智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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半分タイトル詐欺です。


第十五話 オケアノス冒険譚 Ⅰ

 第三特異点へのレイシフトまでは、第二特異点の攻略から数えておよそ十日ほどの猶予がある。その間にマスターもサーヴァントも各々休息を取り、また鍛錬に費やしたりして時間を過ごしていた。

 そして翌日に特異点へのレイシフトを控えた日の夜、人気の少ないカルデアの廊下を歩く二人分の足音があった。

 

「それにしても私たちをわざわざ呼ぶとはどういった用件でしょうかね?」

 

「俺が知るか。詳しいことは本人に聞くんだな」

 

 にべもなく返されて、マーキダは仕方なしに口を噤んだ。アンデルセンの口が悪いのはいつもの事だから、今さら気にしはしない。互いにそれ以上口を開くことは無く、マーキダとアンデルセンは黙って肩を並べ歩いていた。

 結論から言えば、この二人がともにいるのは珍しいことだった。マーキダは基本的に厨房か中央管制室に居座っており、一方でアンデルセンはカルデアの資料室か自室に籠っていることがほとんどだ。それ故に接点が少なく、仲が悪いわけではないが特別良いという事も無い間柄である。

 それだけに、何故この時間に自分たちがまとめて呼ばれたのかが二人の疑問なのだが、それも目的の部屋まで来たのですぐに明かされることだろう。

 

「入りますよ」

 

 そうして二人は一言かけてから、ロマニ・アーキマンの自室の敷居をまたいだ。

 

「やあ、よく来たね二人とも」

 

「いらっしゃーい! 今日はここが臨時のダ・ヴィンチちゃん工房だ。ゆっくりしていきたまえ」

 

「勝手なこと言わないでくれないかなレオナルド! ここボクの部屋だからね!? ボクの部屋!」

 

 さっそく二人でユーモアのあるような無いような自由なやり取りをしているのを横目に、二人が部屋に入った。背後で扉が自動で閉まる音が聞こえる。

 見渡してみれば、そこは部屋というにはあまりに生活感の()()()()()部屋であった。床には資料であろう紙束がこれでもかと散らばり、足の踏み場がほとんどない。そのうえ一つしかないテーブルにはパソコンと共にお菓子の袋や容器が散乱していて、これまた物の置き場がない。

 有体に言って、汚い部屋といって差し支えなかった。

 

「これは……今度掃除でもしておきましょうか? さすがに酷すぎません?」

 

「いやいや大丈夫、ここはボクの部屋だからそこまでしてもらう必要なんてないさ。そもそもそうまで君に気にかけてもらう義理もないしね」

 

「だがこれは……いや、俺からは何も言うまい。男とはだいたいこのようなものだ。俺とてこれだけの原稿の山を作れればどれだけ仕事が捗ったことか」

 

「はいそこ、思い出に浸らない! それよりも座りたまえ。ロマニのベッドにでも腰かければいいだろうさ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉に従い、マーキダとアンデルセンが唯一の空白地帯であるベッドに浅く腰掛けた。それを横目にしながらロマンとダ・ヴィンチちゃんも椅子に座り、この場に呼ばれた四者が一様に集った。

 

「さてと、まずはわざわざこんな時間に来てくれてすまないね。ボクの方からどうしても内密に、かつ今のうちに話しておきたいことがあったから呼ばせてもらった」

 

 先ほどまでとは打って変わった真面目な顔で語るロマンに、自然と三者の顔も引き締まった。部屋の密度が心なしか高まり、ゆっくりと時間が流れるように感じる。

 

「議題はまあ、この場に集ったメンバーを見れば何となく察したかな? 単刀直入に言えば、ボクらが相手にするであろうこの事件の犯人、黒幕についてだ」

 

「ふん、やはりそうか。大方マスターが居ないのは変な先入観を持たせない為だろう? 予測はあくまでも予測、どれだけ言葉を積み重ねたところで真実の姿には劣る。俺たちが妄想した敵をそのまま疑い続ければ、見える事にも見えなくなるからな。それはまずいだろうよ」

 

「その通りさ。だからこの場で話すことは私たちだけの秘密、気の毒だが彼らには内緒だ。ああ、悪いが騎士王と聖女にも無しだ。彼女たちには別に話してもいいんだけど――」

 

「敢えて()()()()()()()()()()()ことで、立香君とマシュさんに疎外感を感じさせないようにする、ですか。それにあの二人はやっぱり大人ですから、こちらの意図も察してくれることでしょう」

 

 満足げにロマンとダ・ヴィンチちゃんが頷いた。打てば響くかのようなやり取りによって非常にスムーズに議題についての前提条件、土台が出来上がっていく。なのでこれ以上無駄な言葉を紡ぐ必要は無く、まずは主催者としてロマンが口火を切った。

 

「ボクらはこの前のローマで”魔神フラウロス”を名乗る者と遭遇、戦闘行為に至った。そしてその際に彼の口から非常に興味深い言葉、すなわち”七十二柱の悪魔”と”王の寵愛”、加えて”魔神柱”というワードを確認できた。まずこれらについてボクの見識を述べたいと思うけどいいかな?」

 

 全員が首肯した。

 

「最初に言わせてもらえば、あの魔神フラウロスと名乗った存在は受肉している。この時点でもう、本来の悪魔の定義とは違う存在だ。そこから鑑みるに、魔術王の関与があるかは正直疑わしい。彼の悪魔は有名だけど、さすがにあのような醜い姿をしていたらもっと記録があるだろうからね。ここまでがボクの見解だ」

 

 それに反論したのはアンデルセンだ。

 

「しかしだ、ロマニ・アーキマン。客観的に見て、奴が魔術王ソロモンと関係が無いと断じるのは不可能だろうよ。”七十二柱の悪魔”に”王”の単語、それで俺たちがまず思い浮かべるのはそいつだからな。そも人理焼却などという大偉業、それなり以上に高い位置にでも居なければ到底不可能だろう」

 

「ですが私からすれば、彼は関係ないと思います。直接彼と過ごしたからこそ分かりますが、あの方は例え人に対して共感は出来ずとも、しかし滅ぼすことは決してないと断言できます。だからこそ私もドクターの意見に賛成です。魔術王が関与しているとは考え難いし、よしんばあのフラウロスが本物の七十二柱の一柱だとしてもその背後にいるのは違う存在でしょう」

 

 今度はマーキダの意見。ここまでの三者は二人が魔術王の関与に否定的で、一人が肯定的だ。そして最後の一人、カルデアが誇る天才と言えば――

 

「よし、このまま行けば水掛け論にしかならないだろうからいったんストップだ。この際だからひとまず彼の後ろに居るであろう人物についてはおいておこう。それよりもまず、レフないしフラウロスについての二人の意見を聞いておきたい。直接あの男を見て話して、君たちはいったい何を感じたのかな?」

 

 議題をひとまず止めて、新たに話題を振って来る。実際その判断は正しいだろう。このまま行けば明確な確証もないままに終わらない議論が延々と続くことになるのだから。

 

「……私からはまあ、直接会ったこともないのに随分と恨まれていたと感じましたね。それと不可思議な同情の様な憐憫の様な、そんな感覚ですか。確かこのカルデアの望遠鏡、近未来観測レンズ・シバを作成したのはレフという話じゃないですか。いったいどのような意図でそんな名前を付けたのやら」

 

「そんなこと決まっているだろう、強烈な皮肉さ。奴がどうしてお前を知っているのかはいくつか説が考えられるが、とにかくお前が恨めしくて仕方ない! だから奴はお前の国の名を付けたのだろうさ。『人理の観測ゥ? そのような事は一切無駄無意味! 故にこそ、このレンズには人類一の無能の名こそ相応しいッ!』といった風にな」

 

「貴方さりげなく私のこと馬鹿にしてませんか?」

 

「さて、俺はただ奴が言ったことをそのまま真似ただけだが」

 

 憮然とした顔でマーキダが押し黙った。だがアンデルセンの所感はまだ一切語っていない。なのでまたもや彼が口を開く番だった。

 

「それで俺から見た奴の感想だが……かなり難解だな。そして度し難い。あいつは人の事を理解しているが、同時に根本的には分かっていない。その証拠に、あの男には愛が無い」

 

「? それはどういう意味だい?」

 

「そのままの意味さ。愛は人の持つ最大の欠陥にして特殊スキルだが、奴の場合はどうも違う。人を愛していない――というよりも、人を()()()()()()()()()()()()というべきか。それが俺の感じたことだ。これ以上は資料が少なすぎるから今は控えさせてもらおう」

 

「……それはまた、寂しい話じゃないですか。よりにもよって愛を知らないとは」

 

 またもや難しい意見というか、扱いかねる言葉だ。しかしアンデルセンの観察眼は間違いなく一流のものであり、他者の真実に容易に近づくだけの技量を持っている。だからこそ、彼の言葉は一言一句無視できない貴重なものとなるのだ。

 その後はしばらく意見が飛び交うが、どれも納得に足るだけの勢いはもてない。やはりと言うべきか黒幕についての情報が足りなさすぎるのだ。客観的に見れば確かに魔術王ソロモンがかなり怪しいが、まだそうと断定するには早すぎる。その名を借りるか騙っているだけの可能性も十分に見れるし、何より魔神柱の性質が悪魔とあまりに違いすぎるのだから。

 

 そして結局、この議論を打ち破ったのは発起人その人であった。

 

「ふぅ、意見はあらかた出尽くしたかな? 薄々感じてはいたけど、今のボクらじゃ全く黒幕の正体と目的には辿りつけそうにないらしい」

 

「そりゃそうだろうさロマニ。私だってもっと前から考えて、それでも全然見えないくらいなんだ。ちょっとの情報が増えたくらいで期待するのは虫の良すぎることさ」

 

「……そうかもしれないね。よし、じゃあ今夜はここでお開きにしよう! 手間を取らせて悪かった、君たちも明日に備えてしっかり用意なり休息なりしておいてくれ」

 

「ああ、是非ともそうさせてもらおう。業腹ながら俺は明日から肉体労働だからな、よく体力は回復させねば。まったくよくもまあ俺なぞをこうまで酷使してくれるものだ」

 

 文句を吐きながら部屋から出て行こうとするアンデルセンに、心底不思議そうな様子でロマンが声を掛けた。

 

「その割には、君は素直に従っているじゃないか。忌憚なく言わせてもらえば、ボクは君の事をもっと捻くれた男だと思っていたのだけど」

 

「そうだ、スパッと言われたがその考えで間違っていないぞ。ただ、マスターである立香はド三流サーヴァントの俺をアテにし、そしてマシュ・キリエライトは俺の作品の愛読者ときた。……こうまで来れば、俺とて作者として応えないわけにはいかんだろうさ」

 

「素直じゃないね、君は」

 

「お前に言われたくないさ、アーキマンよ。そっちこそ、もう少し素直になってその心の裡を曝け出してみたらどうだ?」

 

 意味深にそれだけ言い残して、アンデルセンは部屋から去って行った。残ったのは三人だけ、またも妙な沈黙が流れるが、今度はダ・ヴィンチちゃんがそれを振り払う。

 

「さてと、私達もやることは山積みだ。マーキダ、明日はまだ君の出番では無いのだろう? それならここで私たちの作業を手伝ってくれ。今は猫の手も借りたい有様でね」

 

「……分かりました、やれる限りはお手伝い致しましょう」

 

「おいおいまた勝手に決めないでくれよレオナルド……まあでも、ありがとう。助かるよ」

 

 裏方たちのやることもたくさんある。そして、夜はまだまだ更けていく――

 

 ◇

 

「第三特異点へのレイシフト、無事に完了しました。藤丸立香、マシュ・キリエライト並びに各サーヴァント達のバイタルは全て正常値です」

 

「よし、今回もちゃんと成功したね。毎度この時ばかりは冷や冷やするよ。ここからは存在証明の時間だ、各自気を抜かない様に」

 

 中央管制室に響く職員からの明るい報告に、ロマンがホッと胸を撫で下ろす。いくら成功率は限りなく百パーセントに近いと言えど、不安なものは不安なのだ。この辺りはロマンの心配性な部分も多分にあるだろうが。なので成功したことに安堵し、顔がほころぶ。

 

「そして私は居残りと。世はこともなし、なんとも平和なものです」

 

 対照に不貞腐れた顔をしているのは、やはり居残り組とされたマーキダであった。本来ならばアンデルセンと席を替わるのが最も効率が良いのだろうが、それでは特異点の攻略がぬるくなりすぎるという事で止められているのだ。実際彼女は近接も遠距離もサポートも手広くこなせてしまうのだから仕方ない部分もあるが。

 そうして相も変わらずロマンの横に椅子を構えた彼女が見つめるモニターには、レイシフト先の海賊船で早速一悶着起こしているマスター達の姿が映っていた。無論の事人間である海賊たちはサーヴァントの相手にはならないが、それにしてもハラハラさせられる光景だ。

 

「いやはや、立香君達の巻き込まれ体質はすごいですね。まさかいきなり見ず知らずの海賊船のど真ん中とは」

 

「これはちょっとお祓いを勧めたくなるけど、それをやるにはまず人理焼却を阻止しなきゃならない矛盾があるからねぇ……でもいきなり海に落とされるよりかはマシじゃないかな? 今の彼なら海賊船をそのまま乗っ取るくらいしちゃいそうだし」

 

「それはまあ……そうかもしれませんね。うーむ、私だって舟を出すくらいしてあげるのですが」

 

 ぼやいている内に案の定立香は海賊船を乗っ取り――というよりかはまだ穏便なお願いという形で乗せてもらうことになっていた。ここまで来てそろそろ彼の肝も太くなってきたらしい。セイバーオルタのスパルタな教育もいよいよ成果を出してきたようだ。この変わり様には思わずロマンの目にも感激の涙が浮かぶ。

 

「確かにこうなるかもと言ったのはボクだけどさ。純朴だったはずの彼がこうまでイケない方向に染まっていくなんて……人理焼却とは恐ろしいものだよとほほ」

 

「いや、それはさすがに関係ないかと思いますので泣き真似は止めましょう」

 

 呆れたようなマーキダの声が響く。その間に立香たちは船旅を終えてとある島に辿りつき、そこで世界を開拓した女海賊と出会った。彼女と出会い、そして計測された途方もない反応を見てまずはロマンが一言。

 

「せ、聖杯の反応だぞ!」

 

「嘘ッ、本当ですか!? 開始一時間も経たずに人理修復完了ですか!?」

 

『少し落ち着きなさいってそっちの二人とも。それは偽物の聖杯のそのまた親戚というべきもの、なんでもフランシス・ドレイク船長がポセイドンとやらを自力で倒して手に入れた代物らしいわよ』

 

 のっけからいろいろ波乱のありそうな展開になって来た。ロマンがその荒唐無稽さに頭を抱えて通信機に向かってありったけのツッコミをかまして、マーキダは早とちりを恥じて赤くなって黙り込んだ。そして通信機の向こうから響くのは、豪快な女海賊、星の開拓者の笑い声だ。

 

 ――第三特異点オケアノスの攻略は、こうして幕を上げたのだった。




ちょっと前半が嵩みすぎましたが、このカルデアだと一回こういう情報の整理はしていないとおかしいと思いましたので入れました。

それにしても前回の話の投稿後の推移をみると、どうにも評価が落ちたりお気に入り数が激しく減ったり増えたりしていて微妙に落ち込みました。やはり所詮はオリ主と原作キャラでイチャつかせるのはダメなのか、それとも話の構成や書き方に問題があったか……
原因はまだ読み切れていませんが、今後とも面白くて綺麗な話を作れるよう出来るうる限り精進いたします。

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