智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

20 / 41
今回はいつにもましてオリジナル設定と独自解釈が多いです。ご注意ください。


第十九話 最強の試練

 ――世界の裏側という言葉がある。

 

 それは文字どおりに世界、つまり星の内海を指す言葉だ。神秘の薄くなった西暦以降に多くの幻想種が住処と決めた地であり、魂だけとなった彼らは次々と人間の前から消えていくこととなる。

 つまりこれは星を支配する法則が神秘から物理法則へと変遷した事を意味し、星の表面を覆う織物(テクスチャ)もまた神代から人の世へと完全に移り変わったということ。神秘はただでさえ減少していたのが、この変遷によって加速度的に消えていったのだ。

 

 一般的に、神秘が消えた最初の切っ掛けは英雄王ギルガメッシュとされている。彼が神を廃した決別により神代の終わりは決定付けられた。ここが神秘の終わりに対する始まりといって良いだろう。

 では、その次はどこなのか。ここで登場するのが魔術王ソロモンである。彼はただ一度の魔術行使だけでその名を馳せ、魔術王として立脚した。そしてこの人物の死をもって神秘の終焉はいよいよ本格的となり、世は物理法則の支配する世界へと変わっていったのだ。つまるところこの出来事は神代が本格的に姿を消す契機の予兆であり、世界の裏側という形をとった神代が物理法則の台頭する”表面側”によって押しやられたという意味を示す。

 

 ここで、一つの例を取ろう。

 

 目の前には普遍的な大きさの机があり、そのうえには薄い布が被さったテーブルクロスが掛かっている。この時の机を星、テーブルクロスを世界の裏側と仮定し、薄い布を現実の世界としよう。

 この場合、テーブルクロスはひどく不安定である。引っ張れば呆気なくずり落ちてしまうし、何かの衝撃で揺れる可能性もある。あるいは捲ることすら容易だろう。このままではとても安全とは言えず、世界の裏側(テーブルクロス)が崩れればその上に乗った現実の世界(薄い布)も共に崩壊してしまう。

 これを防ぐ為に用意されたのが、テーブルクロスと布ごと机に縫い止めることのできるピン。つまりは世界の裏側に立つ惑星(ほし)を縫い止める最果ての塔である。この塔のお陰でこの世界は崩壊の危険が無く、世界の裏側もまた安定した存在となっているのだ。

 

 だが、これには一つ致命的な見落としがあった。先の例をもう一度挙げてみよう。テーブルクロスは確かにピンによって固定されたが、誰も真っ直ぐ伸ばした状態で留めたとは言っていない。だから、実はテーブルクロス自体が()()()()()()()どうだろう? 四隅は確かに安全だ。しかし中央部分は布が余っているため風が入り込めば呆気なく膨らみ、上に乗った布をも押し曲げてしまうだろう。そしてこの動きを世界規模で考慮すれば、世界の裏側とその上に成り立った現実世界も大変な事態に見舞われることは想像に難くない。

 

 だから、世界はそれを防ぐべく”重石”を欲した。それも西暦に完全に移行してからでは遅い、もっと早くからだ。此度は織物(テクスチャ)を縫い止めるのではなく押さえつける重石なのだから、神代の神秘を纏い、また台頭を始めた物理法則とも親和性が高い方が好ましいだろう。その方が二つの世界に及ぼす影響は少ないはずだから。

 となれば、人の世に存在するモノを重石としてしまうのが理想か。だがこれに合致する存在があったとして、小さな規模ではいけない。それでは吹けば飛ぶ程度の小石にしかならないのは目に見えている。よって一番の理想となるのは国規模の存在、それも神代にて巨大に繁栄しながら神秘も物理法則も呑み込める、いわば神代時代の最後にして最新の国だ。

 

 果たして、これに合致する国は存在した。故に世界はその国に積み上げられた歴史という概念を奪い、これをもって世界の安定に用いた。だからこの国は人々の記憶にしか残らず、あらゆる記録から抹消されたのだ。それは悲劇的とも言えるし、運が悪かったとも言えるだろう。

 

 ――そしてかの国こそは、歴史から消えた幻想王国。唯一女王の保有する歴史書だけがその存在を証明できる虚構の国土。これこそは、シバの国に他ならない。

 

 ◇

 

 ヘラクレス。

 その名は魔術世界においても一般世界においてもあまりに有名な名前だ。古今東西において知らぬ者などいないであろう英雄の中の英雄。最強の名を(ほしいまま)にし、ありとあらゆる難行を越えてみせた不撓不屈の大英雄である。

 そんな相手に、これから立香たちカルデアの面々は挑まなければならない。確かに相手はバーサーカー、思考は狂気に呑まれ常の理性は薄れている。だがそれでも、鍛えぬいた武技の冴えは失われていない。オルタと真正面から張り合えることが何よりの証拠だ。

 

「なんだ、もしかして緊張してんのかい?」

 

「ドレイク船長……えぇ、そりゃあもう。本当にうまくやれるかどうか心配でしょうがないですよ」

 

 島の海岸近くにて。イアソンを待ち構える一行はヘラクレスを打倒すべく息を潜めて彼らの到着を待っていた。木陰の中で静かにその時を待っている立香に、手持無沙汰のドレイクが話しかける。

 

「そうは言ってもアンタが肉付けした作戦だからねぇ。司令官がそんな浮かない顔してちゃ、ついてく部下も怖気ついて逃げ出しちまうよ?」

 

「それを言われると立つ瀬がないんですがね。……ドレイク船長は怖くは無いのですか?」

 

「アタシかい? そりゃあ勿論怖くないと言えば嘘になる。なんだいありゃあ、筋肉達磨のくせに技能があって、その上殺しても死なない不死身の男ときた。そんなのに生身で向かおうなんざ自殺行為もイイとこさ」

 

 そういう割に、彼女は全く怯える様子など見せない。同じ人間のはずなのにどこまでも立香とは対照的だ。だから彼は、思わずその理由を聞いていた。

 

「あん? 今更そんな事聞くのかい? アタシとアンタは既にこの特異点での協力関係を成立させている。なら手を貸すのが商人ってもんだし海賊ってやつだ。それにね、命ってのは出し惜しむもんじゃない。金や酒と同じでパーッと使ってこそのモンさ。だからアタシはここで命を張ることに不満はない。むしろこの程度の山、いつだってアタシらは越えて来たのさ!」

 

 言うだけ言って豪快に笑うドレイクに、つられて立香も笑みをこぼす。緊張していたのがまるで馬鹿のよう。彼女を見習った玉砕覚悟はどうかと思うが、今だけはそれくらいの気概で挑むべきなのだろう。

 

「そうそう、その面構えだ。いい顔になってきたねぇ、それでこそ率いるモンの顔ってやつさ。……っと、来たようだよ」

 

 俄かにまとう雰囲気を変貌させたドレイクの示した先には、確かにアルゴー船の姿がある。いよいよ文字通りに全てを懸けた総力戦が始まるのだ。

 

「よし、それじゃあみんな手筈通りに」

 

 周囲に向かって立香が言えば、静かにサーヴァントが移動する気配を以て肯定が返される。そして彼の近くに残ったのはマシュとセイバーオルタ、アンデルセンにエウリュアレという面々であった。他の者達はアルゴー船に対する陽動とつり出しを担当し、マーキダだけは島の奥でスキル『幻想女王』を用いた陣地作成を行っている。

 しばらくして、多数の矢が風を切って飛ぶ音と、それが船からの魔力砲によって撃ち落とされる音が響いた。次いで槍が振るわれる鈍い音と、竜の吠え声。とうとう戦端は開かれたらしい。

 

「先輩、おそらくはもう――」

 

「■■■■――――ッ!!」

 

 マシュの声がかき消される。それはまさしく狂戦士の咆哮。あらゆる英霊のほとんど頂点に立つ者の叫びだ。もはやその声はそれだけで威圧感を抱かせ余りある。足が震えそうになった立香はしかし、それでも毅然として前を向いた。

 

 ――そこには、標的(エウリュアレ)を捕らえんとするヘラクレスが猛然と向かってきている姿がある。

 

「来るぞッ! 命を張れマスター! この最強の試練、見事乗り越えて見せろ!」

 

「上等ッ! 令呪を以て命ずる! オルタ、絶対にヘラクレスをオレたちに追いつかせるな! それからアンデルセン!」

 

「こいつはとっておきだ、上手く俺を運べよマスター。”トランクよ、遥かなる空を目指し駆けるがよい”」

 

「私の扱いは丁重にね、勇者さん?」

 

 次の瞬間、様々なことが一挙に起きた。

 疾走するヘラクレスの斧剣をオルタが令呪によって増幅された力で真正面から受け止めた。衝撃で地面が窪み、体重の軽いアンデルセンとエウリュアレが浮かび上がる。

 いや、浮かび上がり、そのまま空中に浮遊した。アンデルセンの行使した術によって引き起こされた現象を確認するまでもなく立香が二人を小脇に抱え、その場から離れるべく全力疾走を開始した。

 

 そう、これこそが立香の肉付けした作戦だ。イアソン達の狙うエウリュアレを抱えて立香が全力疾走、奥地で待つマーキダの元まで逃走する。それによってヘラクレスをイアソン達から引き離し、ヘラクレスのサポートをさせない。反対に逃げる立香のサポートをマシュとアンデルセンで行おうという魂胆だ。

 だが無論の事、ヘラクレスから逃げたところで即座に追いつかれるのが関の山だ。だからこそ、セイバーオルタがここにいる。

 

「■■■■――――ッ!」

 

「行かせると思うか? 甘いぞ、ヘラクレス!」

 

 ヘラクレスの剛剣を同じくオルタの剛剣が受け止めた。発生した剣戟による衝撃は周囲の木々を容易くへし折り、まるで局地的な台風でも起きたかのような惨状を露呈させる。だがこれはまだまだ序の口、どちらもこれから先こそ本領である。

 振るわれる斧剣をかがんで躱したオルタの剣がヘラクレスの腕を確かに斬りつけ、しかしまったく通用しない。やはり『十二の試練(ゴッドハンド)』は厄介であると改めてオルタが歯噛みして、その不利をおくびにも出さず不敵に笑った。

 

「どうした、()()()()()()。守る者がいなければ本領は出せんか? いや、それとも本来守るべき幼子を手に掛ける事を躊躇うか。皮肉なものだな、私と貴公の立場が逆転する日がこようとは」

 

「■■――、■■■■!」

 

 揶揄するようで、しかしその実わずかに敬意の含まれたオルタの言葉。それによってほんの一瞬、理性の無いはずのヘラクレスが動揺したかのように見えた。その隙をオルタは逃さない。一気に後方へと跳んで、開いたはずの立香との距離を多少なりとも埋め戻す。そうしなければ、最後の詰めを打てないから。

 

「悪いが貴様を誘導しなければならないのでな、しばらく付き合ってもらおうか。なに、退屈はさせん。あの時に比べれば今の私は確かに弱いが、故にこその強さがあるのだから」

 

「――■■■■!!」

 

 オルタの言葉が分かるかのように、さらに勢いを強めて突進するヘラクレス。迎えうつ様に黒の魔力をその身に纏わせたセイバーオルタ。一歩も譲らない両雄の戦いは、まだ始まったばかりである。

 

 ◇

 

「そうらキリキリ走れ! 奴は締め切りなぞ待ってはくれんぞ! 締め切り(デッドライン)はすなわち(デッド)だ、それがいやなら馬車馬の如く走るんだな!」

 

「分か、ってる、っての……!!」

 

「ミスターアンデルセン、冗談を言っている暇はありませんよ!」

 

 とにかくひたすら走っている。第二特異点でも決戦を前に走り通した気がする立香だが、状況ははっきり言ってなお悪い。浮いているから重さは感じないとはいえ、二人を抱えて走っているのだ。それに加えて今回の相手は追いかけるのではなく追いかけて来る者、それも徒歩ではなく全力疾走の大英雄がだ。どれだけ走っても聞こえてくる戦闘の音色は、作戦と分かっていてもなお立香の精神を蝕んであまりある。

 また、他の者の援護は期待できない。なにせアルゴー船に残ったメンバーとてヘクトールとメディアという屈指の英雄たちなのだ。そのような余裕はないだろうし、むしろ期待する方が虫の良い話といったところだろう。

 そのとき、後方で一際鈍い音が響いた。ついで密度のある砲弾が飛ぶような音が宙を走る。遅れて立香の隣にロマンのホログラムが浮かび上がる。

 

『!? ヘラクレスがオルタから離れた! そっちに来るぞ!』

 

「マシュ!」

 

「はい! 先輩には指一本だって触れさせません!」

 

 マシュが力強く答えた数瞬後には、もうヘラクレスの巨体はすぐそこにいた。迫り来る明白な死の塊。豪快に振るわれる斧剣をマシュがすれすれで盾で防ぎ、その合間を縫って立香がさらに駆け抜けた。

 

「ほら、あなたは仕事しなくていいのかしら? それとも口が回るだけの腰抜けなの?」

 

「馬鹿め、俺の仕事はいつだって筆と口を動かすことだけだ。”白鳥のように飛び立て。この池は、おまえたちの住む場所ではない”」

 

「■■――!?」

 

 自作の童話の一節をアンデルセンが唱えた瞬間、まさにマシュに向かい斧剣を振り上げていたヘラクレスが一気に遠くへと吹き飛ばされた。咄嗟の事に体勢を整えきれないヘラクレス。その先に待っているのは当然ながらセイバーオルタであり、既に堕ちた聖剣は漆黒の光を湛えている。

 

「遠慮はするな、好きなだけ喰らっていけ――! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』ッッ!!」

 

 解放された暗黒の光がヘラクレスを寸分たがわず呑み込み、その命のストックを容赦なく削っていく。そして光の奔流が収まった頃には、瀕死になりながらも直立不動のヘラクレスの姿がある。受けた傷もすぐに修復が始まり、数秒もすればまた元通りの姿に戻る事だろう。

 

「さて、これで私の切れる手札は全て切った。後は立香の意地と、幻想女王の奥の手に委ねるだけか」

 

 嘯きながらもオルタは剣を構えることは止めない。もう彼女の放つ攻撃は一切通用しないだろうし、それを僅かに残った理性で承知しているだろうヘラクレスはもっと果敢にオルタを突破しようとするだろう。

 それで構わない。元より彼女は死兵、時間稼ぎと出来る限りの命のストックの消失が任務なのだから。かといってカルデアで復活出来ることにかまけて死ぬ気もまた毛頭ない。それは命を張って戦う己がマスターとマシュに対して、あまりにも不誠実な行いなのだから。

 

 故にまたも最強格の大英雄同士が激突し、その音を背にしながら立香はとにかく一心不乱に前だけを目指す。目的地はもうほど近い。いま走っている草原をもう少し進んだ先の山影、そこは勝利と安全の確約された幻想の国土となるのだから。

 

『あと五十メートル! もうひと踏ん張りだ!』

 

「了解――! 絶対に成功させて見せるとも!」

 

「先輩!」

 

 鋭いマシュの一声、思わず振り返ればヘラクレスの威容がそこにはある。また追いつかれたか、そう歯噛みするもどうしようもない。むしろ攻撃が一切通用しない中でオルタはよくやっている、それを理解するからこそ泣き言だけは決して言わない。

 振るわれた斧剣をマシュがどうにか受け止める。彼女の技量もまた素晴らしいものではあるが、単純な話として嵐のような暴力を防ぎきれるだけのものでは無い。故にマシュが勢いよく弾かれ、いよいよ立香が無防備な状態で晒された。

 

 ここまでか――いいやまだだ。まだもう一人残っている。

 

「よく来ました! ここは任せてそのまま走ってください!」

 

 草原の終わりに位置する山の影から、立香とすれ違うようにして一目散にヘラクレスに迫る影があった。準備を終えたマーキダである。彼女は『魔力放出』とその剣技で紙一重のところで立香に迫る斧剣を防ぎ、大英雄に立ちはだかった。

 

「私は対人戦の経験が浅すぎるので大した時間稼ぎは出来ませんが、まあ数秒止められれば御の字でしょう」

 

 笑う。その言葉に嘘はない。例えどれだけ彼我の条件をマーキダに有利に整えたところで、ヘラクレス相手に二十秒も打ち合えれば万々歳である。だからこそ、今の状況では数秒程度の時間稼ぎしか出来ず、この場ではそれで十分だった。

 

「ふん、まさか女王自ら出てくるとはな。キャスターの本領を忘れたか?」

 

「それこそまさか。ただ私は貴女が居ると知っているから出て来ただけの事ですよ」

 

「……そうか、ならば期待に応えるとしよう」

 

 遅れてやって来たのはセイバーオルタ、傷だらけになり鎧も破壊されながらどうにか生きている。そんな彼女と交代するようにしてマーキダが山の影に戻り、何度目かも分からない剣戟を披露する。

 放たれる剛剣を防ぐオルタの姿はもはや精彩に欠けていて、このままいけば押し切られるのが見えている。その証拠に、ぼろきれのように彼女は吹き飛ばされた。それを猛追するヘラクレスに、オルタが口元を弧に歪める。

 

「かかったな、女王の罠に」

 

 吹き飛ばされた先は立香とマシュ、そしてマーキダの消えた山の影だ。すべては騎士王の狙い通り。

 

 ――この瞬間、命のストックを半分以下に減らしているヘラクレスの敗北は決定付けられた。

 

「シバの女王として、敵意ある侵入者に罰を与えます」

 

 厳かなその声と共に、ヘラクレスは自身の能力の低下を自覚した。おそらくは呪術によるもの。同時に、理性の片隅でこの場所が一六世紀の海ではなく、紀元前の土地と化していることに気が付いた。

 これこそはシバの女王マーキダの保有するスキル、『幻想女王』の効果だ。常に彼女を中心として狭い範囲をシバの国土とするこのEXランク(規格外)のスキルは、実のところ大した恩恵を与えてはくれない。せいぜいが筋力のランクを一段階上げる程度の効果であり、それなのに魔術によって範囲を増やせたところでなんの意味も為さない地味なスキルだ。

 

「『幻想太陽神殿(マハラム・ビルキス)』、起動。全制限を解除します。出力最大、これより国土への不法侵入者の排除を行います」

 

 しかしそれも、マーキダの保有するもう一つのEXランクの(規格外)宝具、『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』があれば大きく化ける。シバの女王という存在を以て逆説的に証明されたシバの国は、その国土にのみ降り立つ事を許される。シバの国を排斥した世界に対して、声高に王国の存在を証明する権利を得るのだ。

 故に、証明されるはシバの女王の聖域でもある”太陽の神殿”、それが宝具と化したものである。『幻想女王』によって広げられた国土の半分以上を使い、煌びやかにして神聖なる神殿が顕現する。設置された強力巨大な改造魔力砲は、確かな威力と威容を以て敵対者ヘラクレスを滅ぼさんと牙を剥いた。

 

 そして、女王の手札はそれだけではない。

 

「■■■■――!?」

 

 上空に影が差す。眼前に迫る脅威から逃れんとするヘラクレスを襲ったのは、容赦のない砲撃達。だがそれは正面に聳え立つ神殿からのものではなく、その上に飛来した銀の舟から放たれた一撃。それらに混じり数本の棒が銀舟から射出され、陣を描き中心のヘラクレスの動きを確かに封じて見せた。

 

 されど、ヘラクレスにしてみれば拘束はたかだか小石に躓いた程度のもの。打ち破るのはあまりに容易い。けれども、これこそが王手に繋がる一手だという事もまた彼は理解していた。

 臨界寸前の魔力砲が、今か今かと発射の時を待ちわびている。強く、強く、ただ強く。総てを滅ぼす圧倒的な火力が解放されるその時を。

 

 最後の一手は、幻想女王の名の下に宣言された。

 

「さあ、裏側より浮上した幻想の一撃を受けてみよ! 『幻想太陽神殿(マハラム・ビルキス)』――発射ッ!!」

 

 神殿に取り付けられた巨大な砲口、その狙いはあやまたずヘラクレスを狙っていた。たった数秒程度の拘束がこの瞬間彼にとっての命運を分けることになり――ヘラクレスは自身の最期を悟って微かに笑った。まるで倒された事をこそ言祝ぐかのように。

 

 次の瞬間、収束された魔力砲が発射された。怒涛のように迫るそれは聖剣にも迫りかねない至高の一撃、ランクにすればA+はくだらないだろう。それだけの一撃が過たず拘束されたヘラクレスを捕らえ消し飛ばした。

 派手な破壊音の後に残ったのは、もうもうと煙る土ぼこりのみ。その中を見通す事は誰であれ難しい。

 

「さて、これで決まっていれば良いのですが。もう次の一撃もありませんし」

 

「ぶ、物騒なこと言わないでほしいなマーキダ……」

 

 祈るように砲撃の煙が晴れるのを待つ一同。風が吹き、ゆっくりと煙が晴れていく。

 果たして煙の消えたそこには、もう誰の姿も確認できなかった。

 

『こっちでも確認が取れた、ヘラクレスの霊基は確かに消失しているよ。おめでとう、大英雄殺しの達成だ』

 

 讃えるようなロマンの言葉に、ようやく一同の張り詰めていた空気が緩んだのだった。




以下、後書きですがちょっと長いです。主人公の設定についての簡潔な解説ですので、興味の無い方は読まなくとも問題はありません。

・宝具『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』について
タイトルにもなっているこの宝具。実のところ、『王の財宝』と『最果てにて輝ける槍』、そして『極刑王』を合体させて6で割ったような宝具です。そこに独自設定を加えてオリジナルの宝具としました。
ぶっちゃけ反則レベルの強さになっていますが、その代わりにもちろん相応のリスクや制限などがあります。作中でわざわざ逃走劇という時間稼ぎをする羽目になった理由である、準備にかかる時間の長さもその一つです。ですがこれらの要素は次回で解説してから活動報告にマテリアルという形で載せるので、それまでお待ちください。

・シバの王国について
かなり独自色の強い設定です。史実におけるシバの国の伝承がほとんどない事をFate世界に当て嵌めて、さらにとある要素が欲しかったのでこのようになりました。世界の裏側についての設定は公式で語られている内容に上乗せする形で作ったので大きな矛盾は無いと思うのですが、それでも何か見落としがあるかもしれません。ただここまできてこの設定を変えることは出来ないので、その時はこの小説での独自解釈だと考えていただければと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。