智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第十四話 月見に向けて Ⅱ

 昼過ぎ頃。昼食が終わり大方の職員達も仕事へ向けて出払ったのを見計らって、私はドクターと共に厨房に居た。どうやら彼は職員の方やマスターには秘密にしたいらしい。なのでここからは二人だけの作業となる。

 この数日ですっかり勝手知ったると言った風に慣れた厨房には、たくさんのボウルと団子粉というらしき材料が用意されている。更に湯沸かし器にはこれまたたくさんのお湯が入っており、ひとまずの準備は整っていた。

 

「さて、これらを混ぜ合わせてこねれば良いのですね?」

 

「ああ、そうみたいだね。このメモに寄ればとりあえず作るだけならこれでいいはずだ」

 

 ドクターが参照しているのは、誰からか貰ったらしい紙のメモだ。それによれば団子粉をぬるま湯で溶かしたものを丸め、それを茹でてしまえばお終いらしい。何とも簡単な話である。これなら手早く大量の団子が作れそうだ。

 

「それでは早速始めましょう。これを丸く形成して、そこの皿に積んでください。ある程度できたらまとめて茹でてしまいましょう」

 

「分かった、じゃあどんどん作るとしようか。ボクもこんなことは初めてだからね、楽しみでしょうがないんだ」

 

 まるで子供のようにはしゃぎながらボウルから団子の素を取り出すのを見て、私も手で軽く掬って丸く球の形に整えていく。手のひらを使い一口大に、およそ五秒もあれば十分すぎるか。そうして手のひらに改めて載せてみた団子はそこそこ整った形をしていて、ひとまず及第点かなと思いながら皿の上にまず一つ目を奉納した。

 

「って、ドクター……まだ丸めているんですか? そんなに難しくはないと思うのですが……」

 

「いや、これが中々思うようにいかなくてね。上手く丸まってくれないんだよ。困ったな、これでも器用な方だって自負はあったのに」

 

 とほほといった風に笑いながら彼が見せて来た団子は、どうにも不格好だ。大方最初に素を多く取りすぎたのだろう。そのせいで逆に固まらなくなってしまっているのだ。

 

「えーと、そうですね、量が多すぎるので少々削ぎ落してと。これを丸めてください、力加減は適量を加えれば大丈夫です」

 

「適量ね……ってちょっと待った、その適量ってつまりはどれくらいだい? そもそもいつも思うのだけど、どうして料理はああも曖昧な量の表示が多いのかな? もっと的確に書いてくれればこっちとしても楽なんだけども」

 

「ドクター……それは完全に理屈で動く錬金術師の思考ですよ。確かに料理は錬金術から生まれたとされますが、そこまで彼らを見習わなくとも大丈夫です」

 

 昔、シバの国に居た錬金術師の下にお邪魔した時もこんな調子だったので、仕方なく私が料理を作ったこともあったか。今思えば仮にも国主がどうして夕飯を振舞っていたのだろう。

 とにかくどうやら思った以上にドクターは料理慣れしていなさそうなので、彼の手を取って一緒に団子を包み込んだ。ちょうど手をつなぐようにも似た重ね方。私の手よりも大きな手のひらがどうにも暖かい。

 

「こうして、優しく壊さないようにやってください。手のひらをちょっとくぼませるとより丸くなりますよ」

 

「なるほど、こうやればよいと。いいね、確かにこれはやり易い。すごく勉強になったよ……ってどうしたの? 何かおかしなところでもあったかな?」

 

「い、いえ、なんでもありません」

 

 こちらへと今度はすっきりした顔で笑いかけて来た彼の顔が何故だか直視できなくて、目を逸らしてしまった。けれど手に取った彼の手はそのままで、だからか妙にそちらばかり意識してしまって仕方ない。何となくその手を外すのが惜しく感じられて、でも最後には手を離してしまった。

 その後は何事も無かったかのように二人で黙々と団子を作り、順々に皿の上に積み上げていく。こねて、丸めて、こねて丸めて。どれだけ繰り返したのやら。いつの間にか団子の素もボウルから消え去っていて、その代わりに山と積まれた団子が出来上がっていた。

 今度はその山を用意していた深底の鍋に放り込む。その中には既に用意されていた沸騰したお湯があり、これで団子が浮かび上がって来るまで茹でれば良いらしい。

 

 その間に、なくなってしまった団子の素を再制作する。なにせ今の量では間違いなく足りないのだ。下手をすればあの黒の騎士王一人だけで平らげてしまうだろう。それはまずい。

 

「ドクターはそっちのボウルに袋の中身を空けてください。それで少量のぬるま湯と混ぜてよく練る形で」

 

「分かった――ってうわぁ!」

 

「えっ、どうしました!?」

 

 団子粉の入った袋をボウルに空けている最中に、不意に聞こえた悲鳴に思わず振り向いた。

 そこには真っ白になった顔をしたドクターの姿があって、驚愕ともつかない微妙な顔でこちらを見ている。どうやら、袋を開け損ねてしまったらしい。暴発した粉が顔に降りかかったと予想出来るのだが、

 

「ふふっ、あははははっ! なんですかその顔は! すごいことになってますよ!?」

 

「……だろうねぇ。ボクもこんなのは初めてさ。笑えばいいのか悲しめばいいのか、どうしたものかな」

 

 余りにもその様子がおかしくて、ついつい大笑いしてしまった。そんな私とは対照的に苦笑した様子のドクターは顔に手を当てると、(はた)くようにしてポンポンと叩いた。けれどそれでは粉が落ちず、中々地肌の色が戻ってこない。さすがにこれ以上笑っているのは可愛そうなので、助け舟を出す。

 

「ほら、こっちを向いてくださいドクター。濡れタオルですよ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 少しだけ背伸びをして、私よりも背の高いドクターの顔を拭いてあげる。どうにも彼の顔が近い。心臓の鼓動の音がやけにうるさく感じる。少しだけドキドキしているのはきっと、異性とこれだけ近づいたのが久しぶりだからだろう。……断じて、彼に妙な想いを抱いているからではない、はず。きっとそうだ、絶対そうだ。

 だって私の好きな人は一人しかいないのだから。もう二度と会えることは無いのだろうが、それでも好きになってしまったのだから仕方ない。惚れた方の負けである。

 とにかく雑念を払うように丁寧に拭いて行く。どんどん彼の地肌が見えて来た。これならばもう――

 

「――おおっと、お二人さん、いい雰囲気になってるところ悪いんだけどちょっといいかな?」

 

「!?」

 

 いきなり横合いから聞こえてきたのは、カルデア一の天才にして変人の声だ。弾かれるように振り向いた私とドクターのすぐそこに居たのは、やはりというべきかダ・ヴィンチちゃんその人であった。彼女はにやにやとしか言いようのない笑みを浮かべて、私達を見ていた。

 

「……なんですか。突然藪から棒に」

 

「おっと、そう怒らないでおくれよ。本当はそっとしておいてあげようと思ったのだけど、さすがに二人を待たせるのも申し訳なくてね」

 

「……別に怒ってはいませんよ」

 

 そう、怒ってはいない。ただ何となくもやもやしてそれが気にかかるだけの事。よくよく見ればダ・ヴィンチちゃんの後ろのはマシュさんとマルタさんが居て、確かに二人だけで厨房を使っていた現状ではこちらに声を掛けるのも仕方ないと思う。

 思うのだけど……

 

「まあまあマーキダ、カレの気まぐれはいつもの事だからね。今回はどうやらボクらも悪かったみたいだし、そう気にすることじゃないよ」

 

「そうですね。怒っていたわけじゃないのですが、すみませんでした」

 

「い、いえ、私達もなにやらお邪魔をしてしまったようで……」

 

「謝る事じゃ無いわよマシュ。こういう時はもっと図太くいなきゃね」

 

 なんだか頼れる姐御と化している聖女様に背中を叩かれたマシュさんの手には、何やら本が握られている。見るに、お菓子作りの本のようだ。

 

「ここで二人が団子づくりをしているらしいという情報をこの二人に聞かせたら、ぜひ自分も参加したいと言い出してね。それで連れてきたわけさ。ああ、なぜ知っているかなんて野暮な質問は無しだ。だってロマンのメモを書いたのは私だからね」

 

「私はその、先輩に団子を作ってあげたくて」

 

「私は単純に興味があったからね。知らない料理に挑むのも面白そうじゃない」

 

「そういう訳だ。お二人の邪魔はしないから、代わりにロマンの面倒をよろしく頼むよ。なにせこの男、碌に調理器具に触った事すらないらしいからね」

 

「レオナルドだって似たようなものだろうに……」

 

「私はただ、普段は面倒だからあまり作らないだけさ。料理一つ出来ずして何が天才か! さあ、目にモノ見せてあげましょう!」

 

 最後の方はかなり興奮気味になったダ・ヴィンチちゃんはそのまま厨房の一角に三人で集まると、早速団子づくりに取り掛かり始めた。それを見ながらどうしようもない感情を持て余して、

 

「とりあえずさっきの団子を入れた鍋が噴いてるんだけど、あれをどうにかした方が良くないかな?」

 

「!? い、急いで火を止めてください! 団子が吹き飛びます!」

 

 ひとまずそのことは忘れて、団子作りに戻っていくのだった。

 

 ◇

 

「で、その団子が全部無くなったとはどういうことだ」

 

「それがその……食糧庫の方に保存していたはずの団子が何者かに持ち去られたようでして」

 

「しかもレイシフトして特異点に消えたのがボクらの方で観測出来ている。間違いなく今回の事件の犯人は特異点、オルレアンの残滓に居るだろう」

 

「あい分かった。では行くぞマスター、我らの団子を奪われたままでたまるか。食べ物の恨みは恐ろしいという事を知らしめにいくとしよう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれぇぇぇ……!」

 

 夜、中央管制室にて。満月の映像を一番大きく出せる所という事でここに集合したのだが、団子を回収しにいたマシュさんから告げられたのはとんでもない事だった。すなわち、団子の消失。より正確に言うなら盗難だ。

 どうやらオルタさんは団子作りで招集がかからなかったことが不満だったらしく――残念ながら当然である――不機嫌だったのだが、いよいよその一報で堪忍袋の尾がキレたらしい。同じくハブられた組でもそんなに気にしていなかったマスターを強引に引きずると、レイシフト用のコフィンの部屋へと向かって行った。

 

「どうしましょう、アレ?」

 

「私はついて行きます! そもそも先輩用に作った特選団子すらないのです、取り返さねばなりません!」

 

「……マシュとオルタの二人だけだとどうなるか怖いから、私もついてくわ。それに、せっかく作った団子が消えたままっていうのも嫌だもの」

 

「念のため言っておくが俺はもちろん待機だ。団子を取り返すのは好きにやってくれ。月見餅、座りしままに食うのが俺の流儀だ」

 

「流石に図太いねぇ君は。ああ、私もこっちで待っていよう。今回の手合いはどうやら愉快犯らしいからね。そう危険な事態にもならないだろう」

 

「じゃあそれで決まりだ。レイシフト管理はこっちでやるから、君たちは思うままに団子を取り返して来てくれ。戻り次第月見を再開するとしよう」

 

 ロマンの言葉を聞いて、マシュとマルタも管理室から飛び出していった。そして程なくしてマスターがサーヴァントを連れてレイシフトを終了させ、特異点に降り立ったらしい報告がなされる。

 その後はしばらく様子を見ていたのだが、どうやら向こうで出会ったエネミーが大量の団子を落とすらしい。しかも概念礼装扱いで全く汚れておらず、かなり美味しいのだとか。なのでそれらを回収次第こっちに送ってもらうことにして、向こうは早速犯人捜しの旅に奔走を開始した。

 途中サーヴァントと出会って交戦したり、エネミーを見つけ次第速攻で倒したりしているのをカルデア側から実況しながら、いつの間にか待つこと数時間。

 

「……で、送られて来たのがこの団子山ですか。これじゃ何のために私たちが団子をたくさん作ったのか問いたくなりますね」

 

「うーん、これはちょっと私にも予想外だなーって。まさかここまでエネミー産の団子が膨れ上がってしまうとは。処分にはきっと困らないだろうけどさ」

 

「あの暴食騎士王が居ればどうにでもなるわな、そりゃあ。だがまあ、そう気を落とすな。努力したならその分報いられることはあるだろう。それがいつなのかは知らんがな」

 

 珍しいアンデルセンの慰めを背にしながら見ているのは、山と積まれた団子の数々である。その奥に見えるモニターの向こうは、既に犯人と思しきミス・オリオンと名乗る英霊(神霊)との交戦に入っており、凄まじい勢いでオルタさんが剣を振るっている。その様はまさに悪鬼の如し、どうやら本当に食い物の恨みを教え込んでいるらしい。可哀想に、女性とそのマスコットらしき熊が若干涙目になっている。

 ともかくひたすらエネミー狩りを続けて送られてきた団子の総量はよく分からないことになっていて、現状置き場に困りそうな勢いである。こんなことになるならば、あそこまで張り切って団子を作らなくても良かったのではないかとさえ思えてしまう。

 

 そんな私を横目にドクター・ロマンはと言えば、感慨深そうに団子の山を眺めていた。

 

「確かに凄い量だなぁこれは。だけどうん、アンデルセンの言う通りだ。確かにボクらが作った分は微々たるものになってしまったけど、作ったこと自体は無駄じゃないからね。このために経験したことはきっと何かに活かせるだろうし、それになにより――」

 

 こちらを真っすぐ見て来た。彼の澄んだ瞳と目線が交わる。

 

「団子作りは楽しかったからね。ありがとう、マーキダ」

 

「~~~~っ! い、いきなりそんなこと言わないでください恥ずかしいですから!」

 

 恥ずかしくなってすぐに視線を逸らしながら手をぶんぶんと振る。なんて事を言うのだ彼は。なまじ本当に感謝の念しかないから性質が悪い。

 

「はははっ、もう少し女心を学ぶんだなロマニ。それじゃあ意中の女は射止められないぞ?」

 

「そういう君はバリバリの男じゃないか。本当に女性の心理が分かっているのかい?」

 

「さて、そこの作家よりかは分かっているつもりだがどうだろうね?」

 

「馬鹿め、俺の前で愛にまつわる話をするなど百年早いぞ。俺ならば必ず意中の相手に想いが百パーセント伝わる恋文を作成してやる。もちろん、やる気が出ればに限定されるが」

 

「相変わらずミスターアンデルセンはこう、あれほどの名作童話を書いたとは信じられないような方ですね……」

 

 なんだか疲れたような声が背後から聞こえて来た。見れば、そこに居たのはちょうど特異点から戻って来たらしいマシュさんだった。その後ろには立香君やオルタさん、それにマルタさんもいる。どうやらドクターが私達と会話をしている内に、職員の方が彼らのレイシフトを終わらせていたらしい。

 

「よし、立香君もお疲れ様だ。まだまだ夜は長いんだし、こっから気を取り直してお月見としゃれ込もうじゃないか。幸い、団子も山ほどあるし昨日みたいに盛り上がれそうだよ」

 

「そうだ、祭りとはこれでこそだ。食べ物の山に囲まれ過ごす、これ以上の贅沢はあるまい?」

 

 問いかけるようにしてオルタさんがいきなり団子の山に手を伸ばして、月すら見ないで頬張り始めた。まさに花より団子ならぬ月より団子。鎧すら脱がないその様に呆れながら、けれど誰も敢えて止めることはせず各々画面の月を眺めながら団子を頬張る。

 この団子はもはや自分で作ったものではないだろう。だけどそれでも、何故だか無性に美味しく感じられた。




これにて月見イベは終了です。ご愛読ありがとうございました。
次回からは第三特異点、こっからは普段通り三人称視点に戻します。ハロウィンとかはまた別の機会でやるとします。

追記
作中ではロマンが手袋を取っているように見受けられる描写がありますが、手袋と指輪はその前にこっそりポケット行きしていたという事でお願いします。本来書くべきこのことがスッポリ抜け落ちていました、申し訳ありません。

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