藍鷹の原野   作:副隊長

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鷹視1

 地に(すき)(スコップに似たもの)を突き立てた。足を使い土を(なら)し、幾らか堀りやすくなったところで、土塊を掬い上げる。大穴を掘る途中であった。

 数十を超え百に達しようかと言う人間が穴掘りに従事していた。人々の年齢は、まだ少年の面影が抜けきれない若々しい者から、壮年に至るまで幅広く人数が集められているが、皆男たちである。着衣の上を脱ぎ、陽の光を全身に浴びながら、地に鋤を突き立て男たちは広大な穴を掘り進めていた。

 大穴が掘られている場所から、幾らか先に離れた所には幕舎が貼られているのが見て取れる。見るからに軍営であった。男たちの手によって掘られている大穴は、その場所に詰めている兵士たちが糞尿を捨てるために用いられる事になる。大穴が掘られ、後に幾つかの板が渡され、そこから排泄物を捨てるのだ。それがある程度溜まれば、次は埋め立てられ、幾らか離れた場所にまた新たな穴が掘られるという具合だった。

 

「やってられるかよ。こんな仕事」 

「仕方ない。正規軍様に言わせりゃ、こんな下賤な仕事は俺たち義勇軍の仕事なんだろうよっと」

 

 穴掘りに従事していた男の一人が、絞り出すように呟いた。その言葉に隣りにいた男が皮肉交じりに答える。彼らの言葉通り、義勇軍である男たちは、正規軍である兵士たちに良いように使われているところであった。

 糞尿の後始末をするための大穴である。彼らでなくても、意気込んで行える類の仕事ではないだろう。その仕事が無くなることがあるというのなら、それは軍が移動したとき以外にはあり得ない。世のために立った義勇軍とは言え、本当の軍のように、戦の為の調練を積んだ者は多くはない。そして装備も貧弱と来ている。戦場での働きが期待できない以上、雑用に回されるのも仕方ないといえるだろう。

 

「まぁ、仕方あるまいよ。軍を名乗る以上、命令には従わなければいけない」

「それはそうだけどよ、伯卿さんよ。俺たちゃ、世のために黄巾賊を平らげるために名乗りを上げたんだぜ? それが正規軍ってだけで威張り散らしている奴等のために穴掘りだ。嫌になるってもんだろう」

 

 愚痴を零す男を、伯卿と呼ばれた男は苦笑を浮かべながら窘める。背丈は七尺(一尺は24.1cm)を幾らか超えており、五寸か六寸(一寸は2.41cm)といったところだ。藍色の着物を身に纏い、幾らか土にその身を汚しながらも男たちと同じように鋤を手に掘り進めながら、言葉を続ける。

 窘める言葉とは別に、男の気持ちも分からないではないと伯卿は思う。倦んできているのだ。義勇軍とはその名の通り、世のために立とうと志願したものが多い。大勢のそれを私欲に利用する為に束ねようとする者もいるにはいるが、少なくとも伯卿や彼が言葉を交わす男たちにはそう言った邪念は無かった。だからこそ、無為とまでは言わないが、華々しい活躍が出来るわけでもない穴掘りに、嫌気が差したというわけである。

 

「戦いが始まれば、機会は訪れるだろう」

「戦か。……戦うんだよな。賊とは言え、同じ人間同士が殺し合う」

「そうなるな」

 

 不意に、会話していた男が弱気になった。その様子を見て伯卿は一つ思い至った。恐らく、目の前の男は自身の手では人を殺したことがないのだろう。何となく不安に揺れる瞳を見ると、容易に想像できた。

 それが、伯卿にとっては少し意外だった。こんな時世である。税の負担が多すぎて食えなくなった村が丸ごと賊徒化、近隣の住民に牙を剥くということもそれ程珍しくはない。小さな略奪など、頻繁に起こっていた。そして小さすぎる暴徒など、鎮圧される為の軍が動くまでに時間がかかり、そもそも捨て置かれることも少なくなかった。民の暮らしを守ることなど、多くの軍人と役人に関心がないからである。国の政治牛耳っている宦官や外戚などを筆頭に、末端の役人たちに至るまで、多くの人間が腐っていたのだ。認める訳にはいかないが、それも仕方がないのだろう。

 だから、自身や村を守る為、降り注ぐ火の粉を打ち払う為、村人は己が手を血に染め迎え撃つことは少なくなかった。伯卿自身も、数えるのを諦める程度には人を相手取ったことがある。彼は猟師の真似事を行いながら、見聞の旅をしていた。馬を曳き、時に駆け、鹿や小動物を獲り路銀を稼ぎながら漢と言う国を見て回っていたからだ。

 一人旅をしていると、どうしても襲われる事があるのだ。馬を曳、剣も佩いている。弓術にも通じていた。だが、一人と見れば侮られ襲われる。そんなものだから、荒事など日常茶飯事だった。特に彼は北方出身である。異民族が多く住む地でもあった。交流と侵犯。相反する二つが同居している地であると言えよう。弓馬を始め、武芸にはそれなりに自信を持っている。だからと言っては何だが、戦場になるかもしれないという状況の中でも、ほかの人間と比べるとどこか鷹揚としていた。

 

「伯卿さんは、殺し合いをしたことがあるのかい?」

「まぁ、こんな時代だからな。人並みにはあるよ。斬り、射た事もあるな」

 

 どこかぼんやりと、それこそ何でもないように伯卿は頷いた。

 体格や才。生まれ持ったものと、鍛錬によって培われた地力。動きを把握する目や、予測する思考。様々な要素はあるが、最初の一歩は思い切りだった。決めたならば躊躇せずに動く。そんな戦場の呼吸とも言えるものが確かにある。それを掴む事ができたならば、戦う事はそれほど怖くなくなる。そんな事を語った。男はそんな話をどこか憧憬の混じった様子で聞いていた。

 

「まぁ、戦など起きないほうが良いのだろう」

「そりゃそうだぜ。だけど、現実に賊は居て、近くを荒らし回ってる。そんなんじゃうかうか寝てられねぇ」

「……そうだ。確かに、そうだな」

 

 戦など無い方が良いと呟いた伯卿の言葉に、男は神妙に頷いた。だが、戦わねばならないのだとすぐに続ける。賊徒がいる限り奪われる事に怯えなければならない。自分たちには村があり、家族がある。だからこそ、守らなければいけないのだ、と強く言い切った。その言葉に、伯卿は少しだけ目を剝いた。それは嘗て聞いた事がある言葉と同じだからだ。

 

「どうかしたのかい、伯卿さん」

「いや、懐かしい事を思い出しただけだ」

 

 義勇軍の男が言った言葉。不意に、師と二人の少女の顔が思い浮かんだ。

 古今様々な学問に通じ、高名でもあった師。その師の下でできた、妹弟子とでも言うべき二人の少女。一人は琥珀色の瞳を持ち、自分よりも他人の事を考える朗らかな気質の娘。そしてもう一人が菫色の瞳を持ち、視点の違いから幾らか衝突が絶えなかった娘だ。

 

「最後に別れたのは……。息災にしているだろうか」

 

 師の元を離れた時。それが彼女らに最後にあった時だ。一人は民のために生きたいと語り、もう一人は自分の一族を背負って戦うと語っていた。嘗ては、と言うよりも今も尚、自身の目的がはっきりしている彼女たちは、伯卿にとって何処か眩しいものだと言える。

 

『私は歴戦の武将のように強くもないし、だからって一流の軍師になれるほど頭が良いわけでも機転が利く訳でもない。あはは。自分で言って、ちょっとへこんじゃうかも。だけど、そんな私だけど皆が笑える世の中を作りたいって思うんだ。だから私は学ぶの。その為に色々な事を知って、考えなきゃいけないの』

『漢は大きな国だけど、周りには匈奴や烏丸なんかを始めに、色々な異民族が多くいるわ。家は漢の北の果てである幽州を守ってきた。私も国を、故郷を守るために力を付けるために学んでいるの』

 

 彼女らが語った事を思い出す。言葉や想いの種類に差はあれど、共通している事がある。民を、平穏を守りたいという事だった。今は世が乱れているといえた。黄巾賊は、民の蜂起である。民の為に戦いたいと言っていた二人は、今何をしているのだろうか。民の為に立ったのか。賊を民の為に平らげる事にしたのか。どちらにしても、今何をしているのか。それが伯卿は少しだけに気になり束の間過去に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

『お別れなんだよね。寂しくなるね』

『そうなるな。何、今生の別れと言う訳では無い。生きていれば思わぬところで会うのではないかな』

『それはそうなんだけどね。今まで一緒に学んだ衛真殿が居なくなっちゃうのは、感慨深いっていうか。感傷に浸っちゃうっていうかね。先生のところに来て色んな事があったなって……』

 

 名残惜しむように言った琥珀色の瞳を持つ少女に、伯卿は小さく笑った。どこにでも居る、頑張り屋の少女だった。喜怒哀楽を素直に表現し、純粋で何処か真っすぐなものを持っていると感じた。一応は師の元から去る伯卿から見てもまだまだ未熟だが、何か大きなものを感じる少女だと言える。

 

『一度、伯珪と三人で遠乗りに出かけた時、玄徳一人だけ遥か後方に置いて行かれてべそをかいていたな。今でも思い出す』

『そうそう……、あったねそんな事。って、それは忘れてよ! なんでそんな記憶が真っ先に出てくるの! もっと格好良い記憶とか、楽しかった思い出とかがあるでしょ!?』

 

 無垢な娘であると伯卿は思うからこそ、湿っぽくならないように軽い冗談を交えながら別れを惜しむ。引き合いに出された記憶が、少女にとってはあまり思い出したくない類の物であった為、恥ずかしそうにしながら捲し立てる。それで少し湿っぽくなりかけた空気が霧散していた。

 

『そうね。劉備じゃ無いけど本当にいろいろあったわね……。別に、忌々しいアンタがいなくなって清々するだけよ。精々、馬から落ちて怪我でもしないように気を付ける事ね』

 

 それまで伯卿と少女、劉玄徳の会話を聞いていたもう一人の少女が口を開いた。気の強そうな菫色の瞳を伯卿に向け、伯卿と同じ音を持つ少女、伯珪が呟く。言葉こそ少し棘があるが、仲が悪いと言う訳では無かった。それが二人の距離感であるといえる。

 

『まぁ、結局一度たりとも騎射で勝てなかった伯珪ではあるまいし、無用な心配だな』

『なぁ!? 一度たりともって、そもそも二回勝負しただけじゃない。それで偶然勝利を収めたぐらいで調子に乗って』

『ならば、次は勝てるように研鑽しておくべきだな。また会う時、さらに腕を上げている事を楽しみにしておく』

 

 騎馬の訓練がてらに行った狩り。二人して幼い頃から馬には慣れ親しんでいた。どちらの弓馬の腕が秀でているのか。勝ち気な伯珪の気質も相まって、腕比べをしようと行き着くのにそれ程時はかからなかった。結果は伯卿の勝利に終わった。伯卿のほうが年長であり、記憶の中にある伯珪は成熟しているとまでは言えない年齢だった。男女の差も相まり、伯卿に軍配が上がったというわけだ。伯卿の母親が烏丸の者ということもあり、伯珪以上に弓馬には通じていたのだ。

 鞍は愚か、馬具のない裸馬に乗ってでも自由自在に駆けることができた。手綱ではなく、足で胴を締め上げることで馬に意を伝える。幼いころより馬とともに生きた彼には難しいことではなかった。

 

『また会うときなんて悠長なこと言ってないで、今すぐ勝負しなさい』

『断る。楽しみは残しておきたいのでな。それに、わざわざ別れの日に敗北の記憶を刻みつける必要もないだろう』

『ぐ、馬鹿にして……。実はあんた喧嘩売ってるんでしょ!?』

 

 少し煽ると、伯珪は見事に釣られていた。別れという事もあり、どことなく元気がなかった勝ち気な少女が、それで少し持ち直した。伯卿は内心で小さく笑う。この娘は少し煩いくらいが丁度いいのだ。神妙にされていては此方も調子が狂うというものだった。

 

『まぁ、何はともあれ達者でな』

『うん。衛真殿も達者で。それとこれを上げるね』

『そうね。あんたは簡単に死にそうにないけど、こんな世だし気をつけなさい。……劉備がどうしてもって言うから二人で誂えたの。精々大事にしなさい』

『ええー。私だけでなく公孫讃殿も乗り気だったよ』

『ちょっと、そういう事は言うんじゃないわよ!』

 

 騒がしく言い合う二人に、二振りの剣を渡された。片割れは長剣で、もう一方は剣であった。一見豪奢な意匠が施された訳ではないが、鞘にかけられた紐は見事な物だといえる。長剣には菫色の紐が、剣には琥珀色の紐がかけられている。鞘を払った。長剣は馬上でも十分に扱えるもので、理想的な長さだといえる。剣は並の剣を三本打ち合わせて作られたものだった。折れ辛く、普通のものよりも重いといえる。だが、大した問題にもなることはなかった。普通の剣は軽すぎたからだ。強い弓を弾く為には強い膂力が必要であった。だから、剣を使うのはそれほど難しいことではない。自身には弓馬の技があった。故に長柄よりも、剣の方が都合が良かった。

 

『有り難いな。命を預けられるものが二振り手に入った。ならば俺はこれを贈りたいと思う』

 

 刀身を見つめながら呟く。友が別れに剣を送ってくれた。その気持は素直に有り難いと思った。

 

『返礼と言えるほどの物ではないが、代わりにこれを受け取ってほしいと思う。本来は門出用に誂えたものなのだが、不要となってしまった』

『剣と』

『弓ね』

 

 こんなもので悪いがと衛真は二人に武具を託す。本来は自身が用いるように新調したものだった。戦場で用いる武具と言うよりは、旅に用いるために誂えた剣と弓である。衛真にとっては取り回しを重視した物であっても、彼女たちにとっては十分な武器であると言えた。劉備には剣を。公孫讃には弓を送っていた。

 

『さて、行くかな。先生。お世話になりました』

『達者でな衛真よ。お前の学んだ物は世の中を見、物事を考える時にこそ真価を発揮するだろう。人を見、営みを学び、人の在り方を考えてみると良い』

『時をかけ見つめ、考えて見ようと思います』

『ああ。それが良い』

 

 最後に、弟子達の様子を黙って見つめていた師に一礼する。それは別れの時の記憶。あれから幾何かの時が流れ、僅かに色褪せ遠く感じることもあるが、確かに刻まれた記憶である。師である盧植先生。儒学を修め、古今様々な学問を始め兵法などにも通じる方であった。幾許かの道を示して貰った。同時に、それに拘り過ぎるなとも伝えられた。どんなものにも動きがあり、変化がある。過去を学びつつも、変化する今を考えろ。そう教えられていた。その教えは大事にしていきたい思う。だから伯卿は、衛真は旅を続けていたのである。

 

 

 

 

 

 

 浅く眠っていた。何時如何なる時に、実戦に移るかも解らない場所である。軍営の端にぽつりと宛がわれた義勇軍の幕舎。無論、正規軍のそれに比べれば明らかに数が少ない。主だった者どころか、便宜上の棟梁格とその部下数名程度が入れるほどしかない。殆どの義勇軍は星を枕に夜露を凌いでいた。

 衛真にとって、雨に濡れさえしなければ特に構うことではなかった。何時でも直ぐに休めるというのは、旅をするうちに身に付いていた。同時に、浅く短く眠るという事も。世は乱れに乱れていた。何時襲われるか解った物ではない。心構えと言うよりも、人の持つ力のようなものを否応なく感じ取れるようになっていた。浅く、だが充分に休息を取る。自然と体がそうなってくるのだ。

 

 「夢、か。らしくない」

 

 呟き。懐かしい夢を見ていた。不意に目が覚めたが、つかの間、嘗て師事した盧植先生の元にいた頃の記憶を見ていた。日中にあんな話をしたから思い出したのだろう。記憶の中の少女。劉備と公孫瓚は元気にしているだろうかと、昼間と同じように思いを馳せる。

 義勇軍である。漢の政治の腐敗による乱れから、大規模な乱が起こっていた。その討滅に、師であり高名な学者であり、兵法にも通じていた盧植殿が総指揮官に起用されたと聞いていた。

 世を見て回っているところだった。心情的には政治の腐敗により、蜂起した黄巾側に寄りたいと思った。知識として知っていた中央の腐敗は、北辺から南下をして中央に近づくに従って目に見えるものとなっていた。

 だが、黄巾は不満が爆発しただけの蜂起であるとも言える。容易に反乱が成功するとは思えなかった。脅威と見て討伐軍が組織されたように、政治が腐敗はしていても漢は依然として地力があり屹立していると言える。万が一討伐軍を打ち破れたとしても、そこから国を追い込めるという未来は見えなかった。

 例えば漢の有力な武将を黄巾側に靡かせることができたのならば、まだ勝算はあると言えただろう。だが、現実としてそのような事は起きていない。黄巾賊は数こそ多いが、農民が主力と言えた。緒戦は勝てるかもしれないが、戦うために装備を整え調練を行っている軍に勝ち続けることが出来るはずがなかった。端的に言えば、展望が見えないのだ。志は解る。だが、志だけではどうしようもないと言える。

 何よりも、嘗ての師が総指揮官だった。今はもう見上げるだけの存在であり、少なくとも戦の起こり始めている現状では訪うことすらできないだろうが、何か力になりたかった。国の在り方を見つめ、人の在り方を見つめていた。この国の現状が正しいなどとは言えはしないが、黄巾が正しいとも言えなかった。ならば、せめて師の力となり少しでも早く平定することが肝要だと行き着き、決断するのはそう難しいことではなかった。

 師に自身の存在が知られる必要はなかった。衛真自身が力を貸したいと思ったからであり、それ故、どのような形であれ助力できればそれで良かったからだ。何よりも、永らく連絡を取っていない。盧植が衛真の所在を知りようもないと言える。

 すでに睡魔は消えている。夜はまだ明けたわけではないが、既に眠れるようでもなかった。一応夜の警戒に出ている兵に一声かけ、水場に向かう。戦にはまだなっていない軍営である。水場は近くにあった。一口水を含み。そのあと完全に目を覚ますため、少しばかり顔を濡らした。

 不意に、大きな気配が動くのを感じた。即座に着物の袖で水を拭った。少しだけ離れた軍営の方を見る。声が聞こえていた。叫び。夜襲。直感した。剣。携えてはいなかった。と言うよりも、夜間は持つことを禁止された。義勇兵であるが、民でもあった。そして賊もまた民なのだ。合流して日は浅い。信用されていなかったのだろう。それ故武器は一か所に集められていた。正規軍の軍営の一角。場所はわかっていた。断る事などできるわけがない。そんな事をすれば、理由を付けて斬られるのが目に見えていたからだ。普通の軍と比べれば、信じられない扱いだろう。戦場になりかねない場所で味方に丸腰にされているのだ。せめて一度力の限り戦った後ならば少しは信用されたかもしれないが、今回が初戦である。義勇軍にとっては悪い方向へしか事が進んでいない。

 

「確かに機会が訪れるとは言ったが、このような形とはな」

 

 衛真は独りごちた。手元には武器はなく、おそらく敵には夜襲を仕掛けられている。一応の警戒はしていたのだろうが、賊徒と侮っていたのだろう。離れた場所からでも解る動揺の具合に、戦況の不利さを明確に自覚させられる。

 

「仕方あるまい。行くか」

 

 義勇兵の装備は一か所に集められている。武器もなければ、気休め程度でしかなかったが具足もない。あるのは軍袍と身体だけであると言える。幸いにして衛真自身はまだ捕捉された訳では無かった。逃げようと思えば逃げられないことはない。それでも衛真に逃げるという選択肢はなかった。師の力になる為に戦に参加した。それを戦って敗れたのならばいざ知らず、戦う前から逃げるなど、人の生き方に、自分の生き方に反すると思ったからだ。人には守るべきものがある。それが何か明確に解ったわけではないが、今、己が守るべきものはわかっていた。

 軍袍の帯を外し、素早く水に浸した。それからある程度水気を絞り、水の重さである程度振り回せるのを確認した後左腕に巻き付け、石を数個拾った。礫として使うためだ。狩りなどに使うほどの腕には達していないが、人に当てるぐらいならばどうにでもなる。装備として心もとないのは言わずもがなだが、丸腰に比べれば遥かにましであると言えた。

 小さく息を吸い、呼吸を整えた。軍営にはいくつか火が付き始めている。頭の中で動きを想定する。武器を手に入れ、味方と合流。後に奇襲に酔っている敵に一撃痛打を与え、後退。戦況を整える。それができれば理想的という形だろうか。すでに奇襲は成功されていた。それがどれだけ難しいかは、実際にぶつかり押して図るしかない。

 火の手が上がり始めた軍営。そこに向け、一直線に駆けた。幕舎の傍を二つ三つと通り抜ける。辺りから武具のぶつかり合う音が聞こえていた。人の気配が濃くなる。見知った顔が倒れていた。胸を突かれ血を流している。武具は持っていなかった。日中に語り合った義勇兵の一人である。守るべき者の為に戦うんだと語っていた。一瞥だけし、衛真はさらに駆けた。戦場の死である。心を乱す暇など無い。

 

「殺せ殺せ。官軍の腰抜けどもを殺し尽くせ!」

 

 戦場に怒声が響く。死者が倒れていた。殆どの兵が具足も纏わず武器もなく殺されていた。殆どすべてが義勇軍の者たちだろう。はっきりと聞こえ始めている武器を交わす音は、正規軍だろうか。構わず駆けた。もう直ぐたどり着く。そんな時に立ち止まった。黄巾の賊徒。5人に囲まれたからだ。

 

「また丸腰のやつが居やがるぜ。いったいどう言うつもりなのか」

「相当死にたいんだろうよ」

 

 男たちが丸腰の衛真を見ると嘲笑を浮かべた。手に持つ剣には血液がこべり付いており、傍らには丸腰で切られた義勇兵と思われる者が転がっていた。既に事切れているのだろう。対峙する衛真も同じ目に合わせてやろうと思っているのか、にやにやとした笑みを浮かべている。

 

「できれば死にたくない……」

「くははは。こいつ命乞いを始める気だぜ」

「ああ、面白い。なんて言うのか聞いてみようぜ」

 

 五人に囲まれた衛真は顔を伏せ絞り出すように言った。その様が恐怖に飲まれているようにしか見えないのか、賊徒たちは腹を抱え笑い声をあげた。各々が蔑む様に笑った。

 

「だから――」

「あん?」

 

 小声で衛真は呟き、賊徒の一人が視線を向けた。風を切る音だけが小さく音を奏でた。

 

「代わりに貴様が死ね」

「ぐぎ」

 

 礫である。隠し持っていた拳台の石を男達に向けて放っていた。不意を打った礫は三名の頭部に直撃し、潰れたうめき声を残した。同時に間合いを詰めるために跳躍し無傷の二人のうち一人を殺す気で打ち倒す。左手で顎を打ち上げた後に、渾身の一撃で喉を打ち抜いた。賊徒が一人倒れた。顔が紫色に変色していた。打ち殺したのだろう。

 

「この、野郎!!」

 

 とっさのことで反応できなかった最後の一人が、隙を晒している衛真に切りかかった。衛真の左腕にまかれた濡れた帯。踏み込みよりも早く外し、片手で帯を操り無造作に振るわれた剣を絡め捕った。帯ではあるが濡らされていた。鞭のようにしなりを持ったそれを賊徒の剣の腕では切り落とすことができなかったからだ。膂力は対峙する男に比べ衛真の方が遥かに勝っていた。容易く体勢を崩した。賊徒は武人ではない。戦いに於いて、想定外の事が起きれば簡単に体を崩すことができるのである。いくら奇策とはいえ、武人ならば晒すことのないような大きな隙を簡単にさらしていた。腹部に痛打を加える。腰が折れ曲がった。首に向け、肘と膝を同時に打った。それで、まるで斬首されたように、大きく体が揺れた。首の骨が折られたのである。崩れる男から即座に剣を奪う。

 振り向きざまに剣を薙いだ。礫をぶつけた三人が剣を振り上げているところだった。一人の上体を浅く切り、怯んだところを喉に狙いをつけ蹴り抜いた。骨を砕くような衝撃が足を伝わった。その反動を殺さぬまま後方に飛び退る。遅れて刃が振り下ろされた。迫る死を掻い潜る。剣は右手にしていた。空いた左腕。剣を奪うために用いた帯を手にしている。濡れていた。ある程度の重みはある。帯の端を持ち、賊徒の片割れに全力で投げた。円を描きながら賊徒に迫る。

 

「つまんねぇことを!」

 

 そういって賊徒は剣を振り下ろす。が、宙を飛んでいた帯に刃をぶつける事はできても、斬り落とすことはなかった。帯が絡みつく。慌てて賊が振り解く。

 そちらを見ることもせず、もう一人の賊徒に踏み込んだ。右手。大きく振りかぶった。賊徒。両の手で剣を振り下ろす。競り合いなど許さず弾き飛ばした。踏み込む。返す刃で振り下ろす。賊徒の持つ剣ごと両断した。もう一人の賊。帯を投げ棄てていた。こちらに背を向け逃げる。剣。背に向けて投擲した。

 

「同志を殺した報いだ」

 

 肺骨を断ち胸を貫いたのだろうか。最後の一人は、賊を地に縫い付けるように突き立っていた。逃がせば同胞をつれ逆襲に来るだろう。今衛真には碌な武具もなく一人であった。逃がすなどと言う選択肢はあり得ない。

 賊の死体に足をかけ剣を抜く。血がこべり付いていた。出会ったときは義勇軍や正規軍の血であったのだろうが、今は賊徒の血である。戦であり、斬ったから斬られた。それだけだった。

 僅かに乱れた呼吸を整えた。再び駆ける。相変わらず怒声と金属音が聞こえる。それほど時をかけず、武器が集められている幕舎にたどり着いた。飛び入るような事はせず、入口の幕を切り裂く。人はいない様だ。即座に踏み込んだ。具足。手にしていた剣を地に突き立てると、手近にあった物を素早く身に着けた。義勇兵の物であり、正規軍の物と比べれば大した防御力を期待できないが、ないよりは遥かに良かった。己が武器二振りの剣。身に着けた。それとは別に右手に戟を持ち、左手には剣を持った。戦いになれば直ぐに捨てねばならないが、たった二つでも誰かに渡せれば身を守る手段となる。放置されている武器の数を見ても、おそらく生き残っている義勇兵は丸腰だろう。既に何人が討たれたのかも解らない。ただ、生き残りは多くないように思えた。

 

 幕舎から外を伺う。すぐ傍には人の気配はない。走った。敵の規模は解らない。だが奇襲だった。幾らか撃たれているのは明白であり、味方と合流したかった。怒号と金属音が重なる場所に向け走った。戦っている音である。そこに行けば劣勢かもしれないが確実に味方は居るはずだからだ。迎え撃っているのは恐らく正規軍である。心情的にはあまり合流したくはないが、正規軍ではなく丸腰の義勇兵を探すのは利点がない。

 前方に数名の賊徒が目に入った。距離はある。だから、捨て置くことも難しくはない。

 

「やめて、やめてください」

「いやだね。命のやり取りをしているんだ。この位の良い思いはしないとな」

 

 しかし、不意に男の一人が手にしているものに目が行った。予定を変更し踏み込む。下卑た笑い声が耳に届いた。煩わしい。そんな思いと共に戟を振るった。二人をまとめて切り裂き、少女を嬲ろうとしていた男を突き殺した。そのまま突いた男を蹴り飛ばすと、剣を捨てる。戟を地に突き刺した。薙ぎ払った男が持っていた弓と矢筒を奪い、身に着けた。立ち上がる。

 

「あ、あの」

「剣は持っていくと良い。貴女も戦場にいるのだ。武器があればそれなりに動けるのだろう」

 

 声をかけてきた少女を一瞥し、それだけ告げる。別に助けようと思って助けたのではなかった。賊徒の一人が弓を持っており、それが欲しかったに過ぎない。矢を数える。二十程の矢が入れられていた。一つ抜き出し、矢に番えた。一人張りの弓である。大きな力を籠めずとも、絞ることができた。ぎりっと弓がしなる音が耳に届いた。少女が息を呑む。遠目だが、軍が戦っているのが目に見えた。数人だが、黄色い布を頭に巻いた騎馬が居た。薄闇の中、駆けている。見据えた。

 

「あ――」

 

 放った矢は、衛真の思惑と寸分の狂いもなく騎馬兵を叩き落した。疾駆している騎馬兵の胴に直撃であった。騎馬の勢いがついていた兵は突如側面から襲った豪撃に文字通り吹き飛ばされ落馬した。それを認めたあと、すぐ様二矢三矢と一呼吸の間に放つ。傍でただ見つめている少女は、不意に衛真の目を見た。異様に鋭く細められている。まるで狩りをするときの猛禽類の瞳である。鷹視狼歩。そんな言葉を思い出す。

 矢が放たれ続けた。黄巾の騎馬が目に見えて減っていく。鷹の目。次々と射落とす。

 

「少し狙いがずれるな」

「今のでずれているのですか?」

 

 矢羽はあまり良いものではなかったが、ないよりはましだ。そんな衛真の内心とは裏腹に、矢は騎兵を叩き落していた。思わず問い返してきた少女に頷いた。既に騎馬は居ない。乱戦の中これ以上弓を使う必要はなくなっていた。

 騎馬ならば的が大きいので狙えないこともないが、歩兵同士の戦いの中に弓を使うことは流石にできそうにない。誤射しても良いと言うのなら狙える。衛真にはその自身もあるが、危険を押し切ってやらなければいけない理由がない。その為弓を下ろし、再び戟を取った。気づけば少女が剣を両手に取り、衛真を見つめている。

 手にした剣が震えていた。別に衛真に敵意を向けているわけでもなければ、恐れている訳でもない。ただ、震えていた。

 

「……一度剣を振ってみてくれるか?」

「……んっ!」

 

 両手に精一杯の力を込めて振り上げたのだろう。振り上げた時点でかなり剣が震えている。何とか振り下ろした。先ほど用いた剣である。特段重い訳では無い。となれば少女の膂力が特別弱いという事だろう。

 目が合う。翡翠の瞳がわずかに揺れた。呼吸が少し乱れている。人並みに戦えるのならまだしも、これでは捨て置く訳にはいかない。ついでだったとはいえ、助けたのは衛真である。ならば最低限の責は負うべきであろう。

 

「貴女は、何故戦場に出てきてしまったのか」

 

 思わずそんな事を言ってしまうのも仕方がない。おそらく義勇軍の者だろう。衛真が義勇軍として行ったのは穴掘りだけである。つまり、最近加わった新入りだ。全員の顔と名を知っていた訳ではない。

 

「ほーこうは義勇軍の相談役でした。武器を取り上げられるのを阻止できなかった以上、相談役も満足に果たせたとは言えませんが、そういう理由で随伴されていました」

「成程」

 

 頷く。戦場である。気になる事は他にもあるが、多くを聞いてる暇がない。ほーこうと名乗った少女から、剣をもらい受け、弓を持たせた。剣を持てない以上、物持ちとして使うしかなかった。弓ならばなんとか持てそうだ。短刀や暗器の類でもあれば良いのだが都合よく持ってはいない。

 

「捨てるのは惜しい。弓を持っていてもらいたい。身の危険を感じたら捨てても構わない」

「ほーこうと共に居てくれるのですか?」

「そうなる。ついでとはいえ助けた手前、見捨てる訳にもいかんだろう。それとも、乱戦を一人で切り抜けられるか?」

「ほーこうだけでこの場から生還するのはまず無理でしょうね」

「ならば少しの間面倒を見よう」

 

 彼女の身体能力を見た後である。その返答も衛真にとっては予想の範囲内だ。ならばどうする。当初の予定通り、味方に合流して痛打を与えるというのは難しいだろう。ある意味、弓射により損害は与えたが、それだけでは弱すぎる。だからと言って、今の状態で足手まといを守りながら賊に痛打を与えられるかと問われると、不可能だろう。答えは出ていた。考えるまでもない。この状況に衛真個人が拘る理由はない。既に敵と刃を交わし、死線は超えていた。目の前の少女を守るという理由もある。離脱という選択肢を取るのに、それほど迷う理由はなかった。少女の瞳が驚きに染まった。

 

「ありがとうございます。ほーこうは郭嘉と申します。字は奉孝」

「衛真。字は伯卿だ」

 

 少女の名乗りを受け、こちらも短く返した。時が惜しかったからだ。

 

「あ、先ほど射落とした馬がこちらに来ます」

「少し待て。すぐに戻るが、危なくなったら逃げても構わん」

「何を――」

 

 郭嘉が、射落とした賊徒が乗っていた馬がこちらに向け駆けて来るのを見つけた。白馬だった。鞍は乗っているが、手綱は斬られていた。恐怖に負けている。馬の様子でそれが分かった。十分に調教されていないのだろう。ある意味で、それは都合がよかった。戟を地に突き刺す。郭嘉に向け一言つげ、馬に向かって走った。そのまま飛び乗った。自身は幽州出身だった。父は漢族だが、母は烏丸の者である。半分は騎馬民族の血を引いている。悍馬(暴れ馬)ならばともかく、走っている並みの馬に飛び乗る事など造作もなかった。手綱は切れていた。煩わしいだけである。残っている部分も切り落とした。同時に腿を使って馬の胴を締め上げる。落ち着け。お前の駆ける場は俺が示す。そんな意思を闇雲に走る馬に伝えた。

 名馬では無かった。だが、悪い馬でも無い。仕込み次第では、良い馬に成長するかもしれない。腿で締める事で意を伝え、言葉と手で落ち着けるために慣らした。やがて、並足になり歩行に変わり、そして歩を止めた。一度腿を使い意思を伝えた。お前の足で窮地を脱する。頼むぞと。馬が一度嘶いた。

 

「馬が落ち着いた?」

「乗れ」

「え、あ、はい!」

 

 腿で意思を伝えた。以心伝心とまでは行かないが、細かな動きを足で伝え続けている。言葉ではなく、足で話しているのだ。馬と通じ合うのに、多くの言葉は必要なかった。言葉ではないもので、語っている。

 惚けていた郭嘉に手を伸ばす。手を握った。一気に自分の前まで抱え上げた。剣。流石に持てないので棄てた。弓。郭嘉が抱えていた。戟を右手に持つ

 

「ひゃあ!?」

 

 左手を郭嘉の胴に回した時、甲高い声を上げた。無視する。抱えていなければ確実に落ちる。確信だった。高くなった視界を全方位に向ける。後方が一番人の気配が少なかった。

 

「このまま後退する」

「あ、待ってください」

 

 仕方ない。そう言い聞かせ離脱しようとしたところで、郭嘉が声を上げた。先ほどまで、何処か余裕のなかった少女とは思えないぐらいの鋭い声に、仕切りなおすことにする。

 

「何か?」

「見てください。三里(約1・2㎞)ほど前方で正規軍の本体と思われる部隊が押し合いを行われています」

「そうだな。だが、一騎で加わったところで、形勢は動かんぞ?」

 

 郭嘉の指さす方向を見据えた。敵味方含めて二千に達するだろうか。それぐらいの兵力がぶつかり合っていた。気づけば暗かった闇もほんの少しだが明るくなり始めていた。

 

「それはそうです。ですが、左方をご覧ください」

「あちらは小競り合いか。官軍が優勢の様だ」

 

 百ほどがぶつかり合っていた。本体に比べれば小さな纏まりであるが、それが友軍として動けるならば大きな意味がある。正規兵である。賊徒は練度が違った。

 

「成程。あそこの部隊が遊撃に回ることができれば、確かに戦況が動きそうだ」

 

 郭嘉の言葉に衛真は頷く。それが可能ならば、確かに優勢に持っていけるだろう。問題はどうするか。という事である。

 

「はい。ですから、あそこの指揮官を一撃で粉砕できれば、本体を潰走に持っていくことも難しくはありません。敵軍とはいえ、賊徒です。頭が討たれれば呆気ないほどに脆い」

「確かにな。だが、どうやって撃つ」

「両軍既に乱戦に突入しています。未だ捕捉されていない手練れの騎兵が大きく迂回しその間隙を縫えば、敵指揮官にも容易にたどり着けると思いませんか?」

「お前、まさか」

「はい。先ほど見せて戴いた貴方の武技があれば辿り着けるでしょう。このまま進むことをほーこうは進言します」

 

 満面の笑みを浮かべ言い切った。こうすれば勝てる。そんな確信を得ているのだろう。瞑目する。先ほどであったばかりの少女である。信用する理由などなかった。だが、世は乱れに乱れていた。英雄と言うものが出るとしたら、こういう時勢を言うのかもしれない。笑みが零れた。師は人を見、世の在り方を見つめろと言っていた。今回は、この馬鹿とも天才とも取れる少女がどちらに属するのか。それを見定めるのも悪くはない。

 

「貴女は見かけによらず豪胆なようだな。……その一手、乗ろうか」

「……!? よろしいのですか?」

「まぁ、構わんよ。この状況が覆せるのならば、それに越したことはない」

 

 自分で勧めておいて驚くのかと、衛真は苦笑を浮かべた。何か不思議な感じであった。出会って間もない少女に命を預けている。だが、それはそれで良いと感じた。逃げる事は性に合わないからだ。幾らか駆けた。数名の賊徒と馳せ違い、突き倒した。そのまま丘と言うほど高くはないが、少し高所にあたる場所で歩を止めた。何人か突き倒した後である。辺りには人の気配を感じない。このあたりか。衛真は呟いた。この場所ならば戦況も見えるだろう。

 

「降りられるか?」

「できれば、ほーこうも伴ってもらえませんか?」

「邪魔だ」

「そう、ですよね」

 

 言い出した者の責任を感じたのだろうか。郭嘉はそんなことを告げた。それをあっさり無碍にする。邪魔であるからだ。片側にしか武器を振るえないし、力も込めずらい。何よりも、左手が常に取られていることになる。それは大きな縛りである。故に郭嘉を伴うという選択肢は一考に値しない。

 馬に座るように意を伝えた。そのまま郭嘉を下ろし、即座に討つべき敵を見据えた。軍が発するような闘気は発していない。故に指揮官を討てればそれで壊走に追い込めるだろう。戟。肩に担いだ。

 

「では行ってくる」

「あの、死なないでくださいね」

 

 郭嘉が少しだけ不安げに言った。まぁ、普通はそうだろう。笑う。何故だか知らないが、できるという気がしていたからだ。郭嘉の言葉には答えず、馬腹を蹴った。手綱など必要はなかった。その気になれば鞍も必要がない。馬とは幼いころから慣れ親しんでいたからだ。速度が上がる。前方。百人程がぶつかり合っていた。幸い、具足と黄巾で敵味方の区別はついた。疾駆。今の馬の最高速度を持って駆け抜ける。指揮官を探した。小さな纏まりが幾つかあった。大きくなる前に突っ込み、散らした。同時に何人か突き倒した。十名ほどに囲まれて、下がりだす者を見つけた。立て直しを図る指揮官。一目で解った。一直線に駆けた。顔を見る。驚きに染まっていた。戟。降り抜く。血飛沫が上がった。

 

「敵指揮官、討ち取った!」

 

 叫んだ。小競り合いの指揮官だが、大局から見れば十分な戦果だろう。傍にいた賊徒、蹴散らしながら討った。正規兵が雄たけびを上げた。ぶつかり合っていた賊徒、殲滅するのに時間など掛からなかった。

 

「やるではないか」

「いえ。即座に本体がぶつかっている敵の側面を突きましょう」

 

 小隊を率いていた指揮官が声をかけてくる。会釈をし、郭嘉の狙いを告げる。此処で機を作れば手柄が増えると読んだのだろう。指揮官は即座に動き始めた。並走し、駆ける。二千程のぶつかり合い。その側面を槍のように一突きした。賊徒である。それで大きく乱れた。何度か兵士を斬る。血を浴びていた。兵士が叫んでいる。賊徒が壊走を始めた。追撃に一度だけ加わった。大きく戦力を削ぐ事ができていた。十分に郭嘉の策は効果を発揮できたと思う。官軍が討ちに討ち始めている。それ以上は追撃に加わらず、郭嘉の元へ戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 




昔から書いてみたいと思ってた三国志物の長編。ついに書いてしまいました。
本作は三極姫3、4を混ぜ合わせた感じになっております。3公孫讃、4劉備、郭嘉みたいな感じです。
何で黄巾の乱に郭嘉が居るんだとか思う人も多いかもしれませんが、原作からして孫策が参戦してたりするので深くは気にしないで貰えると助かります。
尚、大雑把な流れや単位などの細かな設定は北方健三先生の三国志を参考にしております。
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