智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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感想欄より指摘を受け、加筆修正といくつか気になった表現を改めました。


第七話 カルデアにて Ⅲ

 人理修復の唯一の希望である藤丸立香。彼に求められる役割は非常にシンプル、特異点への介入とその原因の排除だ。しかし言うは容易いがその難易度は想像を絶する。魔術世界の極限の中で英霊の力を借りて、現地での状況を鑑みて、そして自力で思考し行動する。最低限これらが最後のマスターである彼に求められるのだ。

 故に現状でただ一つの安全地帯であるカルデアでも、ただのんびりと休息をとるわけにはいかない。特異点で長時間活動できるように体力は付けなければならないし、あるいは出会う可能性のある英霊や事象についても学んでおかなければならない。魔術についても礼装の力を借りれるとはいえ、どのように扱うべきか習熟しておく必要はある。やるべきことは多岐に渡るのだ。

 

「お疲れ様です、先輩。本日はここまでにしましょう」

 

「はぁ……はぁ……分かった。マシュもお疲れ……」

 

「フォウ、フォーウ!」

 

 トレーニングルームにて。息も絶え絶えになりながら、それでも男の意地でマシュへと笑いかけるのは動きやすい服装に着替えた藤丸立香だった。彼は近くに置いてあったボトルの中身を一気に飲み干すと、持ち込んでいたタオルで額の汗を拭う。そのすぐ横では白い愛くるしい生き物、猫の様なリスの様な割と謎生命体なフォウ君が相槌らしきモノを打っている。

 

「やっぱりマシュはすごいなぁ。オレと同じかそれ以上に運動してるのに、全然堪えた様子がないもん」

 

「今の私はデミ・サーヴァントとして高い身体能力を確保していますからね。ですがまだまだ未熟者、先輩のサーヴァントに相応しくなれるように日々精進していくつもりですので」

 

「はは、ありがとう。オレももっと頑張らないとな」

 

 白状すれば、彼にとって人理修復の使命は重過ぎる。だけどそれでも、マシュが隣にいるから彼は頑張れる。それに他のサーヴァント、まだセイバーオルタとアンデルセンしか共に戦ってはいないが、どちらも何だかんだ言って面倒見は良い。

 セイバーオルタはスパルタ教育を良しとする。しかしそれに耐え抜きマスターとして心を強く持つ限り、共に戦う頼もしい仲間となってくれる。

 アンデルセンは男のツンデレだ。呆れる程の毒舌だが、注意して聞けば決して他者の否定はしていないのが分かる。

 そして新たに召喚した二人のサーヴァントも、これまた性格的には非常に難が少ない。故に立香は必要以上のストレスを抱え込むまでは行かず、どうにか持ちこたえることが出来ている。

 

 そうしていったんマシュと別れた立香はフォウ君と共に自室に戻り――マシュの方に行かせるのは何となく気が咎めた――服装を替えてから食堂へと向かう。そこでふとため息が零れた。現状ではカルデアの食事システムはお世辞にも整っているとは言えず、専ら保存食や簡単な料理が出て来ることが多い。そうは言っても食べなければどうしようもないし、文句を言うのは筋違いだと理解しているのだが。

 

「――ん?」

 

 しかし、今日は何かが違う。いや、何が違うかは明白だった。食堂の方から非常に良い香りが漂ってくるのだ。一体何が起きたのかと訝しみ、次いでちょうど普段着の制服と白衣を纏ったマシュがやって来た。彼女もまた不思議そうな顔をしており、けれど同時に好奇心でいっぱいの表情をしている。

 

「なんの匂いでしょうか? とても良い香りですが……」

 

「全く分からないなぁ、とりあえず入ってみようか。フォウ君もウズウズしてるし」

 

「はい!」

 

 クールな見た目に反して相変わらず元気で満ち満ちているマシュを笑顔で眺めながら、フォウ君を肩に乗せて食堂への扉を開ける。それなりに広いそこは長机が複数と椅子が大量に設置されており、集団生活における正しい食堂と言った様相だ。既に職員達もほとんどがやって来ていて活気があり、その中にもはや見慣れた青髪と金髪の姿も認められる。

 ひとまず立香はそのアンデルセンとセイバーオルタの二人が座っている席にマシュと共に腰を下ろした。

 

「いつもと雰囲気が違うけど、どうしたのこれ?」

 

「喜ぶが良い、今日はお前が召喚したサーヴァント達が腕によりをかけた夕食を提供してくれるらしいぞ。まあ詳しいことはそこの腹ペコ王様にでも聞くんだな」

 

「そうなのですか、オルタさん?」

 

 マシュから話を振られた彼女は飲んでいた茶を静かに置いた。妙に様になっている。

 

「今日はお前たちがマスターとそのサーヴァントとしてあるべき鍛錬を積んでいる間に、そこの物書きを除いたサーヴァント三人で”買い出し”に行ってきた。肉はまあ……だが、味は保証しよう」

 

「いや待って、その変な無言は何さ。なんでそこで目を逸らすんだ不安になるでしょ」

 

「ま、どーせこいつら脳筋女の事だからゲテモノ肉でも持ってきたんだろうよ。おそらくそうだな……ゾンビは食えたものじゃないだろうし、貴様の服に付いた鱗の欠片からしてワイバーンといったところか?」

 

「見事な観察力だと言っておこう。しかし、その前にまず後方注意だ」

 

「はっ、何を言うかと思えガハッ!!」

 

「ア、アンデルセーーンッ!?」

 

 厨房から勢いよく飛んできた皿がアンデルセンの後頭部に突き刺さり、そのまま彼は頭を押さえながらテーブルに物言わず突っ伏した。食堂にて突如起きた殺人事件に一瞬辺りが静まるが、すぐに”まあアンデルセンだからいいか”といった空気になって元の賑やかさを取り戻す。

 どうやら、先の脳筋発言に厨房に詰める二人のうちどちらかがキレたらしい。まあどっちが投げたのかはおおよそ予想がつくのだが。そう思った立香は同じような事を考えたらしいマシュと顔を見合わせて堪えきれず忍び笑いした。

 

「すみませーん、そっちに皿が飛んできませんでしたかー?」

 

 と、マーキダが厨房から姿を現した。どうやら支給されたらしいエプロンをあの黒いドレスの上から着ている。妙な格好だが、不思議と違和感は感じない。彼女は見た限り普段通りにこやかにしていて、やはり皿を投げたのはマルタかと一同の意見が一致する。どうやら彼女は怒っていないらしい。

 

「ああ、これですね。どうぞ」

 

「すみませんマシュさん。いやまあ、そこで倒れている人に謝る気は毛頭ないのですが」

 

 訂正、割と根に持っているようだ。触らぬ神に祟りなし、これ以上この話をするのは止した方が良いだろう。そうして何やら二言三言セイバーオルタと会話をしてから去って行く彼女を見送って、立香は軽く苦笑した。既に復帰して起き上がっているアンデルセンに向けて一言、

 

「口は禍の元っていう諺が日本にはあるんだけど、アンデルセンは知ってる?」

 

「そんなもの知るわけないだろう……が、今度のはさすがに推測できるぞ。だが敢えて言わせてもらおう。筋力Dの剛腕で耐久Eの打たれ弱い奴を虐めるなど大人げないと思わんのか」

 

「などといい大人が言っているがな。ああ、こういう時のこいつの言葉はあまりまともに耳を傾けない事だ。余計な知識まで吹き込まれるぞ」

 

 非常にマトモな暴君の意見に大いに立香とマシュが頷き、アンデルセンが不貞腐れたような表情で後頭部を擦っている。どうやらまだ痛むらしい。

 すると、ちょうどここで料理が出来たようだ。なんと厨房の方から皿が宙を舞って飛んできた。その派手な配膳に一同が驚きながらも経緯を見守れば、すぐにテーブルの上は多くの料理で埋め尽くされた。そして厨房からは最後に今回の料理人である二人が出て来る。マーキダはそのまま立香達の方へやって来るが、マルタだけは前に残った。

 

「皆さんどうぞ召し上がってください……と言いたいところですが、やはり私としてはこれをやるしかないわね。はい皆さん、今回だけですのでご唱和ください! 父と子と聖霊のみ名によって、アーメン」

 

 そうしてキリスト教の聖女らしい食前の祈りをどうにか――時計塔と聖堂教会ゆえんの(しがらみ)もあったりする――済ませ、いよいよカルデアにおける久方振り、ないし初めてのマトモな食事が始まった。食堂に集った二十人程度のカルデアスタッフたちも待望である。フォウ君には既に特別製としてうどんが用意されていた。彼は麺類が好きらしいのはこれまでの調査でマシュがもう確認済みである。

 

「先輩、この料理は何でしょうか? 見た目はすごく野生的ですが味付けはとっても美味です! ワイバーンのモノとはとても思えません!」

 

「えーと、それは確か山賊焼きとか言ったっけな? マーキダ、合ってる?」

 

「正解ですよマスター、それは私が作った物です。シバ王国は比較的多くの香辛料を手に入れることが出来ましたから、そういった料理は定番でした。とはいえ昔は香辛料はシバやイスラエルといった大国の厨房にしか無いようなものだったのに、今はどこにでも香辛料があるなんて本当に良い時代になったものです」

 

「まあそれとか野菜炒めは美味しくできたし別にいいんだけどね……ねぇ王様? あなた本当にそれでいいの? 作った私が言うのもなんだけど、それ、どう見てもジャンクの類よね?」

 

 言いながらマルタが示したのは、もっきゅもっきゅとひたすら無言で食事を続けるセイバーオルタの姿である。彼女の前だけはいわばハンバーガーの様な食事が山のように積まれていて、他の料理と比べても明らかに手抜きのように思える。しかし彼女は一切文句を言わない、どころか満足げな表情で食している。

 

「もっきゅ……んくっ、構わん。元より私はこちらの方が性に合っている。それにしてもこれはいいな。まさしく私が求める味だ」

 

「作る側としてはすっごい複雑な気持ちかつ面倒なんですけどねそれ……私もマルタさんも大勢に対して作るタイプの料理が得意なので、こういった近代以降の個人向けの料理が得意な方が居れば良いのですが」

 

「ま、中々難しいわよねそういうの。ここの研究者みたいな人種って、自分の食生活とか疎かにしがちだし。ほら、そこの作家なんてその極みに見えない?」

 

「さて、どうだかな。それより、あの男はどうした? ここには呼んでいないのか? はは~、もしや仲間はずれという奴か?」

 

 にやついたアンデルセンの顔を見ながら、そういえば、とばかりに立香は辺りを見渡す。確かにドクターロマンが来ていない。もしや彼は一人で作業を続けているのだろうか。だとすればさすがにそれは寂しい。急いで呼びに行こうかと席を立香が立とうとして、その前に食堂の扉が開いた。

 

「やあやあ皆さんお待たせ~。ダ・ヴィンチちゃんだよ~」

 

「げぇ、ダ・ヴィンチ! それにドクターまで! 遅いじゃないですか!」

 

「おや、誰だいそんなつれない呼び方をするのは? 私の事はぜひダ・ヴィンチちゃんと呼びたまえ」

 

「女男ー! 変態ー! モナ・リザー!」

 

「ありがとう、最高の褒め言葉さ」

 

 ……のっけからインパクトのある職員のヤジと共に入場して来たのは、ダ・ヴィンチちゃんと彼女に腕を引かれたドクターであった。彼らはちょうど席の空いていたマスター達の方へとやって来ると、当然のように腰を落ち着ける。

 

「約束通り、君たちの料理をいただきに来た。そのついでに一人で寂しく資料を整理している馬鹿を見つけたから引っ張ってきたよ」

 

「いやついでって君の工房はボクのいたところの反対――」

 

「なんです、あなたそんな事をしていたのですか? 駄目ですよ、人間なのですからちゃんと休める時は休まなくては」

 

「ドクター、シバの女王からのありがたいお言葉です。ここは従っておくべきなのでは?」

 

「はぁ……分かったよ。じゃあボクで良ければお相伴に預からせてもらおう」

 

 疲れたような顔は一瞬、すぐにドクターはいつもの軟弱とすら言われるような柔らかい笑みを取り戻す。その姿に心配そうに見ていたマシュやマーキダもほっと一息つき、食事を再開する。しばらくの間はカチャカチャと食器を鳴らす音と、飲み込む音、そして他愛のない雑談が響き渡る。

 

「それにしても、これが天然物の黄金律な体か。うんうん、是非とも参考にさせてくれ。私は自身の美しさを微塵たりとも疑っていないが、それでも本物は一つ目にしておきたい。えーと、確かシバの女王は特に足が綺麗だという話だったか」

 

「え、ちょ、なんですか急に体触りだして……」

 

 ある程度食べ終えて手持ち無沙汰になったのだろうか、不意にダ・ヴィンチちゃんがマーキダの顔やら胸やらに手を伸ばし始める。ふにふにと触り、指をつぷりと沈める。されている側は驚きはしても大して気にしていないようだが、これには一つ大きな問題があった。

 

「分かるかい、立香君。今そこで繰り広げられている光景はあまりにマズイ。同じ男として理解できるだろう?」

 

「分かってますよドクター。皆からはダ・ヴィンチちゃんって呼ばれていて、しかも傍から見ればとんでもない美女がとんでもない美女にスキンシップをかけているようにしか見えない。だけどこの人の中身は間違いなくおっさんだ。つまり――」

 

「間違いなく事案物だなぁこれは! だがよく考えて見ろ、こいつは自身の追及する芸術と美しさのために自己の性別という絶対的なものまで簡単に放り投げたまごうことなき変態、大馬鹿者にして正直者だぞ。そんな奴が今更女に触れて欲情するかいいやするまい!」

 

「うーん、やはり君は狂言回しのようで誰より人の事を真摯に見ている。よく分かっているじゃないか――って痛い! やめたまえフォウ君! あっ、ちょっとホントにシャレにならないから噛むのは止してくれ!」

 

「フォウ、アフォーウ!」

 

 我が意を得たりとばかりに頷くダ・ヴィンチちゃんかと思えば、割って入ったフォウ君に文字通り噛み付かれていた。ドクターから始まり立香に繋げられ、そしてアンデルセンにパスされた議題は結局彼女の肯定で終わってしまったが、果たしてこの様なオチで良いのか。これには横で聞いていたマシュとマルタもどうしてこうなったと頭を抱えてしまう。やはり天才と破綻者は手を付けられないらしい。セイバーオルタは委細気にせずもっきゅもっきゅと食べ続けている。フォウ君はひとしきりツッコミを入れて満足したのか、伸びるうどんとの仁義なき闘いへと帰っていった。

 

 妙な空気が場を支配する。なんとなく誰もが黙ってしまい、会話が続かない。だからこそだろう。次は遅れてやって来たもう一人に話が振られるのは必然といえた。

 

「で、ドクター。私たちの作った食事は美味しいですか? せっかくですから感想の一つや二つは聞かせてくださいな」

 

「ああ、そうだね……うん、上手い表現が見つからないがとても美味しいよ。それにどこか懐かしい味わいだ」

 

 ちょうどロマンが食べているのは、サイコロ状に肉を切って焼いたものに香料と野菜を添えたものだ。非常に素朴な味わいだが、それ故に奥深い。シンプルイズベストというべきか。

 

「おや、そうでしたか。ふふふ、それはですね――」

 

 何やらもったいぶったような笑みを深めるマーキダ。果たしてその意味深な表情に何があるのか。誰もが何となく訝しんだところで、その答えを告げた。

 

「昔、機会があってソロモン王に作った料理なんですよ。確かその時は宮廷の料理人が病気で寝込んで、それでたまには私も料理を作りたいと無理言って作らせてもらったのです。調味料とかもまさにその時エルサレムに有った物を使っています」

 

「つまり思い出の料理という訳なんですね! すごく素敵です!」

 

 乙女思考の強いマシュが感激したように笑顔になり、列王記を読んだことのあるマルタが感心したように頷く。セイバーオルタはやはり食べ続ける。その中でダ・ヴィンチちゃんだけはなぜか思い切り大笑いしていて、ロマンの背中をバシバシ叩いていた。

 

「くっ、はははははっ! これはこれは一本取られたんじゃないかロマニ! いいじゃないか、君の舌はかの魔術王と同じらしいぞ!」

 

「よしてくれよレオナルド……これが美味しいと思うのは事実だけど、そんな大それた因果は必要ないさ」

 

 困ったようにロマンが笑う。けれどその顔は少しばかり楽しそうで、やはりどこか懐かしそうな顔だった。そしてマーキダの方は、なんだかんだ遠慮のない関係の二人を見てどことなく妙な心持になるのだった。




この小説ではかなりソロモンの名を出していますが、原作でも序盤の内は割と名前が出ていたので許してください。というか名前を言うと呪われる設定自体、巌窟王イベというよく分からないイベでいつの間にか出てきた設定なのでなんとなく実感がないのですが。

次回からはいよいよ特異点です。そろそろマジで話を盛り上げねば……バトルも書きたい……あと月見の初っ端からロマンは辛いよ……

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