智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第二十話 第三特異点、決着

 ヘラクレス攻略組が行動を開始してから早数分、戦場は島からアルゴー船へと移行していた。

 

「さてと、こっちもそろそろ終わりかな?」

 

 やれやれと言った風に呟いたのはダビデ、普段持っている杖は脇に置いて、どこからか取り出した竪琴と宝具の投石器を所持して自然体で立っている。そんな彼の目の前では、神話もかくやといった戦いが繰り広げられていた。

 

 ギリシア神話においても狩人として名高いアタランテと、狩猟の女神そのものであるアルテミスを相手取るのはヘクトールだ。二体一という不利な条件の中でほぼ互角に渡り合っている。放たれる矢を悉く叩き落とし、当たり前のようにしっかりイアソンを護っているのはさすがという他ないだろう。

 もう一人、ギリシア神話の魔女メディアは苦戦気味だ。なにせ高い対魔力を持つマルタと、彼女の従える竜を相手取っているのだから。しかしそれでも竜牙兵を用いて数の利を生み出し、只の人間でしかないドレイクをそれなりに苦戦させている。

 状況だけ見れば一進一退、メディアはやや相性差で押され気味だが、それでも勝利には今一歩足りないだろう。このまま続けても膠着戦になるのは目に見えている。しかしそれも、()()()()()()()の前提だが。

 

「おわっと! とと、心臓に悪いなまったく……」

 

「おや、気を付けてくれよ。僕は男を助ける主義はあまりないからね」

 

「相変わらず清々しいくらいの屑だなお前」

 

 ダビデの一歩手前に飛んできたぬいぐるみじみた生き物、本来のオリオンがぼやきながら立ち上がった。どうやら戦闘の余波でアルテミスから吹き飛ばされたらしい。その様を横目に見ながら、彼は抱えていた竪琴をつま弾いた。

 無造作に弾かれる様で、しかし美しい旋律を竪琴は奏でる。その音が届いた直後にヘクトールの槍が異常なまでに命中率を低下させ、舌打ちをした彼に対して一気にアタランテたちの有利な状況に移行する。ダビデの竪琴の演奏による効果、敵味方問わず槍の命中率を極端に低下させる能力がこの場面で活きていた。

 

「さっきから見てたが、ホントにその竪琴便利だよな。こんな姿で役立たずとか悲しすぎるから俺にもくれよ」

 

「お試しくらいならいいけど、君のその恰好で弾けるのかい――っと!」

 

 聞きながら、今度はもう片方の手で投石器の石を投射した。明確な脅威に対して放たれる警告なしの一投は過たず竜牙兵に炸裂し、まさにドレイクを背後から弓で狙っていた竜牙兵を呆気なく散らす。

 つまりダビデの発言はこういう事、実際に戦っている両者だけなら膠着状態だが、そこに彼の支援が入ればそれだけで戦局は傾く。それをよく理解しているダビデだからこそ、二つの戦況に対して的確な支援を行えるのだ。

 

「よくもまあそんな器用に竪琴弾いたり石投げたりできんなおい。さすがに戦争に次ぐ戦争を経験した巨人殺しは違うって事かい?」

 

「そう大げさな事じゃ無いさ。だってほら、見てごらん?」

 

 目線で促されてオリオンが見た先には、戦闘中のアタランテとマルタの姿がある。この時点でなんとなく嫌な予感はする。

 

「ミス・オリオンはさすがに除外だ。君に向ける熱量が尋常じゃないからね。ドレイク船長はそうだね、あの豪快な性格と胸囲は中々お目にかかれるものじゃない。アタランテ、あの子はどこがとは言わないが小さい。だけどそれが魅力なんだろうし、僕としては惜しくは感じるけどやっぱり妻に迎えたいね。それでマルタ、あの子はいい。完璧だ。程よい大きさに貞淑、だけど活発なところもある元気な女性。素晴らしいじゃないか」

 

「うわぁ……」

 

 もはやドン引きといったオリオン。それを知ってか知らずか、ダビデは竪琴を弾きながらさらに続ける。

 

「そこで僕は考えた。どの子も綺麗で可愛いからちゃんと助けてあげたいけど、あいにく僕だって分裂は出来ない。だからこうしてアーチャーらしく、どっちの戦闘も俯瞰してサポートしてあげれば良いのではと結論付けたんだ」

 

「やばいくらい酷いこと言ってんのに、なまじそのサポートを完璧にこなす無駄な有能ぶりがお前ズルいだろ。でも屑だけど」

 

「ははは、そう褒めないでくれ。男に褒められてもあんまり嬉しくないからね」

 

「イイ性格してるよマジで……」

 

 オリオンが思わず嘆息した時だった。彼らの頭上に影が差し、上空から人影が複数降って来る。その姿を見てダビデが安堵したように笑い、オリオンが一息ついた。戦闘はまだ継続しているが、それでも突如やって来た銀の舟に誰しも注目する。

 

「やあ、お疲れ様。その様子だと無事にヘラクレスを倒せたみたいだね」

 

「いやあどうにか。全員で勝ち取った勝利ってやつかな」

 

 はにかんだのは藤丸立香だ。既に逃走劇で消耗した体力は回復したらしく、しゃんと立っている。その後ろにはマーキダによって傷を治療されたオルタや、その他の面々が傷一つなく揃っていた。

 

「ダビデ王も特にお変わりなく。しいていえば中々楽しそうなお話が聞こえましたが」

 

「おや、聞こえていたかい? でもこれが僕な訳だから、今更何を言われようと困るけどね」

 

「いや、別に言いませんよ……やっぱり最低ですけども」

 

「私もいろんな勇者や人間を見てきたけど、ここまで屑かつ有能な男はそうそういなかったわね」

 

 そのような事を話しているうちに、銀の舟が融けるように消え去った。地に差した影ももはやなく、まるで夢のように空飛ぶ飛行船は失われた。マーキダは特に気にした様子もなく、状況を一瞥する。状況的には合流を果たしたカルデア側が大幅に有利だろうが、可能性としては一つ有り得ることがある。

 

「魔神柱、出てきますかね?」

 

「そりゃあ追いつめられれば獣共は出て来るだろうよ。だがまあ、奴はもう一回見ているからな。ここに来て苦戦するなんてつまらない展開は無いだろうよ。いや、それとも劇的な展開が無いただの作業だから余計につまらないのか?」

 

「御託はよせ物書き、さっさと片付けるぞ」

 

 その身に魔力を充溢させたオルタが剣を構えた。その眼は既にヘクトールへと向けられている。どうやら彼女としても、何度か戦闘を行い決着を付けられなかったことが悔しいらしい。さすがの負けず嫌いというべきか。

 

『よし! そうとなればこの特異点での最後の戦いだね! イアソンもなんだかすっごい動揺してるし、今のうちに畳みかけちゃうとしようじゃないか!』

 

「ドクターの言う通りです! マスター立香、指示をお願いします!」

 

「分かった、行こうマシュ!」

 

 ◇

 

「い、意外と呆気なく終わりましたね先輩……」

 

「うん、気合入れてただけに意外と拍子抜けというか……ヘクトールとかは大英雄だっていうのは実感したけどもさ」

 

 船から海を眺めながら、立香とマシュが呟いていた。結局この特異点における最終戦闘は加勢にきたオルタやマーキダによって一気に戦況が傾き、呆気なく終わってしまった。その後の魔神フォルネウスすら事前に『呪術』のスキルを付与されたアンデルセンがオルタにサポートを施し、結果として令呪の後押しを受けた聖剣の解放を前に儚く散ってしまったのだった。

 そういう訳でやや脱力気味の二人にドレイクが何やら話すべき近寄って行く。その光景を眺めながら、マーキダは何故だかダビデ王と共に佇んでいた。

 

「短い間でしたがお世話になりました。もう二度と会うことが無いことを祈っておきます」

 

「え、そんなこと言うのかい? 心外だなぁ、僕としては全部本心なんだけども」

 

「だからこそたちが悪いんですよ貴方は」

 

 顔を背けて海に目線をやった彼女は、ポツリと一言零した。

 

「貴方は、この人理焼却がソロモン王の仕業だと思いますか?」

 

 囁くようなその声は、常には無い不安に揺れているように思える。まるでダビデの返答を恐れているかの様な、そんな声色だ。

 

「そうだねぇ……隠れて交際していた愛人十人くらいに一斉に裏切られたらそうなるかも?」

 

「そんな事で焼却されたら私たぶんショックで自殺しますよ」

 

「真顔で言われると怖いからやめようね。それで、真面目に言えば先の魔神の名前は間違いなくソロモンの使役した悪魔の名前だ。だからアレが何か一枚噛んでいる可能性は高いと思う」

 

「やっぱりそうですか……」

 

 マーキダの声はどこか歯切れの悪い印象を与える。普段ならそれでもありえないと突っかかりそうなものなのだが、珍しくそのような様子は見られない。

 そのことはやはり普段から彼女の様子を見ているロマンからも一目瞭然だったらしい。カルデアからの音声通信が開いた。

 

『君らしくないね、どうしたんだい? もっと食って掛かると思ったのだけど』

 

「確かに普通ならそうなのですが……相手が他ならぬダビデ王ですからね。私などよりはるかに彼の事を知っている人の言葉はとても無視することは出来ません」

 

「……意外と僕の事を高く評価してくれているようだけど、それは大きな間違いだよマーキダ。僕よりも君の方がよっぽどソロモンの事を知ってるし理解できてる。そこはほら、アレの千人規模のハーレムの中でも唯一の存在だから誇っていい」

 

「ぐぬぬ、千人規模のハーレムって言葉はやはり嫌ですね……」

 

「まあそこは事実だから仕方ないさ。そしてだからこそ、僕なんかよりも意外なことに気が付かなかったり目が向かなかったりするものだ。つまりは恋は盲目ってことで納得するしかないね」

 

『いい事言ってるような風だけど、本人の中身が中身だけに締まらないなぁ……!』

 

 ロマンの声にダビデは愉快気に笑った。どうやら否定する気は毛頭ないらしい。そのあたりが余計に彼に対する評価を下げて、かつ不思議な大物感を出すのだから奇妙なものである。

 

「さて、それじゃあ僕もちょっと向こうに行ってこようかな。彼らに残しておくべき言葉も少しはあるしね」

 

「はい、それではさようならダビデ王。……それなりに楽しかったですよ」

 

「それはありがとう、じゃあまたね」

 

 そう言って、手を軽く振りながらダビデは去って行った。

 

 ◇

 

 レイシフトから帰還し、第三特異点攻略の祝勝会を終えてから早一日。騒ぎすぎて一日静かだった分を取り返すかのようにカルデアは活気づき、少ない人数の職員達がそこかしこで走り回っている。

 そんな彼らに申し訳ないと思いつつ、白い廊下を歩く姿が二つある。白の白衣に黒のドレス、対照的なロマンとマーキダはしかし和やかに話していた。

 

「結局のところ君の宝具はどういう効果なんだい? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」

 

「そうですね、この段に来れば話すのも吝かではありませんよ」

 

 そう言うと、彼女は手元に話題の宝具である『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』を顕現させた。相変わらず鎖で戒められた古ぼけた書物という印象を与えるそれだが、実際はかなり派手な宝具だということは第三特異点で立証済みだ。

 

「簡潔に言えば、裏側送りにされた王国を証明して召喚する宝具ですね。まずはスキル『幻想女王』で仮初の土地を用意して、それからこの宝具に記された”シバ王国の歴史”で王国がかつて地上に存在したこと証明します。そしてシバの国の所有物を現世に降臨させるのです」

 

「つまり、一種の召喚系宝具ってわけか。もしかして魔力炉として働いているのもその影響だったりするのかな?」

 

「その通りです。微妙にですがこの宝具は魔力(マナ)で満ちた裏側に繋がっているので、そこから魔力を汲み上げて使っています。ただこれが中々融通が利かないものでして」

 

「証明して召喚したシバの国への魔力供給は出来ないから、更に魔力を喰うと。とんだ燃費の悪さだね」

 

 その言葉にマーキダが頷いた。これは第三特異点で言っていたことだが、仮にこの宝具でシバの国の防衛設備を使用したいと考えたとして、まず存在を証明するための必要魔力がそもそも大きすぎるらしい。具体的には聖剣二発分に匹敵するというのはカルデア側で計測済みだ。しかも多大なコストを支払って現世に建物を降ろしたとしても、今度は各機能を行使するのにさらに多くの魔力を持っていかれる。このうえ召喚するまでの用意にも時間がかかるのだから、はっきり言って通常の聖杯戦争ではかなり使いどころの限られる宝具だろう。

 

「まあその分『幻想太陽神殿(マハラム・ビルキス)』はかなりの威力を誇ると自負していますし、アクスムの宮殿はちょっとやそっとの事では壊れない防壁になります。他にも便利な所有物は多くありますし、幾つか記述のある武器や銀舟くらいの小規模さなら証明も低コストですから使いやすいですね。……本当は国にはたくさんの武器や財宝があったのですが、さすがに生前にそれら全てを記述する気にはなれませんでしたよ」

 

「今から思い出せるかぎり書き加えることは出来ないのかい?」

 

「それが出来れば非常に良かったのですが、残念ながらできません。もちろん後付けで王国の所有物を過大に書き直してもほとんど反映されません。まあ気持ち強化されるかもしれませんが、ほぼ誤差の範囲ですね」

 

「そんなに美味い話はないと。それもそうか」

 

 納得した面持ちのロマンに、曖昧にマーキダが笑った。

 

「一応シバの国を丸ごと召喚できればとんでもない強さになるとは思うのですが、そこまでに至る必要経費を考えるとゾッとしますね。なのでこの宝具はちょっと使いづらい切り札的なものとして運用を考えてください。立香君にもそのように伝えますので」

 

 その言葉に、ロマンは一拍おいて納得した。そもそもセイバーオルタの話していた内容は第三特異点までの事なのだから、次の特異点からはマーキダも本格的に参戦することになるのは自明の理だ。実際彼はヘラクレスとの対峙を見事乗り越え、一皮剥けて成長したように思える。となればこれ以上の試練は意識して与えることもなく、最初から全戦力で攻め込むのも視野に入る。

 つまりそれは普段管制室でロマンの横に居る人物が居なくなるわけで。そのことに何となくロマンは寂しさを覚えてしまう。だってそれなりに楽しかったのだから、ここしばらくの管制室での時間は。

 

 そのまま、しばらく二人して無言で歩く。不快ではない、むしろどことなく心地の良い無言時間だ。

 

「と、着きましたよドクター。さて、今回はどんな方が召喚されたのでしょうかね?」

 

 扉の前でマーキダが聞いて来た。そう、ちょうどいま現在マスターである立香が五人目のサーヴァントの召喚を行っているのだ。いよいよ三つの特異点を越えて、さらに苛烈になっていくであろう人理修復の旅。それに対抗するためには、さらなる戦力が必要不可欠だった。

 しかし、ロマンの笑みは微妙に硬い。まるでこの部屋の中に入りたくないかのようである。

 

「楽しみではあるんだけどね、なんだか嫌な予感がしてならないような、そんな虫の知らせが……」

 

「? いつの間に直感スキルを手に入れたのですか貴方は? まあまあ、そんなこと言わずに入りましょうよ!」

 

「あ、ちょっと!? ずいぶん強引だなぁ!」

 

 背中を押されて強引に扉の方に向かわされる。自動ドアが開き、室内へロマンが放り込まれた。その後ろからは期待に満ちた調子でマーキダが続き、自動ドアがまた閉まった。

 室内に居たのはいつも通りに立香とマシュのコンビ、それから今回は聖女マルタが付き添いらしい。ただ誰もの顔が非常にげんなりしているのは、間違いなく気のせいではないだろう。

 

「あー……ごめんなさいドクター。どうやら貴方の勘が合っていたようです」

 

「うん、これはちょっとね、そんな気はしたけど悲しいなぁ……」

 

「相変わらず君たちは変わってないねぇ、もう少し笑ったらどうだい?」

 

 召喚された五人目のサーヴァントは、どうやら特異点での記憶を保持したままらしい。カルデアのシステムは穴が多いからこそ、そのような事も起こるのだろうか。現状の説明が要らないのは助かるが、彼の場合だとなんとも言えないことになるのはこの対応を見ても明らかだ。

 ともかくそのサーヴァントの名は、

 

「やあ、また会えるとなんとなく思っていたよ。数日ぶりだね、マーキダにDr.ロマン」

 

 第三特異点で別れたはずの、あのダビデその人であった。




これで主人公の能力について本編で書くべきことはほぼ全て書き終わりました。後は最後まで走り切るだけですね。活動報告の方は今日中には載せるようにします。

そして最後の最後にダビデ召喚、これで予定していたメンバーが全員出揃いました。現状では召喚された五人に加えてマシュも含めた六人がこのカルデアの主要サーヴァントになります。これ以上は今のところ召喚する予定はありません。ブーディカやメイヴなどは主人公と似てたり対比だったりで面白そうなのですがね。

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