藍鷹の原野   作:副隊長

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鷹視4

 騎馬が隊列を組み駆けまわっていた。一千騎。官軍の騎馬隊が黄巾と睨み合う後方で、馬蹄を響かせている。膠着状態であった。一軍を打ち崩され、将を討たれた黄巾軍は、立て直しを図るために堅陣を敷いて動く気配がない。官軍が寡兵であり、黄巾が衆兵と言えるだろう。官軍の増援として参陣した曹孟徳率いる私兵一千と官軍四千。先の戦いでは、官軍にもいくらかの被害が出ていた。増援を足しても総兵力は二万五千に届くかと言う陣容である。ただし、曹操率いる五千のうち三千は騎兵であった。中でも、曹操の旗下は駿馬を揃えていた。

 曹操が洛陽から派遣された際、行軍に乗じて軍馬の質を見極めていた。幕下の将であり、騎馬に長けた夏侯惇、夏侯淵姉妹。二人に軍の再編と称して、官軍と旗下の軍馬を入れ替えていた。普通、その時点で不思議に思うものが出るだろう。官軍の馬は支給されたものであり、曹操旗下は私兵である。実際、声は上がった。

 しかし、戦時であった。それも、反乱軍総勢数十万の大反乱だ。そんな時勢である。曹操が漢の中で頭角を現すのは必然であった。銀髪の魔人。誰が呼んだか、そんな綽名が囁かれるほどである。その曹操の幕僚もまた優秀であると言えよう。官兵の指揮官たちは行軍の中で、夏侯姉妹の馬術の巧みさと、率いる兵の精強さを見せつけられていた。逆に、己が部隊の脆弱さと欠点を無言で突き付けられ、気付けば率いていた軍を掌握されていた。明確に指揮権を奪われたという事ではない。兵士たちの心を掴まれたという事だった。そうでありながら、官軍の指揮官として一定の敬意は払われている。逆らえる状態ではなく、逆らおうと言う気も起きなくなった。将としての資質は、曹操の方が遥かな高みにあり、その配下にも遠く及ばない。そして、彼らは曹操の指揮下でもあった。彼女の指揮に従えば、自分たちで動くよりも遥かに功績を挙げられるだろうと言う予感すら感じる。長い物にまかれようと思うのも、無理は無いという事だった。

 そんな経緯から、曹操は実に巧妙に自軍の騎馬を駿馬に入れ替える事に成功していた。総勢三千騎の騎馬隊である。その中でも、二千騎は官軍である。いくら正規軍と言っても、良将に鍛え上げられた部隊ばかりではない。馬質がばらばらだったのだ。それを、本当に再編もしていた。精鋭一千騎と、馬質の劣る二千騎。動きが明確に分かれていた。それにより、動きは格段に良くなっている。最初は疑問に思った官軍指揮官たちも、その結果を見て納得はしていた。戦うからには勝ちたいのだ。それは、確かに再編と言えるだろう。其処に曹操個人の思惑が大いに食い込んだと言うだけである。

 そんな理由もあって、曹操率いる騎馬隊は駿馬を揃え精強だと言えた。無論、曹操自身はその実力に満足している訳では無いが、黄巾討伐に腰を上げた官軍全体から見ても精兵だと言える。

 

「むぅ……」

「どうかなさいましたか、曹操様」

「惇よ、つまらんぞ」

「はい……?」

 

 銀髪の麗人は、蒼髪の女武人に零した。精強な騎馬隊を擁する曹操から見ると、眼前で行われている調練は如何にも退屈であったのだ。

 一千のうち二百程が一纏まりになり、それが五つ存在している。二百で一隊。それが五つの騎馬隊という事だろう。それなりに纏まった動きを見せながら、調練の地として指定された領域を駆け回っている。動きを見るに、特に精鋭と言う訳では無い。馬質はあっていないし、動きも連続して行うと幾らか隙が見て取れる。精鋭と呼べるほどには調練が行き届いてはいないのだ。悪い訳では無いが、良いとも言えない。幾つか見た官軍の騎馬隊の一つと言った感じである。

 

「騎馬隊の動きが悪い」

「それはまぁ、そうでしょうね。朱儁将軍率いる軍のうち、精鋭は旗下三千騎です。目の前にいる騎馬隊は、どちらかと言えば予備隊と言うべき者たちかと」

「これでは、普通の官軍の調練を眺めているのと同じだ。それならば、自軍の調練を施す方が有意義ではないか」

「なら、戻りますか?」

 

 端的に言ってしまうと、見るべきものは無かった。官軍の騎馬隊の調練でしかない。

 曹操が増援として朱儁の元に出向いた際、気になる話を聞かされていた。義勇兵。官軍の助勢を行い、幾らかの貢献をしている者たちであった。中でも、郭嘉と言う少女の戦を見る目は特筆すべき物があったと言える。義勇軍の参謀でありながら、官軍と黄巾賊のぶつかり合いの趨勢を見極め、的確に勝利に導いていると言えた。一度は黄巾の奇襲を迎撃することに成功し、二度目には黄巾の頭目を討ち取る事に成功したと言える。それも、正規軍ではなく義勇兵を使ってである。二度とも正面からぶつかる類の戦では無かったが、義勇軍であるのだ。それも仕方がない事だろう。義勇軍でありながら、寡兵で大軍を破った事が大きいのだ。その軍略の才に、確かに光るものを感じた。そして、郭嘉本人と話してみて、その才を欲しいと思った。直ぐに幕僚に加える事は難しいが、郭嘉から感じた手応えは悪くない。それは、黄巾の起こした反乱を飛躍の足掛かりとしている曹操にとって、僥倖と言える事だろう。

 そんな郭嘉が傍を離れようとしない義勇軍の騎馬隊を指揮した男、衛真。朱儁より、義勇兵でありながら、騎馬一千騎を与えられていた。客将と言う扱いである。朱儁の目にも、一千騎を与えても良いと思わせるような才を示したという事なのだろう。精鋭ではないが、確かに騎馬隊であった。

 

「いや、見物は続けるさ。退屈な事には変わりないが、動かない二十騎が気になって仕方がない」

「義勇軍の二十騎ですね。衛真殿に一千騎が与えられた後でも、その指揮下に残った方たちです」

 

 そう夏侯惇に続けた曹操の視線の先には、二十の騎馬が佇んでいる。朱儁より与えられた旗。衛の字が風に揺れたなびいている。馬上で弓を手に、調練を眺めるは指揮官の衛真である。二百が五隊、馬蹄を響かせ駆け回る。

 動かない二十騎。曹操の言葉に、傍らに侍っていた郭嘉が答えた。騎馬隊の調練であった。調練とは言え、その動きに郭嘉ではまだついていくことができない。その為、衛真の傍に居ようとしたところ、曹操に共に見物しないかと声を掛けられていた。僅かに逡巡したのち、郭嘉は曹操の隣で調練を眺める事を選んだ。衛真の傍に居ても、調練の邪魔になるだけであり、曹操と言う人物に興味もあったからだ。

 衛真の傍に居る二十騎。彼の指揮に従い戦った義勇兵。二十で何度となく十万にぶつかり、一騎足りとも欠けなかった。それで、自分たちの指揮官と認めていた。言うならば、彼らは衛真の旗下という事になる。それが指揮官を守るように、侍っている。

 

「となると、衛真殿は彼らを率いて黄巾を相手に挑んだという事か」

「はい。何度となく、ぶつかりました」

「二十で十万に挑む、か。二万の全軍を利用すればできない事は無いけど」

「それを本当に実行してしまう。胆力と判断力、そして騎馬戦の習熟度。その全てが揃って初めて行える戦い方だな。それも、義勇軍で成す。並大抵のことでは無いだろう」

「はい。ほーこうもそう思います」

 

 彼らが成した働きを曹操と夏侯惇が認めた時、郭嘉は嬉しそうに頷いた。彼らが居る黄巾討伐軍の総帥である朱儁も、衛真と郭嘉の働きを認めていたが、曹操の認識はそれ以上だと言える。感心したように呟く曹操の言葉に、郭嘉は喜びと僅かな面映ゆさを感じた。面と向かって、自身が信頼した軍人が褒められたのが、郭嘉にとって思っていた以上に嬉しいという事であった。それも、相手は郭嘉が惹かれた曹操である。僅かに高揚してしまうのも仕方が無かった。

 

「おや?」

 

 嬉しそうに頬を緩めた郭嘉を認めたところで、曹操がぽつりと零した。三人の視線が、一つに重なる。不意に鋭い音が響き渡った。上空。一矢、放たれていた。鏑矢。調練の騎馬隊が、指揮官の元に向かう。終了の合図だろう。気づけば五隊が、整列していた。隊の指揮官五名が、二十騎の前に出る。一人、前に出た。衛真。遠目から見ているにもかかわらず、曹操には何故か解った。幾つか言葉を交わしている。五人が一斉に剣を抜いた。

 

「衛真殿?」

 

 郭嘉が不思議そうに呟いた。何か、面白い事が起こる。曹操はそう直感した。

 

「惇、前にでるぞ!」

「はっ!」

 

 予感に押され、曹操は傍らに置いていた愛馬に飛び乗った。絶影。影をも残さないと言われたほどの名馬である。主の言葉を夏侯惇は即座に理解し、馬に飛び乗った。曹操が突飛な指示を出すのは何時もの事である。夏侯惇にとって、唐突の乗馬は苦でも何でもない。が、一人訳も解らず残された者が居る。郭嘉であった。二人が駆けだすのを見て、慌てて白風に乗馬した。白風。そう名付けていた。衛真に託された白馬である。郭嘉が乗る為に調教を施された馬だった。初めて騎乗した馬でもある。必要以上に情が移るのも仕方が無かった。

 郭嘉も幾らか遅れて走り出す。同じく白馬に乗って駆ける曹操の背に、何とか追い付こうと手綱を掴んでいた。

 視線の先では、衛真が一騎で動き始めた。郭嘉では行えないような速さで最高速度に到達している。疾駆。そう形容するのに相応しい速さになった。何時の間に抜いたのか、両手には剣を構えていた。手綱を持っていないにも関わらず、凄まじい速度で駆けている。一体どういう動きをしているのか郭嘉には理解ができないが、手綱に触れもせず、縦横無尽に駆けまわっている。

 

「おお。あの速さで、人馬の気が揺らいでいないぞ惇」

「五騎に囲まれながら、あれだけ駆けまわるとは……」

 

 眼前の光景に、曹操は感心したように呟いた。五騎に囲まれている。全てが疾駆していた。前後左右、いたる所から騎兵が斬りかかり、その全てを逸らしながら衛真はただ駆けまわっていた。両の手に剣を構えたまま打ち合い、時に方向を変え、反転し、両手の刃を振るいながら五対一の戦いが繰り広げられている。衛真指揮下の指揮官たちが反旗を翻したと言う訳では無かった。彼らの統括する兵士たちは一切動いていないからだ。それで、そういう調練なのだと見当がついたという事だった。金属のぶつかり合う音が響く。よく見れば、衛真を含め手にしているのは粗末な剣であった。戦場である。調練の為に刃を潰した武器等存在しない。幾らか状態の悪くなった武器で代用していると言う訳だった。

 六騎が縦横無尽に駆けまわる。凄まじい金属音が届くが、一太刀たりとも衛真に届きはしない。五人の指揮官は、平均以上の武勇を誇っている。前線で直接ぶつかる者たちだった。ある程度以上の武技は必要不可欠なのだ。そうでなければ使うものにならないと言える。それが、五人がかりで捉えきれない。それどころか、引き離されているようにすら思える。

 

「む、局面が動くようだ」

「っ!?」

 

 不意に、衛真が前に出た。五人が追いすがる。先頭を行く曹操が呟いた。夏侯惇が息を呑む。衛真が一瞬で反転する。疾駆。一瞬で追いかけていた五人の間合いに入った。白刃が煌めく。五本の剣が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調練が一段落ついていた。五人の指揮官と打ち合いを始めた折に、彼らの乗る馬とは違う馬蹄が入り混じっている事に気付いた。官軍の将、曹孟徳。その従者、夏侯元譲。そして郭嘉。三人の女性が調練の場から幾らか離れたところで見物をしていたが、衛真は見分に来たのだと理解していた。態々、官軍の将自ら立ち合いに来たのだ、それ相応の理由があるのだろうと言うのが衛真の見立てであった。

 調練に関しては、曹操が見たとしても特段面白いものがあると衛真は思っていない。一応は調練と言う形を取ってはいるが、衛真にとっても与えられた騎馬隊がどれだけの動きができるのか完全に把握していた訳では無かった。指揮官と、軍全体から感じる闘気を測ればある程度の力量は予想がつくが、実際に動きを確認してこそ、その真価は理解できると言えた。最初に、普段調練で行っている動きを一通りさせたと言うところだった。騎馬隊は、朱儁率いる精鋭の補充要員と言う意味合いが強いと感じた。軍馬の質が、朱儁旗下の者たちと比べると数段劣るのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが、それでどの程度の実力を持つのか理解ができた。並みである。衛真が抱いた官軍の騎馬隊はその位のものだと言えた。烏丸や匈奴、羌などの騎馬民族の騎馬隊に比べれば弱兵と言えるが、官軍と言う枠の中で当て嵌めるのならば、とりあえずは及第点なのだろうと思う。

 何よりも、五人の指揮官が思いのほか良い動きをする。流石に小隊を任せられているだけあって、戦場でも簡単には死ぬとは思えない胆力と武技を示した。とは言え、衛真は烏丸の出であり、五人は漢人であった。騎馬戦についての練度が違う。五人が手綱を操り駆けていたのに対して、衛真は手綱を必要としなかったにも拘らず完全に翻弄していた。騎馬民族の出と漢人では、騎馬戦に関してそれほど大きな差があるという事だった。五人を打倒す。それは、衛真にとってそれほど難しい事では無かった。

 

「成程。一軍の掌握を済ませたと言ったところか」

「……あれだけで、そこまで解りましたか。貸し与えられたばかりの騎馬隊です。戦時ですので、早急に掌握する必要があった為、強引な手に出たという訳です」

「それはそうだ。衛真殿一人だけ、馬術への造詣が違いすぎる。私とて将として恥ずかしくない程度に馬術には精通していた心算だったが、手綱も使わずに反転するなど、どのように行うのだろうか?」

 

 曹操たち三人が衛真の元に辿り着いた時には、既に五人の指揮官は武器を取り落とし打ち落とされた後であった。其処で調練を終え、指揮官たちと幾らか語り合ったところで、曹操が声をかけた。衛真は指揮官たちに幾つかの指示を出し、向かい合う。

 曹孟徳。先ほど言葉を交わした時に比べ、少しだけ目の色が変わっているように衛真には感じられた。軍の掌握を済ませた。前線指揮官にあたる者五人を同時に相手にし、衛真の実力を認めさせる。この軍を統括する朱儁の采配ではあるが、衛真は無官であった。本当の意味で官軍の兵を指揮下に加えるには、解りやすい力を示す必要があったという事だ。平時ならば調練を誰よりも行うと言う方法を取れば、時間が解決してくれることではあるのだが、それほど悠長なことをする暇はない。その為、荒療治に出ることになった。それを、一連の流れを見ただけで理解してしまった曹操に、衛真は僅かに目を細める。やはり油断すべき人ではない。味方と思って良いのか、判断しきれない相手にそんな思いを抱きつつ、曹操の言葉に耳を傾ける。油断できないと感じられるのだが、馬術について問う様はそんな考えに反して何処か素直であり、それがまた衛真を少しだけ困惑させる。

 

「馬と語り合う事です。言葉で語り、熱で語り、言葉以外の物でも語る。それで馬とは通じ合う事ができるのです。声が届くのならば、意が伝わる。それで、人馬の呼吸は一つとなります」

「語る事、か。人と馬もまた、語り合う事が出来るのだろうか」

「できます」

「ふむ……。貴殿は随分と迷いなく言い切るのだな」

「馬は誠実です。人とは違い、言葉に虚実はありません。語り合う事が出来るのならば、信には信を持って返してくる。それが彼らです」

 

 銀髪の麗人が浮かべる、穏やかな微笑。馬について尋ねる曹操の言葉には邪気が無く、ただ好奇心だけが浮かんでいた。それに、少しだけ惹かれる。以前にもこのような感覚を味わった事があるなと、衛真は思考の片隅に浮かびつつも、問いに対すること答えを続ける。衛真の師である盧植と語り合う時に感じた。二人の後進である公孫讃や劉備と語り合う時にも感じた、奇妙な感覚。戦術について郭嘉と語る時にも似たようなものを感じた。人の放つ魅力とでも言うのだろうか、そんなものを衛真は曹操から感じる。警戒心と好奇心。二つの異なる印象を持たせるのが、曹孟徳と言う人物であった。

 

「成程。そう考えると、確かに本当の意味で語り合う事が出来る。馬には権力や財と言うものは無い。人の様に煩わしい事を気にしなくて良いという事かな」

「人と馬では話が違うと言いたいところですが、そういう面は否定できません。少なくとも馬の国などがあるとしたならば、黄巾の乱の様な反乱は起きますまい」

「はは、馬の国か。確かに、そんな国があるのならば反乱など起きようはずもないな。いや、しかし貴殿は面白い事を言う」

「幽州の辺境で馬と共に暮らしていました。馬と共に原野を駆り、馬と共に糧を食らう。そんな暮らしが出来ればそれで良いと考える男です」

「自身の望みを理解している。それは存外非凡な事なのだと私は思う。自分の生きた道を肯定する事ができる。それは幸福を知るという事なのだろう。今の世に、そう生きられる人は多くは無い」

「そのように生きたいものです」

 

 何故このような話をしているのだろうか。衛真がそんな事を考えていると、不意に何かを感じた。強いものではない。どちらかと言えば、弱弱しい。悲しみとでも言えばいいのだろうか。そんな、どう形容すれば良いのか解らない感覚に捕らわれる。泣いているのか。漠然とそんな印象を与えられる。対するは、相変わらず涼し気な笑みを浮かべる曹孟徳。堂々としており、自信と気力に満ちている。満ちすぎていると言っても過言ではない。この女が泣く事などあるのか。そんな疑問と、しかしある種の予感も抱いてしまう。

 

「しかし、貴女は不思議な方だ」

「ああ、よく言われるよ」

 

 未だに衛真には曹操と言う人物を測る事は出来ていない。だが、少なくとも嫌なものでは無いと感じた。衛真にとって今はそれで充分である。

 

「ところで、郭嘉殿の馬術も衛真殿が教えたのだろうか?」

 

 曹操が話題を変える。先の話は拘るようなものではない。頭を切り替え、頷く。

 

「はい。ほーこうの馬術は衛真殿に見てもらいました」

「馬術と言うよりは、馬だな。郭嘉殿の馬、白風には必要最低限の事を教えた。今以上の事を行いたいと言うのならば、二人で語り合う事だ」

「はい。ほーこうは馬術に関しては全然ダメです。少しずつ修めて行きたいと思います。何れは、衛真殿を驚かせる位になれるよう頑張ります」

「馬を大切にすることだ。そうすれば、何れ貴女は風の様に乗りこなせるようになる」

 

 郭嘉の馬術についてだった。調練を見ていた時に郭嘉が話したのだろう。彼女の馬術はまだまだと言うしかないが、馬が未熟な主を上手く補佐していた。普通の騎兵とは、どこか違う。曹操や夏侯惇にはそう感じられたのだ。

 その疑問には衛真が答えた。白風には直接語り掛け、郭嘉の為に走るように語っていた。そして、郭嘉自身も馬を大切にしようと誠意を持った。切欠こそ衛真が作ったが、白風が郭嘉を補いながら走るのは、彼女自身の行動の結果と言えた。

 

「成程。指揮官と軍師。同じ隊を率いた仲だ。仲睦まじいのも頷ける。その様には若干嫉妬してしまうが」

「そ、曹操殿!?」

 

 そんな二人の会話を聞いた曹操は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。郭嘉が少し慌てた。戦場を見据える瞳こそ怜悧だが、その手の話に関してはあまり耐性が無かったりするのだ。戦場にこそ出てはいるが、郭嘉や曹操、夏侯惇もうら若き乙女である。唐突にそういう方向に話が流れるのもある意味仕方が無い。

 

「良いではないか、郭嘉殿。折角なので、義勇軍で戦った時の話を詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

「何か、戦術とかとは違うことを期待していませんか!?」

「いいや、私は戦場を駆けた軍師の言葉を聞きたいのだ。将の背を追い健気に駆け回る細腕の軍師。想像すればするほど、心惹かれると言うものではないか」

「何か引っかかる言い回しに聞こえるのは気の所為じゃありませんよね」

 

 先程までの読み切れなかった雰囲気は何処に消えたのか。そんな事を考えつつ、衛真は少しだけ距離を取った。今郭嘉に向いている好奇心が自分に向くと、相手にするのに骨が折れそうだからだ。主が会話をしていた為、少し離れていた夏侯惇の傍らに避難し、衛真は視線を移す。

 

「曹操殿と言うのは、存外他人を弄るのが好きなのだろうか?」

「ええ、そうね。曹操様は気に入った人が相手なら、ちょっと意地悪な時もあるかしら」

 

 質問に、夏侯惇は小さな笑みを浮かべつつ応える。彼女は、曹操とは幼い頃からの付き合いである。今でこそ主従関係という事で曹操様と呼び付き従っているが、昔は孟徳と元譲と呼び合った仲である。曹操の事については、誰よりも知っていた。姉であり、妹でもある。夏侯惇にとって、曹操とは様々な面を持つが、守りたいと思える女性だった。目を付けられた郭嘉については少し不憫そうな目を向けるが、生き生きとする曹操には優しげな瞳を向けている。

 

「貴女は、曹操殿を慕っているのだな」

「ええ。私が生涯を賭けて仕えるべき方だと思うわ」

 

 夏侯惇の言葉に衛真はただ頷いた。視線の先では曹操が意地の悪い笑みを浮かべつつ、郭嘉に質問攻めを行っていた。それを、夏侯惇はただ眺めている。戦場である。にも拘らずこれだけ落ち着いていられるのは、信頼に足る実績があるのだろう。郭嘉を含めて、曹操が一つの中心になっていた。それを何処か悪くは無い、と衛真は思っていた。

 

 

 




夏侯惇・夏侯淵 4仕様になります
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