っててほしいな」

 

「あ、いや、それなら私も手伝いますから。貴方一人に全員分任せたらそれこそ大変なことになるでしょうし」

 

「本当かい? それは助かるよ。内緒にして欲しいんだけど、実はボク、ほとんど料理をしたことが無くてね。内心どうしようかと頭を抱えていたところだったんだ」

 

「そ、それでよく団子を振る舞おうと思い立ちましたね……しかもまるで良家の御子息みたいなことまでおっしゃるとは、ますます不思議な方です」

 

「いやぁ、全く以て平凡な一般人生まれだよボクは」

 

 笑ったドクターの声は、間違いなく楽しそうで嬉しそうで、けれどどこか白々しさの感じるものだった。




タイトル通り、月見イベをやります。ただし超圧縮するので、かなりあっさりと終わることをご了承ください。それからサーヴァントの追加召喚ですが、ひとまず第三特異点が終わるまでは止めておきます。今追加してもきっと扱いきれないので。

最後に、前半の話を書くにあたって試しに主人公のパーソナルデータを計測したので、マテリアルをちょこっとだけ追記しました。ほぼ間違い探しの様なものですので、見なくとも一切影響はございません。

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