智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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今回はぐだ男より視点です。またタイトルからも察せるように、五~七までの特異点は一話ずつで行きます。


第三十話 第五特異点

 野営の為に建てられたテントは、この時代(18世紀)における最新型のものだ。とは言っても現代のそれに比べれば、あいにくながら質で劣る点があるらしい。忍び寄る冷たい風に頬を撫でられ、藤丸立香は目が覚めたのだった。

 まず見えたのは真っ暗な天上。次いで頭を少し横に倒すと、入り口のあたりが薄ぼんやりとランプに照らされているのが見えた。きっと、アメリカ側の兵士たちが見回りをしているのだろう。なにせ明日は決戦当日、いよいよこの大陸の人理を乱す者達との決戦に挑むことになるのだから。

 

「少し外に出てみようかな……」

 

 寝起きの頭は二度寝を立香に許してくれなかった。どうやら緊張のせいらしく、頭は数秒経つごとに冴えていく。仕方がないので立香は起き上がると、テントの外へと出てみた。

 やはり外は騒がしい。まだ朝日を拝むには早い時間だというのに、誰も彼もがひっきりなしに戦争の為に準備をしている。その喧騒をテントの入り口で眺めて、立香はこれまでの出来事を振り返る。

 

 人理修復をこなす彼らの現在地は第五特異点、一七八三年のアメリカ大陸である。神代を過ぎて神秘の薄れたこの大陸には、聖杯の力を用いて顕現したケルトの兵隊たちが跳梁跋扈している。彼らの首魁であるクー・フーリンとメイヴは多大な戦力を以てアメリカ大陸を征服し、そしてケルトによる王国を打ち建てることを目的として動いている。

 それに対して、アメリカを守る為に戦うのが”大統王”を名乗るトーマス・アルバ・エジソン率いるアメリカ軍である。こちらは一般兵を機械によって強化し数の差を縮め、また数は少なくとも一騎当千のサーヴァントの手を借りることでケルトをよく押し留めていた。

 

 それでもエジソン側は劣勢に立たされてのだが、ここに第三勢力としてアメリカで活動していた集団に加え、カルデアからやってきた藤丸立香たちが紆余曲折の末に合流したことで流れが変化した。ようやく反撃の目途が立った彼らはついにケルトの軍勢と、それを率いるメイヴたちに打って出たのだ。

 立香たちは戦力を二つに分けて、時間稼ぎと本命とに分かれた。現在は分かれてからしばらく経った後、まさにこれから敵陣地に殴り込みをかける直前というわけだ。

 

「おや、何をしているのですか? 戦いの前に睡眠不足はあまり歓迎しませんが。今からでも寝付けるようにしましょうか?」

 

 唐突に声を掛けられ、思考から引き戻される。見れば赤い軍服の女性が、苛烈な意志を窺わせる瞳で立香を見つめていた。

 

「あ、ナイチンゲール……いや、オレは大丈夫だよ。もう十分寝させてもらったからね」

 

「……ふむ、確かに顔色は良好ですね。極度に緊張した様子もない。理想的な状態のようです」

 

 どうやら近くにいたらしい。やってきたのはこの大地で最も早く遭遇したサーヴァント、バーサーカーのナイチンゲールだった。彼女は患者を救うためにありとあらゆることを――それこそ病人を救うために病人に無茶な要求をする――行うが、その心は本物だ。きっと先の言葉も、上手く納得させてかわさなければ立香を気絶させてでも寝させようとしたのだろう。

 ともかくこのタイミングでナイチンゲールと会えたのは幸運だったかもしれない。

 

「他の皆はどこに居るの? 起きちゃったからオレも何か手伝いたいな」

 

 せっかくだからと提案してみれば、ナイチンゲールは柔らかく微笑んだ。それこそ普段の苛烈さからは想像もつかない、あたかも天使のように。本人が聞けばきっと笑い飛ばしてしまうのだろうが。

 

「いい心がけです。例えどれだけ微小な事の積み重ねであろうと、それこそが病人を救うための第一歩となるのよ。アナタもそれを分かってくれたようで何より」

 

「そんなに特別な事でもないと思うけどね」

 

 照れくさくて笑いながら、二人して本営へと歩いて行く。その間にもアメリカ軍の人間達と何度となくすれ違う。誰も彼も決死の顔つきで、そこには悲愴も恐れも浮かんでいる。だけどそれでも諦める事だけはしない、前を向いた力強い顔だ。

 これが、現地で生きる人々の底力なのだろうか。自分たちの居場所を守る為に戦う人々なのだろうか。ともすればそれは世界を救うために戦う立香よりも立派に見えて、自分自身に疑問を持ってしまう。

 

 ──自分は本当に、彼らの仲間と胸を張って言えるのだろうか、と。

 

「……オレは、どんな顔をしているのかな」

 

「ふん、論ずるまでもないだろう。汎用的で凡庸すぎるただの少年が、汎用的で凡庸だが一端の顔をする少年にはなったといったところか」

 

 思わず漏れ出た疑問の声に答えたのは、意外なことにどこからともなくやってきたアンデルセンであった。結局持ち前の観察眼を頼られアメリカ中を連れまわされた彼はやや不機嫌そうな表情で、けれどもどことなく優し気な声で立香の事をそう断じた。

 

「えっと、それは……?」

 

「言葉通りの意味だ間抜け。最初はただそこに居たから選ばれた平凡な男だった。それが今は、ありきたりな人間ではあってもありきたりではない業績を成し遂げている。まったく、小説にでも書き起せば三流もいい所なチープでつまらん逆転劇だな」

 

 呆れたように吐かれた言葉は刺々しい。けれどその言葉をよく聞けば、決して否定をしているわけではないとわかるだろう。ファースト・オーダーを終えて以来の付き合いとなる立香からすれば彼の言葉はただの励ましにしか聞こえないし、それはナイチンゲールからしても同様だったのだろう。

 

「アンデルセン、アナタの言葉は何故そうも回りくどいのです。それではいざという時、患者に現在の状況を伝えることが出来ません。もう少しはっきりと自身の述べたいことを告げれば良いのでは?」

 

「なんだ、まさかお前、俺がツンデレだとでも思っているのか? だとすればお笑い種だなぁ! 俺はただ俺の思ったままに口を動かすだけ、それしか出来ない故に一切の妥協を許さんだけだ」

 

 アンデルセンが普段の調子でそう宣言したところで、ちょうど本営に辿りついた。天井代わりに簡素な屋根が張られ、その下にはテーブルとランプ、それに散乱した書類や武器が多くある。周囲にはピリピリした雰囲気を纏った指揮官たちもいて、矢継ぎ早に指示を飛ばして落ち着かない。

 これぞ野営地の本営といった様子に、改めて立香は気を引き締める。今いるここが、まさしく世界を救うための最前線なのだ。

 

「とはいえ、やって来たはいいけどあまりやることもなさそうだね」

 

「そりゃあそうだろう。たかだか十代の少年が出来る事なんざたかが知れてる。ガキの俺が出来る事なんざもっとたかが知れてる。だから適度にサボることも重要だぞ、マスター。いや、是非そうしようではないか」

 

「では、私はこれで。一人でも多くの患者を救い、このアメリカの病巣を取り除くために。私は私に出来る最善を常に尽くしましょう。アナタ方も適度に休息を取り次第、すぐにやるべき仕事に取り掛かるように」

 

 やはりナイチンゲールはどのような時でもぶれない。ある意味ではアンデルセンと同類なのではないか、などと考えつつも立香は彼女を見送った。そうして残ったのは立香とアンデルセンの男二人だけ。他のサーヴァント達は姿が見えないことから、きっとどこかで各々の役目を果たしているのだろう。不安要素もあるがきっと大丈夫なはずだ。

 ともかく手持無沙汰の二人は、やることもないので更に野営地を歩き回る。男二人で散歩というなんとも言えない状況だが、別段居心地が悪いという事もない。そのまましばらく歩いているうちに、どうやら野営地の端の方にやってきたらしい。人通りが少なくなり、ランプの灯りが薄れた。

 

 そしてそのおかげだろう、物陰から微かに届いた弾んだ声にも二人は気が付くことが出来た。

 

「どうし……ですか、こんな時間に……私に構うよりも寝る方が……重要ですよ?」

 

 どうやら、弾んだ声の主はマーキダらしい。楽し気な様子を声音に滲ませながら誰かと会話を続けている。それを遮るのもどうかと思った立香は敢えて声を掛けるようなことはせず、むしろちょっとした好奇心で近くに潜んで耳を傾けてみた。

 

「ええ、そ……です。今日はまさに決戦……ですからね。大丈夫、私には…方の……た剣がありますから。これがある限りは誰……手でも決……負けませんとも」

 

 そう言えば、と立香は思う。確かマーキダは第四特異点での最後、あの絶望的な状況で唐突に自身の剣の真名解放を行ったのだった。宝具の真名は『幻想を此処に、其は不滅の呪いなり(エレタム・サーラム)』、効果は特定の感情を起爆剤として自身の強化とするシンプルな宝具だと聞いた。単純故に欠点の無いこの能力のおかげで、元から器用だった彼女がさらに強くなったのだから笑うほかない。

 

 しかしだ。どうしてそれまで使えなかった宝具の真名解放が唐突に出来るようになったのか、その理由はようとして知れない。そもそもの話、グランドキャスターを名乗ったソロモンが現れた時点で心が折れた彼女がどのように立ち上がったのか、それを知る人物もまたいない。最初の数日は追及もされたのだが、本人が『割り切った』『彼は私の知るソロモン王ではない』と現実逃避にも聞こえる返事をするうちに、暗黙の内に触れないようにしたのだ。かといって彼女が安易な選択肢に逃げるのかといえばそうも言いきれず、結局微妙な違和感が残ってしまった訳だが。

 

 そのような事を考えているうちにも、マーキダと誰かの会話は続いて行く。そして、

 

「ふむ、つまりこれは……なるほど、そういうことだったのか。こいつは盲点だった、まさかこんなことが起こり得るとはな。つくづく世の中とは最悪だ」

 

「? アンデルセン?」

 

 隣を見る。そこには立香と同じく好奇心を発揮させたアンデルセンが居るのだが、彼は何かに気が付いたかのようにしきりに頷いている。彼の観察眼はいったい何を見抜いたのか、それを聞き出そうとする前にアンデルセンが歩き出した。

 

「あ、ちょっと……!?」

 

 慌てて後を追いかけ止めるが、もはや遅い。物陰から出て来たアンデルセンは迷わず進み、マーキダの前に姿を現した。楽しそうに会話をしていたマーキダもいったん話を止めて、微笑を浮かべて向き直る。

 

「おや、どうしたのですか? マスターとアンデルセンというのも珍しい気もしますが」

 

「いやなに、仕事をさぼろうとあちこちうろついていたらいつの間にかこんなところに居てな。それで興味深い話を聞いてしまったわけだが、そのせいで一つ思いついたことがある」

 

「……へぇ、それはいったい何でしょうか?」

 

 両者の間に横たわる空気が急速に固まる。どちらも敵対する意志など微塵もないのに、まるで今から戦いでもするかのようだ。片やアンデルセンは不敵に笑い、片やマーキダは静かに微笑みながらも鋭い視線を隠そうともしない。

 

『あー、立香君、そこにいるならその二人を止められないかな? ちょっとこの空気はボクにも無理かな~って』

 

「いやいや勘弁してくださいよドクター……というより、マーキダの話し相手はドクターだったんですね」

 

『ま、まあね。ちょうど暇な相手が彼女しかいなかったから付き合ってもらったんだよ。あはは……どうしようこれ』

 

 気の抜けるようなロマンとの会話に肩を落としつつ、立香は対峙する二人へ視線を戻す。

 はたして先に言葉を紡いだのは、童話作家の方であった。まるで当たり前の確認をするかのように、真摯に問う。

 

「なあ、シバの女王よ。お前は今でも、愛を変わらず貫いているのか?」

 

「当たり前ですよ。例え現実がどうであれ、この愛情は本物です」

 

 返す応えも迷いなく。はっきりと告げられたその言葉に、アンデルセンがふっと息を吐く。

 

「なるほど、此度は"恋"の物語ではなく"愛"の物語か。かくして愛の前に現実は歪み、最後にどうなるかは皆目不明と来た。ならばいいさ、俺から言うことは()()()()。せいぜい上手く与えられた時間を使う事だ」

 

「まったく……ありがとうございます、とだけ言っておきましょう」

 

「そんなものは不要だ。それよりも効率的な執筆方法か、サボり方でも発明してくれた方がよっぽどありがたい」

 

 皮肉のような照れ隠しのような、どうにもアンデルセンらしい一言を投げ捨てて彼は足早にその場を去って行った。残されたのは立香とマーキダ、それに通信が開いたままならば間接的にドクター・ロマンもということになるのだろうか。

 

「すみません、つまらない諍いに巻き込んでしまいましたね。こんなところで油を売っている訳にもいきませんし、私達も戻りましょう」

 

「あ、ああ、そうだね……」

 

 真面目な顔でそう言われてしまい、立香は曖昧に頷く。けれども、

 

「一個だけ聞かせてもらっても良い?」

 

「何でしょうか? さっきのアンデルセンの言葉が気になりますか?」

 

 確かにそれも気になる。だけどそれよりも今、この場で聞きたいことは──

 

「もしかして、他に気になる人でも出来たの?」

 

「な――え……!」

 

『ちょ、いきなりどうしたんだい立香君!?』

 

 盛大なリアクションをいただいてしまった。別段当たり障りのない質問だと思ったのだが、まさかここまで反応されるとは。余程彼女にとっては重大な内容だったのだろうか。そしてドクターまでやけに反応が大きいのも気になるところだ。

 

「いや、ほら、かつての恋人が最大の敵として現れたのに意外と堪えてないから、もしかして他にいい出会いでもあったのかなって思ったんだけど……」

 

「あー……その話ですか。当たらずとも遠からずといいますか……うーん」

 

 困ったように頭を抱えたマーキダに、何故だか立香の方が申し訳なく感じてしまう。そこまで酷い質問をしたわけではないのだが、さてどうしたものか。言葉を失ってしまった両者に助け舟を出したのは、唯一この場にはいない第三者だった。

 

『よしよし二人ともそこまでだ。いい加減に戻らないと誰かが探しに来ちゃうし、マシュ達も心配するだろう? だからここは大人しく戻ろうじゃないか』

 

 ロマンからの無難な提案によって微妙な空気が打ち破られた。この時ばかりはロマンに感謝したくなる立香である。ともかくその言葉に乗って本営の方へと足を向けた。

 ただ、その直後に、マーキダが静かに口を開いた。

 

「そうですね、一つだけ言っておきましょう。私の気持ちは一切ぶれてはいません。ただしその上で、グランドキャスターを名乗る”アレ”とは戦います。それだけは誓って真実ですよ」

 

 その言葉と共に、遂に朝日が野営地を照らし出すのであった。




Q.これ第五特異点でやること?
A.たぶんカルデアでも出来ます(白目)

本当はラーマ、もっと言えばシータと絡ませてみたかったけど、一話分のネタが思いつかなかった……しかもぐだ男視点といいつつアンデルセンが半分メインだったような……

次回は早めに投稿できるように努力いたします。

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