智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第一章 人理継続保証機関フィニス・カルデア
第五話 カルデアにて Ⅰ


 無機質な電子音が室内に響く。簡素な机の上にはこれでもかとばかりに様々な資料が散乱し、電源の点いたパソコンが光を放っている。また周囲には食べ掛け、ないし食べる前の菓子類がそこかしこに置かれている。

 そしてこの部屋の主、ロマニ・アーキマンは目覚ましの立てる音で目を覚ました。ベッドから身を起こし、立ち上がる。時間を確認すれば、彼が寝てから既に()()()()経っている。途轍もない損失だと彼は内心で嘆き、急いで身支度を整える。

 

 ――人理継続保障機関フィニス・カルデア。人理焼却を防ぐ最後の砦たる組織であり、最後の希望でもある。既にこの組織は第一の特異点、人理焼却の一翼を担うオルレアンの聖杯を回収するという成果を挙げている。命を懸けて危険に飛び込み見事解決に導いたのは若き少年のマスターだが、その快挙の裏には多くの目に見えない支援が存在する。

 

 故にこそ、目に見えない支援をこなす代表たる所長代理Dr.ロマンは一秒一秒が何より惜しかった。彼は天才ではない。あくまでも凡庸な人間だ。やれる事には常識的な制限がかかるし、どれだけの時間があろうと足りないくらい成すべきことが山積みとなっている。

 しかしそれでもやらねばならない。そうでなければ人類は跡形もなく滅びるのだから。あらゆる物事をこなせる天才で無いのなら、ただひたすらに走り続ければいいだけの事。今のロマニ・アーキマンの精神はまさにこのような思考を取っていた。

 

 そうは言っても限界はある。なので薬などで誤魔化していた身体をひとまず休めるために休息を取ったが、それにしても二時間は()()()である。故にロマンは大慌てで支度を終わらせると部屋を飛び出そうとして、不意に自身の携帯端末に連絡があることに気が付いた。

 

「藤丸君からか……ああ、そういえばこれくらいの時間に”英霊召喚”をするって言ってたっけか」

 

 内容は英霊召喚を実行するため、よければ来ないかというお誘いだ。彼が休憩を取っていることも考慮してか強く勧めてはいない。だから行かなくても無論良いのだが、何故だかこの時ばかりは彼も行ってみようかという気になっていた。

 別段ただの息抜きではない。最初に顔を合わせておけば組織の仮トップとして円滑な関係が築けるし、そうなればいざという時も融通が利く。それにロマン自身、白状すれば英霊達を見るのは嫌いではない。

 

「さて、行先変更かな。それとお供え物でも持って行ってみようか」

 

 一人ごちて笑いながら、置いてあった饅頭の箱を小脇に抱える。せっかくだからとマスターである彼とそのサーヴァント達へのお土産を持参するつもりなのだ。勿論、彼自身食べる気はあるのだが。

 そうして若干足取りも軽く清潔な白い廊下を進んで行く。途中で職員とすれ違うことは無い。広大な内部構造に対し、職員の数は圧倒的に不足しているのだ。

 およそ五分ほど歩き、目的地に到着する。扉を開ければそこは広い空間、いわばトレーニングルームとも言うべき環境であった。体育館より少し狭い程度の大きさを持つそこの中央には、果たして五人の人影があった。

 

「先輩、ドクターが来ましたよ。メールを送ってから二十分ほど経っていますが、ちょうど良いタイミングです」

 

 まず彼に気が付いたのは眼鏡に白衣がトレードマークなマシュだ。特異点でするデミ・サーヴァントとしての格好は鳴りを潜めているが、床には彼女の用いる盾がセットされている。簡易的な召喚陣として用いているのだろう。カルデア側にも召喚サークルはあるが、別段どちらを使おうと差異は無い。

 

「いやー、確かにちょうど良かったけど、少しばかり遅れてますよ。もう一人召喚しちゃいましたから」

 

「おや、それは残念というべきなのかな。まあボクの事は気にしないでくれ」

 

「すみません、気を遣わせて。それよりあっち、早速すごいことになってますよ」

 

 人類最後の希望、四十八人目のマスターである藤丸立香と談笑しながら、示された残りの三人の方へと目をやる。そこに居るのは全員が英霊、人類史にその名を残した偉大なる者たちだ。

 

「ほう、まさかお前が召喚されるとは。この俺を最初に呼び出すどうしよ~~もない不運といい、つくづくウチのマスターはサーヴァント運がないらしいと見える」

 

「あら、それはもしかして私に言っているのかしら?」

 

「当然だろう、鉄拳聖女め。あれか、その杖は飾りか? 拘束具か? こいつは素晴らしいな、師より貰った装備がまさかハンデになるとは。まあお前らしいと言えばその通りだが、中々に肉体派な聖女な事で」

 

「誰が肉体派聖女よこのガ――んんっ、いえ、なんでもありませんよ。この程度で怒るようでは聖女など務まりませんから」

 

「聖女ならばせめてもっとマシな服を着てこい、この痴女め! 聖職者というのはどいつもこいつも変態でなきゃいけない法則でもあるのか? その辺り是非俺に語って見せてくれ、面白おかしく童話にしたためてやる」

 

「いい加減にしなさいよこの似非作家――!」

 

 間違いなく偉大な存在達、使い魔の枠に収まらぬ強大なサーヴァント。ではあるのだが、如何せん頭の悪いやり取りをしているのが見て取れる。両者、ハンス・クリスチャン・アンデルセンと聖女マルタはそのまま取っ組み合いに入り、一瞬でアンデルセンが組み伏せられていた。彼は自他ともに認める最弱のサーヴァントゆえ仕方ない。

 

「各人、そこまでだ。それ以上の無軌道は悪手だろう。マスターの手を煩わせることになる」

 

 そして止めに入ったのは黒い甲冑を纏った薄すぎる金髪の少女、立香達からはセイバーオルタと呼称されている黒き聖剣の担い手だった。普段の鎧は脱いでおり、その下のドレスにも似た服装が露出しているので愛らしい。だがその実態は完全なる暴君であり、けれどどことなくマスター相手には気を遣わない事もない存在である。

 彼ら三人に加えてシールダーのマシュ・キリエライトの四名が、現状このカルデアで戦うサーヴァント達だ。正確にはマルタはたった今召喚されたのだが、彼女は既に先の特異点で知った相手だ。本人にその時の記憶はないだろうが、あの様子を見るにおそらくはすぐに馴染むことだろう。

 

「あはは、あっちはまた楽しそうなことになってるね……それで藤丸君、すぐにでも二人目を呼び出すのかい?」

 

「ええ、早めに来てもらった方がここに馴染むのも早いでしょうし。たくさん一気に呼ぶのは危険だから無しにしても、二人までなら安全だと言ったのはドクターじゃないですか」

 

「ああ、そうだったね。よし、それじゃあ早速召喚しようじゃないか! ボクもぶっちゃけ殆ど召喚とか見たことないからね、結構楽しみなんだ」

 

 言いながら彼は持参して来た饅頭の箱を召喚サークルの前に置く。完全にお供え物の様相を呈している事に立香とマシュが苦笑し、セイバーオルタが敏感に食べ物の気配を感じ取って振り向いた。

 

「ロマニ、それは何個入りだ? まさか召喚された奴に全部渡すとは言うまいな?」

 

「全部で十二個、ちゃんと一人一個ずつは最低でも配るから安心してくれ。それよりも――」

 

 振り返った先で光が溢れ、その眩しさに思わず目を(すが)める。立香が置いた三つの聖晶石が召喚サークルと反応し、英霊の座にアクセスする鍵となっているのだ。などという事をロマンが考えているうちに石が完全に魔力となって融け去り、いよいよ白い光が臨界点に達する。英霊召喚、本来なら人の身に余る奇跡が実演されるのだ。

 

「ふん、人類の希望を守る為の光か……俺には少々眩しすぎるな」

 

 アンデルセンがそう吐き捨てたと同時、召喚サークルの光が収まった。そして代わりに人ならざる者がそこには立っている。目立つのはドレスにも似た黒い服装、亜麻色の長い髪、そして赤い瞳。女性にしてはやや長身なその姿を認識して、ロマンはしばらく思考が停止した。

 

「サーヴァント、キャスターです。微力ながら人理修復の手伝いに参じました。よろしくお願いします」

 

「ええっと、オレは藤丸立香と言います。縁あって人理修復をしている駆け出しマスターですが、どうぞよろしくお願いします」

 

「丁寧な対応感謝します、マスター。それと、別に私に敬語は使わなくても良いですよ」

 

 上品に笑ったその姿はひどく整っていて、そしてロマンからすれば見覚えのありすぎる姿だった。止まっていた思考が動き出し、次いで大声を出しそうになるのを必死に堪える。そのまま立香がマシュや他のサーヴァントを一通り紹介し終えたところで、いよいよロマンの番が回って来た。が、彼はその前に既にさりげなく部屋の出口まで歩いていて、逃亡する準備を整えてしまっていた。

 

「で、最後にドクターロマン……ってアレ、どうしたんですドクター? なんでさりげなく部屋から出ようとしてるんですかー?」

 

「ああいや、ちょっと用事を思い出してね。その饅頭は君たちで食べてくれ!」

 

 そこまで言ってひとまず部屋から脱出を企てる。彼としてもこれは想定外だ。ちょっと前に夢で見たばかりの、ソロモン(自身)に多大な影響を与えた女性に対して向かい合う心の準備が出来ていない。果たして何を話すべきか、そもそも自分の正体をどうするのか、彼女はこちらをどう見て来るのか。あらゆる面で心が混乱をきたしている。

 なのでチキンな彼は不要なリスクを抑えるべく外に向かおうとして、その前に腕を掴まれた。思わずゆっくりと振り向けば、微笑を浮かべた幻想女王の顔がある。

 

「まだ私は貴方の事を聞いていません。せめて名前だけでも教えてはもらえませんか?」

 

「あ、あー……ボクはロマニ・アーキマン、このカルデアの所長代理をしている者だ」

 

「なるほど、そうでしたか。なんとなく頼りなさそうに見えたのです……が……」

 

 と、急に浮かべていた微笑が表情から消え去った。今度はいったい何なのだ、ロマンの思考が諦めの境地に入りそうになる。それを楽しく見物していた五人も召喚直後のまだ真名も分からぬ女性の反応を見て首を傾げていた。

 

「……似ている、だけど似ていない。気のせいでしょうかね?」

 

「な、何がだい?」

 

「私にとっての大切な人ですよ。そうですね……十戒に曰く、神は人が人を裁いてはならないと言いました。何故だと思います?」

 

「人が人を裁くときは情が移ることが多々ある。だからこそ裁けるのは人の情を解さぬ神か、それに準ずる者だけである……って事かい?」

 

「その言い回し、やっぱり似てますね……でも彼のわけがありませんし……」

 

 マズイ、墓穴を掘った。ロマンが冷汗を流している真正面でキャスターとして呼ばれた彼女はしげしげとロマンを見つめ観察してくる。間違いなくロマンとソロモンは別人のはずなのに、どうしていきなり注目したのか。その思考回路が分からない。まあバレても実害はないはずなのだが、彼の個人的な心象としては出来るだけバレたくないのだ。何せ気恥ずかしいしどんな事を言われるか分かったものでは無い。

 

 ――そもそも、聖杯に願うまで結局非人間だったという負い目もあるのだから。

 

「うーむ、すみません、今のは忘れてください。私の勘違いのようです。申し訳ありませんでした」

 

「あ、ああ、気にしないでくれ。それより、君の真名を聞いてもいいかな? 大まかな事は分かっているだろうけど、今のボクらは聖杯戦争をしている訳じゃない。だから真名を秘匿するメリットはほとんど無いし、明かしてくれるとありがたいのだけど」

 

 どの口がそれを言うのだと思わずロマンは自嘲してしまう。だが彼の言が正しいのも事実で、彼女はすぐに後ろに向き直ると非礼の詫びに優雅に一礼をする。

 

「そう言えばそうでしたね。すみません、自己紹介が遅れてしまいました。私はマーキダ、キャスターのクラスで参上致しました。シバの女王といった方が通りが良いでしょうか?」

 

「シバの女王?」

 

「旧約聖書は列王記に記されている女王のことよ。私達キリスト教の信者にとってもある程度聞き覚えのある名前です。特にソロモン王とのラブロマンスが有名だとか」

 

「シバの国は実在が疑われており、故にその女王は『幻想女王』などと呼ばれたりもしています。先輩にとってはいきなり二人目の王様系サーヴァントですね」

 

 立香の疑問に順にマルタ、マシュが答えていく。彼からすれば確かに二人目の王様系だが、まあ何とかなるだろうと考える。そして話題の本人であるマーキダと言えば、すぐそこに居たアンデルセンに関心を奪われている。

 

「それにしても、やっぱり随分と小さな子ですね。こんな子もサーヴァントとして戦うなんて難しい世の中です」

 

「はっ、何を言うかと思えばそんな事か。音に聞こえたシバの女王の知恵も衰えたか? 生憎だが、俺は大人だ。世の中の難しさなんざとっくの昔に学んでいる」

 

「なっ……ず、随分と個性的な声ですね……いや、その、すみませんでした……」

 

「詫びなど要らん。その代わり、お前の価値を存分にコキおろし明かしてやろう。お前があのチキンで人畜無害な男に何を見たのかも、な」

 

「なんで僕の扱いってこんなにひどいんだろうね……」

 

 ロマンが天を仰ぐようにして零し、けれど上にあるのは無機質なトレーニングルームの天井だけだ。やっていられないとばかりに先の饅頭を探せば、既にセイバーオルタが開封している。どうやら彼の気遣いは腹を空かせた獅子の胃袋にすっぽり収まる運命らしい。もうそちらはどうしようもないので、ひとまずこの場を収めにいく。

 

「とにかく、人類最後の砦たるカルデアにようこそ。ボクらは君たちを歓迎し、そして君らの力を以て人理修復に臨む者だ。だから当てにしたい、大丈夫だね?」

 

 ――返ってきたのは、力強い頷きだった。




ひとまず召喚まで。にしても中々話が盛り上がらないので書いていても大変です。どうしましょうかねこれ……

カルデアには当然ながら主人公以外にもサーヴァントはいます。そういう訳で現在カルデアには趣味と特異点関係で選ばれた三人、アンデルセン・セイバーオルタ・マルタが召喚されております。ちなみに第一特異点はモルガーンぶっぱで解決しました。
予定では特異点などはあまり話を弄れないので、数話ほどに圧縮していくと思われます。そもそも原作と同じ話をしても面白くないですし、違和感がありますからね。

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