智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

27 / 41
第二十六話 魔術王、降臨

 ロンドンに突如として現れた嵐の王を撃破した後、一行は聖杯を回収すべくマキリが根城としていた地下へと赴いていた。

 既に先ほどまでの緊張感は微塵もない。遅れて合流して来たアンデルセンとシェイクスピアに、テスラ戦を含め飛び入りで手を貸してくれた坂田金時と玉藻の前も加わって、地下の陰湿な環境に非常に和気藹々とした空気が流れていた。

 

「そう言えば父上、一時的であろうとオレにこの剣を譲渡したってことはオレのモンにしちまうが、構わないよな?」

 

 そう言って指し示すのはモードレッドの担う『燦然と輝く王剣(クラレント)』であった。確かに彼女の言う通り、一時的にオルタはその所有権をモードレッドとして認めたわけだが、それでも彼女の言いぐさに周囲の人間も呆れ顔になってしまう。

 それはオルタもまた同様であり、けれど何故だか微かに笑ったようにも見えた。

 

「構わん。どのみち私はその剣は振るわぬし、今回の件の褒賞として与えてしまうのもやぶさかではない。ならば剣の本懐を遂げさせるのも一興だろう。せいぜい上手く扱う事だな」

 

「――ああ、ならその言葉通りに扱いこなしてみせるさ。貴方の背から学んだ剣技を持つこのオレが、この程度の剣を扱えない訳がないからな」

 

「ただし、努々忘れるなよ。私は貴様を王として認めたわけではない。そのことを勘違いして思い上がる事の無いように」

 

 その言葉にモードレッドがどうにも形容しがたい複雑な表情を見せながら、それでも隠しきれない喜びを顔に滲ませる。図らずもこの特異点での出来事は、彼女にとってもわずかながらに救いとなったのだ。

 それを遠くから一歩離れて見ているのは、共に親としてどこかズレていたり欠けていたりする王と女王であった。

 

「いいですねー、ああいうの。完全に親子で認め合ったわけではなくとも、少しばかりは王とその部下という関係から抜け出したようにも見えます。私もせめてあれくらいは親としての情愛を持てれば良かったのですが」

 

「へぇ、僕も大概クズだっていう自覚はあるけどさ、そんなに君の育児も酷かったのかい? とても想像がつかないのだけど」

 

 聞かれて、マーキダが重いため息を吐いた。次いで自嘲するような笑みを浮かべる。

 

「だって実の息子に対する認識が、”ソロモン王の子供だから大事にしよう”程度の認識ですよ。親として本来注ぐべき愛情はほとんど無くて、あるのはただその場にいない人への募っていく恋心だけでしたからね。これじゃあ親として失格と言えませんか」

 

「あー……なるほどそういう事か。どうも君はその辺を拗らせて勘違いしているのかもしれないね。それはただ優先順位が違うだけだ。君が一番に気にしていることを解決すれば、それでことは解決するはずだよ」

 

「? それはどういう――」

 

 意味深なダビデの言葉に、マーキダが問いかけたその時であった。

 

『――!? なんだこれは!? 唐突に魔力の膨張を確認――世界に異物が入り込んできている!? しかもこれはレイシフトの反応だ!』

 

「な、どうしたんですかドクター!?」

 

 いきなり焦りを露わに叫び出したロマンの声に誰もが何事かと耳を澄ます。その中でマシュがロマンに聞き返すも、返ってくるのはただロマンの焦燥に駆られた声だけだ。

 

『ごめん、僕もさっぱり分からない! ああクソッ! シバのレンズが何も映さなくなったぞ! 気を付けてくれ、何者かがそっちに向かっているぞ――!!』

 

 その言葉を最後に通信からの声が聞こえなくなる。

 いや、それは正確な表現ではないだろう。実際は、ただ場に満ちる重圧に他の者の意識が逸れただけの事。加速度的に膨れ上がる膨大な霊基の影に、誰もが最大限に警戒をしながら固まった。

 

 ――そして()()はロンドンの地下へと降臨した。当たり前のように集った面々の前に降り立つと、その強烈な瞳で睥睨する。

 それは、例えるならばまさに究極。至高にして神の領域にも手を届かせる万能にして最強の存在。何者かを讃えるありとあらゆる言葉を出し尽してもまだ足りないと言わんばかりの、荘厳にして邪悪な雰囲気を放つ人間である。

 

「魔道元帥ジル・ド・レェ。帝国神祖ロムルス。英雄先導イアソン。雷電博士ニコラ・テスラ。どいつもこいつも役に立たぬ屑ばかり。多少は使えると思えば、まさかこの程度の使いすらできないとは興醒めだ」

 

 侮蔑と共に現したその姿は、緩く編まれた白髪の長髪に、それとは対極の褐色の肌。人型を取っているが、その中に渦巻いているであろう極大の魔力はもはやサーヴァントの器に収まるものではない。

 誰もがこの突然に降り立った圧倒的な存在の前に言葉を失い、二の句を継げなくなる。けれどその中で一人だけ、その姿を見て即座に反応する人物がいた。

 

「これは驚いた、まさか今回の大事件の黒幕が本当に君だったとは。我が息子ながら恥が高いよ、いや本当に」

 

 常と変わらぬ飄々とした空気を纏って呆れたように頭を抱えたのは、ダビデ王である。ダビデを見とがめたその男は、僅かに眉を顰めて鋭い視線を寄こした。

 

「ほう、我が父上がいるとは驚いた。どうやらカルデアはよほど私の興を削ぐことに余念がないと見える」

 

「いやいや、そう悪意があるわけでもないさ。どちらかと言えば僕が召喚されたのは君の所為でもあるというか、まあぶっちゃければ偶然の一種でね。それから、悪いけど君に父親呼ばわりされる筋合いはないよ」

 

「言うではないか――」

 

 容赦のないダビデの言葉ににたりと笑ったその男は、改めて視線を戻す。その視線の先に居るのはカルデアの誇る最後のマスター、藤丸立香であった。彼は今にもくじけそうになりながら、それでも毅然として前を向いたままその男に問い返す。

 

「お前は何者だ。いや、ダビデ王は”我が息子”と言った。つまりお前こそレフの言っていた『王』か――」

 

「ああ、その通りだとも。私の成すべき事業に残った唯一にして最後の汚点、藤丸立香よ。死すべき運命(さだめ)に抗い戦い続けるその愚かさに免じて、我が名を讃える栄誉をやろう」

 

 そして、男は朗々と告げる。

 誇るべきはずの自身の名を、あたかも唾棄して焼却すべき最悪の呪いのように。

 

「我が名はソロモン。七十二の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼす者。この人理焼却の実行者にして、数多無象の英霊どもの頂点に立つ七つの冠位の一角だと知るがいい」

 

『ソロモン――本当にソロモンと名乗ったのか!?』

 

「は、はい! その名は間違いなく紀元前十世紀に生きた魔術王の名で間違いありません。そして――」

 

 ここでマシュが言葉を切った。そのままちらりと背後を見やれば、そこにはソロモンと縁の深いもう一人の女王が立っている。

 女王――マーキダは、ここまでの間ただ無言、そして無表情であった。片時もソロモンから目を離さず、けれどそれ以外に常と変わる要素は見受けられない。握り込んだ剣すらもそのままで、いっそ何も感じていない様にすら見えてしまう。

 

「シバの女王、マーキダさんとも関わりの深いあの魔術王ソロモンです!」

 

「ほう……シバの女王と言えば、あの女か。まさか奴までいるとは、このカルデアは本当に私の神経を逆なでするのが得意と見えるな」

 

 マシュの言葉によって初めてマーキダの存在に気が付いたのだろう。ソロモンはそちらを見やり、隠すことのない悪意と侮辱を以てして彼女の名前を呼んだ。その姿はとてもかつてロマンスを繰り広げた者に対する態度とは思えない、冷たいを通り越して憎悪しているのではないかと思わんばかりのものだ。

 いったい何がソロモンを駆り立てるのか。その事情はさっぱり分からないが、けれどその悪意の奔流は本物だ。心を侵食し抉る言葉によって、ようやくマーキダがゆっくりと口を開く。

 

「まさか……本当に貴方が黒幕だったとは思いませんでしたよ、ソロモン王。貴方を愛する者として、こんな事、信じたくは無かったのですが」

 

 必死に絞り出して出て来た言葉が、今にも泣き出してしまいそうなほどに震えていたのは気のせいではないだろう。いつも通り、平然として見えたその姿はあくまでも虚構。実のところ、彼女の内面はもう崩壊寸前で、ただ気力でそれを押し殺しているだけ。自身が今でも愛しているはずの男の凶行と、向けられた嘘偽りない憎悪に、もはや心が砕け散る寸前となっている。

 当然、そんな事はソロモンも分かり切っている。だが、その手を緩めることは無い。むしろ追いつめるために邪悪なまでの笑みを浮かべ、傷を抉り嬲って行く。

 

「それを貴様が言うか、シバの女王。魔術王を何一つ変えることも出来ず、ただ無残に死んでいった貴様が愛を語るか。あまりに不愉快だ。どこまでも忌々しい。だからそうだな、貴様に向けるべき言葉はこうだ」

 

『待て、ソロモン――!』

 

 通信の音声だけで静止をかけようとするロマン。彼が見せたささやかな勇気にしかし、この場の誰もが注目できない。

 そしてその程度の静止如きで魔術王は止まらない。ただ一人の、自身が最も嫌う愚か者を追いつめ破壊するためだけにその想いを吐露していく。

 

「本当に”私”がお前を愛するとでも思っていたのか? 浅はかだな、そして醜い。貴様は生涯報われぬし、報いてやるつもりも無い事を思い知れ」

 

「――――う、そ……」

 

「何を驚く。……まさかとは思うが、期待でもしていたのか? ”自分の信じるソロモンはそのような事は決してしない”と? ふん、馬鹿らしい。何を理解者気取りになっているのだ。貴様程度が理解できていることなど何一つ無いのだと知るがいい」

 

 覚悟はしていた。これまでの特異点から導かれる結論は、確かにソロモン王を示していたから。

 勇気も持っていた。もし本当にソロモン王が人理焼却の黒幕でも、立ち向かうための心構えはあった。

 想いだってある。誰よりも彼がそんな事をしないと信じるからこそ、この存在を偽物だと言ってやるだけの気概があった。

 

 だからこの程度の言葉に屈しはしない。してはいけない。毅然として反論し、このソロモン王は本物ではないと否定してやらなければならない。それこそが自身の成すべきことだと、本能は確かにそう叫んでいる。

 なのに何故だろう、身体がいっさい動かない。情けないことに理論武装のひとつすら出てこない。言葉を紡ごうにも喉は震えるばかりで、これっぽっちも音を出してすらくれない。

 

 ――だってそうだろう。覚悟も勇気も想いも何もかも、心の中の理性は今この瞬間に木端微塵に砕け散ったのだから。

 

 最後に会ったのはそう、イスラエル王国郊外でだっただろうか。あの時に約束をして、国へと帰ってから死ぬまで、最後の瞬間まで再会することは叶わなかった。何の縁があったかは知らないがこうして召喚されても、再会することが叶うとはとても考えていなかった。

 それがようやく一目見るだけでも再会できて、その巡り合わせに感謝をしたいと願って、だけど相手はこの人理焼却の黒幕だと否定することもせず。そして最後に強烈な弾劾の言葉である。

 つまるところ、”愛する者は盲目である”という一言に尽きた。あまりにも一人の男への想いが強すぎた故に、少なくとも一見して本物と大差ない存在からの、容赦のない悪意と拒絶に心の方が耐えられなかったのだ。反論を重ねて心の武装を固める前に折れた心は、何を叫ぼうにもあまりに遅すぎたのである。

 

 黒の剣が音を立てて地に落ちた。それを追うようにしてマーキダ自身も膝をついてしまう。既に何の感情も消え失せたその顔は只々無表情であり、その瞳から静かに涙が流れ落ちる。喉からは低い嗚咽の声が漏れるが、其れすらもどこか空虚に感じさせる。

 もう彼女はどうしようも無かった。誰が言葉をかけたとしても、きっと届きはしないだろう。心を支える何もかもが砕かれたのだ。ここまで来てしまえば、立ち上がる可能性はゼロに等しい。

 そしてソロモン自身は、そんな彼女に一切頓着することなく立香へと目線を戻した。もはや彼の眼中に、心折れた女王など存在しないと告げるかのように。

 

「さて、少々話し込みすぎたな。カルデアの最後のマスターよ、これは私からの最後の忠告だ。総てを諦め放棄せよ。それをするならば今この場では見逃してやろう」

 

「……嫌だと言ったら?」

 

 あくまでも強気に、怖がる足を叱咤して不敵に言って見せる立香に、ソロモンは何の感慨も見せなかった。

 いや、それは少しばかり違うか。彼は微かに煩わしそうに眉を顰めて、それから再び口元を邪悪な笑みに歪める。

 

「ならばここで死ね。我が大業に貴様の存在は不要だ。どのみち、この程度で死ぬようならば人類の勝ち目など万に一つも無いのだがな」

 

 その言葉と共にソロモンの背後から巨大な霊基反応が観測され、瞬く間に巨大な魔神柱――御使いが顕現する。

 これまで相手をしてきた魔神柱たちを一度に四柱相手取る事の難易度は言うに及ばず。けれどそれでも、カルデアは挫けない。飛び入りの金時と玉藻の前をも作戦に組み込んで、果敢に絶望的な戦いに臨んで行く。

 圧倒的なまでの不利を埋めてなお戦うその背中を見て、けれどマーキダは立ち上がれない。自分も戦うべきだというのはよく理解している。このままではただの置物にしかならないと。だけどそれなのに、やはり立ち上がれない。絶望的なまでに砕けた心を掻き集めてもなお、再起するには足りないのだ。

 

 ――この時、誰もが御使いとの戦闘に気を取られていたと言えるだろう。それは御使いの三体を既に斃されたソロモンですらそうであったし、音声しか拾えていないカルデアにおいても誰もがこの戦闘の行く末と現れた強敵に気を取られていた。

 故にこそ、誰もこの男の呟きを聞くことは無かった。ただ一人、静かに終わっていた女王を除いては。

 

『いや、違う。まだだ。君にはとっておきの呪文があるはずだ。今がその使い時だ、どうかその言葉を唱えて欲しい』

 

「……あ」

 

 確かにそうだ。彼女には一つ、とっておきの呪文があったはず。何もかもが砕かれたその心に最後に残ったのは、あまりに華の無い魔法の呪文。唱えればきっとピンチから助けてくれるという、ドクター・ロマンのお墨付きがついたあの言葉であった。

 今こそそれを唱えるべきなのだろうか。もはや言葉の意味や真意を問う必要性は無い。ただ義務感に突き動かされるように、あるいは瑕から逃避するかのように、けれども祈りを込めてその呪文を口にした。

 

「……『エレタム・サーラム』」

 

 消え入りそうなほどに小さな言葉で、確かに唱えた。

 別に唱えることで希望が生まれる訳ではない。やっぱり魔法の呪文としては華が無くて、何の高揚感も逆転劇も示してくれないただの言葉だ。

 けれど、明らかにその言葉に”意味”はあった。

 

「これ、は……」

 

 普段から用いている『呪魔の剣』は、竜の住処から回収した為にその真名を知らないというのは揺るぎない事実である。

 だから現状では真価を発揮できず、単なる魔術礼装程度の価値しかないはずのこの宝具が、何故だか目に見えて反応していた。表出する魔力は常とは比較にならない程の高まりを見せていて、手に取ってみればまるで最初からマーキダの為に誂えたかのようによく手に馴染む。

 この現象の名前は確かに知っている。英霊としてあまりに普遍的な現象だ。それはすなわち――

 

「真名解放……?」

 

 つまりは先の魔法の呪文、『エレタム・サーラム』こそが本来この剣に用意されていた真名だという事。それが使い手として幾度となく振るってきたマーキダの言葉に合わせて、その価値を遂に顕したというだけのありきたりな話だ。

 けれどこの名前の出どころはマーキダでは無く、それを知るはずの無い白衣の彼。どうして古い古い剣の真名を知っているのだと思いを巡らせて、けれど即座にその真意に気が付いた。

 

「なんだ……そういう事だったんですね。最初から今までずっと、貴方は近くにいたという訳ですか」

 

 思わず笑みが零れた。きっとこれまでの生涯の中でも最高の笑みだと分かるほどに。

 頬を新たに伝う涙は絶望によるものでは断じてない。むしろ希望を見出したからこそ流れ落ちたもの。

 そしてマーキダは、しっかりと立ち上がった。その姿に先の絶望は欠片ほども見られない。想い人の助けでとうとうその真価を発揮した『呪魔の剣』――『幻想を此処に、其は不滅の呪いなり(エレタム・サーラム)』を愛おしく握りしめて前を向く。

 

『ああ、それでこそ君だ。あの時しつこいくらいに食いついてきた君の姿を、今ここでもう一度だけ見せてくれ』

 

 通信から聞こえてきた、どこか呆れたような物言いに苦笑する。やはりあの時の自分はちょっとばかり嫌味な存在だったかと考えて、けれどそれでいいと他ならぬ”本人”から肯定されたのだから気に病まない。

 眼前に見据えるは魔術王。違う、魔術王を騙る何者かだ。もうそのことを疑いはしない。だって当のソロモンは、ずっと人類の為に駆け抜けていたのだから。いま目の前で、御使いの四柱を打倒した英霊達すらいとも容易く殲滅して見せたあの男とは断じて違うのだ。

 

「そこまでですよ、魔術王。これ以上の狼藉は許しません」

 

 堂々と宣して、立香の前へと躍り出た。既に彼を守る盾はマシュ一人しかいない。非戦闘員のアンデルセンすら魔術王の真実、グランドキャスターを見抜いた”褒美”として惨殺されてしまっていた。

 だからこの場に残ったサーヴァントはたったの二人だけで、けれどマーキダの心に恐れは微塵も存在しない。むしろその心を満たしているのは、ただ怒りの感情のみ。

 

「私の前に立ちはだかるか、シバの女王。どうやら余程死にたいと見える」

 

「そういう貴方こそ、私の前でよりにもよってその姿を取って顕れるなんてふざけたことをしてくれるじゃないですか。グランドキャスター? 英霊を超えた英霊? だから何ですか、私は絶対に貴方という偽物を許しません」

 

「吠えたな。ならばせいぜい足掻いてみせろ、人類一の愚か者めが」

 

 宣言と共にさらに追加で顕現するは、僅かに一柱だけの御使いである。ソロモン自身が手を下すまでも無いという事なのだろうか。それは確かに彼我の戦力差を鑑みても妥当な判断だし、これまでのマーキダならば一人だけで御使いを相手にするなど絶対に不可能と言えただろう。

 

「知ってますかね、恋に殉ずる女というのは無敵だとか言われているらしいですよ? ええ、今ならその気持ちが良く分かりますとも。最高の心地です。だからこそ――」

 

 けれどそれも今や過去の話だ。

 さあ、括目せよ。今の彼女を止めるのに、御使い一柱だけでは決して足りない。その程度では何があろうと絶対に歩みを止めないと知るがいい。

 

「今の私を容易く倒せるとは思わない事だッ!!」

 

 悍ましい外観に浮かび上がる無数の瞳より放たれる一撃が、一刀の下に衝撃ごと粉砕された。

 逆に振るわれた剣の一撃からは途方もない密度の魔力が放たれ、魔神柱の身体に癒えぬ呪傷を刻み込む。

 それは明らかにおかしい光景だった。不条理な光景だった。

 真名解放の成された剣を介して扱われるすべての行動が、通常のマーキダとは比較にならない程に強化されている。その特性が彼女のもう一つの宝具『智慧と王冠の大禁書』による魔力ブーストと相まって、圧倒的な優位を生み出しているのだ。

 

 それ故に本来ならば蹂躙する側であるはずの魔神柱を、ただ一人で抑え込むという奇跡を具現する。

 この予期せぬ事態にはソロモンすらも瞠目するが、けれど焦る気配は微塵もない。ならば数を増やして圧し潰してしまえば良いと画策したところで――

 

『レイシフトの準備が出来た! あと二秒でレイシフトを開始する!』

 

 カルデアからのレイシフト宣言が届いた。カルデアとて坐して成り行きを見ていたわけではない。必死にレイシフトの準備を進めて、ようやくそれが叶ったのだ。そしてその直後、立香たちの身体がカルデアに引っ張られ、安全圏へと引き寄せられていく。

 特異点から消えて行く三人を見て、けれどソロモンはもう何をする気も無かった。もとよりこの場に足を運んだのはただの気まぐれなのだから、たかが羽虫を潰し損ねたところでどうということはない。

 

 ――ああ、だけど。しかしだ。その瞳には強烈な憎悪と憤怒、そして少しばかりの後悔が混じっていた。

 

「マーキダ……貴様だけは、必ずや殺してみせるぞ。ほんの僅かにでも期待してしまった我らの憤りと絶望、その身に知らしめてくれよう」

 

 最後の瞬間に垣間見た、あの女王の射貫くような視線だけは、あまりに不愉快極まりないと感じたのだった。




これにて四章、ロンドン編はお終いです。次回からはまた超カットを多用しながららっきょイベをやるかどうか迷ってます。少なくともバレンタインネタはやるつもりですがね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。